Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    sumitikan

    @sumitikan

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 53

    sumitikan

    ☆quiet follow

    悲鳴嶼の短編、全年齢。モブあり、軽く戦って鬼の首が飛びます。

    #鬼滅の刃
    DemonSlayer
    #悲鳴嶼行冥
    griefAndSorrow

    浄土実弥の為の行灯を点け、悲鳴嶼は大きな手で行燈の覆いをかけた。いつもながら、まるで見えているかのように燈の世話をする。実弥は久々の岩屋敷の長火鉢の側で、するめを焙って酒を飲みながら、悲鳴嶼がゆっくりとした口調でかつての鬼殺の話をし始めた。

    奥深い山中で修行している修験者が、真夜中に光り輝く神仏が来迎するのに出逢い、導きを得て浄土に向かい、それきり現世に戻らない。そういう噂のある山の話を聞いて、悲鳴嶼は早速向かった。

    「それ、単なる噂話じゃねェんですかァ?」
    「人を惑わすのにも昔から色々な手口がある。これはそのうちの一つではないかと思ったのだ。大正の世の中に神仏でもあるまい」
    「どういう所が怪しいんですかァ?」
    「南無、神仏を利用した詐欺の話は昔からある。それを利用したものか。鬼は元はと言えば人……」

    悲鳴嶼は元は寺にいて、今も僧に近い生活と修行をしている。鬼殺隊で自分の信仰について語ることは一度もなく、今回も神仏の示現に懐疑的でいる姿勢から怪しいと直観があった。

    鬼殺の修行で滝に打たれるくせに、修験道について悲鳴嶼は詳しくなかった。寺にいる頃にそれとなく噂話に山岳仏教について聞いていたくらいだ。明治から修験は禁じられているが、それでも山に登り修行する者が後を絶たず、寺も彼らを積極的に官憲に突き出すようなことはせず、どう止めようもないという。

    悲鳴嶼は前に作られた法衣と袈裟を着け、鎖を持ち、笠を被ってその山に入っていった。山の中に分け入って行くと、確かにそれらしい人々がいる。

    山道に人の行列と行き会って、法衣の悲鳴嶼が脇に道を避ける。あまりに巨大な身長を見て、奇妙なものを見る目でじろじろと見て通り過ぎていく修験者達がいる中、最後尾の一人が会釈を返すようだった。実弥より頭二つ分背の低い男だった。

    「あんたでかいねぇ。何食ったらそうなるの?」
    「拙僧は山を下りた麓の寺に居る者です。修験道をする方が仏の導きを得て成仏するという話を聞いて来たのですが」
    「成仏とは違うよ」
    「申し訳ありません。修験道には疎いもので」
    「いや、いいよ。難しくて、私もわかんないからさ。あんた坊さんなんだろ。なのにその髪、これから仏法を離れようとしているわけかい?」
    「わかりません。拙僧は道に迷っているようで……」

    その修験者は暇を見つけては山に登って修行しに来ていると語った。今回来たのは神仏が顕現して修行者を浄土に連れて行くという話を講の仲間内で聞いて、事実かどうか確かめに来た。

    男は悲鳴嶼が聞いた話を知り、自分の話と同じことだろうと言った。その意見に悲鳴嶼も賛同した。

    「あんたを見たとき、黒坊主という妖怪の話を思い出したよ。あの話は明治の頃だったよねえ」

    男は笑いながら悲鳴嶼と山道を歩いた。喋るのが好きな質らしい。真剣に修験に来た訳ではなさそうな、いい水先案内人だった。

    「どのようにして浄土とやらに行くのでしょう」
    「山頂から八合目の辺りをぶらついてると、少なくとも一人は浄土に至るという話だよ」
    「どの場所と決まっている訳ではないのか……」
    「私が聞いたのは半年も前のことで、その時にはもう十人以上が浄土に渡ったと聞いている。御来迎を見ていた者の話では、それは荘厳な光景だったという事だ。本当なら凄いことだ。この話はもう全国の講で流れてるんじゃないのかな。確かめに来る人が続々と集結して、それであんなに人が集まってきて。このご時世だから官憲の目を盗んでお山に来るんだけど、名目は健康増進のため山野を跋渉する……あんた跋渉ってわかる?」
    「遠足とは違うようです」
    「遠足、遠足ねえ。あんた多分、子供の相手なんかよくするだろう。え?寺に集まって来る女子供は遠足とか温泉なんかの行楽が好きだから。無尽じゃなくてもちょくちょく出かけて。家で作った稲荷を持って、水筒にお茶を入れて、ちょっと離れた原っぱなんかで敷物敷いて遊んでさ。他愛ないもんだよ。でもここのは修験だからそういう遊びとは全く違う。その位のことは分かって来たんだろうね?」
    「それが生憎、周りに行者講を知っている人がいなかったので、まずは現地に来てみようと思いまして。御門跡様もそれがいいと送り出して下さいまして……」
    「そうなの?懐が広い人がいたもんだねえ。あんたその人は宝だよ。大事にする方がいい。今夜は仕方ないからこの山の中で泊って、明日は山を下りた方がいいんじゃないか。その目は見えてなさそうだ。見えない人が山の中を歩くんじゃ、あっという間に死んでしまうよ」
    「それでしたら、せめて一度となりとご来迎の場に居合わせたいと思うのですが」
    「いいよ。私が案内するよ」

