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    mitsu_ame

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    イデアズ💀🐙

    ハロイベの頃に書いてたのを仕上げた。ので、ちょっとだけイベストの内容に触れていますが些細な感じです。
    デキてる。いちゃ甘。
    学園のネットワークセキュリティとか寮長の仕事とかの捏造あり。

    **

    最後の支払伝票データを送信する。予算執行状況確認表を開けば、ピタリ配分通りの金額が執行済額として表示された。あぁ! なんと小気味よいことだろう!
    「終わった?」
    知らず漏れた笑い声を聞いて、イデアさんが声をかけてくる。彼御用達のオフィスチェアをぐにゃりと反らせて振り返ると、ソシャゲにでも勤しんでいたのだろう、チカチカ明滅するスマホ片手にゆらりと立ち上がるところだった。パーカーとスウェットの、だぶだぶのシルエット。
    「えぇ! 大変助かりました。お礼はまた後日」
    「いーよ、別に。ネットワーク障害の方は、調べるのに工賃いただきますしおすし」
    チェアを背後から抱くようにして、イデアさんの手がキーボードへ延びる。ヒョロリと長い腕は僕ひとり分の厚みをものともせずにキーの上で指先を踊らせた。
    「うわ、予算キッチリ全額使ってる」
    「当たり前でしょう。ハロウィン用の事業予算は全寮同額。かつ予備費はイベント最後のパーティへ回される。自寮分使い切らない道理がありますか」
    「いやぁ〜……それにしたって全額執行は草。予期せぬ持ち出しがあったらどうするの、流用きかないよ」
    「確かにお金は頼りになるものですけど、唯一の手段ではないですから」
    ニッコリ笑って振り仰いだ先、画面に注がれていた視線がこちらを向いた。何を想像したのか、数秒瞬いたのち、呆れたように画面へと戻っていく。
    「ハイハイ。柄にもなくセンパイ面してスミマセンデシター」
    画面上の会計ソフトが、オクタヴィネル寮長のユーザー権限からイグニハイド寮長のそれへと切り替えられる。なにかしらの操作が行われているのは見た通りだが、何をしているのかは理解の範疇を越えている。
    「……学園のマスターPCでもないのに、寮の垣根なくアカウント切り替えられるんですね」
    セキュリティの関係で、各寮のPCでは自寮の生徒のアカウントだけが認証されることになっている。……なっていた、はずだ。
    「んー? うん、そうだね」
    なんの答えにもならない相槌を打って、ひひ、ハンパに笑う。

    夜半、ネットワークエラーによりログインが適わなくなったオクタヴィネル寮の会計システムについて、軽く持ちかけた『相談』はいくつかの指示を経て「詳しく見たいから明日行くよ。仕事は僕のPCで済ませて」とあれよあれよの内に段取りを決められていた。言われるまま、制服を着替えることもなく訪れた彼の部屋で恙無く会計事務は終了し、明朝には回線の問題は解消するだろう。そして、今行われたコレ。
    全て、金銭では贖えない、手段だ。
    「ふふ、イデアさんならできるんじゃないですか」
    「……あんまり聞きたくないけど、なにが?」
    「決裁受けずに予算流用」
    僅かに引き攣った声には気付かないフリ。需要費とかどうですか、比較的大雑把な予算計上だと思うんですけど。適当なことを言う。

    イデアさんは、よそのを見ていて気になったのか、イグニハイド寮の予算執行状況を表示していた画面をソフトごと落とす。無機質な、室内とは違って整然としたデスクトップが現れた。
    「やりません」
    キッパリ、バッサリ。
    『できません』と言わないのは事実だからか、プライドからか。前者だろうな。
    「そもそもさ、大人にバレてまずい悪事は働かないデショ。君」
    くるん。ゆるくGがかかってチェアが半回転する。正面にあったディスプレイは背後に。背後にあったイデアさんは正面に。ヘッドレストの部分を両手で掴まれれば、彼の腕の中に捕らわれたも同然。部室での対戦時の、詰ませる一歩手前くらいに煽ってくる時の顔をしている。ここでノっては面白くないのはゲームも会話も同じ。だから、屈んで近くなっている、生じろい頬へ手を伸ばした。
    「恋人へのかわいさ余って行われた悪事でしょう? 慈悲深き心でもって素知らぬふりをします」
    色味の割にあたたかな肌に指を滑らす。少しカサついていて、細胞のつながりが弱そうなやわらかさで、そのくせ直ぐに骨に当たる。温度以外は死骸みたいな肉だな、とぼんやり思った。
    「ぜーんぶ拙者におっ被せる……」
    れ、と舌を出すのが余計に死骸めいていて、思わず笑う。
    「いやだな、まだしていただいたわけでもないのに」
    「ホラもうその言葉選びが既に、ってヤツなんだよなぁ」
    はー、やめやめ。大袈裟な身振りでぬるりと距離を取られる。そのまま、クローゼットの一角へ。如何に汚部屋の住人であろうとここだけは衛生を死守せねばならんのです。と、以前宣っていた、飲料水等を入れる冷温庫と、備蓄食料を置いたスペースだ。
    「お夜食召し上がる?」
    「用意してくださるんです?」
    「えぇまぁ、コイビトへのかわいさあまって?」
    やめると言ったのにひとの言葉尻を捕らえて嘲るの、止めた方がいいと思いますよ。思ったけれど言わなかった。こちらも恋人への可愛さが有り余っているので。

