「よお!アイス!聞いてくれよ、グースから面白い話を聞いてさ〜」
自室で読書をしていたアイスマンの元にノックも無しにスライダーがやってくる。
「…ノックをしろ」
パタリと本を閉じため息混じりにスライダーを見上げると悪びれる様子も無く肩を竦めた。
「ドア半開きだったから入って良いのかと思って、違ったならちゃんと鍵閉めろよ?危ないぞ」
「空気の入れ替えをしようと開けてたんだすぐに閉める、それに建物には基本的に知り合いしか居ないし人通りもそれなりにある、今は昼間だしそこまで危ない事は無いだろ」
「まあ気持ちは分かるけど、気をつけるに越したことはないだろ、鍵開けたまま寝たりするなよ?」
「流石にそこまで不用心じゃない、まあそうだな、今度からはドアに換気中って紙を貼ろう」
「おーそうしろよ」
自分が話を広げたのに興味を無くしたのか聞いて欲しいというグースから聞いた話とやらが余程おもしろく早く話して聞かせたいのか適当な返事をしたのち軽く手を打って注目を集める。
「そんな事より、面白い話を聞いたんだ、面白いというよりかはホラーチックな話なんだが、別に苦手とかじゃないだろ?」
「ああ」
「なら良かった、さっきも言った通りグースから聞いた話なんだが、アイツが休暇の時旧友と食事に行って、その時その友人にこんな話をされたんだ」
軽い身振り手振りを加えながら話すスライダーを眺めながらやれやれといったように耳を傾ける。
「その友人が飲みに出かけた夜、遅くに帰宅して水飲んだり、シャワー浴びたりと寝支度を済ませて、さあ寝るかとなった時、玄関から物音がした、酔っていたのもあって鍵を掛けたか不安だったから何事かと見に行ったんだ、そしたら玄関のドア、ドアノブが開けようとされてるのか動いてたんだよ、鍵は掛けてたから良かったものの心配になってそっとチェーンも掛けた、音を立てないようにそっと、ドアの前に居ると思われたら強硬手段に出られるかも知れないと思ったからだ、一人暮らしをツケて家に押し入る様な奴が居るからな、不安は募るばかり、酔いは冷めてその日は眠れなかったって話をその友人はグースにしたんだ。」
ここまではありがちとまでは言わないがわざわざ部屋に来て話して聞かせるようなものでは無いだろうと思った、人間の怖さなんて話しはいくらでも聞く、正直期待外れだった、スライダーの語り口調が予想以上に上手かったのは確かに面白いと言えるが。
そんなものかと興味が失せつつあるアイスマンに気づいたスライダーは本題はここからと言わんばかりにニヤリと笑った。
「んで、よく眠れなかった次の日、ふと思い出したんだよ、家の玄関には人感センサーのライトがあるって事に、昨夜ノブを回された時はそのライトがついて無かった」
「酔ってたんだからノブが動いてると勘違いしたんじゃないのか?それとも幽霊だとでも?」
そんな馬鹿なと鼻で笑うがまだ続きがあるらしくスライダーは指を左右に振って更に話をつづける。
「まあ待て、更に続いて今度はグースの話、旧友からこの話を聞いてそりゃ怖ぇなって話も盛り上がりお開きになった、帰宅したグースが寝支度を済ませさて寝るかとなったその時に」
「まさか?」
「そう、そのまさか!ドアノブがガチャりと音を立てた、それも何度も、ガチャガチャとこじ開けようとしてるかのように、もちろん鍵はかけてるしチェーンもしてるから問題は無い、でも友人の話を聞いたら友人と全く同じ、なんならそれよりもエスカレートした事が起きた、でグースは俺にこう言ったんだよ」
「話を聞いたから俺に着いてきたのかも、今この話を聞いたから今夜お前の部屋のドアノブ回しに行くかもな!俺よりもエスカレートするならもしかしたら鍵開けられるかもしれねー!って…」
