「ひょっとしてーーじゃないか!?」
「おっと」
すぐ後ろでバルバトスの驚いた声がした。なんだろう、と足を止めて振り向くとそこにいたのは知らないおじいさんと、そのおじいさんに肩を捕まれてつんのめったらしいバルバトス。ちょっと困った様子に、時々あるやつかな、と推測する。
王都には今も辺境からの避難民が絶えない。時々、昔バルバトスに会ったことがある、という者がいる。話を聞くと十年以上前に会ったというのが殆どだ。長い時間が経ってもまったく変わらないバルバトスに驚いて声をかけるのだという。
バルバトスが今の姿のまま長く生きているということは王都ではすっかり有名な話だ。しかし辺境からやってきた人にとってはそうではない。
トラブルになるんじゃないか、入っていったほうが、と思っているうちにバルバトスがぱっと顔を明るくする。
「ああ!それは俺の祖父の名前です」
俺はヨハンです、とにこやかに笑うバルバトスが視線だけをこちらに向ける。何も言うな、と目が語っていた。
「祖父?それはすまないね、よく似ていたものだから」
「そんなに似ていますか」
「はは、思わず間違えちまったほどさ。あいつは元気かい」
「それが、五年に」
「そうか……。いや、でも孫のあんたを一目見れてよかった」
ケネスと名乗ったその人は、そういって去っていった。小さい背中が人混みに紛れて見えなくなった頃、バルバトスに話しかける。
「バルバトスの、おじいさん?」
「俺のヴィータの名前だよ。時々、今みたいに故郷の知り合いと出くわすことがあるんだ。だからよく似た孫ということにしている」
王都の住民はバルバトスが見た目と違って長く生きていることを知っている。けれど故郷の知り合いだという彼らーー今しがた会ったケネスもーーの中では、バルバトスは既に死んでしまった存在になる。昔からの知り合いなのになんだか寂しいと思った。
「もう十年もすれば、声をかけられることもなくなるんだろうね」
十年。十年前はまだまだ子供で、村の仕事といっても薪拾いや水汲みくらいしか任されず、仲の良い友達と遊ぶことが中心だった。背だって今よりずっと小さくて、力も弱い。
十年後はどうなっているんだろう。ガープとイーナさんの子供は十歳くらいの自分と同じくらい大きくなっているだろうし、もしかしたらモラクスに背を抜かれるのかもしれない。ブネは白髪が増えるんだろうか。でもあんまり目立たなさそうだ、なんて考えたことを知られたら怒られそうだ。
皆十年時間が経つ。
でも、十年経ってもバルバトスは今とまったく変わらないんだろう。
一緒にいるのに、なんだかとても遠くにいるみたいだ。
「……ソロモン?」
「えっ、ごめん、考え事してた」
「具合が悪いとかじゃなければいいんだけど……。そろそろ戻ろうか」
「ああ、遅くなって心配かけるのも悪いし」
そういって歩き始めたが、足が思うように動かない。先に進んでいたはずのバルバトスが立ち止まって、心配そうな顔をする。
ーーずっと気にして心配をかけるくらいだったら、いっそ思いきって聞いた方がいいんじゃないか。
「バルバトスは十年経ったら、何してると思う?」
「……そうだな」
考え込むようにバルバトスは瞼を伏せる。そうしてしばらくしてから、こちらを見て笑う。
「今と変わらず美しいってことは間違いないだろうね。いや、今以上になっているかもしれない」
「……はあ」
悩んだのは一体なんだったんだろう、と思うほどにきっぱりと言い切られる。最近聞いてなかったけど、自分のことが大好きなタイプだった。
「俺のことよりキミ自身のことを考えなよ。まだ十代だろう?未来の可能性は無限大じゃないか」
「全然想像もつかない……」
「ならめいっぱい悩むと良い。悩むのは若者の特権さ」
見た目とはちぐはぐなその言い方に、おっさんくさいと思わずこぼれるが、バルバトスは笑みを返すだけだった。