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    yu.

    @huwa_awa

    タル鍾・ちょっと伏せたい絵置き場

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    yu.

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    💧🔸タル鍾 小説短編 『夜標』
    鯨とタルタリヤさんと鍾離先生の話。飲食店は架空。
    ※海洋恐怖症の方は注意

    夜標 遠く、頭の奥から響くような声がする。
     くぐもって、辺りに反響しながら広がっていくその音は、まだ幼かった頃目の当たりにした、明確な死の気配、果てのない暗闇を見た記憶を引っ張り上げた。光をも吸い込んで飲み込むような、一度入ったら出られない洞窟のような。

     記憶の中から意識を手繰り寄せ、両の瞼を開けると、ちらちらと動く光が視界に飛び込んできた。木漏れ日のように揺らぐ、白く透明な光に数回目を瞬かせる。身体を包む浮遊感と辺りを包む水で、今自分がいる場所は地上ではなく、水中だと知る。そう気づいて、すぐに水面を目指そうと手足をかいて動かしたが、不思議と呼吸は苦しくなかった。疑問は泡になって、水面へと浮いていった。
     呼吸の心配がないと分かり、一息ついて辺りを見回してみるも、場所が特定出来るようなものは何もなかった。岩や草、砂地、生き物、どれも何もない。頭上は揺らめく水面、足下は暗く、深い底の知れない水中が広がっている。深さがどれ程あるかも分からない。さて、どうしたものかと、とりあえず暫く泳いでみる事にする。しかし数十分間(時間を確認する物が無いので感覚でしかないが)泳いでみても、風景は全く変わらない。水面に出てみるか、と頭上に視線を向けようとしたところで、水底から微かに響くような声が聞こえた。頭の中で鳴っていたものと同じだった。

    (なんだ?)

     じっと目を凝らすと、遥か底の暗く深い青の中で、黒い大きな影が蠢いているのが分かった。先ほどよりも、声は大きくなっている。影は遠く、また大きすぎて距離感を測りかねるが、確実にこちらへと近づいてきている。生物としての本能が逃げろと警鐘を鳴らし、得体の知れないものへの恐怖感を湧き上がらせる。けれどそれと相反して、対峙してみたい、戦ってみたいという、振り払う事が難しい欲が、好奇心が、頭の奥からじわじわと滲んできているのも確かだった。そうしてほんの僅かに、欲が勝る。まるで惹かれるようにして底へと泳ぎ出そうとしたその時、別の声が響いた。
    「公子殿」
     揺らぐことなく発された、静かで明瞭な声が耳に届いた。思わず顔を上げる。
     先程まではしろく温度のない光を通していた水面が、金と橙を混ぜ合わせた色をして揺らめいていた。夕焼けに照らされた璃月の銀杏のような色だ。そうした光の中で漂う、見知った姿形のひとがいる。逆光で細部が見えづらいが、暗い中で煌めく金色の眼は眩しかった。
    こちらを見たのを認めて、手が伸ばされる。
     青黒い底を眺めた直後に、眩しい光を浴びたものだから、堪らずに目を細めていた。その時の顔が変だったのか、人影が少し笑った、ような気がした。2つの金色が柔らかく形を変えて、陽光の暖かさに似た心地を覚える。こちらを見下ろす瞳は、水底の青を表面に映し込んで青みがかり、こちらの姿をもその中に収めている。伸ばされた手は、取られることを待っている。知っている、けれど。
    「鍾離先生、俺は手を取らないよ」
     言葉は泡にはならず、目の前の人物へと届く。水中だというのに、地上とは変わらずに出たその声に、言い終わってから気付いた。少しの違和感、この事が何を表すかはどうしてか次に結びつかない。辿ったとして、道は途切れているし、先は霧に包まれて何も見通せない。何も掴めずに手は空を切るだけだ。
    「そうか」
     鍾離先生は、まるで最初から分かっていたかのように、潔く伸ばした手を引っ込めた。
     足下の声が大きい。何かが迫り上がってくる、水流を感じる。とてつもない大きな何か。自分はそれを知っている。だから俺は手を取らない事を選んだし、対峙する事を選ぶ。
     まとまった水圧が、ぶわりと体を包む。強風のように押しつけてくる、透明な質量に揺られながら、振り返って下を見る。大きな鯨が、口を開けて自分を飲み込もうとしていた。逃げる事を許さない、圧倒される程広大な底無しの黒。目を瞠って、吸い込まれる、と頭が認識したその時、ぐんと後ろ襟を強く引かれた。
     直後に、意識が途切れた。

    ***

     鋭く息を吸い込んで、目が覚める。
     見慣れた部屋、天井から吊り下がる明かりの消えた室内灯。格子模様の窓から射し込む朝日が、自身の寝ているベッドのシーツを柔らかく照らしている。
    「夢……」
     呟いた後、ぱちぱちと数回目を瞬かせて、次第に頭を覚醒させていく。つま先で引っ掻いたシーツがなだらかな波を作り、ふうと息をつく。
    「何で鍾離先生が出てくるかなあ」
     枕に顔を埋めて、先程の光景を反芻する。夢というには鮮明な輪郭を残したまま、それらは頭の中に横たわっていて、瞼を閉じると容易に思い起こすことが出来る。結ばれかけた像を振り払うように、数秒後、意識を切り替え勢い良く身体を起こす。
     ちょうど、今夜会う予定は立てていた。

