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    くりんばわんどろ。+10mくらい。【季節外れ】【枕元】
    事後っぽい表現があります。
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    **

    ざぁ、ざぁぁ、崖下を流れる川の音が、窓辺に凭れる自分の耳に遠く響く。抑揚の少ない音は疲れた身体を眠りに誘った。重い瞼をゆるゆる動かすと、川向うの景色が鮮やかに眩しい。崖下のどうどうとした川の流れ、切り立った斜面を覆う、赤、オレンジ、黄色。彩り豊かな樹木たち。窓辺の紅葉した銀杏の金色は自分の頭髪より数段濃い色をして、寒風に身を揺らしている。あちらはどうだか知らないが、火照った身体にはこの冷たさは心地よかった。

    本来真夏にあるはずだった長期休暇が、随分季節外れに与えられた。ぽかりとできた連休を、ふたりでゆっくり過ごそう、と持ち掛けてきたのは大倶利伽羅だった。二つ返事で承諾して訪れた、紅葉の名所の温泉街。急流に削られた渓谷の両岸にホテルや旅館の立ち並ぶ場所で、ふたりで選んだのはその並びから少し外れた宿だった。
    景色を、温泉を、食事を楽しんで、夜。お互いに期待して、求めて、溺れた。本丸は集団生活で、周りを気にして兎に角せっかちに進めがちだし静かにことに及ばねばと気を使う。旅先で、周囲の気配は薄く、ほかにも、だって。理由付けはいくらもできて、結果はとても奔放だった。それだけ。

    それで結局、ふたりして予定していた朝食の時間を寝過ごして、自分はちょっとばかり声が出ない。なまじ身体が頑丈で体力があるのも考え物だった。抑えがないと、うっかりハメを外してしまう。
    (んー……)
    起き抜けにてんでダメだった喉は、水を飲んで少し落ち着いたら唸る程度はできるようになっている。けれど、痒いような、痺れるような心地はひどい違和感で、喋ろうと思っても難しい。けほ、と空咳をひとつして、景色を眺める方へ意識をやる。対岸にもホテル群があるが、樹木がほどよく目隠しになって、見露わになるような感じはしない。建物の白い色が紅葉した木々と対比して、葉の色がより鮮やかに見えるような気がした。
    「戻った」
    部屋の戸が開くと同時に声がかかる。大倶利伽羅だ。コンビニの袋を提げて室内へ上がってくるのへ、「おかえり」の意味を込めて手を振る。
    「ただいま」
    意味は汲み取られ、返事をされる。そのまま側へしゃがみ込み、喉元をさすられた。冷たい。風と同じくちょうどよい心地よさだ。
    「食べられそうか?」
    聞かれて頷く。空腹ではあるのだ。喉は痛むが。
    「どっちがいい」
    そう言って袋の中身を見せて来る。
    (…………アイス?)
    塩キャラメル味と、ティラミス味だった。この寒いのに、アイス。いや美味そうではある。食いはぐれた朝食の代わりを買いに行ったはずの大倶利伽羅が甘味を買い求めてきたのが不思議なだけで。
    「こういうものなら食べやすいだろう」
    照れと、バツの悪さの滲むじっとりした声で言う。アイスと大倶利伽羅の顔とを行ったり来たり見つめたのがよくなかったか。別に文句を言いたいわけじゃない。だから、袋に手を伸ばして塩キャラメルのアイスをさらった。

    外の景色を眺めるように隣合う。座布団代わりに布団を引きずって来て並んで座る。窓は閉めた。それぞれにアイスのカップを開ける。木のさじでちょこんちょこんと掬いながら食べる。舌先に染み入る塩っけと甘み。次々と、もうひとくち、と進めたくなる味だ。そして、氷菓の冷たさが、喉や体の内側をやさしく冷やす。空腹も相まって、あっという間に平らげてしまった。
    「うまかった……」
    ぼんやりと呟く。声が出た。掠れていて、吐息ばかりの小さい声ではあったけど。すぐ隣にいるのだから、大倶利伽羅にも聞こえたはずだ。大倶利伽羅は、自分こそ声が出ないみたいにだんまりのまま、そっと身を寄せてきた。肩に凭れるように傾げた首。俯いた頭で目元が陰になる。
    ――……気にしているのだろうな、と思うし、そんな風に感じる必要ないのに、とも思う。
    こんなことになったのは初めてで起き抜けは多少驚きもしたが、お互いに求めてやった結果なのだし。

    だから、掛けて来るよりも多く体重を乗せ返して、布団の上に転がした。
    「うぉっ?」
    食べ終わったカップを大倶利伽羅の手から奪って、自分のと重ねて枕元へ追いやる。空いた両手で戸惑う大倶利伽羅を抱きしめた。外に出ていた分、少し体温が低い。じわじわと熱を別けるように抱き込んでいると、おずおず抱擁が返ってくる。
    「ちょっと寝て、どっか外に食べに出よう」
    耳元へ囁く。まだまだ掠れているが、この感じなら少し休めば凡そ元通りになるだろう。アイスはおいしかったし喉にもよかったが、これだけでは腹はくちくならない。なにせ頑丈な体をしているのだから。
    「……あぁ」
    いつも通りの、平坦であたたかな声で返事がある。満足して、本格的に寝の体勢に入った。大倶利伽羅も深く息をする。とくとくと心臓の音が肌や骨を伝って聞こえて、それが、川のせせらぎよりよっぽど強く眠気を誘った。
    枕元の空いたカップを片すのは後。今は、この音に漂って眠ってしまおう。
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