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    ChukanabeMH

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    ChukanabeMH

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    ウツハン♀
    イズオオ島デート(途中まで)

    一日目

     穏やかな深い青色をした水面を一隻の船が進んでいく。上を見上げれば、青空のキャンバスの中で大きな鳥が自由に泳いでいて、さんさんと日光が降り注いでいる。静かな波音が聞こえ、昼寝をするには丁度いい気候だ。
     そんな中、ただぼうっと海を見ていた美丈夫が、聞こえた声に振り返った。
    「ヒノエさんからのおつかい?」
    「はい、なんでも島の特産品が欲しいのだとか」
    「なるほど……」
     探索クエストついでに何か持ってきてほしいのだろうか、と思ったがそれはないだろう。これから向かう島は、危険なモンスターもほぼ出ないような観光名所なのだ。そもそもこれは遠征クエストなどではない。
     ウツシは普段の狩り装束と異なり、ラフに黒色の着流しを着ていて、頭には菅笠をかぶっている。ぱっと見何処かの舞台役者のようだが、鍛えられた肉体と目元をえぐるように走る傷が、歴戦の戦士であると物語っている。
     対する彼の弟子たる少女も、普段の恰好と異なり、簡素ではあるが華やかな着物を身に着けていた。男と同じように菅笠をかぶっているが、こちらもぱっと見可憐な少女だと思うだろう。
     武器や狩猟道具は念のため持っているが、それでも狩猟に行くような恰好ではないのは一目瞭然。

     では、どうしてこんな格好をしているのか。
     答えは簡単である。
     百竜夜行が終息しつつあるカムラの里でも、一番のワーカーホリックと、その二番手に無理矢理休みを取らせるためだった。
     そもそも彼女がハンターになってからというもの、目が回るような忙しさだったし、ウツシに至っては、周りが逆に心配になるほどの、八面六臂の仕事っぷり。よく倒れなかったなというレベルだ。そんな彼らは、充分に休んでいると自己主張していたのだが、ゴコクの権限により休暇と相成ったのである。里の守りは? という疑問にもヒノエ、ミノトをはじめ自分たちがどうにかするから行ってこいと言われる始末。
     そうなってしまえば、迂闊に反論などできるはずもなく……。

     二人はイズオオ島という場所に、向かう他なかったのだ。

    「さて、もうすぐ到着だ
     俺たちが楽しめるようにって、ヒノエさんが色々観光名所を教えてくれたんだよ」
    「なるほど、それならそこに観光名所もあるかもしれませんね」
     ウツシが見せた小さな冊子には、ヒノエの綺麗な字でここを見て回ると良いと書いてある。細かくリサーチがされていて、当然だがミノトも手伝ったのだろう。と考えて、少しばかり心がくすぐったくなった。
    「楽しみですね」
    「うん! 俺も!
     一緒に里の外に出かけられるなんて、少し前は考えもしなかったなぁ」
    「ふふ」
     師の嬉しそうな声に少女が笑う。
     空にはモンスター一匹飛んでいない、平和そのもの。

     二人でそんな会話をゆるゆるとしていれば、やがて船は港にたどり着く。
     入り江にできた小さな港は、まるでカムラの里を彷彿とさせるような綺麗さだ。そのまま揺れる船から降り立てば、目の前に見えるのは緑が生い茂る山と、そのふもとの小さい集落。
     曰く、ここは火山が噴火し隆起してできた島らしく、未に山が生きているのだという。そんな環境下だからか温泉の名所としても有名なのだそうな。
    「さて、船は三日後に来るし、一度宿に荷物を置きに行こうか」
    「はーい」
     ウツシの言葉に頷いて、少女は荷物を背負う。
     そこには、彼女が共に過ごした狩り装束と武器があった。できればこの三日間使う事のないように。と祈りつつウツシの後ろをついていく。途中ひらひら揺れる彼の手を握れば、少し驚いた表情を見せてから、柔らかく笑う。
    「俺がこうやるといつも手を繋いでくれたね」
    「寂しそうに見えるんですよね」
    「そうなの?」
    「そうなんです」
     修業時代からウツシがおいでと手を揺らす度、少女は彼の手を握った。今でこそほとんどなくなったが、それでも昔からの習慣は抜けないものだ。
    「君がそうやって握り返してくれるのなら、なんだってやれそうだ」
     だって、俺たち最強の師弟だからね! と後に続く言葉にくすくすと笑う。おかしかったのではなく、ウツシが当たり前の事を聞いてきたからだ。
    「勿論ですよ! だからヒノエさんのおつかいも、立派にこなしてみせますとも!」
    「うんうん、それでこそ我が愛弟子だ!」
     ぐっと空いた手で握りこぶしを作って見せれば、ウツシは嬉しそうな表情を見せる。