    暫くと言わず待っていると、プラスプーンを突っ込んだカップを渡される。陶製などではなく、厚紙のもの。要は容器に直接お湯を入れて出来上がる、市販の即席スープだ。受け取った両の手のひらがじわじわ温まる。中を覗くと、薄くスライスされたバゲットが2枚入った、コンソメスープだった。パッケージにパンは写っていないから、イデアさんが足したのだろう。
    「コショーはお好みで入れてね」
    言葉とともにデスクへ胡椒のビンが置かれる。視線だけそちらへやって、とりあえずスープをスプーンでひとさじ。塩気と、ブイヨンの動物系の旨味。野菜の出汁はあまり感じない。インスタントなら道理だ。炙ったバゲットの香ばしさで香りは十分に思えたので、胡椒ビンへは手を伸ばさなかった。
    スプーンでようようバゲットを掬って齧りつく。歯に当たるバリリとした食感が真っ先に来て、スープを吸ったやわい所がじゅわりと溶けるように咥内に広がる。焦がす時にチーズを乗せていたらしく、あわい酸味と乳性のコクと香りがついてきた。もうひとくち、スープを含む。ほぅ。ためいき。
    「イデアさん。あなた、料理できたんですねぇ……」
    室内唯一の椅子を僕に占拠されているイデアさんはベッドに座って同じものを食べていて、しみじみ言った言葉に軽く噎せた。
    「ゑ? アズール氏ともあろう者が料理の判定ガバが過ぎるのでは?」
    枕元のティッシュボックスから数枚抜いて口元を拭ってから、心底不可解です、という表情で言う。得意の自覚のある分野にばかり自信があって、それ以外に持ち得ているものに無頓着なのは、勿体無いことだなぁと思う。
    「だってこうしてちゃんとスープを振舞ってくれるじゃないですか」
    「いやいやいや。拙者がやったのはお湯沸かして注いでパン浮かべただけ。それは化調の勝利の味ですぞ」
    「…………」
    わかってないなぁ。
    確かに、化学調味料によって仕上げられた味ではあるだろう。けれど。
    バゲットが吸う分を考慮して規定より多めに注がれたお湯。その分薄まる味はチーズの塩気が補強する。焦げた小麦とチーズの風味は味に奥行きを出すし、水気で膨らんだ炭水化物は少量でも腹持ちに直結する。インスタントスープというできあがったひと品に味や食感をバランスよく追加して違和感のない仕上がりを出力できるのは、きちんとスキルとしてカウントできる。なにも、料理は切るだの焼くだのができることだけが全てではない。
    「もっと喜んでくださいよ。恋人の意外な一面にキュンときている、と伝えてるんですから」
    「……そ、れは。……その……まぁ…………そう、そうだね……」
    途端に歯切れの悪くなった口調がおかしい。この反応はよく知っている。フードの生地をぐいぐい引いて顔を隠してみたり、忙しく視線を動かしてみたり。受け取った称賛を持て余して照れているのだ。
    これだって、始めのうちは意味が知れなかった。なんたってイデアさんは対面での言語コミュニケーションには難があるし、多動の傾向もある。僕とは違う文化圏の語彙だって使う。
    でも、ひとつひとつ見ていくうち、今のはこうだったなと判ずることができるようになった。爪を弄るのは落ち着かない時。眉間を押さえるのは迷っている時。こちらを見て、いつもよりゆっくり瞬きするのはキスがしたい時。すべて、今までひっそりと暴いた。見つける度に心震える心地は、堅い殻を剥いで中身を引き摺り出す、捕食の快楽と同じ形をしている。

