やさしいひと ――ああ優しいな、と思った。
ぼんやりと朧げな視界で、慈愛の目がこちらを見つめていた。
熱を出した一彩に気づいたのはマヨイだった。
それからはベッドに寝かせて、柔らかく布団をかぶせ、ご飯もあーんし、汗をかけば身体を拭き寝巻きを替え、とさんざん世話を焼いた。
パジャマまで着せるのは初めてだったが、マヨイは丁重な手つきで一彩を整えた。いつも通りに、やさしく。
「流石だね」
一彩がそう言うと、気まずそうに視線をうろうろさせていた。
この人は、小さいものがすきだ。
か弱い存在がすきだ。藍良などもよく邪な目で見ている。それでも誰にでも親切で、僕らALKALOIDも当たり前に大切にしてくれる、素敵な人だ。
――僕はこれだけでいい。
これだけでいいんだ、マヨイ先輩。
あれこれと世話を焼かれて、気が抜けたのだと思う。
「先輩が、好きだよ……」
荒い呼吸と入れ替わるように、その言葉が口から出た。瞬きしたマヨイが、ゆっくりとあとずさるのがわかった。
まずいことをしたかもしれない。
それはわかっているのに、熱に浮かされたままでは、その表情すら伺えない。
「……ごめんねマヨイ先輩。気にしないでほしい」
くちびるが戦慄いているのがやっと見えた。
「つい、口から出てしまったよ。言わないでいようと思っていたのに、やっぱり僕はだめだね」
「一彩さん」
「……ごめんなさい」
考えて、決めていたのに。
こんな風にマヨイを困らせてしまって、自分が情けなかった。
けれど言葉は一度漏らすと、壊れた蛇口のようになかなか止まらないものらしい。伝えなくてもいい事をまたひとつ、こぼす。
「マヨイ先輩だと気づいていたんだ」
「……?」
「髪をかきわける感触が、素手ではなかったからね……」
手袋を嵌めた両手を、マヨイはキュッと握りこんだ。いつか眠る頭を撫でたのを、気付いて黙っていたのだと知って、たまらなくなった。
意を決してマヨイは尋ねた。
「一彩さんは……わ、私のことが好きなんですか?」
「……」
「……一彩さん?」
「…………」
「……」
すう、すう、と穏やかな呼吸音がする。
問いかけは空振りしたが、正直マヨイはホッとしていた。それは同時に、答えを受け取る覚悟が決まっていなかったという証拠であり、自分の弱さに気落ちもする。
ばら色の頬、穏やかな呼吸。上下する胸。あどけない寝顔をじっと見つめた。
『先輩のことが、すきだよ』
『気にしないでほしい』
――マヨイの前に踏み出そうとして、一歩引いた。
「そこで貴方に足を止められたら、私はどうしたらいいんですか?」
彼にとってそれは逃げる目的ではなく、あくまで、マヨイの意志を尊重しようとした結果なんだろう。
「やさしいひと」
マヨイは苦く笑う。
けれど、一彩の吐露をなかったことにしては、また『後悔する』ので。あなたが元気になった時には、私から勇気を出しますから。
ちゃんと言葉を受け取りに、来てほしい。
「忘れてなんかあげませんよ」
今すぐに伝えられないもどかしさを埋めるように、眠る子の赤毛を指で愛でた。