ふたりでならどこだって作:ツキナガ 絵:むた かすみ
深い深い森の奥。
小さなおうちに、オオカミさんがひとりぼっちで暮らしていました。
小鳥のさえずりと、風が木を揺らす音の他に何もない静かな森で、オオカミさんはいつもひとりぼっちでした。ですが、少しも寂しいと思った事はありません。
小さなおうちには、オオカミさんのお気に入りのソファと、木イチゴのジャム、そして、大きな望遠鏡があります。
ソファはいつでも、お空の雲のようにフワフワ。
森の木イチゴで作るジャムは甘酸っぱくて美味しくて、パンが足りなくなってしまうくらい。
そして大きな望遠鏡は、覗き込めばどこまでも見渡せました。
望遠鏡は、夜空のお星さまをキレイに映します。見上げただけでは小さな点のようなお星さまも、望遠鏡で覗き込めば、大きな光に見えます。
だからオオカミさんは、キラキラ輝くお星さまがさまざまな色をしている事を知っていて、そんなお星さまが大好きでした。
博識なオオカミさんは、お日さまの昇っているお昼にも、例え見えなくても、お星さまがたくさんお空で輝いている事も知っていました。
なので、少しも寂しくなんてありません。
かえって、昼も夜もお星さまをひとりじめできる静かな森が、とても心地良いのです。
いつか自分がお星さまになるその日までずっと、ここで暮らしていようとオオカミさんは決めていました。
ある日、森を出たところにある町へと買いものに行く途中で、オオカミさんは知らない声を聞きました。
まだ森の出口は遠いので、自分の他は誰もいないはず。不思議に思いながらも声のした方向へ近づいていくと、真っ赤な毛並みの知らない子がいて、苦しそうにうなっています。
「おい、どうしたんだ」
「……」
「ケガしたのか?」
「……」
話しかけても、返事がありません。
オオカミさんは、ほとほと困ってしましました。
このままここへ放っておいてはダメな事は分かります。しかし、他の生き物と関わってこなかったオオカミさんには、どうしたらいいのか分かりません。
ケガをしたら、傷を洗って、薬を塗って、ゆっくり休まなければならない。それは知っています。自分がケガをした時には、そうすればいいと分かっています。しかし、ずっとひとりぼっちだったオオカミさんは、誰かに何かをしてあげたり、優しくしたりする事を忘れてしまっていたのです。
そうしている間にも、知らない子は苦しそうにしています。
オオカミさんは、たくさんたくさん考えて、とにかく、自分のおうちへ連れて帰る事にしました。
おうちになら、いつも読んでいる本もあるし、薬もあります。精一杯優しく起こして、買ったものをいっぱい詰め込むつもりだったカゴにその子を入れて、おうちへと急ぎました。
おうちに着くと、オオカミさんは急いでその子をソファに寝かせました。
棚から薬箱と本を持ってきて、一生懸命調べながら黙々と手当てをします。
ケガした箇所をキレイにしようと濡らしたタオルで拭うと、赤色だと思っていた毛並みは、夕焼けのように美しい色をしていました。
それが分からなくなるくらいケガがひどいのだと分かって、オオカミさんはより一層丁寧に手当てをしていきました。
「ふぅ、これくらいだな」
オオカミさんは汗を拭い、薬箱を閉じました。
手当てを終えても、ケガをした子は変わらず眠ったままです。オオカミさんが見つめていると、時々、呼吸に混じって微かにうめくような声が聞こえてきます。
本に書いてある通りに、精一杯手当てをしたけれど、どこか間違っていたかもしれない。そう思えて、オオカミさんはどこか落ち着かない気持ちになりました。
洗いたての毛布を掛けてあげてから、ソファにもたれかかって見守ります。
オオカミさんは、こんなふうに誰かの寝顔を見つめるのは初めてでした。寝顔はどこまでも静かで、動きがある訳じゃないのに、全然見飽きません。でも、苦しそうにしている様子に、うずうずとしてきます。
「目が覚めたら、元気になれるものを食べさせてあげよう」