     そんな二人が港から道なりに歩いていると、やがて見えてきた集落。そのなかにあった目的の小さい旅館を見つける。暖簾をくぐり中に入れば、竜人族の美人な女性が出迎えてくれた。どうやらここの女将さんらしい。
    「遠路はるばるお疲れでしょう
     ささ、お部屋は用意していますからね」
     案内されるまま廊下を歩いていけば、温泉が有名な場所なせいか、アイルーや竜人族などの多種多様な客とすれ違う。皆が皆楽しそうな表情を浮かべていて、ここがどういう場所なのかよくわかった。そうやって長い廊下を歩いていけば、木でできた引き戸が見えてくる。どうやらここらしい。
    「さ、こちらになります」
     開かれた戸をくぐれば、二人で眠るには程よい大きさの畳の部屋。雨戸をあければ、眼前に光を浴びてきらきらと反射する海が見えた。
     そんな様子を見た女性は、夕飯の時間とメニューを告げて去っていく。まだまだ時間はあるようだ。
    「さて、少し休憩してから観光に行こう!」
    「はい!」
     そう思って、持ってきていた荷物を置いて整理をしていれば、同じ事を考えていたらしいウツシが提案してくる。勿論少女としても、嬉しいため二つ返事で頷いた。
    「よーし! さて、何処から行こうか」
    「えっと……それなら」
     差し出された冊子を見て、少女はとある場所を指さし――

    「わぁ……すごい」
     冊子に載っていた情報を元に、二人でふらふら歩いていたのだが、それは見事な光景だった。
     示した場所は、切り立った崖のような場所。集落の人間に教わりながら舗装された道なりに進むと、草原の中から急に巨大な崖のようなものが見えてきたのだ。
     よく見ると、幾重にも重なった地層。この島の歴史がよく見てとれた。
    「ヒノエさんのガイドだと、うんとむかーしに地殻変動で隆起した場所みたいだ」
    「へえー……」
    「それこそ、ゴコク様が生まれるよりもずっと昔みたいだよ」
    「すごいなぁ、この島の年輪みたいなものですね」
     鮮やかに重なった色は、その時の歴史なのだろう。昔の人がどういった生活を歩んでいたのかわからないが、その片鱗は垣間見える。
     そっと触れれば、普段ふれている土の感触と同じだというのに、長い年月すら感じられた。
    「もしかしたら、ここにとんでもない古龍が昔いたのかもしれませんね」
    「その影響で、地殻変動が起きたとか?」
    「そうそう」
    「ふふ、あるかもね」
     二人でそんな妄想しながら、切り立った崖を見る。
    「歴史ってすごいですね」
    「そうだね、そしてそれは俺たちの糧になる」
     日は傾いて、空を赤く染めている。
     つないだ手が影法師となって、二人の境界線をあいまいにさせていた。
    「さ、じきに真っ暗になってしまう
     いくら安全とはいえ、真っ暗になったら大変だ! 宿に戻ろう」
    「はい」

