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    sumitikan

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    sumitikan

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    とある月夜の岩柱と風柱。短編、全年齢。モブあり、軽く戦って鬼の首が飛びます。

    #鬼滅の刃
    DemonSlayer
    #不死川実弥
    #悲鳴嶼行冥
    griefAndSorrow

    とある月夜の岩柱と風柱鬼殺を終えて爽籟から次の任務の指令もなく、秋の月夜を見る余裕が実弥にはあった。虫の群れ鳴く中、月影に丈高い薄の穂が風に揺れ、十五夜の満月だ。実弥は風情を感じるような風流など押し殺している。草むらの中に誰も住まなくなった荒れ屋の傍に、萩が大きな黒い塊だった。その景色を行き過ぎる。

    道なりに歩いていると、向かいの分かれ道からも歩いてくる気配と足音が分かる。足の速さが鬼殺隊士だった。それに続いて鈴を鳴らすような澄んだ音を連ならせて鎖が鳴っていた。悲鳴嶼だった。実弥は足を止め、悲鳴嶼もこちらに気付いていた。

    秋の田舎の道端に行き会い、顔を見合わせる。柱となってからこれまでの功績を一欠けらも誇ることのない男が、淡々とした様子だった。

    「不死川」
    「ああ。俺ァ帰りだけど、アンタはァ?」
    「これからだ。南無、見つからぬ……」
    「ああ。それじゃあ俺はァ、あっちの道を探してみますゥ」

    そう言って実弥が請け負い、もう一本の道を杉木立の匂いの中に入って行く気配を悲鳴嶼は聞いて、もう一本の道に向かった。絶佳はこの辺りに鬼が出ると言う。その言葉に従って、悲鳴嶼は道を塗り潰すように鬼を求めて放浪していた。

    命を限りと鳴く虫は夜露を飲むか。悲鳴嶼は月夜を知らない。十五夜と聞いて、縁側に皆と並んで空を見上げるふりをしても、何も見えない。丸い団子のような大きな月が浮かんでいると話に聞いて知っているだけだった。皆の見ている月よりも、皆と一緒に同じ空を見上げる方が気に入っていた。

    悲鳴嶼の目には夜も昼も映らない。空気が冷える夜に沈む中を鬼を追い求めて彷徨い、ひとつひとつ異形を丁寧に殺して行く鬼殺の業だけが映っている。何もかも奪う鬼という災禍から人々を守ることを念頭に置いていた。寺の夜はいつも悲鳴嶼の中に生々しい傷跡を残していたから、毎夜鬼の首魁を倒すことを祈念していた。

    歩いていると、人の気配が道の脇にわだかまっているのに気が付いて、悲鳴嶼は近付いた。髪油とおしろいの匂いがするから女と分かった。蹲って動けずにいるようだった。

    「もし……そこの御婦人。どこか持病でも?」
    「御親切に、申し訳ありません。ちょっと癪の気がありまして……」
    「それはいけない。送って行こう、もう夜更けだ。家の人もさぞかし心配していることだろう」
    「はい、ありがとうございます。家はこちらで……」

    女は悲鳴嶼に深々と礼をして、腰を曲げて歩く様子は老婆だが、声はよほど若く、道を歩く足取りは重かった。ためらう足取りに声を掛けてよかったのかどうか悲鳴嶼も迷った。家内に何か諍いがあって家の中に居られずに出たこともあるだろう。

    こんな夜更けに外に出るなら、家内になにがあったのか。女の足取りにあわせながら悲鳴嶼は過去を追想した。

    悲鳴嶼は過去に寺に起きたことを思い返していた。藤の香を消したという獪岳、それを鬼の口から聞かされた血腥い夜。あの鬼は悲鳴嶼が寺の内で起きたことを何も知らないと言った。その言葉が今も悲鳴嶼の中にあった。どうして藤の香を消したのか。相談さえしてくれればあの子も守れたと今でも思う。どうして寺の外にあの子はいたのか。寝ていたのではなかったのか。

    細やかな嘘。罪にならない嘘。仏法でいわゆる方便。嘘は朝に繋ぎ直すはずだったのに解けたままほころびて誰も紡ぐものも亡い。生き延びている筈の獪岳について悲鳴嶼は警官たちに言わなかった。悲鳴嶼たち全員を裏切った嘘から逃げるのを許して逃がす、でもそれは悲鳴嶼の独善で、もしかしたら逃げた獪岳にとって最も残酷な刑罰かも知れず。

    どうしていいかわからない。あれから行方の知れない獪岳の身の上を心配してしまう。あの夜、寺の内で一体何があったのか、悲鳴嶼は知ることが出来なかった。経緯を知っているだろう、獪岳はどこかで生きているのだろうか。

