痴話喧嘩は白鳥も食まない ――マヨイ先輩と喧嘩してしまった。
そう藍良が相談されたのは、ESビル屋上の空中庭園でのことだった。ALKALOID結成以降、なにかと利用している今や馴染み深いリラックススポットだ。
そこに来て、弁当を広げながらベンチの隣に腰掛ける一彩を藍良はそっと見た。
「ヒロくん、いったい何したの?」
「……僕がなにかした前提なんだね……」
「拗ねてる?」
「拗ねてはいないよ」
これは少々風向きがあやしいのでは、とイヤな予感がした。
そもそも一彩とマヨイの二人に『喧嘩』というワードの組み合わせがカオスだというのに。
一彩はそっと視線を落とした。彼が詰め合わせた色々のおかずが、弁当箱の中で食べられる番を大人しく待っていた。待ち時間がかかるかも。
「心当たりがないんだ。マヨイ先輩はやさしい人だから僕に気を遣ってくれたのかもしれないけれど、尋ねてもいつもはぐらかされてしまって……」
「? おれ、二人が喧嘩したの今聞いたけど……そんなに長いことぎくしゃくしてたの?」
「藍良とは最近予定が合わなかったからね。巽先輩も……。僕とマヨイ先輩だけでレッスンすることが多くて、そのときに少し……」
「――ちょっとォ?」
話を切り上げようとしたのを引き留める。明らかにそこに問題のタネが眠っていそうなのに、あやふやに濁されては堪らない。二人の不和は、そのままユニットの問題につながるからして。
「始まりはそのレッスンの時なんだね? ヒロくん、何があったのかおれに話してみて。ヒロくんに分からなくても、おれが聞いてみたら分かるかも」
「…………あ、それは」
「んん?」
「それは、ダメなんだよ。藍良」
一彩の返しに藍良はスプーンを噛んだ。
お行儀の悪さを指摘しそうな目が向いてくるが知ったことではなかった。藍良はむっと眉を上げる。
「おれ、今ヒロくんの相談を聞いてたよねェ?」
「うん。藍良はすばらしい友だよ!」
「それは良いから。相談に乗るなら、内容がわからないと何も打開策は出せないよねェ? そりゃあおれ、ヒロくんより頭悪いけど、ふつうの感性の人のことならヒロくんよりは察せそうな気がするよ」
藍良はまっすぐに、一彩と目を合わせた。
「ヒロ君の言う"素晴らしい友"に事情を話せないって、なんで?」
疾走していた。
「あ――! 聞くんじゃなかったよォ!」
後ろで名を呼ぶ声なんて気にせず、藍良は弁当箱をまとめて空中庭園を後にする。やたら運動神経の良い一彩に追いつかれそうなものだったが、彼は弁当を広げたままだったので発走には時間が要る。
足を進めながら、藍良はイライラが留まらない。苛立ちこそが藍良を加速させてゆく。
――ふたりだけの秘密と言われているから。
――蕩けた目を伏せながら。
(あんなのただの惚気だよォ!)
別行動でマヨイを捕まえているはずの巽にも連絡してやらなくては。今回の件、おれたちが手を出す必要性はま〜〜ったくないんだ、って!
あてられて真っ赤にした顔のまま藍良は肩で風を切った。