     ウツシの言葉に頷いて、幼子のように手を引かれるまま歩いていく。途中で見えた海は、真っ赤に染まっていて、先ほどの深い青はどこにもいなかった。今の世界は赤と黒の二色だけで、目の前に立つ自分の大事な男ですら、影法師になっている。少しだけ不安で、けれど、二人だけしか存在していないような、そんな世界。
    だが、それもそのうち、暗夜と星の輝きだけになるのだろう。
     そんな世界の中で、遥か先に見えた集落は、暗がりの中で灯がともされていた。
    「教官」
    「ん?」
    「来てよかったです」
    「俺も、でもまだまだ楽しもう!」
    「はい!」
     子供のようにはしゃぎながら、二人は宿へ向かう。
     まだ到着して一日目なのだ。楽しむには時間があるのだから。

     宿の部屋に戻ってくれば、女将が気を使ったのか、すでに膳が二つ並んでいた。その上を見れば小さな器がいくつもあり、中には海の幸である刺身や、煮つけ、天ぷらなどなど……。それらが綺麗に盛り付けられていて、少しばかり食べるのがもったいないほど。
     器の傍には小鍋が置いてあり、くつくつと野菜が煮えていた。
    「おいしそう……!」
    「こっちに来てから食事をしていなかったからね
     お腹すいちゃったよ」
    「ふふ、私もです」
     並んで手を合わせてから箸を持つ。
     隣にいるウツシは見た目に反し、綺麗な所作で焼き魚をほぐしている。じいっと見ていたせいなのか、視線に気づいた彼がこちらをみて、こてりと首を傾げた。
    「どうしたの?」
    「いえ、魚が綺麗にほぐされていくなーって」
    「あぁ、がっついたり、汚い食べ方だと、作ってくれた人にも失礼だからね
     俺たちはハンターだから、急いで食べないといけない時もあるけど、こういう時くらいのんびりしてもいいなって」
     そう言って、彼はほぐした魚を口に含み咀嚼する。美味しそうに食べるものだから、少女も倣って刺身を醤油につけて口に含んだ。ぴりりっとすり下ろしたわさびが効いていて、口の中で魚の脂を中和してくれる。おいしい、と小さく洩らせば、嬉しそうに笑ったウツシがそっと何かを差し出してきた。
    「ほら、あーん」
    「ん?」
     幼い時の習慣だったからか、特に疑問も持たずにかぱりと口を開ければ、何かを突っ込まれる。そのままもぐもぐと噛めば魚とも違う、肉の食感。
    「ブルファンゴですかね?」
    「たぶんね、ほらこれも美味しいよ」
     流されるまま、次を差し出される……が、流石に彼女としてもそれは恥ずかしいので避けたい。というか同じものがあるのに何故わざわざ箸で渡してくるのか。
     そんな事を考えて、じとりとウツシを睨めば、ウツシは途端に怒られたガルクのような顔になる。
    「だって、愛弟子に美味しいもの食べてほしかったし……」
    「……」

     この男はわざとやっているのだろうか。
     長年の付きあいではあるが、年上だし、尊敬している師だというのに、時折こうして少女の母性をくすぐってくるのである。

     そんな気さえする顔に、少女は大きくため息をついた。
    「仕方ないですね……けど、私の分もあるので箸で渡さなくても大丈夫ですよ」
    「うん」
     これではどちらが年上なのやら。勝手知ったる人間だからか、普段と異なる甘えを見せる男に笑って、夕飯を堪能する。
     温泉もあるようだし、実に楽しみだ。
     と思っていたのだが――

    「これ、夫婦と思われてますよね」
    「たぶん?」
     食事も終わり、二人で少しだけのんびりした後、ゆっくり浸かった温泉から戻ってくれば、畳の部屋に敷いてある布団は一組だけ。おまけに枕が二つ並んでいて、どう見ても夫婦で寝てくださいね。という女将の謎の気遣いが見えた。
    「どうしましょう……」
    「いっその事、一緒に寝るかい?」
    「寝ません!!」
     冗談で言った言葉に彼女が真っ赤になりながら否定し、部屋の外に出ていく。恐らく女将を呼びにいったのだろうが……。