「終わり?」
「終わり」
少し話し方が似てるくらいの微妙なモノマネで話が締め括られる、思ったより呆気なく終わってしまいなんて言えば良いか分からず椅子に座り直しギシッと椅子を鳴らした。
話に着いてくる幽霊、確かに面白かった、ホラー映画とかにありそうで。
「んでさ、今夜本当に来るか試そうと思って、幽霊とか信じなさそうなアイスも巻き込んで見たって訳」
「なるほどな、確かに幽霊は信じてない」
「だろ?試して見たくねぇ?」
「興味はある」
膝に乗せたままにしていた読みかけの本を机に置いた。
「そう言ってくれると思った!明日お互い結果を報告しようぜ!」
「わかった」
頷くアイスマンを満足そうに見下ろし
「じゃあまた明日な」
と言ってスライダーは部屋を出ていった。部屋に入ってからずっと立ったまま長話をしてそのまま出ていった、忙しない奴だ。
その夜、読み終え机に置いておいた数冊の本を本棚に戻した所でスライダーから聞いた話を思い出した、本を読んでいて気づかなかったが今は夜の十時半、時間は特に言って無かったがそれなりに遅い時間になると件の幽霊はやってくるのだろう、鍵を確かめ寝支度を済ませる、話が本当ならこのタイミングにドアを開けようとされるらしいが特に反応は無い、そんな事だろうと思っていた、スライダーが明日俺になんて言ってくるか楽しみだな。
そう思い眠りについた。
ふと目が覚めた、時刻は夜中の三時、そろそろ朝になると言った頃だ、こんな時間に目が覚めるなんて久しぶりだった、起きるには早すぎるとまた眠りにつこうとした時の事、部屋の入口、ドアから音がした。
寝惚けているのだろう、聞き違いかとも思ったがその直後ガチャガチャと何度もノブを乱暴に回される音がすればそんな考えも微睡みも一瞬で吹き飛んだ。
この騒音の正体はなんだろうか、可能性は二つ、一つは誰かのイタズラ、そしてもう一つは昼間スライダーに言われた幽霊、こちらとしては前者が有難い、人間なら対処は出来る、誰かを呼べれば良いが今は真夜中でそれが難しい以上大分手段は限られるが、とにかく人間であるならいくらかやりようはある。だがもし本当に幽霊だとしたら?幽霊なんてどう追い払うんだ、十字架か?
ベッドの中、息を殺して思考をぐるぐる回しているとドアを叩かれる音がした、ノックでは無い、ドンドンと叩いている、開けろと言う事だろうか?今何時だと思ってるんだ、だがこんな大きな音を立てれば直ぐに誰かが様子を見にくるだろう、ならわざわざ自分がベッドから出て様子を見に行く必要は無い。
もし誰か俺に危害を加えようとしてドアを叩いているのであれば直接様子を見に行く方が危険だ。
この音じゃ寝直すのは無理だがとりあえずはベッドで大人しくする事にした。
ガチャガチャドンドンと音は止まない、それに誰かが来ているような様子も無い、これだけ派手に音を立てているのに?
嫌な予感に胸がザワつく、ザワつきを誤魔化す様に寝返りを打った、壁に顔を向け音に意識を向ける、誰かが止めに来る様子は無い、本当に昼間スライダーが言っていた幽霊だとでも言うのだろうか?
しばらくして音がピタリと止んだ、誰かが止めに来たのだろうか?それにしては静か過ぎる、妙な状況に意識をドアに向け続ける。
結果的に言えば嫌な予感は的中した、カチャンと小さな音が聞こえたのだ、当然ドアノブを回してる音では無い、この音は
「鍵が、開いた…?」
俺以外に鍵を開けられるとしたら官舎の管理人くらいなものだが管理人が予告無く鍵だけあけるなんて事はありえないし管理人だとしたら最初のドアノブをめちゃくちゃに回してドアを叩きまくる事自体おかしい。
何が入ってくるって言うんだ?
