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    suzukure8

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    suzukure8

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    死人に口無し
    https://booth.pm/ja/items/2380946

    ##くちなし

    餅は餅屋 ほら、とフレイザーさんが花の一覧を見せてきたのは残業中のことだった。いや残業中に何やってんだこの人。残業というのは終わるはずだった仕事が終わらないとか、急遽終わらせないといけない仕事が出て来たとか、そういうものであって、つまりやるべき仕事があるということで、こんなことをしている場合ではないと思うのだが。
    「フレイザーさん」
    「何」
    「仕事中ですよね?」
    「もう終わるだろ」
    「もう終わるなら帰っても良いですか」
    「あと計算待ちだろ。少しくらい世間話をしていけ」
    「僕はそれ、パワハラって言うと思うんですけど」
    「残念ながら此処はマフィアだしマフィアに労基はない」
    「先に僕の反論を潰してくるのやめてもらって良いですか」
    「お前は俺の部下だしお前に拒否権はない」
    「ウワ…パワハラのお手本のような台詞…」
    とは言え、計算待ちで暇なのはそうだった。フレイザーさんはクソ上司だが仕事が出来るのは本当なので、そういうところは絶対に間違えない。どれだけ恨みがましくても間違えろ、とは思えないし、いつだか言われた下剋上だとかも別に興味はないし、そうするとなるとまだ当分このクソ上司の下で働かないといけないらしい。いろいろとうまく行かなかった、ということもあるが、やっぱり名刺をもらったからと言ってそのまま突き返せば良かったのだ。…まあ、あの時突き返していたら今、僕は此処にはいないだろう、というのはよくよく分かっていたが。それはそれ、これはこれ、だ。もうそれなりに僕にも諦めがあるので、あの頃と同じようなことを口に出して言うようなことはしないが、結局あれが一番の分岐路だったよなあ、とは思うので。
    「それで?」
     何ですか、と向き直る。まだ時間はかかりそうだった。一応此処にあるのはハイスペックな端末やら何やらばかりなのに、その機体で此処まで結果が出るまでが遅い、ということで相当面倒な計算をさせていることが分かってもらえるかと思う。花の一覧の横には日付が書いてある。今日は何の日、の花版があったりするのだろうか。この前も今日はなんだかの日だからなんだかの花が手に入るぞ、だとか言ってきて、お節介にもそのあとにスリーさんに花言葉を送りつけたりして。フレイザーさんの気遣い(だと思うのだが、多分)は少し、よく分からない方向から来る。別に、そういうことはしてくれなくても、僕は僕でスリーさんに何か贈ったりなんだりくらいは出来るのだが。
    「スリーさんの誕生日は知ってるよな?」
    「ひとのこと何だと思ってるんですか」
    「誕生花、こんな感じ」
    「いや何ですか突然誕生花って…」
    「名前つけるの困ってただろ」
    何を言われているのか一瞬、分からなかった。
    「誕生日出て来るまで粘ってたのに」
    その、言葉で。
     グリンさんに半ば強制的に入れられた、ゲームのことを思い出す。うさぎに似た生物を育てるそのゲームは、幾らかいる中からどの生物を育てるか選べるのだった。グリンさんに聞いたら特に差異はなくて、でも誕生日が違うから、好きな日付が出るまで選び直すのもありだぞ、なんて言っていたから。
    「………アンタの、」
    ただの、気まぐれのつもりだった。このゲームだっていつまで続くか分からないし、僕はあまりゲームなんてやらない方だし。でも、意外に想定していた誕生日が来なくて。途中から意地になったのは認めるけれど。
    「そういうところが嫌いなんですよ!!」
    本当の、本当にこういうところが嫌いだった。気遣いのつもりで、こっちの踏み込まれたくない場所まで平気で入ってくるところが。これがまた土足とかの様相だったらもっと僕は怒れた気がするのだが、どうにもこういう時のフレイザーさんは割合真面目で、そういうフレイザーさんは当然、ひどく珍しいのであって。
     そうやって思うと、声を荒げるくらいしか出来ないのだった。本当に理不尽である。
    「ていうかマジで誕生花って何ですか」
    「知らねえのかよ。誕生石くらいは聞いたことあるだろ? それの花版」
    「誕生石って…四月はダイヤモンドみたいなやつでしたっけ」
    「それもまあそうだけど、それは月ごとの方な。俺が言ってるのは日付ごと三百六十六ある方」
    「………は?」
    「お前そんなだとモテねえぞ」
    「あの、別に何も考えていない発言だとは思いますが、フレイザーさんは僕がモテて良いんですか?」
    「おうやめろもう絶対にモテるな」
    「言い方!」