    「……冗談、でもないんだけどなぁ」

     まぁ、うっかり襲ってしまえば、ヒノエとミノトにさっくりと粛清されそうだが。そんな事を考えて出たウツシの独り言は、誰に聞こえる訳でもなく、夜空に消えていった。












    二日目

     翌日、普段から早朝に起きる事になれている二人は、日も明けるギリギリに目が覚めた。当然ながら布団は別々。衝立まで置いてあるという念の入れようだ。
     昔は一緒の布団で眠っていたじゃないか、というウツシの内心などいざ知らず。たった一枚の薄い衝立が、今は厚い壁のように立っていたのである。
    「……」
     そんな事をぼうっと考えながら、ウツシは身体を起こす。案外背の低い衝立の向こうで、起き抜けの少女とばっちり目が合った。
    「……おはようごじゃいます……」
    「うん、おはよう」
     もにゃもにゃ呟く彼女の頭を撫でてやり、ウツシは風呂場に向かう。温泉も有名だというし、せっかくだから堪能したかったのだ。手ぬぐいを持って移動すれば、朝の澄んだ空気が辺りを支配していて心地よい。足を付ければまだぼうっとしている身体には程よい刺激だ。
    「旅の人かにゃ?」
    「あ、すみません。準備中でしたか」
    「大丈夫だにゃー」
     腰まで入ったところで聞こえた足音に慌てて振り返れば、デッキブラシを持ったアイルーが立っていた。従業員らしく、慌てて湯から出ようとすれば、くつくつと喉を鳴らして止められる。
    「お客様第一だから大丈夫だにゃ
     それに、まだ掃除には早いからゆっくりするといいにゃ」
    「はい」
     少々申し訳なくなりながら、言われるがまま湯に肩までつかる。ぽかぽかと全身が温まるような感覚に、ほうと大きく息をついた。
    「お客さんは観光かにゃ? 今日は何処にいくんだにゃ?」
    「ええっと、砂原のほうですね」
     昨日の晩、寝る前に少女と二人であーでもない、こうでもないと言いながら決めた場所だ。何でも、普段自分たちが行くような砂原とは、異なる色をしているのだとか。
    「うにゃ、あそこはいいにゃぁ。ぽかぽかだにゃ
     火口もばっちり見るといいにゃ」
    「ありがとうございます」
     地元のアイルーに教わったのなら、間違いはないだろう。良い事を聞いたとウツシは笑って、湯から上がる。掃除の時間を邪魔してはいけないからだ。
    「にゃぁ、一緒にいた女の子も、喜んでくれるといいにゃ」
     去り際に、ニコニコと笑うアイルーがそう呟いた。
     恐らく彼にとって他意などなく、純粋に仲が良さげだったから言っているのだろう。ウツシにとっては、未だにこちらに振り返ってくれない、大事な相手ではあるのだが……。だから少しだけ苦笑して頷く。
    「そうですね」
     これがきっかけで、自分を『兄』としてではなく男として見てほしいと。
     果たしてその願いが果たされるのか、謎なのだが。

     そんな事を考えていた男が部屋に戻ってくれば、ウツシと少女が先ほどまで眠っていた布団はきっちり畳まれていた。
     のだが……
    「あ」
    「っ!」
     丁度少女が着替え中だったのである。
     引き締まった身体と、襦袢の上からでも分かる、自分にはない、柔らかそうで甘いふくらみ。ほんのり色づいた頬が美味しそうで――
    「ってゴメン!!」
     ウツシはそこまで見て、そしてうっかり妄想してから、勢いよく戸を閉めた。見てしまったのは自分の方だというのに、顔に熱が集まって仕方がない。絶対に怒っているよな、と思案していたところで、静かに背後の戸が開かれた。
    「あ、あの……教官」
    「う、ん。ご、ごめん……愛弟子」
    「あ……いえ、私の方こそちゃんと場所を考えて着替えるべきでした……」
     一発殴られることも覚悟したのだが、少女は可哀そうなくらい顔を真っ赤にしながら、ウツシは悪くないと否定する。自分の不注意だからと訴える少女に、思わずジンと来てしまった。だが、いつものように抱きしめる訳にもいかず促されるまま部屋に入る。
    「も、もうすぐ朝ご飯ですね!」
    「そ、そうだね!!」
     だから、少女がわざと話題を変えてきたのに便乗して、男はこくこくとわざとらしく大きく頷く。
     やがて朝食を運んできたアイルーは、二人の真っ赤な顔を見て、不思議そうに首を傾げるのだった。


