【捜索依頼】依頼人:ハレルヤ「……では、本日のご要件をこちらの紙へ。ご依頼内容の説明もお願いします。」
曇り空が広がった昼頃、微かに灯された消灯が寂れたオフィスとテーブルを照らし、女性と小さな子供が二対一で向き合っていた。
「…はい。ここに書いた通り、貴女達に行方不明になった人を探してほしいんです…」
テーブルに置かれた書類と封筒には、細かな同意欄に書かれたチェックマークとサイン、内容には『捜索依頼』と書かれていた。
依頼を書いた少年の名はハレルヤという。
それほど身なりの良い人間では無さそうな見た目をしているが、書類の傍に置かれた長細い封筒には何枚も重なった分厚い紙が入っているのがわかる。
対するに黒スーツを身にまとった2人の女性。この組織へと入ったばかりの新人、ヤクモとその上司であるソロモンだ。
2人は依頼人である、ハレルヤの話を聞きながら、ソロモンはその依頼書を手に取り、ゆっくりと目を通していく。
その横顔からは相変わらずと言うのだろうか。その表情から変化を読み取る事が出来ず、ただ光の無い薄汚れた眼差しだけが書類を通していた。
「……行方不明になったのは身内である20代の男性、バサラ。数週間前に依頼人が外出から戻ると部屋が荒らされ、彼がいなくなっていたそうです。辺りやよく行くという目星がある場所へは何度も探したが一向に見つかる気配は無く……。そこで、私共の組織に依頼したいとの事です。」
隣に座るヤクモが説明を終え、依頼人を見つめる。
それは何の変哲もない小さな少年。この世界で避難しながらも生きている弱々しい表情の少年が口を開いた。
「こんな小さな子供である俺を、血の繋がりもないのに助けてくれたのがバサラさんなんです。命の恩人、大切な……家族のような存在なんです…。どうか、俺の大好きなバサラさんを……助けてあげてください!!お願いします…!!」
「……」
涙ぐんで一生懸命に彼女たちへ使えるハレルヤだったが、ヤクモの心の中は悩まされる一方であった。
(やっぱり、私達に人探しなんて頼むものじゃないですよ…。人助けはしてあげたいけど……そもそも、ここは犯罪組織だっていうのに……こんな所で子供の依頼なんて絶対真剣になって聞くものじゃない…!!)
上司との仕事と言えど呆れるヤクモは、今でも無言で書類を見つめるソロモンを横目でチラ見した。
いかにも、ここは街の裏側に潜むモンスターを片っ端から嬲ってはその軍団から資金を調達したりなど、依頼と金によっては頼まれた人物に拷問、惨殺などを行う非道な集団なのだ。
そんな危険な組織に、こんな小さな子の悩みを受け入れる事自体間違っていた。
「わかりました。」
書類を置いたソロモンは小さく返事をした。
「え?」
意外な返答に驚いたヤクモだったが、すぐに正気に戻り、慌てて小声で口を挟んだ。
「ちょ、ちょっと待ってください…!まさか本当に受けるつもりですか!?この子の依頼を!」
「何か問題でも?確かに、これは仕事としては少し難しいかもしれないけど、これだけの依頼金だと受けても損は無いかと思うわよ」
「そ、そういうことじゃなくって……!!」
「あっ、ありがとうございます!どうしても貴女たちにお願いしたくて……!」
嬉しそうに目を輝かせる少年の笑顔を浮かべて頭を下げるハレルヤを見て、引き下がれなくなったヤクモはこの件を仕方なく納得する事にしたのであった。
***
「ソロモンさん、本当にこの依頼を受けるんですか…?確かに、この封筒に入っている札束は本物のように見えますが……」
依頼人と別れてから、ソロモンは先程受け取った依頼料が入った封筒を大事そうに抱えていた。
「当然。依頼人が誰だろうと金さえ足りれば私たちはそれに伴う働きをするだけだから」
「でっ、でも!子供がこんな大金を用意出来るとは思いません!それにあの子供の話だって怪しいものです!きっと裏で誰かが手を引いてる罠かもしれませんよ!」
必死に訴えかける部下の言葉に耳を傾けることなく、ソロモンは淡々と歩き続けた。
「もうっ……また無視……」
諦めた様子の部下を無視して歩く彼女はいつもこうだ。
考えや意見というものに全く興味を持たない性格。否定もせずに命令された任務に従うだけの頭のネジが弛んだ戦闘狂。その為、ヤクモ自身も彼女をあまり信用していなかった。
