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    ChukanabeMH

    @ChukanabeMH

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    ChukanabeMH

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    ウツハン♀
    現パロアクション

     しとしとと秋雨が街に降り注ぐ。夜も更けてきて、大通りに面した店舗は店じまい。新宿駅に向かう人間以外、人通りも少なくなっていた。仮にいたとすれば、酒を飲んでいた人間か、あるいは社会の歯車として働いていた人間か、もしくは一夜の夢を見せる人間だ……。
     そんな中で、新宿にある眠らない町は煌々とネオンが輝いて、雨にも拘わらず、まるで異世界に迷い込んだような錯覚をするほど、どこか異様な雰囲気がある。客引きこそいないものの、そこの区画だけは濃厚な空気だけが漂っていた。
     その奥まった一角にあるラーメン屋。狭い店内にカウンター席が五つほどあるだけの場所で、一人の男がラーメンをすすっていた。

    「ウツシだな」
    「んう?」
     ウツシと呼ばれた男は、割りばしを持ったまま振り返る。
     男は精悍な顔つきで、ぱっと見駆け出しの俳優と言われても、納得できるほど整っていた。目元には切り裂かれたような大きな傷跡があるが、それすらも彼を引き立てている。体つきは大きめの黒いパーカーを羽織っているためわかりづらいが、かなり鍛えられているのだろう。年こそ、そこそこ若いはずなのに内包された力は、まるで大樹を思わせるほど。老成した仙人だと言われても納得できる程の男は、呆けた顔をしているが実際は隙などまったく見えない。
     そんな彼は、呼ばれた相手に見覚えがないのか、こてりと首を傾げる。中に入って来たのは一人だが、気配を見るに外に数人控えているのだろう。
    「何か用かい?」
     あくまでも笑顔で話しかける。心当たりがないのだから仕方ない。けれど向こうにはどうやらあったらしく――
    「ふざけるなよ、お前がお嬢様をたぶらかしたのは裏が取れてるんだ!」
    「おじょうさま……」
     はて、そんな名称の人間いただろうか。とウツシの記憶が廻り、ふと思い出す。つい先日、何を勘違いしたのか自分に言い寄って来た人間がいたことに。
    「あー、あの子か
     すまない。俺は自分の番にしか興味ないから」
    「てめえ……」
     まるで興味がないと言うウツシに、男がつかみかかろうとして――できなかった。
     そこにいたはずのウツシは、いつの間にか席を立っていたのだ。
    「店に迷惑になる、外に出よう」
     そう言われて、男は舌打ちをして表に出た。雨は弱まっているが、それでもなお不快に思えるほどに降り注いでいる。
    「それで、俺がたぶらかしたって話だけど――」
     店から出た途端、後ろにいた男が殴りかかってきたのだ。それをウツシは一歩足を動かして避ける。散歩をするように、なんでもないとでもいうように。
    「ふっざけ……」
    「確かにあの子からは告白されたよ
     けど、俺にはもう相手がいるから、普通に『はい。わかりました。付き合いましょう』じゃ、浮気になるでしょ」
     もう一度殴ってきた相手の足を軽く払い、倒れる勢いを利用して投げ飛ばす。ガードレールに当たって気絶したが、歌舞伎町という場所では誰も相手にしない。
     それを見てか、周りで待機していたごろつきが弾かれたように一斉に襲い掛かってくる。飛んできた拳を避けて、懐に潜り込み顎に掌底を食らわせる。脳が揺れて相手の身体が崩れたところで、横腹を蹴り飛ばした。
    「だから、断ったのに……これは、腹いせってやつかな」
     やってきたもう一人の拳を受け止めて、ウツシはにっこりと笑う。笑っているのに……それは楽しいだとか、嬉しいだとか、そういう正の感情をすべてそぎ落とした何かだった。ふと、殴った男は思い出す。笑顔というのは本来は――威嚇行為だということに。

