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    mitsu_ame

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    朝チュンのジョーチェリ。

    さざなみカウント180.

    まどろみは、波打ち際でやわく肌を撫でられるような心地がする。

    寄せて、引いて、また寄せる。人肌に馴染むぬくい温度が揺れる。もうすこし深いところへ沈みたい気持ちと、このまま浅いところで揺蕩っていたい気持ちとが拮抗した。
    不意にザァ、と音立てて波は引き、薫は眠りの海から虎次郎の寝室へと居場所を移した。
    「……おはようカーラ」
    枕元の端末へ挨拶する。すぐにふわりと発光。起動を知らせる。実に素晴らしい寝起きだ。
    「おはようございます、マスター。現在時刻は午前十一時二十八分。予定起床時刻から一時間五十八分経過しています。アラームを確認しますか?」
    「いや、大丈夫だ」
    彼女の懸命の努力が水泡と帰したところを突き付けられるのは、少々ばつが悪い。殊時間に関しては非常に優秀なのだ。今朝だって几帳面に十分おき、スヌーズを繰り返してくれたはず。薫はそれを差し置きさざなみ立つ眠りの海に漂っていたわけだ。休日だから、は、言い訳になるまい。
    さて。では、あの寄せては引く波のような熱の正体は。わかりきったことに思考を割いた途端、離れていた熱が迫る。
    ……逆だ。薫の方が引き寄せられる。海ほど柔らかくも不定形でもない、筋骨隆々とした二本の腕に。
    「かおる――……」
    抱き込む力とは不釣り合いのふにゃふにゃ声。それが首から肩を埋めるように忍び寄る。間延びした呼びかけはそのまま深い呼吸音にシフト。寝ている。爆睡だ。
    薫を背中からすっぽり抱いて、虎次郎はふすぅ……ふすぅ……ゆるやかな寝息を立てている。髪の合間を縫う熱い吐息。肌を撫でてゆくのがこそばゆくて仕方ない。
    「おい、虎次郎」
    なんとか身を捻り距離を取ろうとするのにビクともしない。胴に回る腕は堅牢で、肩口をくすぐる吐息はやわらか。どちらも収まりの良い場所を求めるように肌を滑る。ぬくくて緩いさざなみは、確かにまどろみに揺蕩うには心地よかったのかもしれない。しかし目覚めた今では暑苦しいし落ち着かない。
    ジリジリと抵抗を幾許か。続けて、結局うまくはいかなかった。

    仕方なしに諦めて、身体の力を抜いた頃。
    「んん……あっちぃ……」
    ボヤきながら虎次郎は、今度はアッサリ薫をシーツの浜へ放り出す。このやりようにカチンと来た。
    折角のまどろみは、こいつの暑いのと人肌恋しいのとの塩梅で脅かされたわけか。しかも薫を現実に連れ戻した張本人はそんなの知ったことかとばかりに眠りの海の中。これは由々しき事態だろう。
    身を返し、虎次郎と正面から向き合う。両肩引っ掴んでそのまま頭突きのひとつでも。
    しかし、勢いのために背を反らしたところで逡巡する。朝っぱらから己の額を痛めるまでもないのでは? 薫の頭はよっぽど頑丈だが、それでもイッパツかまして痛まぬでもない。
    ――まぁ、穏便に済ませてやってもよかろう。
    そのように結論して、薫は虎次郎の口を塞いだ。ついでに鼻も。てのひらで。
    体格に見合った大きいてのひらと長い指。それらを有効活用して虎次郎の下顔面をすっぽり覆う。手の内に呼気の湿ったあたたかさ。規則正しかった呼吸は徐々に浅く戸惑うようなリズムへと。
    それに伴って眉が寄り、ぴくぴくと瞼が震える。小さかった震えがぶつかり合った波のように大きくなっていって、びくっ! と跳ねる。色濃い睫毛がパチリと弾け、琥珀色の瞳が顕わになったところで手を離した。
    「……起こすにしたってもうちょっとやり方があるんじゃねぇか」
    「言ってろ」
    先にひどいことしたのはお前だろ。
    腹の虫が納まらず離してやったばかりだがもう一度、今度はギュっと鼻先を摘まんだ。途端に顔の真ん中に皺寄せてしかめっ面。まったく男前が台無しだ。
    「きげんワリィの」
    「あっ、おい……!」
    鼻を摘ままれたままの気の抜けた声。間抜けを気にも止めず虎次郎は薫を抱きしめた。慌てて両腕伸ばして距離を取ろうとしたのに力負けする。すっぽり。今度は正面から包まれて、あまつさえ肩口に顔を埋めすぅぅと深く呼吸される。
    「ばか、起きろ」
    「起きてる。寝ない。くっついていたいだけ」
    さっきまで馬鹿みたいにそうしてたんだよスカタン! いよいよ言ってやろうかと拳を握る。なのに、虎次郎は寝入っていたときよりずっと、安心の毛布にくるまったみたく息を吐く。

    ――なぁおねがいあと五分だけ。
    こどものような駄々を言う。ゆらゆらゆら。浅瀬に遊ぶみたく。

    そんなことされたって、手心加えてやるだなんて思うなよ。
    「三分」
    「わぁったよ……」
    厳然と言い放ちカーラほど優秀でない体内時計で三分をカウントする。
    とくとくとく、心臓の音。自分のと、くっついた肌の向こうからのとが揺れて混ざって波のよう。いち、に、さん。…………どこまで数えたか、うっかり分からなくなる。
    まどろみの海で数える三分間は、やけに長い。

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