逢引騒動〜秘密のデート 先日天ちゃんがバイト先から映画のチケットを貰ってきた。天ちゃんも梵ちゃんも行けないらしく、それなら僕が行こうかな?と思ったけど、ペアのチケットだったので、ダメ元であっちゃんを誘ってみた。
いつもは何かと文句ばかり言うくせに、思いの外あっさり「次の日曜ですか?良いですよ。」と二つ返事で了解を得たので、今日は二人で映画に行く。
よく考えたら、これってデート?
僕は突然思い当たった事項に飛び上がりたくなって、待ち合わせ場所に向かった。
「あれ…あの背格好は…学園長?」
「学園長先生〜!何してはるんです?」
遠くから人混みの中に佇む学園長を見つけて、空気の読めない二人が走って声を掛けに行く。
「おい、お前ら…こういうときは話し掛けるんじゃねぇよ…すみません、学園長。」
スラックスにジャケットを羽織り、サングラスを掛けた学園長は心なしか逡巡したような顔をした。俺の把握してる限りだと、休日の学園長はジャージでパチンコを打っている…ということは、この状況は確実に声を掛けてはいけない案件なのだが、そういったことに疎い童貞二人組は気にせずに声を掛けてしまい俺は頭を抱える。
「………晴明君に、凜太郎くん、飯綱くん、三人揃ってお出かけですか?」
「今日は、僕の洋服を買いに付き合ってもらってまして、その帰りに映画でも見ようか、って話になって…僕、友達と映画に来るとか初めてなので…興奮してしまって…!!!」
「それで、さっきから行動が不審すぎて、警察から職質受けもうてんね…。」
「そうです!!」
「…そうですか、これから映画に…。」
「学園長先生はどこか行かれますの?」
「いえ、私は…」
すると学園長の後ろから誰かが手を挙げながら走って来る。
「あっちゃーん!待った?」
俺達三人の目がジャージの上下に身を包んだ野郎に注がれた。
「あっ!烏天狗団の隊長さん!!なんでこんなとこにいるんですか!?」
「え?学園長センセ、コイツ…この方とどこかに行かはるんです?」
「お、おい…お前ら…。」
おいおいおい、空気を読め童貞二人組。サングラスの下で学園長困ってるぞ…。
「そーだよ、今から僕たちデー…」
「…え。違います。こいつと待ち合わせなんて有り得ません。偶然です。」
ニコニコ顔で口を開いた烏天狗団の隊長の言葉に被せるように、学園長は早口で言った。
「え!?そんな…ひどい…あっちゃんのばかーーーー!!」
彼はひとでなしー!い〇ぽー!と罵詈雑言を吐きながら走り去ってしまった。俺は心の中で学園長に謝って、早いところ二人を連れて行こうと腕時計を確認した。
本当は待ち合わせをしていたのに、ちょっと悪いことをしたかな、なんて微かに思いながらも、走り去る背中を目で追うことはせず、先生方と談笑をした。
その後機転を利かせた飯綱くんが少し早目の時間を伝えながら映画館に走って行きましたが。あの方達も行くそうですから、今日は映画はやめておきましょう。チケットは、また今度使わせればいいか。
ていうか、どこかに行ってしまったな…まぁ、場所は大体想像つきますが。
「うぇぇぇぇん」
様々な台から轟音が鳴り響く中、泣きながらパチを打つ。
「…何してんの隊長?」
「うぁ、梵ちゃん。」
バイト帰りっぽい梵ちゃんに声を掛けられた。隣に座って懐から煙草を取り出した彼に、先程の話をする。
「今日映画行く約束してて、待ち合わせ場所に行ったのに、違うって言われてむかついたからパチうってる。」
「へぇ…で、この台出んの?」
「いや出ないよ?」
「やけくそってことか。」
梵ちゃんは笑ってから、入口の方を親指で示す動作をした。
「外にいるぜ。あの人。」
「うえ〜まじ?泣き顔だしやだなぁ…あっちゃんほんと、何考えてるか分かんない…。」
「ま、どうするかは勝手だけど。じゃ、俺はこれで…。」
そそくさと帰ろうとする彼の服を掴んだ。