    「朝食の温泉卵は最高でした」
    「うん、あの黄身のとろりとした加減は実に良かった……」
     普段こそ会話が弾む二人が、珍しいまでに静かに朝食を取ったあと、散策がてら、言われた砂原のほうに向かって歩いていた。舗装された道は普段、駆け回っている場所よりも歩きやすい。視線を動かせばすり鉢状の山が見え、そこには柔らかそうな緑の草が生い茂っている。空は青く澄んでいて、まさに歩くには最適の気候だ。
     そんな中で、二人は今朝の朝食の話で盛り上がっていた。
     旅館の朝食なので昨日のような豪華なものが来ると思っていたのだが、内容は案外シンプルな粥のみだった。だが、島でとれた魚介を使った出汁が良く効いていて、一口食べるごとにふんわりと旨味が口の中に広がっていったのだ。
     さらに、梅干しや、漬物などの口直しもそろっていて、中でも彼女は温泉卵がお気に入りになったらしい。とろとろの黄身と、出汁の味がマッチしていて、いくらでも食べられそうだと思ったのだ。
    「ご満悦だね」
    「勿論です! あんなにおいしい温泉卵は初めてです」
    「ふふ、愛弟子が嬉しいと、俺も嬉しいよ」
     先ほどのハプニングは敢えて触れず、二人で会話しながら歩いていく。
     やがて見えてきたのは、普段彼らが狩猟に行くような砥粉色の砂ではなく、黒曜石のような黒い砂。
    「わ、全然色が違う」
     近くにあった砂を見て、少女が感嘆の声をあげる。
    「凄いね、俺たちが行く砂原と全然違うや」
    「本当に真っ黒!」
    「ふふふ、あの火山から出た溶岩が固まって、長い年月砂になったものみたいだ
     これも島の歴史だね」
    「ですね」
     ヒノエの作った冊子によれば、あのすり鉢状の山はかつての活火山だったらしく、数十年前は溶岩が噴き出しているのも見えたそうだ。ウツシに手を引かれるまま、道なりに進み、山肌に設置された階段を登る。モンスターがあまり出ないからこそ整備された道は、彼らにとっては運動にも満たないだろう。
     頂上に来たところで、火口だった場所を見る。そこは今は草が生い茂り、大きな岩と共に眠っているようだ。
    「ここが活火山だったら、テオテスカトルがいそうだね」
    「うふふ……もしかしたらグラビモスもいるかもしれないです」
    「そうだね、ナナテスカトリだって、バサルモスだっているかもしれない
     そう思うと、モンスターの生態系は本当に不思議だ」
     そんな会話をしながら、周囲を見渡せば、山の息遣いのようなものが見え、天を見れば空が広がっている。その遥か奥には、海が一望できて、なんとも贅沢な風景だ。
    「ゴコク様が見たら、素敵な絵にしてくれそうだね」
    「はい、せっかくなのでカメラに収めて、帰ってからゴコク様に見せます!」
     少女はそう言うと、持ってきたカメラで嬉しそうに風景を映していく。
    「きょーかん」
    「ん?」
     そんな彼女をぼうっと見つめていた時だった。ぱしゃりと何か音がして、カメラを構えた彼女が嬉しそうにしているのが見えた。
    「撮ったの?」
    「はい!」
     ウツシが聞けば、当たり前のような返答。それに苦笑し、カメラを少女からさりげなく取り上げて、ウツシも一枚撮影する。元はウツシのおさがりなのだ。使い方も熟知している。だから彼女が手を伸ばして取り戻す前に、上に持ち上げてもう一枚。
    「ちょ、フィルムがもったいない!」
    「昨日そんなに撮ってなかったから、まだあるでしょ」
    「う……」
     ウツシがくつくつ笑って少女にカメラを返す。これ以上揶揄うと、本気で怒られかねないからだ。以前やりすぎた時は三日も口をきいてくれなかった。そんな事は死んでもごめんだ。
    「もう!」
     子供のように頬を膨らませて怒る少女が愛らしく、自分と異なる柔らかい髪を撫でる。暑さで少しばかり汗ばんでいるが、それでも指を通る感覚が心地よい。
    「ふふ。じゃあ、先に進むとするぞ、愛弟子よ!」
    「はい!」
     一通り撫でて満足したのか、ウツシはいつものようにはつらつとした声で、次を促した。その顔は少年のようにキラキラと輝いていて、目の前に楽しい事があると確信している顔である。
    「もう俺は楽しくて楽しくて、早く次に行きたくてたまらないんだ!」
     そう言うと、彼は先ほどと同じように自身の愛弟子たる少女の手を引いて、次の目的地へと歩き始めた。
    「まだまだ時間もあるし、ヒノエさんが言っていた最後の目的地でお昼をいただこうか」
    「そうですね、女将さんが持たせてくれたおにぎりを食べるのが、今から楽しみです!」

