猫長屋.
四日間の地方出張を終えて夜、帰宅後靴も脱がずネクタイも解かずキャリーケースを放り、先程入って来たばかりの玄関扉を今度は出て行く。自宅のみっつ隣、外灯の点いた部屋のインターホンを押す。
少々間があって、扉は開いた。
「こ、っんばんわ」
「あぁ。……上がってくれ」
声のひっくり返った挨拶に変な顔ひとつせず(いいひとだ)出迎えてくれたご近所さん――大俱利伽羅は、室内へと国広を促した。自室と同じ、僅かな玄関の土間スペースと、居住スペースへと繋がる階段。「お邪魔します」と小さく言って、先を行く大俱利伽羅の後に続いた。
「ミケ」
愛猫の名前が挙がる。
「いいこにしてたぞ」
やわらかい声。お世辞というか、建前というか、そういうものだとしても有り難かった。
階段を上がりきると左手にリビングダイニング。うちとは反対の間取り。なにかとゴチャついている国広の部屋と違い、ここはダイニングテーブルとイス、扉付きの本棚、爪とぎのほかに目立ったものがなく広く感じられた。それと同時に、預けに来たときは見回す余裕もなかったのを自覚する。
無垢フローリングそのままの床の片隅に、預けた際に持ち込んだポータブルケージがあった。帰宅の支度までさせてしまったらしい。
「ミケ~……」
後日改めてお礼を持ってこないと、と思いながら歩み寄る。
……静かだ。
ケージぎらいを思って首をひねる。唸ってたっておかしくはないのだけど。
「っ、すまない。そこにはいない」
中腰になっていた背中に、大俱利伽羅の声がかかった。今、もしかしなくても笑ってたな? 恥ずかしさが込み上げて「そうか!」と無駄に元気に返事をする。
「こっちだ」
水回りを通り抜け居室へ案内される。やはり自宅とは反対の間取り。入るのは初めてだ。慣れた景色と似ているのに違うのが、緊張を呼ぶ。
ただ、それも一時のことだった。
通された部屋の奥、猫ベッドの丸い空間に仲睦まじく、みっちり詰まる猫たちを見るまでのこと。
家主の愛猫であるカトラ――野良時代、勤め先のキッチンに侵入してカトラリーを薙ぎ倒したことが由来らしい――の腹に背を預けるように密着した我が家のミケは、上体をぐんにゃり反らせてカトラの耳だの額だのを一生懸命舐めている。真っ黒で長い毛並みがそこだけぺっそりしているので、多分長いことそうされていたのだろう。カトラは嫌がることもなく、それどころか時折ミケが舌を休めるとせがむように鼻先にキスをしかけている。
「なかよくなったなぁ……」
「二度目だしな」
初対面、うちでカトラを預かった際はお互いに警戒し合っていた。だから預りの二日間は交代でゲージを出入りさせ接触しないようにしていたほどなのに。今はそんなことありましたっけね? とばかりに身を寄せ合っている。
「……座ったらどうだ」
二匹がぺろぺろゴロゴロにゃんにゃんしてるのを国広が(尊……)とばかりに見つめていたらそう声がかかった。
「えっ、あっ、はいっ」
振り返ると、ソファに座った大倶利伽羅がポンポンと隣を叩いている。お互いの位置関係を考えれば、猫を見つめる国広を含めて眺めていたことになるだろう。またまた気恥ずかしいことだった。
多分、ソファベッドなのだろう。一人暮らしのものにしてはゆったりとしたそれの、はじっこへ座る。小柄な人ならもう一人、大俱利伽羅との間に座れそうなゆとりがある。
ミケとカトラは相変わらずべったりとくっつきあって、あっちをペロペロこっちをスリスリしている。あっ、ふみふみした。うちでは眠たいときにたまにやってくれるくらいなのに。
そんな猫二匹のイチャイチャが落ち着くまで、人間二人はソファの隅っこ同士、黙って隣に座っていた。
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