    男は自分の話をしきりと話しかけてきて、今日のご来迎を見られたら仲間を誘ってまた来るのだと嬉しそうに話していた。その時に真剣にやるつもりらしかった。

    二人は山頂に登り、食べ物を分け合い、時を待った。辺りには真剣に浄土からの迎えを待とうという人々が思い思いに過ごしていた。悲鳴嶼は空気が冷えていくことで夜になりつつあるのを知った。初夏を迎える頃だが春先のように寒かった。

    この峰に出るのが鬼か仏か、見えない眼で見定める。悲鳴嶼は動かずにじっと待った。月が綺麗だと男が言った。お迎えが来るにはいい夜だと。

    真実に神仏が来るなら、悲鳴嶼はせめて聞きたかった、鬼に殺された寺の子らがどうしているのか。浄土があるというのなら、浄土から来る神仏ならば答えられるだろうから。

    夜の風がやんで、辺りはしんと静まり返っていた。あちこちにじっとしている人の気配を感じながら、悲鳴嶼はただ待った。

    夜が深更になる頃、あちこちから声が上がった。御来迎だと叫ぶ声があった。悲鳴嶼の連れの男もその場に立ち上がり、きょろきょろと探していた様子が、あっと声を上げ、高らかに経を唱えはじめた。その時、薄い臭いが鼻先に届いてきた。

    分かる異常は臭い、血腥い臭いがふとかぐわしい香りに変じた。それだけで鬼と断定するには十分だった。臭いを元に血鬼術に掛けているようだが、悲鳴嶼には効かなかった、目が見えない。皮肉に苦笑しながら法衣の下に腹に巻いていた鎖を解いた。

    血鬼術に掛けられて正気を失った人々が経を一心に誦している間を縫い歩いて、鬼の元に行く。進む度に匂いが強くなり、風の流れと鎖の音の響きから鬼の形の輪郭がわかる、恐らくだがこれを影絵と人は呼ぶのではないだろうか。

    鬼は人を食っている真っ最中だった。血鬼術の中で一人だけ動いている悲鳴嶼に注意を向けていなかった。これまで盲人が、それも鬼殺隊がここまで来たことがないからだ。

    「南無阿弥陀仏!」

    勢いをつけて鎖を投げる。いつもと違って鉞と鉄球は無いから、手加減が必要だった。鎖は過たず鬼の首に巻き付いた。力を込めて引き付けて、鬼の首が千切れ飛ぶ手応えが分かった。引くと、投擲した鎖の端が戻って来る。間をおいて、どさりと鬼の首が落ちた音がした。それで鬼退治は終わりだった。

    血鬼術の元になる臭いはまだ留まっているのだろう。声高に経を誦す人々の間を縫って、悲鳴嶼は元の場所に戻った。
    風が吹いて、臭いが吹き払われていく。何を見ているのか、より一層人々が声を高め、激しく経を誦しはじめる中で、悲鳴嶼は小さく溜息をついた。

    朝日が昇る頃になって、やっと人々の興奮は収まった。

    「あんた見たか。いや、見えないのか……すごかった。やはり神仏はいらっしゃるのだ。私らを見て……んん?」

    人々が騒めいて声を上げている。悲鳴嶼が鬼退治をした辺りで何か変事が起きているようだった。ここで待っていろと言って、男が様子を見に行き、暫くしてから戻って来た。

    「おどろいたな、人殺しだ。いや、山犬でも出たのか?いやいや、あんなに大勢でいて経を唱えていたのに?」
    「人殺しとは何ですか」
    「死体が出たんだ。しかもあちこちに食われたような跡があって、なんとも不気味な……これから皆で下山して警察に届けようという話をしていた。いやはや気味が悪い話だな、私が神仏を見ていた丁度、真下辺りの岩場なんだよ」
    「南無……」
    「ああ、経なら皆唱えてた。とにかく降りよう」

    男からは名を聞かれず、悲鳴嶼は黒坊主と呼ばれた。麓に着いたら男は他の行者たちと見たことを話しに警察に出向くと言い、御門跡様とよく話をすることだと言って、そこで別れた。

    悲鳴嶼は帰り道に絶佳を呼んで、産屋敷家への報告に飛ばした。

    「また簡単にいったなァ」
    「そうだな。鬼は人を食うのに夢中だった。私は僧形で名乗りもせず日輪刀も鎖型だったから、油断していたのだろう」
    「山の天辺で神仏を待つ、ねェ。そんなのが沢山いたのか。のんきな話だ、俺には少しもわかんねェなァ」
    「南無。寺に居た頃の私なら、そんな話に惹かれていたかも知れないが」
    「まさかァ」

    一笑に付し、実弥は手酌で酒を注いだ。そんな実弥を見えない目でじっと見つめて、悲鳴嶼は柔和に微笑んだ。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works