異常な自体に冷や汗が背を伝う、毛布を深く被って一枚の布に身を隠し目を強くつぶった。
その後のことは覚えて居ない、まあ寝落ちただけなのだろうが、無事に朝目を覚ませたのだから良かったと言える。
特に眠気を感じていた訳でも無かったのに毛布に隠れて眠りに落ちていた事自体妙な事だが特に体調が悪いとか体が痛いなんて事も無い。普段通り至って健康だ。
部屋の中も特に荒らされた形跡は無かった。鍵を開けただけで入られた訳では無いのだろうか?訳がわからない。
スライダー曰く次に話を聞いた奴の所に前よりもエスカレートしたちょっかいをかける様だったからその話の通りならやはりアレは件の『話に着いてくる幽霊』とやらなのだろう。
寝起きで重たい体をよろよろと動かしてなんとか身支度をし終えた頃ノックの後にスライダーが現れた。
「おはようアイス!食堂行こうぜ!」
「おはようスライダー」
眩しい笑顔と大きな声で挨拶をするスライダーを細目で見やり挨拶を返す、エスコートでもするようにアイスマンの手を取り扉を開けて廊下に出る、ふと昨夜の事を思い出し振り返って扉を確認するも何か傷があったりする訳では無くいつも通りの無機質な扉がそこにあった。
食堂に着き各々トレーに食事を乗せ席に着くと徐にスライダーが口を開く。
「なあ、昨日さ…」
やはり昨夜の話だ、食堂に来るまでの道のりで何も言って来なかったから来るならここだろうと思っていたが案の定だった。
さて一体どんな話を聞かせてくれるのか、そして俺はどう話してやれば良いのか。
「昨日俺の部屋に来たか?」
「行くわけ無いだろ」
「だよなぁ…」
トレーに乗せたサラダをフォークでつつき一口二口食べた。
「いやなぁ、昨夜時間見てなかったから分からないんだけど、それこそ寝る前、0時頃とかなのかなぁ多分、扉をめちゃくちゃに叩かれたんだよ」
「ほう」
昨夜の自分と同じ状況だ、ただ時間は俺より早い。
「でさ、こんだけデカい音立てるなら誰かが止めに来るだろうと思って、うるさかったから毛布被って耳塞いで大人しくしてたのよ」
「でも誰か来る様子も無いし、ドアはずっと叩かれてるし、壊されるんじゃないかとひやひやしたもんだけど不思議とその後の記憶が無くて気づいたら朝だったんだよ、俺夢でも見たのかなぁ、どう思うアイス?」
コップの水を一気に飲み干し張り付くような嫌な喉の渇きを潤す、何もかも昨夜の自分と同じだ、少し違いがあるとすればスライダーは鍵を開けられては居なかった事だ。
「夢だろ」
昨夜の自分にも言い聞かせるように呟いた。
「にしては随分リアルな夢だったんだよなぁ」
「ドアは見たか?」
「そりゃもちろん」
「何も無かっただろ?」
「ああ」
「じゃ夢だ」
「そっかぁ…」
どうも納得出来ない様子のスライダーだが結果として何も無かったなら夢と考えるのが一番だろう。
「アイスお前はどうだったんだよ?」
「昨夜か?何も無かった」
「じゃあ何でここ来る前にドアを確認したんだ?」
見られていたのかと少し驚いた、流石と言うかなんというか、空の上では頼もしいが今だけはその素晴らしい観察力が忌まわしかった。
「話を聞く限りドアに何かされるんだろ?鍵とかに何かあったら管理人に相談しようかと思って確認しただけだ」
「ふーん、一応気にはしてたんだな」
食べ終わった皿を片付けに席を立ったスライダーに続いて席を立つ。
「ま、何も無かったなら良かったよ、幽霊に襲われたらどうすれば良いかなんて習わなかったし」
「はは、そうだな」
笑って流して適当な雑談に話を切り替えてその場を乗り切った。
今思えば別に嘘はつかなくても良かったと思うがこっちは鍵を開けられたしそんな事流石に言い出せなかった、もしこの次にこの話を聞いたやつの所に幽霊が行ったとして鍵を開けられたら次はどうなる?
考えたくもない。
となればもう誰にも話さないのが良いだろう。
昨夜の事は夢だったのだと自分に言い聞かせ今日も訓練に向かった。