何もせずにいられなくて、オオカミさんは立ち上がりました。そして、棚からまた本を取り出すと、ケガをしたひとに食べさせるべきものを調べ始めました。
❖
結局、ケガをした子が目を覚ましたのは次の日でした。
看病しながらウトウトしていたオオカミさんは、キョロキョロとしているその子を見て、一気に目が覚めました。
「よかった。ずっと寝ていたから心配していたんだ」
オオカミさんが笑いかけると、その子は戸惑った様子でした。
そこで、森で倒れていた事、ケガの手当てをした事、ここは自分がひとりで暮らしている家である事をオオカミさんは話しました。
「ありがとう、アナタは命の恩人だよ」
「大した事はしてないさ。それより、ケガしてるんだから安静にしてなさい」
毛布を掛け直して、オオカミさんはよしよしと頭をなでます。
オオカミさんは何だかお兄さんになった気分で、ニッコリ笑いかけます。
「スープを作ったんだ、食べられるか? えっと……」
「あ、ボクはチャトラっていうんだ」
「そうか。オレはオオカミ、よろしくチャトラくん」
「よろしく、オオカミさん」
それから、オオカミさんはチャトラくんと一緒に暮らし始めました。
チャトラくんのケガはひどくて、立ち上がる事もままなりません。なので、オオカミさんは付きっきりで介抱しました。
チャトラくんは、いつも申し訳なさそうな顔をしていましたが、オオカミさんは毎日が楽しくて仕方がありませんでした。誰かがそばにいてくれるだけで、うれしくて、ワクワクして、心がぬくもりで満たされていきます。
そうして心があったかくなると、どんどんやる気がわいてきました。
チャトラくんのためなら、オオカミさんは何でも出来る気がします。
チャトラくんはとても物知りで、オオカミさんが介抱している間、色んなお話を聞かせてくれました。
夢の世界を渡るバクのお話、遠い遠い国にいる魔法使いのお話、宇宙から来た王子さまのお話、そして、チャトラくんのふるさとに古くから伝わる呪いのお話も聞かせてくれました。
大岩の中に封じられた、おそろしい呪いの王。呪いの王が復活してしまうと、とてもおそろしい災いが訪れるといいます。呪いの王に対抗する力を持つ一族がいますが、その力を使う事は禁忌とされていて、もし使ってしまったら、今度はそのひとも呪いの王のようになってしまうのだと、チャトラくんは教えてくれました。
そうしてたくさんのお話を聞かせてくれるのに、何故あんなにボロボロだったのかだけ、チャトラくんは話してくれませんでした。それだけは、オオカミさんは気になっていました。
でも、チャトラくんがそばにいてくれるのなら、ささいな事です。
とても明るくていい子のチャトラくんを、オオカミさんはあっという間に好きになっていました。
ひとりぼっちでいいと思っていた日々が、ウソのように思えます。
こうしてずっと、チャトラくんと一緒に暮らしていきたいとオオカミさんは心から思いました。
❖
ある日、ソファから身体を起こせるようになったチャトラくんは、窓の外を見て言いました。
「オオカミさん、オオカミさん。あれは何?」
「あれは、ロケットだよ」
「ロケット?」
オオカミさんは、大きくうなずきました。
「宇宙に行くために作っているんだ」
「宇宙へ?」
「うん、お星さまになったオレの家族に会いに行くんだ」
「家族……」
オオカミさんは、目を輝かせて語ります。
「オレの家族はみんな、お星さまになったんだ。お星さまはお空にいるから、簡単には会えないだろう? だから、オレが宇宙へ行って、家族に会いに行くんだ」
「ええ! すごいねぇ」
「へへ、そんな事ないよ。町のみんなには、ロケットなんて出来っこないって、オオカミは変わり者だって言われていたんだ。でも、宇宙へ行く事は俺の夢だから、周りのひとに何を言われたって関係ないんだ」
「うん……、そうだね。でも、オオカミさんはかっこいいね」
チャトラくんに褒められて、オオカミさんは照れくさそうに笑います。
「でも、まだ部品が足りないから、普段は望遠鏡で眺めているだけなんだ。そうそう。キミを見つけた日は、ロケットの部品を買いにいく途中だったんだよ」