    鬼に脅かされて寺の香を消したのはもう責めない。逃げて生き延びていればいい。恐い鬼は悲鳴嶼が倒す。鬼からも悲鳴嶼からも逃げていいから、だからどこか知らない所で幸せを掴んで欲しい。獪岳を探さずにいる今の自分の心根について悲鳴嶼は言い訳をした、獪岳は寺から逃げたのを恥ずかしいと思っているかも、悲鳴嶼の存在は邪魔にしかならないのかも、それが恐い。邪険にされるのが。あの子は官憲にも探されなかったのか、それはとても悲しいことだ。ならば私が探さなければ、一度は先生と呼ばれた身なのだから。けれど。

    「こちらです」

    枝道に案内され、女の足取りは重かった。悲鳴嶼の前に古いあばら家が近付いていたが、もとより彼には見えなかった。女は古い家の建付けの悪い戸を開けた。

    「あんた。戻ったよ」

    そう言って女は家の中に入り、かわって中から男が出てきた。額から角が三本生えた、肩の肉が頭と同じ高さに盛り上がっている異形の鬼だった。三角につり上がり怒らせた濁った眼が悲鳴嶼を見ていた。

    「よく案内した」

    鬼の臭気が悲鳴嶼の元にも届いていた。鎖と斧で戦いの準備をする。その時、鬼に動揺があった。

    「こいつ……こいつは、柱じゃねえか、たき!」
    「え?柱?あんた。何のことを言って……」
    「柱。柱だ。岩柱だ、付け入る隙がねえ強さの柱だ!とんでもないもんを見つけやがって、ええ!!俺はまだ、血鬼術も使えねえのに!!」

    ならば、この鬼に型を使う必要はない。悲鳴嶼は右手の鉄球を鬼に投げつけた。叫喚をあげ、鬼は宙を跳んだ。畳みかけ、悲鳴嶼は地を駆けた。着地した鬼の首を鉞で横薙ぎにした所で、また鬼が叫喚を上げて首を竦めた。そこに女が声を上げながら飛び込んできて、鬼を抱いて庇った。

    「ああっ、やめてやめて!この人は違うんです、これは何かの間違いです!これからはまっとうに、まっとうにやるんです!」

    女に抱かれた鬼は、その体を抱きしめて立ち上がった。

    「たきを殺すぞ、岩柱!」

    鉄球の回転を止めた。悲鳴嶼は、鬼殺で人を殺す気はなかった。女は鬼を抱きしめ、鬼は女を抱きしめて、その臭う鋭い爪先が女の急所にある事が分かっていた。悲鳴嶼は構えていた鉞を下ろした。

    「南無阿弥陀仏……」

    神妙な言葉をどう聞いたのか、鬼は息を荒げて悲鳴嶼に命令した。

    「たきが死んでもいいのか?そいつを捨てろ!」

    悲鳴嶼は日輪刀をそのまま手放した。重い涼しい音を立てて鎖が連なり落ちた。鬼はじっと悲鳴嶼の様子を窺いながら近づいてきて、女を手放そうとしなかった。
    悲鳴嶼は、いつかのように拳を握っていた。鬼の頭を朝まで撲り潰し続ける。今回は寺での夜のようにはいかない。女がいて、何度となく邪魔してくるだろう。そんな凄惨な修羅場を朝まで演じることを覚悟していた。

    鬼は女を片手に抱きながら、じりじりと近付いてきた。悲鳴嶼の胸肌の匂いを間近に嗅いできて、にちゃりと笑んだのが空気の動きから分かった。鋭い爪先が喉元を狙った。

    瞬間、鬼の腕が宙に飛んだ。鬼は喚き声を上げて倒れ、女はその鬼にまた庇うように抱き付いた。

    「何やってんだァ、アンタ」

    悲鳴嶼の耳に、聞き慣れた足運びが分かった。声からも誰か分かった。実弥の目には、女連れの鬼の前に悲鳴嶼が呆然と立ち、命を獲られかけているようにしか見えなかった。

    鬼の上に覆い被さる女を、実弥は無言で蹴り転がした。女は悲鳴を上げて実弥の腰に取り縋ってくるのを無視し、風の呼吸の日輪刀が一閃した。月夜に鋭い刃影が緑を帯びていた。

    鬼の首を斬り、実弥はまた女を蹴った。女は蹴られて実弥から離れ、塵のように消えていく鬼の体に、どうしていいか分からずに泣き声を上げながら取り縋っていた。

    「チッ、本当に何やってんですかァ」
    「南無。手数をかけたな、不死川」
    「別にいいですけどォ。アンタの獲物を横から奪っちまったけど、良かったですよねェ?」
    「構わない。鬼を退治さえすれば、誰の手によろうとも鬼殺は鬼殺……」

    悲鳴嶼はゆっくりと地に落ちた鎖を拾っている。実弥は彼を眺めていた。こんな簡単な任務で命を落としていい男ではない。自覚が足りない、今の悲鳴嶼の態度は危うかった。鬼の首魁を倒す、と言う遠大な目的の前にまるで自殺行為のように思えた。