     そんな会話をしながら歩いていれば、先ほどの山肌と打って変わって、木々が生えた森のような場所にたどり着く。積まれた石垣のような場所に、苔が生えていて、時間の経過を表している。丁度その切れ目に、大きな木が植わっていて、まるで意志を持っているっかのように、縦横無尽に生えていた。その隙間には細い階段が見えていた。
    「木が避けているみたいです」
    「そうだね、木が意志を持って道を開けてくれているかのような景観だ」
     二人がそっと道を覗き込んでから呟く。遠くで蝉が鳴いているのが聞こえ、空を見た。
    夏の暑さも緩和するほどの木陰は、二人にとっては程よく。汗ばんだ額を拭いながら、水筒で水を飲む。
    「オトモ広場を思い出すね!」
    「この景観が、ですか?」
    「そうそう、この先に行くとありそうでしょ
     イオリくんを連れて行ったら、真っ先にオトモたちについて考えてそうだ」
    「ふふ、そうかもしれません」
     ウツシの言葉に頷いてから、階段を登っていく。途中で木漏れ日が見えて、一層風景を神秘的にしていた。握られた手を離したら、そのまま何処かに行ってしまいそうな雰囲気で、二人は無言で歩みを進めていく。途中で見えた社に手を合わせてから、丁度良く座り心地のよさそうな石に座り、竹の葉でできた包みを開いた。
    「綺麗な三角形のおにぎりだ」
     見えたのは、少女の両の手に簡単に収まるおにぎり。隣には沢庵が添えてあって、昼食には丁度いい量だ。かぷり、と一口食べるとふわりと柔らかい食感と、酸っぱい味が舌を支配した。具である梅干しは暑い気候にはうってつけで、一気に唾液が出てしまうがおいしいと思える程の味。それに――
    「教官が握るよりも柔らかいし、おいしいかも……」
    「ええー……」
    「だって教官のおにぎり、圧縮されているんですもん! びっくりするくらいかちかちですよ!」
    「いっぱい食べられて、具もいっぱいあっていいだろ!」
    「いいですけど、食べやすさも重視してください」
     そんな子供のような戯れをしながら、友にお昼を食べる。久々にのんびりした時間を過ごしつつ、遠くで聞こえる蝉の大合唱を聞くのだった。