    フレイザーさんにとって優先すべきがスリーさんであることは別に良いし、僕だって優先させて欲しい訳ではないけれど。やっぱりもっと言い方というものがあるのではないだろうか。特に、フレイザーさんはこんなだし、僕だってこう、思うところがない訳ではないのだし。早く計算終わらないかな、と思って端末の方を見たが、まだ終わらないと思うぞ、とだけ返された。畜生、フレイザーさんは僕なんかよりこの仕事が長いから、時間だって見誤らない。いや、良いことなのだろうけれど、素直にすごいと思わせてくれないのがフレイザーさんだった。本当に何なんだろうな、この人。
    「つーか、名前ずっと空欄だったのか? そういうのって愛がないプレイヤーとして見られるんじゃないのか?」
    「は? 知りませんよそんなの…っていうかフレイザーさん、こういうゲーム………いややっぱなんでもないです」
    「その時の彼女に合わせてやってみるくらいはするだろ」
    「だから聞いてませんって」
     分かったから聞かなかったのに、どうして返してくるのだろう。嫌がらせだろうか。もう面倒だな、と思って端末でそのゲームを呼び出す。さっさと名前をつけてこの話題を終わらせよう。
    「で、名前欄どうしてたんだよ」
    「良いじゃないですか、今埋めたんですから」
    「結局どれにした?」
    「うるさいです。どれだって良いじゃないですか」
    「アイディア提供者としては知っておきたい」
    「知らなくても良いことですよね?」
    「言いたくないならグリンから聞き出すが」
    「………睡蓮にしました」
    グリンさんに聞かれたら一発でバレる。だって今現在僕のフレンドはグリンさんしかいないのだから。グリンさんに黙っていて欲しいと今すぐメッセージなりなんなりを打つことも可能だっただろうけれど、そもそも僕とフレイザーさんだったら、グリンさんは当然フレイザーさんを優先するだろう。こんなでも上司なのだし。これは仕事ではないと言われそうだったが、グリンさんは面白い方に全チップの人だ。期待するだけ無駄だった。
    「そうか、睡蓮か」
    「もう言ったから良いですよね。早く計算終わらないかな~」
    「色、黄色にしてるんだっけ」
    「だったら何ですか。うちの組織のテーマカラーみたいなのって黄色でしょう」
    「テーマカラーって訳じゃあないと思うけどな、そうか。黄色の睡蓮の花言葉は〝優しさ〟だ。覚えておけ」
    「忘れました」
    「別に良いじゃないか、お前がスリーさんのことを優しいと思ってても」
    「そんなことは思ったことないですし、その花言葉とかだって今フレイザーさんが言ったやつですし信憑性もクソもありませんからね!?」
     また声が荒くなってしまったが、そんなことを気にするフレイザーさんではない。気にしろ。で? なんでまだ会話を続けようとする。計算はまだ終わらない。本当に早く終わって欲しい。クソ、あとでスパコン用の予算枠拡大案を作ってやる。
    「その前は空欄だったのか?」
    「…今日随分しつこいですね」
    「対スリーさん用の足止め話題を持っておこうと思ってな…」
    「当然のように僕をネタにするのやめてくれませんか」
    「でも、一番効果あるぞ」
    「もう試したことあるみたいな言い方やめてください」
    「もう試した」
    「最低すぎる…」
    これに関してはまあ、部下に足止めをさせるような行動を取るスリーさんもスリーさんだ、という気持ちもあるが。それはそれとして、フレイザーさんが人を餌みたいに扱っている事実は変わらない。本当に勘弁して欲しい。
     はあ、とため息を吐いた。
     画面は変わらない。僕は帰れない。仕事は終わらないし、フレイザーさんは言い出したら結構しつこいことを知っている。なんていうか、あの上司にしてこの部下ありと言うか、絶対にフレイザーさんはスリーさんの遣り方を真似ているところがあると思う。そう思ったら腹が立ってきたので今度アシュクロフトさんに聞いてみよう。答えはもらえないかもしれないが、同意くらいはもらえるかもしれない。
    「………〝ねこ〟にしてましたよ。これで良いですか」
    「ねこ………? ああ、catか。…え? なんで?」
    「なんでだって良いじゃないですか」
    「あれ? お前…だって………いやそういう願望がついに?」
    「はっ倒しますよ。日本では猫は名前のついてないものの代表格なんですよ!!」
    「ああ、漱石か。俺も読んだことある」
    「あるのかよ…」
    思わず口に出た。いやもう、この人のバイタリティ、本当に何なのだろう。これが全部女性関係でなければ本当に素直に尊敬が出来ていたのに。別に動機が何だって良いだろうとは思うが、未だ事務所にまで押しかけてくるような相手を引っ掛け続けているのだ、それを思うと何も言えなくなってしまう。
     ぴ、と端末が声を上げる。それは計算が終わった音で、どうしようもないことだと分かりつつ、もう少し早く鳴って欲しかったな、と思った。
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