梅と氷砂糖きっかけはなんてことない。
二人で入ったスーパーに梅酒を作るための品が一式陳列していたからだった。
君、梅酒好きだよね?
そんな問いかけにまあ、と素っ気なく感じる返事を返すとその男はかごに品物を躊躇わず入れていった。
「…で、なんで僕の部屋で作るんだ」
「え?梅酒が好きなのは君だし。君のために買ったんだし」
そう言って僕のアパートの台所でフィガロは準備を始めた。
「お前の家で作ればいいだろ…」
「うーん…だってこうすれば君の部屋に飲みに来る口実もできるでしょ?」
口実も何もいつも押しかけるくせに…、とは口に出さずはあ、とため息をついた。
「どうしたの?疲れた?疲れた時には糖分だよ。いる?」
はい、と目の前に差し出されたのは氷砂糖。
「いや、いらな……」
ふと、小さい時の記憶が過ぎった。
祖母の家で、よく梅ジュースを作るためのシロップを作っていた。その時に開けられる氷砂糖を一つ欲しいといつもねだっていた。
ただただ甘い塊なのに、とても美味しく感じた。
思い出すと食べたくなってしまうのはよくある事で。
「…もらう」
あーん、と唇に近づけられ、あ、と口を開けるとコロン、と氷砂糖が転がってきた。
「美味しい?」
「…甘い」
「だろうね」
ゆっくり舐めて、喋れないうちに梅酒の仕込みは進んでいった。
梅酒作りなんて初めてだから上手くできるかなあ、俺はロックで飲むのが好きだけど夏はソーダ割りが美味しいよねえ、なんてフィガロの独り言を聞きながらもごもごと口の中の体積を減らしていく。
「…将来、田舎に住みたいかも」
「え?急に何?」
小さくなった塊をガリガリと噛み砕き、口を開く。
「梅シロップを作る祖母の背中を思い出した」
「ええ…俺の背中で…?」
「田舎で、夏はセミの声が聞こえて、暑くて。冷えた梅ジュースを飲むと生き返る心地がした」
「いいね。俺は都会育ちだからそういうのなかったよ」
「お前好きだろ。家庭菜園とか、多分」
“昔”は開拓に手を入れてたんだから、と付け加えると、ははっと小さな笑い声が聞こえた。
「うん。そうだね」
仕込みが終わったのか瓶の蓋をギュッと閉め、よし、と声が聞こえた。
「じゃあ、決まりだな」
「え?」
「約束だぞ」
ふっと笑い、台所に背を向けリビングに向かうと背後から困惑と期待が入り混じった僕の名前を呼ぶ声が聴こえてきた。