    こんな女など無視して鬼を殺せばいい。悲鳴嶼は女に哀れを誘われたか動けずにいるように見えて、この強い男が何を躊躇うのかと訝しかった。

    女が実弥の背に向けて突っ込んできたのを、ひょいと躱した。月光に鈍く鰺切包丁の刃が走った。それを見下ろして、実弥は斜に女に対した。喚き声を上げてまた突っ込んできた女の手元を狙いすまして手刀で打ち落とした。鰺切包丁が転がった。
    失敗した女はその場に倒れ込み、蹲って泣き始めた。

    「悲鳴嶼さんよォ、こんなところで死のうとしないで下さいよォ」
    「南無。助かった、不死川」

    歩み去りながら悲鳴嶼は、女が泣くのを少し気にして背後を見たが、声はかけずにそれきりだった。枝道から元の道に戻り、実弥と悲鳴嶼は月夜を見上げた。秋風が清かだった。

    「次の鬼殺は……?」
    「今夜は次は無ェようですよォ」

    二人は顔を見合わせた。月光の中で淡々とした態度が風に吹かれて、見えない目が実弥を見つめていた。

    「物語、でもないが」
    「何ですかァ?」
    「私の心に疑念を植えた二人の子供がいる。一人は沙代といって居場所は分かっているのだが、もう一人の獪岳は煙のように消えてしまった」
    「……」
    「獪岳を探そうかどうか、こういう夜は迷ってしまう」
    「そいつ探して、どうすんだァ?」
    「それを考えていたところだ」

    悲鳴嶼は実弥でも分かるほど迷う顔をしていた。辺りは明るく、高い所にある悲鳴嶼の顔を見ると自然と月も目に入る。月を背負って大きな男が悩んでいた。彼の柄にもないことで、珍しかった。

    「便りがねェのが元気の証拠と言うでしょう。その餓鬼はアンタのことも鬼も忘れて、自分の才覚で元気にやってるんじゃないですかァ」
    「才覚か。確かに、何かの才はありそうだった」
    「そいつはどんな餓鬼だったんでェ?」
    「不死川より幾つか年下だと思う。確かな年は分からない。私のことを慕ってくれていた、はずなのだが……」

    悲鳴嶼の言葉尻が濁る。彼は子供の話をして実弥を見ずに俯いていた。自分の中にある疑念や何かと向き合っている顔をして、思い惑っている。実弥は彼をじっと見つめていた。

    「自信なさそうな顔してるぜェ」
    「何度も考えたが、結局わからぬ」
    「なんで消えたか、答えを聞きたいのかァ?」
    「いいや。情けない話なのだが、答えを知るのが恐くて探していないのだ。本当は私はあの子を探さなくてはならないのだが……」
    「お館様はァ?」
    「話せない」

    密かに悩み、悲鳴嶼の悩みには鬼の影が纏わりついているのが言わずとも知れていた。どうせ全てを話す気はない。実弥に話したのは気紛れに気が緩んだか。美しい月夜だが、この美しさは悲鳴嶼に届かない。

    器用な応対などできず、うまい言葉が浮かぶでもなく、実弥は不器用に沈黙していた。悲鳴嶼の奥底にある悩みの種は、出て行った獪岳とかいう子供について。玄弥に探しに来られると困る立場の実弥としては、獪岳を放っておいてやればいいと思った。

    去るのには必ず何かの理由があるのを実弥は知っていた。その理由を万遍言い聞かせた所で強情な玄弥は絶対に俺の側を離れない。だから言わずに家を出た。

    置いてきた立場の実弥は、置いて行かれた悲鳴嶼に言えることが何もなかった。勝手に出てきて元気にやっている自分のような者もいると打ち明けるのは薄情で言えなかった。

    思い思いの悩みを抱いて、二人とも黙り込んでいた。

    「……あんた、餓鬼の頃、どんなだったァ?」
    「子供の頃か。私はつまらぬ小僧であったよ。寺で仏を信心していた。信じすぎてこれこの通り、盲になった」
    「ふゥん?」
    「いや。仏への信仰の為に光を失ったわけではない……まなこが見えていればと惜しく思う事は、たまにあるが」
    「獪岳のことを思う時かァ?」
    「まあ、そうだ。ひと目、この目が見ていさえすれば……まなこがあれば良かったと思う事柄は、枚挙に暇がないが」
    「……」
    「見えていれば月も分かった。今夜は晴れているようだが、私は元来無粋な質で、風流も分からぬが。月は出ているか」

    盲目の身が微細な感覚で気象を知る鋭さに実弥は舌を巻いた。悲鳴嶼が顎を上げ空を見ている、その方角に月はない。逞しい首に月の光が落ちていた。

    弟の元を出て行った実弥が、置いて行かれた悲鳴嶼にどんな言葉を掛けてやれる。悲鳴嶼が待って居られずに鬼殺隊に入った事情を聞く気はなかった。

    月を背負った悲鳴嶼が夜空を眺めている。

    「月は冴えてる」
    「そうか」
    「その獪岳とやらも多分、この月の下で寝てるぜェ」
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