いつも思うようにはいかない※ED後のそこそこたった日くらいのねつ造です ふたりはなかよし
今日こそは、そうアッシュは思ってぐっと拳を握りしめた。
間違いないはずだ、部屋を出る前だって自分で確認をしたし、他人の目線だって自分でなんとなく分かる。これは、悪くない反応のはずだった。
だから、今日こそはいけるはずだ。あくまで何でもないような表情の下でアッシュはずっとそう思いながら、どこをともなくながめていた、つもりだった。
「アッシュ、そんな今から誰かと決闘でもするような顔で何をしているのです? 嫌いなものでも食べさせられたのですか?」
何でもないような顔をしていると思ったのは自分だけらしい。ナタリアに不思議そうにのぞき込まれてアッシュは、うっと言葉を詰まらせた。
確かに、決闘に行く、というのはあながち間違いではないような気がしたからだ。
「嫌いなものを食べたくらいでそんな顔になるか」
「あら、ルークはよくそんな顔で食材をにらんでましたが」
……そうか、それもある意味一対一の決闘か。少し納得して、アッシュはまた元の表情に戻る。知らず力が入っているのが分かる。
「アッシュはこのようなパーティに参加しませんものね。最後までいる必要はないものですもの。ルークなんて叔母様と一緒に早々に帰ってしまったのに」
残念そうに言うナタリアももしかしたらさっさと帰ってしまいたいと思っているのだろうか。それでも仕方ない。ここは王家主催の建国記念パーティなのだ。ナタリアはそろそろ終わるだろうくらいの時間にならないと退出できない。
当然ファブレ公爵家も参加しているので、ここぞとばかりにアッシュとルークにおそろいの正装を着せて連れて歩いて母もご機嫌だった。ただ、それほど体は丈夫ではないので早めに退出したのだが、それに付きそうと言う名目でルークもちゃっかりパーティから姿を消してしまったのだ。
長くこんな公式な場所に出ていないルークが、かしこまった衣装を着てなんとなく知っているような知らないような人たちと談笑するこの場所が得意ではないことは知っている。何ならアッシュも同様に苦手である。まだルークの方がうまくやれていると思っているくらいだ。それでも一応歓迎の表情をしていると思っていたのに、ナタリアに誰かと決闘する直前の表情と言われたのだ。もう帰るしかない。そうだ帰ろう。
そう思うのに、アッシュのやるべき社交はある程度はしたし、ファブレ家の面目が立たないこともない。いつ帰ってもいいのである。帰ろう、今日こそはと思ったはずだ。だからだ、帰れないのは。
「あいつが長いことこんなところにいたらぼろが出るだろ」
「あら、今日は二人ともおそろいの格好でものすごく貴公子みたいに見えましてよ」
貴公子みたい、でなく正真正銘公爵子息であるのだが、二人とも普通に育ったともいえないので反論しがたい。
「……そんなにこの衣装が浮いてるか?」
自分で見てもまあまあだと思ったはずなのだが、普段からアッシュを見慣れている者マラすると着慣れていない感じが出ているのだろうか。そうだと恥ずかしくないか? 大丈夫だ、いけると思った自分が。
少しその言葉に不安が浮かんでいたのだろうか、ナタリアはおかしそうに笑って。
「とても素敵ですと伝えませんでした? 特にルークと二人で並ぶと、自慢する叔母様がうらやましかったですわ」
今度は私と一緒にいかがですか? とにっこり笑って言われたのでアッシュは一応ルークのために断っておいた。楽しそうにしていた母には悪いが、まるで見世物のように連れ歩かれた記憶は消したい。自分がまともな姿をさらしていたのだけが幸いだ。
残念そうな顔をしながらナタリアはまだ忙しいとばかりに広間の奥に消えていった。
残されたアッシュに話しかける者はもういない。多分顔が原因だろう。それにナタリアとそろそろ帰る感じの話をしていたのも聞かれている。
おとなしく帰ろう。そして。
「あ、アッシュおかえり」
ようやく自分の部屋に戻ったと思ったらルークがくつろいでいた。仕方ない、寝室は分かれているが部屋自体は共有しているのだ。ルークとともに過ごす時間にもう慣れた。距離を測りかねていた最初の頃とは違うのだ。……いや、まだ測りかねている。レプリカと被験者から、同じ家に住む家族になって、少しはお互いを知った兄弟のような存在になって、それから。アッシュはもうちょっといけるのでは、と常々思っていた。さっきもそう思っていた。
もうちょっと、アッシュはルークが好きで、多分ルークもそう思ってくれているのでは? 確認したこともないけれども。確認するタイミングが見つからないだけなのだ。多分いける。
だから今日こそはと思ったのだ。
今日のアッシュは二割増しいけているという。これはアニスの言葉である。馬子にも衣装と言ったが、今日のルークは二割増しどころか五倍くらい凜々しく見えて身内の欲目も含めてとても良かった。いつもの少し幼い表情で甘えた感じのルークもいいが、背伸びした感じの凜々しいルークも良かった。誰か絵にして残してくれていないだろうかと思った。対して、アッシュ自身も正装の二割増しが効いていたはずだ。ルークもかっこいいと言ってくれた。
