深く突き刺したナイフを思い切り横に薙いで抜くと、赤い飛沫が跳ねて服や肌を汚した。
床にも赤い水溜まりができ、その中心には死体となったクルーが横たわっている。
「……やっぱりあいつがジャッカルだったかあ」
さっきの議論であいつを追放したかったな。
袖で顔についた飛沫をぬぐう。
これでゲーム終わらせて勝ちたかったけど、そうもいかない状況となった。
今回のゲームで、中野あるまはインポスターである。
直近の議論では4人2人外の状況が自分目線では確定していて、相方のインポスターが追放された状態では残り一人がジャッカルということは透けていた。
数分前。
「…ていうことだから、このままなら、俺はふじみやに票を入れるけど」
「どうしてですか?容疑者位置にクロレージのラインかサントスクロムラインの可能性があるなら、ここはクロムさん釣りが安定じゃないですかね」
「だからそれは、俺にモーフィングしたインポスターであって、俺はその時エレクトリカルにいたって言ったよ。ここで俺吊ったら、インポスターとジャッカルが残ってクルー勝てないからもっと精査したほうがいいって」
「でもエレクトリカルで誰にも目視されていないですよね」
「アドミン情報と合ってるじゃん」
「でもその時のターンの死体位置判明していないんですよ。マップにうつらない場所でキルされている場合、偽装もありえると思ってます」
「タスク勝ちは無理だから吊りたいんだけど、相手間違えたらクルーが詰み…。誰かわっかんねー…」
おそらく最後の緊急会議になる盤面の中、残された中野あるま、ふじみや、黒川クロム、ねろちゃんでの議論は方針がなかなか決まらない状態で。
制限時間間際で、容疑者筆頭位置にいるとの理由で黒川クロムが追放された。
ーー今ねろちゃんキルしたけど、試合が終わらないということは、やっぱりふじみやがジャッカルか。
だから、さっきの議論で追放したかったのに。
自分のキルクールが溜まるまでは逃げなくては。
そう思っていた矢先、まわりのドアが閉まり、停電になった。
「……おはれーじさんサンキュー」
相方がサボタージュで支援してくれるのは有難い。
感情豊かなあの人のことだから、今頃霊界で賑やかに応援してくれているんだろうなと小さく笑う。
停電中の視界なら、インポスターである自分が有利だ。
エンジンの中心に立って、ベントを警戒しながら周囲を見るが特に動きはない。
そして、この停電が直されることは、ない。
そんなことをしていたら、キルされて当たり前だからだ。
リアクターが一番の勝利方法ではあるが、切り合いで決着どうぞということなのだろう。
体内感覚で30秒経過したあたりで、霊界にいるクルーのタスク勝ちが視野に入ってしまうことを考え、移動してふじみやを探すことに決めた。
ベントにひらりと入り、キッチンとメインを見るが周辺に姿は見えず。
仕方ないとメインのベントから出ようとした時だった。
「ベントに入れるのって、インポスターだけじゃないんですよね」
ベント内、背後からの声。
ぞくり、と。
背中に悪寒が走る。
「ーーっ!?」
咄嗟に背後にいたふじみやを突き飛ばす。
「おっと、素晴らしい反射神経」
ベントの中ならクルーから見えないから、いいと思ったんですけどねえ。
さほど深いわけではないベントの底に落ちたふじみやを置いて、メインへ脱出する。
ベント内で殺されかけるのは予想外すぎる。
とりあえず一旦距離をとろうと、ななめ向かいにある部屋へと走った。
昇降機へと繋がるベントへと入り、左側へと抜ける。
「逃げてたら、クルーにタスク勝ちされちゃいますよ」
「お前停電なのになんですぐ追いつくわけっ!?」
「一応警察犬なんで」
鼻利きすぎだろ。
こういう時に限ってリフトは右にあるし、最悪だ。
乗って向こうに渡ることもできない。
「停電て言ったって、動く気配や足音だって聞こえます」
距離を徐々に詰められ、自分も後ろに下がる。
「あるまさんがインポスターなのもわかっていましたが、PPじゃなくて僕を吊ろうとしていたので、議論してあげたんですよ?」
「…だったらお前からPP宣言すれば良かっただろ」
「やですよ。別にあるまさんの方針に背きたいわけじゃないんで」
「じゃあどうしたいんだよ…」
そうですねえ…と考える仕草をするが隙が見えない。
「ただ、貴方の印象に残りたいだけかもしれません」
「………はあっ?意味わかんねえ」
でしょうねと答えたと思ったら一気に距離を詰められて、思わず後ずさる。
「………!」
途端、がくんと視界が下がった。
もうこれ以上、後退してはいけなかった。
踏み外した。
そう自覚した頃には遅かった。
リフト間の谷底へと落ちていく。
ああ、こんなことで負けるなんて。
アベレージさんごめん。
サボいれてくれたのに。
そう思いながら目を閉じた瞬間。
「あ、待って下さい」
あまりにも近くで聞こえたものだから目を開けるとふじみやがいて。
なんでという言葉さえ、驚きで紡げない。
こちらの思っていることをわかっているよというように頷いて、
「貴方を殺すことも、殺されることもできないなら、一緒に落ちて死んだほうがマシですよ」
と言って綺麗に微笑んだ。
ーーーー透明感のある青。その中にある自分には読み取れない感情が、インポスターとしての最後の記憶だった。
その感情の名前は何なのか。
知るのはきっと、もっと先の話。