    スープに沈んだパンを口に含み、舌で潰すように味わう。じゅわん、とまだ熱いスープが沁み出し、胃に落ちていく。内臓をぬくめる優しくまろい熱だ。深まる夜に眠気を誘うような。先程触れた、あたたかで乾いた肌を思い起こす。あれに触れて、包まれると、途端にねむくなることだって、彼が僕をさも当然とばかりに抱き込むようになってから知った。他人との物理的接触を拒否するわりに、一定の線引きの内側に入れると丸きり距離感というものが失われるのが分かったのはいつだったか。記憶を掘り返して頬が緩むのを、当の本人はなんだか嬉しそうだね……? と戸惑うばかり。
    「あなたがあんまり可愛いから、なんでも全部知りたいんですよ」
    「ヒェ、強欲……てかその話まだ続いてたの……」
    怯えたようにキュっと肩を竦める。冗談めかして伝えているから、そうは言っても喜色を隠せていない。冗談だと、思ってくれていた方がいい。油断している相手なら、捕らえるのも食べるのも簡単だから。

    ……はやく、ぜんぶ。
    このひとの頭から何から、バリバリと丸呑みにして消化しきってしまいたい。『意外な一面』なんてものがひとかけも無いくらいまで、食べ尽くしてしまいたい。
    焦燥のような。陶酔のような。燃える心地で暴き続けている。
    そんなこと、イデアさんは知りもしないだろうけど。

    残りわずかになったスープを、直接カップに口を付けて飲み干してしまう。量もカロリーも抑えたとて、スープのあたたかさと少しの炭水化物は十分な満足を与えてくれた。
    「おいしかったです」
    「それはよかったです」
    同じく食べ終わっていたイデアさんから空いたカップとプラスプーンを預かって、まとめてゴミ箱へ。先住民のスナックやら栄養ゼリーやらのパッケージを押し込めて、グシャリと忙しい音がする。
    「…………泊ってく?」
    その音に紛れさすみたく、ちいさく尋ねられる。かわいいひと。

    言葉は返さないで、ただ、隣へ座った。脚が触れるほどの距離。でも、彼のスウェットと、僕の制服のスラックス越しでは体温も伝わらない。そんな風に触れたところと、僕の顔とを、イデアさんの視線が行きつ戻りつ、して。ゆっくりの、まばたき。
    キスしたいんだな、が分かるから、僕からそっとそれをした。
    「外泊申請出してないので、戻りますね」
    ちゅ、少しだけ音立てた唇で囁き立ち上がる。口付けた時そのままの恰好で固まった身体がいじらしかった。
    「えっ、ちょ、マ? うそでしょ……?」
    「無許可で外泊なんて不良な行い、僕にはとてもとても」
    軽口に、イデアさんは頭を抱えた。どの口が……と情けないつぶやきが漏れ聞こえる。そんなに期待してたんですか。口にはしないけれど、優越。
    「さっきあなたが言ったんですよ?」
    ――そもそもさ、大人にバレてまずい悪事は働かないデショ。
    その通りだ。僕らは所詮学生で、大人に見張られ守られる立場でしかない。そんなこと分かっているから、内申稼いで先生方の覚え目出度く、抜け道みたいな正攻法で周りを出し抜くのに精を出す。
    こんな、学園という、天敵のいない入江の浅瀬みたいな環境で賢しらなフリをする。所詮学生、子ども、今だけのこと。
    「そういうわけですので。おやすみなさい、イデアさん」
    立ち上がる。蹲った体勢のまま、イエローアンバーの視線だけが向かってきた。ゆらめく青髪の灯りを受けて、恨めし気な熱を持つ。期待され、求められて、袖にして、それで尚。
    彼の自らを守るための殻を引き剥がして、中身を晒させることの優越。それに現を抜かす子ども染みた恋心。全部ぜんぶ、ここでだけ味わうひとときのものでしかない。

    ウミガメのスープだな、と思う。閉じた世界で含む味。
    外へ出て、同じ名前の料理を食べたとて、あの時含んだ味ではない。そのウミガメは、血の通ったヒトの死骸だったのだから。
    「スープ、おいしかったですよ」
    はやく、ぜんぶ。
    頭から何から、バリバリと丸呑みにして消化しきってしまいたい。味わっていないもののひとかけも無いくらいまで食べ尽くして、満足してしまいたい。
    いまこの時、僕だけの、

    『ウミガメのスープ』
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