無題「っ…やめろ」
「え?この状況で?…俺も君もつらいことになると思うけど」
この状況、とはベッドの上で衣服が乱れた状況だ。
流れで二人でお酒を飲んでいたら、流れでそういう雰囲気になってしまったのが始まりだった。
酔ったフィガロがテーブルに突っ伏し、手を握り上目遣いでだめ?と聞けばファウストはう、と身じろいだ。
それでもその時はだめだと言うつもりだった。
手袋に指を侵入させられ、目を細められるとどうしようもない気持ちになり、その手を握り返してしまった。
そしてベッドに手を引かれ、顔や首元にキスを落としながら服のボタンを外し始めたところで、苦言を呈したのだ。
「そうじゃなくて、いや…その、女性のように扱うのをやめろ」
言われたフィガロは目を丸くした。
「え?」
「…優しくするなと言っている」
何故?と首を軽く傾げ、不思議そうな顔をする。
「なんで?俺はいつだって優しいよ?男とか女とか関係無い」
フィガロからの返答にファウストは何かを言おうとしたものの、上手く言葉が出なくてはぁ、と小さくため息をついた。
「それに、俺は昔も優しかったと思うけど?」
その言葉に一瞬顔を赤くしたファウストだったが、すぐにむっと眉間にしわを寄せた。
「っ…僕ももうあれから長いこと生きているんだ。あの頃みたいに幼くない」
だから優しくするな、それがファウストの言い分だった。
「うーん…でもごめんね?俺は優しくしたい主義なんだよ」
額にキスを落とし、頭を撫で優しく微笑む。
恐らく普通の女性相手なら、ときめくシーンなのだろうが、一方ファウストはさらに顔を顰めた。
「くそ…」
顔をぷいっと背け、悪態をつけばまた頬にキスを落とされる。
「っ…性悪。本当は分かってるくせに」
ファウストは優しく抱かれるのが嫌だった。
昔を思い出す、それも理由の一つだったが、何よりフィガロに優しくされるのが嫌だった。
そもそも長い間引きこもって生きてきたファウストにとっては他人からの好意や優しさは素直に受け取れるものではなかった。
特にこの男、フィガロからは。
いくら悪態をついて冷たくしても、結局は優しい。
それが気味が悪くて、申し訳なくて、嬉しくて、嫌いだった。
いっそ手酷く抱いてくれた方が何も考えずに済むのに。
優しくされると色んな感情が混ざって、腹が立つ。
「ん?なんのこと?」
にこりと笑うこの男も、気づいているはずなのに。
優しくされるのが嫌な事に気づきながら、優しくする。
「…お前のそういうところ、本当に嫌いだ」
「俺はファウストの事好きだよ」
ああもう、嫌だ。
ファウストは反論を諦め、目を閉じ、耐えるように優しく抱かれることを受け入れた。
僕はあなたが嫌いだ、心の中で何度も言い聞かせながら夜が明けるのを待った。