     二人でおにぎりを食べたあと、フラフラと集落で店をひやかしたり、貰った飲み物を飲んでいれば、あっという間に日は暮れていく。ウツシに手を引かれ、導かれるまま宿屋に戻ればまだ夕飯には早かったらしい。歩いて汗だくになった二人は顔を見合わせると、お互い風呂場に向かうために用意をする。手ぬぐいを持って男女に分かれた暖簾を潜り抜けた。ウツシは軽く身体を洗って、露天風呂がある方に向かう。辺りは真っ暗だが風呂場には明かりが灯っていて、ほんのり辺りを照らしている。朝の時とはまた違った風景に思わずため息が出て、そのまま足を湯船に着ける。ハンターの時と異なり、四六時中戦っている訳ではないにしろ、たくさん歩いたのでさしものウツシでも少々疲れたのである。
    「いいお湯だ」
     そんな事を誰もいない風呂に向かってぽつりとつぶやく。
     肩までつかると、暖かい湯が身体を温めていく。心地よくて大きく息をつけば、竹垣の向こうから聞きなれた声がする。
    「あれ……」
    「わー、すごい誰もいない!」
     きゃらきゃらとはしゃぐ声と共に、ぱしゃりと何かを弾くような水音。恐らくウツシと同じように少女も露天風呂にやって来たのだろう。嬉しそうにお湯を堪能しているようだ。
     しばらくそんな嬉しそうな声が続いた後で、ふと唐突に静かになる。景色でも楽しんでいるのだろうか、と聞き耳を立てたところで小さな声が耳朶に響いた。
    「……おっぱい……大きくなったかな」
    「んぶっ!?」
    「え!?」
     思わぬ言葉にウツシのキャパシティーは、あっという間に限界を迎えた。一体何のために! だとか、誰のために? とかそんな考えが渦巻いて、思わず叫びそうになって、どうにかそれをこらえて飲み込む。少し声が漏れて少女が慌てたような悲鳴を上げたが、それよりもぐるぐるとウツシの中で一つの考えが過った。
     ――もしかして、好きな子がいるのかな。
     そんな事を考えて、頭をふる。
     少しだけ胸の痛みを感じて、ウツシは湯船を出た。温まったはずなのに、どうにも身体は冷えたように感じて頭の後ろを掻く。
    「嫌な大人だな……俺」
     好きな子がいることは喜ばしいのに、それを自分の執着心が邪魔をする。どうか気づかないでくれと少女に願いながら、彼は風呂場を後にするのだった。

    ウツシが部屋に戻ってくると、昨日と同じように膳が置いてあり、相変わらず豪華な夕飯が置いてあった。山の幸と海の幸がそれぞれ綺麗に器に入っていて、見た目も美しい。少女はまだ戻ってきておらず、彼はそんな彼女を待つように座布団の上に座り込んだ。天井の木目を見つめ、さてどうしようかなんて考えていたところで、そっと戸が開く。
    「おかえり」
    「ただいまです」
     上気した頬を見せながら、少女が嬉しそうに部屋に入って来た。濡れたままの髪を見て、ウツシが手招きすると、足の間にすっぽりと少女が収まる。持っていた手ぬぐいを回収すると、そのまま丁寧に髪の水滴を拭っていく。
    「まったく、いくら暖かいとはいえ、濡れたままは感心しないよ」
    「はぁい」
     慣れた手つきで髪の毛の手入れをされ、少女もまんざらではないらしい。時折ウツシの胸板に頭を預け、甘えるような素振りを見せてくる。それに苦笑しつつも、心の奥底で何かどろりとしたものが支配して、大きくため息をつく。
    「ねぇ、愛弟子」
    「なんですか?」
    「胸の大きさだけがすべてじゃないからね」
     だから少しだけ困ってしまえ。なんて思って少女に言えば、彼女は途端に首まで真っ赤になってこちらを見た。その表情に、留飲が下がったのは何故だろう。
     だが

    「あいた!」
    「き、聞いて!」
    「ごめん、聞こえてた……」
    「うわあぁああぁぁぁぁ……っ!」
     涙目になった少女に思い切り叩かれ、そしてぽかぽかと弱い力で殴られている。痛くはないのだが、流石に可愛そうになってしまったのである。なんという変わり身の早さだろうか。だが、彼にとって目に入れても痛くないほどに可愛がっている――同時に手に入れたいと思っている――少女なのだ。こればかりは仕方ないというもの。
     そんな訳で、殴られているのを享受しつつウツシは、少女に謝罪を入れる。
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