だから、こういう少しのギャップのあるときになら、いけるはずなのだ。
今日は少しいい感じの星空が見えているから、ベランダから外を見るのもいいかもしれないと思いながら空を見ながら帰ってきたアッシュが何かいろいろ考えながら部屋の扉を開けたのはそれは仕方のないことだった。
けれど。
ソファーに転がって顔だけアッシュに向けたルークは、もう見慣れたルークだった。
「……着替えたのか」
「違うだろ、アッシュ。俺おかえりって言ったのに」
いつもの服に着替えたルークがソファーでゴロゴロしていた。そうだ、ルークが帰ってからもう大分時間が経っている。きっちりした衣装があまり好きではないルークが着替えてしまうのは当然だった。
これはアッシュが悪い。早く帰れば、着替えに間に合ったかも……いや、ちがう。
「ただいま」
その前に挨拶を返さないとルークは次の返事をしないことを知っていた。こういうのふつうの家族みたいでいいよな、と前に言っていた。アッシュはまだ少し気恥ずかしいのだが、ルークが喜ぶなら仕方ない。
「アッシュ遅かったじゃん。そんなに友達多かったっけ?」
アッシュが友達などいないのを知っていて言うルークに少しにらむ。けれども何か楽しいのかルークはアッシュを見て機嫌良く笑っている。正装のまま帰ってきて良かった。
「お前が早く帰りすぎなんだよ」
「だって、パーティとかなんか疲れるし母上が帰るって言うからもういいのかなって。あ、あんまり食事できなかったから用意してもらってるからアッシュも食べるだろ?」
そう言いながら身を起こして、ルークが指さす先のテーブルにはちょっとした夜食が並んでいて少しずつ減っていた。どうやらアッシュが帰ってくるのを待ってくれていたらしい。少し我慢できなくて食べてはいるけれども。
こういうちょっとした言動がアッシュの心にしみこんでいく。こんなにアッシュの前で素のままのルークでいてくれている。以前なら考えもしなかった。遠慮がちに話しかけていたルークがガイやジェイドの前では素直に笑っているのを憎々しく思っていた時期もあったけれども、今は一番近いところにいる自信がある。
自分の唯一のレプリカで、唯一の存在。
ルークは笑ってここに座れよと開いたソファーのルークの隣を示すので誘われるままにそこに座って、そのまま示していたルークの手を取ってルークをじっと見つめた。
「ルーク」
じっと見つめたルークは一瞬きょとんとした顔をしたけれども、そのまま視線を離さずにいればじわじわと耳が赤くなってくるのが見えた。
「……アッシュ、どうしたんだよ。お酒でも飲んだ? 酔ってる?」
アッシュの様子が何か違うと思いながら、体調が悪いのかと心配してくるルークが愛しい。
「酔ってない」
そう言いながら少しだけ距離を詰めて。
「ルーク」
「何だよ」
そう言いながらも、近くのアッシュから目を離さないのだから、ルークがいつもと違う感じを感じ取ったとしたらこの衣装も少しは役に立っているのではないだろうか。二割増しのままこのまま押せばいけるのでは、と思うほどルークは頬を赤くして機体のまなざしでアッシュを見つめ返している、とアッシュは思った。
思ったので、そのまま触れたことのなかったルークの唇にそっと口づけて、どんな表情をしているのか確認するのももどかしくてそっと肩を押してソファーに押し倒した。抵抗はなかった。だからいけると思った。
ルークの手がそっとアッシュの襟元に伸びて、着慣れない服の留め具を外す……と思ったら、そのまま顔を両手で捕まれた。
「アッシュ? だから違うだろ?」
言われた言葉に、アッシュは頭が真っ白になった。いけなかった? 二割増しでも駄目だったのか? いや、そもそもが駄目だったのか?
ルークは俺の事なんて……
「ちゃんと順番があるって言ってるよな? 帰ってきたらただいまって言う、朝起きたらおはようって言う。じゃあ、キスする前は?」
ルークがいつも言っている。当たり前の挨拶や言葉はちゃんとほしいと。それだけで嬉しくなるからと。アッシュが手間を惜しんでそれを省略するといつもルークは不機嫌になる。
そう、今のように。
何を言わなかった? 何を言えなかった?
考えているうちに、ルークが仕方ないなあと笑って。
「アッシュ、好きだよ」
そう言ってさっきのアッシュと同じように口づけた。
それだけだったのに。
「どう? アッシュ、今の気分は」
「……すごくうれしい、とおもった」
自分からいけると思ってルークに口づけたときより、もっと、ルークが好きだとそう言っただけで全然違う。これは、嬉しいという気持ちが、ちゃんと分かって。顔も手もどこも熱い。このまま溶けてしまいそうに。
ルークがそんなアッシュの頬や耳を触って赤くなってると笑うから、いたたまれなくなってアッシュはこの場から逃げ出したくなったのだけれども、ルークの手が逃がしてくれない。
まあこのままでもいいか、と思っていたアッシュはまたルークの真っ直ぐの瞳に捕まった。
「それで、俺待ってるんだけど」
そして小さくルークがこう呟いたのだ。
早く俺もうれしいって言いたいんだけど?