「そうなんだ。ボクのせいで買いに行けなくてごめんね……」
「そんな事を言わないでくれ。それよりも、起き上がれるようになったら、望遠鏡で夜空を一緒に見よう。オレの家族のお星さまは、とってもキレイなんだよ」
「うん、もちろん。楽しみだなぁ」
チャトラくんが笑ってくれて、オオカミさんもうれしくなります。
そこで、オオカミさんはハッと気が付きました。
「そうだ! チャトラくんも一緒に、宇宙へ行かないか?」
「え? ボクも?」
「そうさ。ケガが治ったら、一緒に宇宙旅行へ行こう。キミがいてくれたらきっと、すごく楽しい旅になるよ」
オオカミさんは、自分の名案に興奮して、チャトラくんに伝えます。
宇宙はとっても広いので、家族の元にたどり着くまできっと長い長い旅になります。
でも、チャトラくんがいてくれたら、その長い旅も楽しいものになると容易に想像出来ます。
そうだ、家族にも自慢したい。
オレのたいせつな友だちを。チャトラくんの事を。
たいせつな家族とたいせつな友だちが会うなんて、想像しただけで楽しくて心がぬくもりで満たされていきます。
チャトラくんの素敵なところを、家族にたくさん教えてあげたい。
チャトラくんは、ジャム作りも得意なんだ。
オレよりも色んなお話を知っているんだ。
とってもキレイな夕焼け色の毛並みは、ふわふわで柔らかいんだよ。
そして、笑顔がとっても可愛いんだ。
オオカミさんは、チャトラくんの好きなところをいくらでも言える気がしました。
今もこんなに好きなんだから、きっとこれから、たくさん素敵なところを知って、もっともっと好きになるんだろう。
こんな事を思えるのは、きっとチャトラくんだけなんだろうなぁとオオカミさんは思いました。
きっと、こんな友だちとは二度と会えません。
「ねぇ、チャトラくん」
「ん?」
「オレ、チャトラくんと会えて本当に良かった」
「ふふ、どうしたの、急に」
「急じゃない。いつも思っているんだ。チャトラくんが、森に来てくれて良かった。あの時、チャトラくんを見つけられて良かった」
「そんなの、こちらこそだよ。オオカミさんが見つけてくれなかったら、ボクはきっとお星さまになってた」
「お星さまは大好きだけど、チャトラくんはお星さまになってほしくないなぁ。オレは、チャトラくんとお話しするのが一番好きだから」
オオカミさんは、チャトラくんの手をにぎって言いました。
「チャトラくんと、これからもずっと一緒にいたいなぁ」
オオカミさんの言葉に、チャトラくんはとても驚いた顔をして、じっとオオカミさんを見つめました。
次の瞬間、チャトラくんの大きな目からポロポロと涙がこぼれ落ちました。
泣いてしまうほどイヤだったのかと驚いて、オオカミさんはオロオロ慌てますが、チャトラくんは首を振ります。
「ちがう、ちがうんだ。うれしくて、涙が出ちゃったんだ」
涙を拭って、チャトラくんは微笑みました。
「ボクも、オオカミさんと一緒にいたいなぁ」
大好きなチャトラくんの笑顔に、オオカミさんはうれしくなってブンブン尻尾を振ります。
「一緒にいよう。ずっとずっと」
「……うん、そうなったらいいなぁ」
また涙をこぼしながらも、チャトラくんは笑います。
何で、チャトラくんは泣くんだろう。
ずっと一緒にいられるんだから、泣かなくていいのに。
そう思いながらも、オオカミさんはチャトラくんが泣き止むまでずっと、涙をハンカチで拭ってあげました。
友だちが泣いているだけで、こんなに心がズキズキするのだと、オオカミさんは初めて知りました。
やがてチャトラくんが泣き止むと、オオカミさんは棚からとあるものを持ってきました。
そっと、チャトラくんの手の上にそれをのせます。
「これは、宇宙旅行の時に巻くように作ったスカーフなんだ。チャトラくんにもあげる」
「ボクに?」
「そうだよ」
よしよしとチャトラくんの頭をなでで、オオカミさんは笑います。
「オレとおそろい。これは、オレとキミの約束の証だ」
ふたりは、お互いの首にスカーフを巻いて、笑い合いました。
《サンプル終わり》