「梵ちゃん…変化して。」
「…ぇぇ?」
ニコニコと笑った蘭丸さんが、見知らぬ人と腕を組んでパチンコ屋から出てきた。
「あれぇ?あっちゃん?」
わざとらしく私に気付き、見せつけるようにその見知らぬ人に身を寄せる。
「今日はもうこの人と遊ぶからいいよー!あっちゃんのばーか。」
彼はべぇ、と舌を出した後に、心なしか身を捩って離れようとするその見知らぬ人に顔を寄せ、頬に軽くキスをした。そんな彼に、煽られているとは分かっているのに、つい平常心では居られなくなってしまう。
「……もういいです。帰ります。」
私は彼らに背を向けて、どこに行くでもなく歩き出した。
「…行っちまったけど良いのかよ。」
「いいよっ!もう知らないもん!」
「ほんと、痴話喧嘩に巻き込まんでくれ…」
暫く当てもなく街を彷徨って、ふと思い立って本屋に寄り最新の地図を買った。そのまま学園に戻ろうと、久し振りにゆっくりと夕暮れの道を歩いていると、三叉路に差し掛かった。
先程どこかの誰かと何かをしに行ったのではなかったのか、向こうから歩いてきた蘭丸さんと目が合う。
「うえ、なんで居るのさ。」
「貴方こそ、何でこちらに。」
「いや、あっちゃんちで風呂入ってから帰ろうかと思って。」
「…何でだよ…。」
二人で同じ方向に歩きながら、暫しの沈黙が流れた。
だんだん夕暮れの赤みが薄れ、墨を薄く溶いたような闇がそろりと近付いてくる。一日の終わりを意識し始める時刻だ。
「…ま、今日は私が悪かったです…。」
昼間のことを思い返して、私は呟いた。自分の都合を相手に押し付けるような真似をしてしまった。
「…あの後、昼間のこと話したら、梵ちゃんに怒られちゃってさ。…僕も悪かったよ。思い当たらなかったけど、あっちゃんも仕事の人との関係とか、あるよね。ごめんね。」
「貴方がそんなまともなこと言うなんて…。」
「何だよそれ。」
彼は少し笑いながら困ったような顔をして、暫く顔を下に向けていた。二人でとぼとぼと歩いていたが、不意に私の方を上目遣いに見上げて小さく呟いた。
「…お詫びにいいところに連れてってあげるから、許して?」
「…はぁ。」
「目、瞑って。」
目を瞑ると、風が起こって、彼が大きくて黒い翼を広げたのが分かる。彼は背後から私の腕の下に手を回し、ふわりと飛び上がった。
どこかに飛んでいく。緑の濃い匂いがして、森の方へ向かっているのだと感じた。
「はい、こちらでぇす。」
目を開くと、山の上のひと際高い木の上に居た。
夜の帳の下りた空の下に、小さな光が星の集まりのように無数に広がる。
「これは…圧巻ですね。貴方にしては、本当に良いところです。」
「キラキラしてて綺麗でしょ。」
煌めく街の夜景を眺めていたら、彼が口を開いた。
「…ちょっと、デートっぽい?」
「……そうですね。」
「あれ?素直だな。珍しい。」
私は顔を寄せて彼に唇を重ねた。
「映画はまた今度。それより、この後私の部屋にいかがです?」
「え〜僕お持ち帰りされちゃうの?」
赤く染めた頬に両手を添わせた、おちゃらけた調子の彼をぎゅっと抱き締めて、私達は妖術で転位した。
風呂上がり、あっちゃんの浴衣を着て胸元をパタパタ仰ぎながら部屋に上がっていくと、胡坐をかいて座椅子に座っているあっちゃんの背中が見えた。
「何見てるの?」
「地図です。」
「?」
僕はあっちゃんの手の下に体を滑り込ませ、彼の胡坐の上に座る。広げられた地図を見ながら、両手を彼の首に回した。
「たまに新しい地図を昔の地図と照らし合わせないと、分からなくなるもので。」
「あ、ここの温泉大昔に行ったことある。今はこんなに拓けてるんだね。」
「映画も今度行きますが、いつかこちらに行きませんか。久々に、どうなってるのか見たくなりまして。」
「いいよ。こっちの方が、人に会わなくていいかもね。」
僕達は顔を見合わせて小さく笑った。
終