無視をして歩くソロモンに負けじとヤクモも追いかけるように後ろから半分嫌味、半分褒め言葉で煽るように声をかけ直した。
「でも……意外でしたね。小さな子供の悩み事に耳を傾けるなんて……ソロモンさんって、人の心が無い…って思ってましたけど、ちょっぴり良い人なんですね!」
その瞬間、ソロモンの足はピタりと止まり、大きめ舌打ちと共にため息を吐くとビル内の廊下にも構わず壁にもたれかかり、ポケットから煙草の箱を取り出すと「火。」とだけ呟いて、ロングサイズを口にくわえた。
「っ、はいはい……分かりました。」
ヤクモは自身のポケットからライターを取り出し、灯った炎が彼女の煙草へと向けられた。
「………12回目。」
「えっ?」
「今回で同じ人から同じ依頼をされた回数」
ふぅ、と煙を吹きながらぼそりと呟いた。
「えっと……つまり、過去この依頼を既に、…11回も受けていたって事ですか?」
「そう。だから、これで12回目の捜索になるわ。まぁ、この依頼なんてただ人を見つけるだけの簡単な仕事だしあれほど高い金貰えるなら別に……」
「ちょっと待ってください!!」
震えながら声をあげるヤクモに、ソロモンは眉間にシワを寄せた。
「何、うるさい。」
「おかしいですよ!!だって、さっきの子供の話……嘘じゃないんですよね!?」
「えぇ。以前探した人もあのバサラだったし、金も偽札じゃなくて本物の金。別に罠なんて物も人もいなかった。」
「じゃ、じゃあなんで12回も探すことになるんですかっ…!!そんなの、行方不明なんかじゃなくて……」
「逃亡してるのよ。あの子供から逃げるために」
彼女の皮肉な言葉の重み、そしてこの世界の現実という気持ち悪さがヤクモに襲いかかり、思わず吐き気がこみ上がってきた。
「依頼人が嘘をついてることなんてもう分かってる。でも、あの子供には何にでも用意できるのよ。言ったでしょ、私たちは金さえあれば働くって」
ソロモンは吸いかけの煙草を廊下に捨てるとヒールで踏みつけ、そのまま駐車場へと向かった。
「あのっ、どういうこと、ですか…?どうして大金も用意できて、こんな、逃げられるようなことをするって……あの少年は…子供は、一体…?」
ヤクモはソロモンの後ろから追いかけ車に乗り込むと、エンジンをかけて発進させる。汚い排気ガスは地上を汚し誰も通らないであろう荒れた道路を走り出す。
「…この世界にまともな子供なんていると思ってるの?」
「え…?でもっ…」
「この地上で産まれた子供は戦争か病で既に死滅している……“ここ”へ最近落ちてきた来たアナタなら知らなくてもそうか……」
「何を、言ってるんですか…?」
ブツブツと呟きながら運転をするソロモンの横顔からは相変わらず何も読み取れず、しかしハンドルを握るその姿は何処かとても美しく見えてしまう。
「あの子はね、人の皮を被った化け物なのよ。」
瓦礫が散らばる車道で車を走らせるの中、人の声がしない街で彼女の「は?」という疑問の声だけが響いた。
***
「ただいま〜バサラさん!……って、そっか、バサラさんは誰かに連れさられてしまったんですよね……」
今にも泣き出してしまいそうな悲しみの表情でテーブルへと座った少年。
卓上には大好きな家族であるバサラと一緒に自分が写った写真の額縁と、その前には血液がこべり付き今では乾ききった汚れた包丁のような刃物が置かれていた。
「きっと、この刃物がバサラのことを傷つけたんだ……今頃、怪我をして痛そうに苦しんでいるんじゃないだろうか……。誰かがバサラさんを連れ去ったんだ……ああ、許せないっ…!!俺の大切なバサラさん……次こそは、俺がずっと護ってあげるから……!!」
誰もいない部屋の中、親愛なる人への平和の祈りを何度も妙な言葉で呟くハレルヤの姿は、まさに狂気に満ち溢れた宗教信者、異常者そのものに見える。
「ハァ、ハァッ、ハァ……!!」
月が上がった夜深くの頃、懐中電灯の灯りだけを頼りに男は道無き道を走る。
脇腹に服越しから浮き出る出血を苦しみながらも必死に手で押さえ、寝る間を惜しんで目に血走りを浮かばせながら必死に足を動かす。
「今度こそ、ッ、遠い所まで、ハッ、追いつけないまで、ハァッ、ハァ、離れねぇと、ッ……もう、ぅ……ハァ…ハァ…来ないでくれよ…ッ!!」
額に流れる汗を拭うことなく走る彼はまるで、カミサマに決められた運命から必死に逃げ惑っているかのようにも見える哀れな罪人でもあった。