    ***

    「……という夢を見たんだ」
    「ほう」
     運ばれてきた料理に箸をつけ、程良く腹が満たされた頃、見た夢の事を話してみた。実は本人の意識が「本当に」入ってきていたのではないか?という疑いが少しあった。以前旅人達から聞いた話で、出来ないことはないと思った。話し終えて喉が渇いたため、茶杯へと手を伸ばす。
     席の傍にある大きな窓からは、橙色が灯る港が見える。紺色に溶けた景色を灯りが点々と照らし出し、黒々とした海面が光を返して揺らめいている。
     茶を飲みながらちらりと様子を伺うも、話を振られた本人は普段と変わらない顔をしている。まあ、あれだけの事を自国を舞台としてやってのけた、数千年を生きる元・神様には、今この事を受け流すのは呼吸するのと同じくらい訳ない事だろう。それは分かっている。分かりきっているが、ちょっと腹が立つ。
    「実際どうなのさ。俺の夢に、本当に入ってきていた?」
    「さあ、どうだろうな」
     はぐらかされる事は予想出来ていたから、ふうん、と言葉を返す。実際にやっていない、やっていたとしても、この態度は変わらないんだろう。こちらが答えを掴んでしまうまでは、曖昧なままで上手く相手を泳がせる。水槽を泳ぐ魚を眺めるように。最も、この人は海洋生物が得意ではないからただの例えなのだが。
     さて、どちらにせよ俺は伝えようと思っていた事がある。確認をしたのは心持ちが変わるからとか、そういった理由ではない。単に気になったから、それだけの事。ただの自己満足でしかないため、さっさと終わらせようと思った。飲み終えた茶杯を静かに机上に置く。
    「まあ、あの時、鍾離先生がその場には居なかったとして。こんな事を言うのもおかしな話なんだけどさ」
     杯の縁を指先でなぞると、飲み口に残った雫によって、僅かに指先が湿る。当人はこちらの話に耳を傾けている。肯定も否定もなく、ただ続く言葉を待っている。
    「ありがとうね、鍾離先生」
     飲み込まれそうになった所で、乱雑ながらも引っ張られた衝撃で目が覚めたのは確かで。引っ張ったのが何者かは、背にしていたから見ていないが、まああの状況を考えるに十中八九鍾離先生だろう。こちらは伸ばした手を取らなかったというのに、世話焼きなのは違いない。あのタイミングで覚めずに居たら、ばくりと大きな口内に取り込まれていたのだろうと容易に想像が出来る。夢の中だったが距離を取る暇も無かったと、戦いの経験上そう考えている。結果的に助けられたというのは癪だが、かといってお礼を言わないのも癪で、だからどうにかこうにか、顔を上げて、勢いのままに言い放ったのだった。悟られないように、何でもない事のように、作った笑顔で。
     どういう反応をするだろうか?と思いながら、言い終わった後に様子を伺うと、鍾離先生は少し驚いたかのように、口を半開きにしたまま固まっていた。飲もうとした茶杯を片手に持ったまま。
     予想外の反応に、疑問が頭に浮かぶ。何かおかしな事でも言ったか?いや、おかしな話ではあるのだが。軽く流されるだろうと思っていたから、動きを止めるほどの効果があるとは全く考えていなかった。どうしたの、とこちらが聞く前に、向こうがやっと口を動かす。
    「ああ」
     ひとつ両目を瞬かせて、いつも通りの顔に戻してから、丁寧な所作で茶杯を置く。姿勢を正すように軽く座り直してから、石珀色の瞳が煌めいて細められる。そうして、柔く笑って言う。
    「どういたしまして」
     急に真面目な様子になった鍾離先生を見て、なんだかその様子が可笑しく見えて。何それ、改まって言う事じゃないだろ、と堪らず笑ってしまった。賑やかな店内では、いきなり吹き出した笑い声も、周囲から気には留められない。声は楽しげな雰囲気に溶けていった。
     店員を呼び止めて、追加の料理を幾つか頼む。店内の灯りが消えるまでは、まだまだ時間はある。久々の食事だから、話す事は他にもたくさんある。
     長い夜はこれからだ。
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    yu.

    DONE💧🔸タル鍾 『ささやかな宴席(特別意訳版)』
    ぬいり先生とタルさんがお店でご飯を食べる話

    こちらはぬいり先生の言葉の特別意訳版です。
    話の展開は画像投稿したものと変わりません。
    ささやかな宴席(特別意訳版)(鍾離先生はまだ来ていないのか)

     とある店の窓から漏れ出る、橙色の光を受けながらタルタリヤはそう思った。
     璃月港の中心地から少し脇道に入った辺り、喧騒からは少しだけ傍に逸れた路地の合間にある飲食店が、今夜の宴席の場になっている。いつも通りであれば、約束の時間の前には既に鍾離先生が到着していて、自身は遅れてはいないのだが、結果後から来る形になる、という事が多かった。けれど今日は珍しく、先に着いていないようだ。まあそろそろ時間だし、そのうち来るだろうと思い待つ事にする。
     店を決める時、ここは肉や山菜類が美味しいぞと言っていたな、と考えていると、足先に何かが当たる感触があった。石か何かかと思い視線を下に向けると、焦茶色の小さく丸い何かが、靴の爪先の上にちょこんと乗っている。不思議に思い、よく見てみようと身を屈めると、それは生きものの頭で、こちらを向かれて顔が見えるようになる。その拍子に、頭の上の双葉のような毛が元気に跳ねる。きりりとした眉と大きな瞳、目元の鮮やかな朱。まろみのある顔の輪郭、かたく閉じられた口、短く丸い手足。ちりんと片耳につけられたピアスが、音を立てて揺れる。その生きものは初めて見たけれど、見覚えがある。ありすぎる。半信半疑のまま口を開く。
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