パァアンッと空気を裂くような破裂音が職員室内に響き渡る。
　担当授業を終えて職員室へ戻って来た俺と不死川は職員室内の光景に思わず足を止めてしまった。
　頬を押さえて呆然としている冨岡と、冨岡の頬を打った手を握り締めながら俺たちに背を向けている鱗滝。
　一体どういう事だ。なんで中等部の鱗滝が高等部の校舎、それも職員室に居ておまけに冨岡を殴ったんだ？
　理不尽に一方的に殴るのは冨岡の専売特許だろ。
　事態を飲み込めず呆然と立ち尽くす俺と不死川。
「PTAがなんだ。教師となったのなら進め！どんな苦しみにも黙って耐えろ！」
　鱗滝がなんか熱い事を叫んでおそらく最初から現場に立ち会ってしまったのであろう煉獄に諌められているが、今は内容なんてどうでもいい。
　鱗滝が冨岡を殴った。別に冨岡が誰に殴られようが俺には関係ない。だが、タイミングが悪かった。
　よりにもよって不死川が職員室に戻ったタイミングで冨岡を殴った。冨岡の恋人である不死川に見られたのだ。
「不死川っ、落ち着けよ？」
　突然のことに固まっている不死川の肩に掴んであらかじめ取り乱さぬように釘を刺しておく。
　だが、俺のこの行動は間違いであったとすぐに思い知らされる。
　ハッと息をのんでフリーズ状態から再起動した不死川はギリッと奥歯を噛むとそのままズンズンと床を踏み締めながら未だ呆然としている冨岡とまだなんか熱い事を言っている鱗滝の元へ向かってしまった。
「テメェっ！　これはどういう事だァ？！」
　いくら校内では恋人同士のくせに犬猿の仲だとか言われていてもやはり目の前で恋人が殴られるのはどんな理由であれ、黙っていられないのか不死川は怒鳴り声をあげる。
　そして腕を伸ばすとそのまま勢い良く胸ぐらを掴み上げた。恋人を殴った男の……ではなく、殴られて呆然としている冨岡の胸ぐらを。
「不死川？！」
　なんでこの状況で冨岡に掴みかかるんだ？殴られたのは冨岡だぞ？
「俺の目の前で堂々と浮気しやがってっ！ぶっ殺されてェのか？！」
　いやお前は何を見たんだ。俺には冨岡が殴られてたようにしか見えなかったがお前には別の光景に見えたのか？何がどうなって浮気したことになるのか詳しく説明してほしい。
「不死川っ、冨岡はなにもしてないだろ？冨岡は殴られた被害者だぞ？」
「だからそれが浮気だろうが！大人しく他の野郎に殴られやがって！」
　どんな理由だそれ。殴られたら浮気になるって、そんなバイオレンスな浮気を俺は知らないぞ。
「殴られても浮気にはならねぇよ。言ってることがド派手に意味不明だからとりあえず一旦落ち着け」
「これが落ち着いていられるか！これは立派な浮気だ！」
「だからなんでそうなるんだよ？冨岡は殴られただけだぞ？いやらしい事は何もねぇだろうが」
「皮膚に触らせたじゃねぇか！　んなのセックスしたのと一緒だ！」
　お前の中のセックスの教義っていったいどうなってんだ。皮膚が触れたらセックスになるんならセックスしてる奴らだらけになっちまうだろ。そもそも冨岡は毎朝のように我妻を殴り飛ばしてるじゃねぇか。それもセックスになんのか？冨岡は毎朝我妻とセックスしてんのか？
　なんてさすがにこの状況で聞くわけにはいかない。
　不死川のセックス論なんてこの際どうでもいいから早く落ち着かせないと。冨岡はまだ呆然としてるし、煉獄はどう対処すればいいのか分からなくて小声でよもやを繰り返し呟いてるし。