    「――――がっ!!」

     それを思い出したと同時に男の身体が吹っ飛ぶ。蹴られたと気づいたのは、吹き飛んで意識が朦朧としている中で見えたウツシの足だ。有名なスポーツメーカーのハイカットスニーカーの靴底が、いやに鮮明に映った。
    「っと、これで三人目……あぁ、そうだ。
     君たちがここから生きて帰ってこれたら伝えてくれ『死んでもお前とは付き合わない』って」
     そこからは、喧嘩をふっかけた相手にとっては地獄だった。振るった拳は攻撃など存在しないかのように避けられて、カウンターとして蹴りや掌底を繰り出される。複数人で襲い掛かっても同じで、勢いに任せた拳や蹴りをするりと避けられて、挙句の果てに同士撃ちまでさせられた。
    「くそ!!」
     誰かが持っていた武器のナイフを振り回したが、表情一つ変えずにナイフを持った手首を蹴られ、衝撃で手から刃物を離した隙に、腕を掴まれて背面に回され地面に拘束される。
    「格上相手に武器を持ち出すのはありだね
     ただ、相手を見極めないと、自分が死ぬよ」
     ウツシが教師が生徒に指導するかのように伝えると『ごきり』と音がした。どうやら腕が脱臼したらしい。痛みで呻く前に背中から衝撃があって、意識がぶっ飛んだ。
     残りの人数が少なくなったところで、沸いて出るのは恐怖だろう。得体の知れない何かに恐慌し、一人の男が拳銃を抜いた。
    「おい!」
     別の誰かが止めるがお構いなしだ。相手は化物だという恐怖にかられ、がたがたと震える腕で照準を合わせる。引き金を引こうとしたところで――

     ――がちん

     間抜けな音が周囲に響いた。
    「ダメだよ、撃つ時はきちんと確認しないと」
     安全装置が下がっていなかったのだろう。フルオートとはいえ、拳銃には安全装置がつきものだ。初めて触ったに違いない男は慌てふためいているが、そんなことは知ったことではない。ウツシはにこりと笑って男に近づく。そのまま拳銃を持った腕を掴み、自身の心臓の位置にあてた。
    「狙うのはここ」
     ほら、撃ってごらん。というウツシは、男にとってまさしく化物と同義だろう。隣にいた男が助けようと殴りかかって――
    「ふぁいとー、いっぱーっつ!」
     できなかった。何とも間抜けな掛け声と共に、男が背後から何者かに蹴り飛ばされた。蹴り飛ばした張本人はビニール傘片手に思い切りドロップキックをしたらしく、濡れたアスファルトの上に綺麗に着地する。
    「愛弟子!!」
     ウツシの嬉々とした言葉に拳銃を構えていた男は顔が真っ青になった。増援か! と思ったところで、頚椎に衝撃。途端に男の視界はブラックアウトした。

    「とりあえず……倒しちゃっても大丈夫でした?」
    「問題ないよ! どうも逆恨みっぽかったし」
    「なるほど? また何処かで女性をたぶらかしたんですか」
    「違うからね!? 俺そんな不誠実じゃないから!」
    「吊り橋効果って知ってます?」
    「俺は君以外、まったくもって興味ない」
    「はいはい」
     傘をさした少女は、今さらながらにウツシに尋ねる。
     とっさに手を出してしまったが、万が一という事があったからだ。だが、ウツシは地面に伸びた男立ちに興味を失ったのか、先ほどと打って変わって嬉しさを爆発させながら両手を広げていた。まるで、おいで! とでも言うように。けれど少女は首を横に振る。
    「今ウツシ教官にハグされたら濡れるので、やっ! です」
    「ええー!!」
    「声でかっ……いくら歌舞伎町とはいえ、夜中に大声だしたら迷惑ですよ」
     少女は先ほどまでウツシが食事をしていたラーメン屋を見る。透明なガラスのドア越しに店主が気にするなと首を横に振っていた。その様子を見て、彼女は大きくため息をつくとぺっしょりと濡れたウツシの髪を撫でてから腕を引く。
    「さ、帰りますよ」
    「はーい」
     濡れたパーカーを被り、ウツシは先ほどの惨劇などなかったかのように足取り軽く、アスファルトの上を歩いていく。雰囲気だけはデートのようで、やがて二人は深夜の街に消えていった。

    「あれが、ねえ……」
     そんな先ほどまでラーメンを呑気に啜っていた青年の後ろ姿を、店舗の主である店主は見守っている。元より彼は『依頼者』なのだ。先ほどの一騎当千さながらの活躍を見て、改めて納得してしまう。
    「異形退治専門の何でも屋って聞いていたが、本当だとはなぁ」
     人がいるところには必ずいる、大なり小なりの人とは違う何か。妖怪、妖精あるいは怪異。古今東西の様々な人ならざらぬ何かは、人の営みと共に住まいを変えてきた。特に浄化作戦なんて闇営業をあぶりだそうとした作戦があったにもかかわらず、相変わらず混沌としたこの街にはそういったものが大量にいるらしい。ふと、店主は油で汚れた壁を見る。

     そこには、自分の店が掲載された雑誌のスクラップの他に――ウツシによって身体を破壊された怪異の残骸がこびりついていた。
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