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    mitsu_ame

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    ジョーチェリ。ふたりの間の文字の行き来について。

    沈黙は金、筆まめは銀。.

    「お前って意外と文字書かないよな」

    風呂上がりの一杯を冷蔵庫から取り出した虎次郎がそんなことを宣ったので、薫は憐憫のこころをたっぷり含めて溜息を吐いてやった。
    「ゴリラ……ついに俺の職業も分からなくなったのか……」
    薫がよよよ、と寝間着の浴衣の袖を使って大仰に泣き真似てみせるうち「ちげぇーよ馬鹿!」と幼稚な罵倒が返ってきた。
    「冷蔵庫に貼ってあるメモ、みーんな俺の字だろ。玄関先のクリップボードも。ちょっとした書置き~みたいなのも俺ばっかでお前やんねえし」
    缶ビールで唇を湿しながら虎次郎はそんな風に並べ立てる。薫の目元を拭う手が止まった。
    ダイニングのテーブルセットもスツールも、なんならリビングのラグ上にクッションだって充実しているにも関わらず、虎次郎は薫が座るソファにわざわざやって来て、肘置きの辺りに寄り掛かる。風呂上りの高めの体温がじんわり届くほどの距離。
    「……俺の文字は商品だぞ。そうホイホイ残すか」
    「そりゃそうだけど。あっ、それにメッセージもろくに寄越さないだろ。珍しく送って来たかと思えば単語だけとか。あとリビングで仕事してる時だって文章打ってるとこほとんど見ねえ」
    虎次郎はそうやって指折り数えるのをやめない。無神経なやつめ。涙を押さえるふりの袖は、今や薫の表情を覆う役目の方が大きかった。
    「電子的なやりとりはカーラに自動化させてるからな」
    請求書領収書納品書その他定型の事務文書。どれもヒトが確認して送付するよりカーラと彼女に制御させているRPAソフトを使った方が格段に速いし間違いがない。
    「えっ。もしかしてあのメチャクチャ素っ気ないメールもカーラ製なの」
    「違うわ馬鹿」
    先程の虎次郎と同じ幼稚な罵倒が薫の口を衝く。今の言い訳は苦しかったどころか失敗だった。折角仕事の話題にシフトするかと思ったのに。袖の覆いで隠れるのをいいことに、薫はム、と唇を尖らした。
    虎次郎がグビグビと喉を鳴らしてビールを嚥下するのを間近に聞く。同じように酒の一本も持ってきてしまえば、会話は適当に流れるだろうか。キッチンの方へ視線を流す。
    その時だった。
    「…………喋ってて思ったんだけどさ、」
    袖の覆いを押し退ける恰好で腕を開かされる。ふたりの顔が真正面から対峙することになる。虎次郎の頬は、湯上りとアルコールを差し引いても仄赤い。
    「書置きするより、メッセージ送るより、俺のとこ来て直接話してたり、する?」
    何言ってるんだ、本当に無神経だなお前は。思ったけれど薫は黙秘権を行使した。肯定もしなければ、でも、否定もしない。そういうことだった。
    「なぁかおる、どうなの」
    ――……そうだよ馬鹿。
    手紙もメールも電話でさえももどかしくって、飛行機使って国境飛び越え会いに行った頃となんら変わりない。今ならもっとずっと簡単に顔が見られる。声が聞ける。家に帰れば。ふたりで暮らす、この家に。ならばその方がいい。そんなこと、皆まで言わせるな馬鹿。
    薫は権利を行使し続けた。迫る虎次郎だって、唇をふさいでしまえば尚も重ねて問う野暮はしないだろう。酒をもう一本取りに行くより余程合理的だ。虎次郎の咥内に残る薄苦い酒精を舐めて、薫は沈黙を貫いた。

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