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    mitsu_ame

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    mitsu_ame

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    イノブレの設定資料集読んだら生えてきた幻覚。主にポプスタ周りのネタバレを含みます。些かグロい。

    しなやかな腕の祈り.


    いつか、花いっぱいの景色を。甘い夢想だ。辺り一面は黒いイバラ。花はひとつも付かず、それどころか葉のひとつもない。ただただ硬い蔓が地を這っている。

    ローズの約束の庭は、遠い。

    「ヒ、ィ――……! ヒっ、ヒィ――――ッ!」
    エーデルワイスの金切り声がする。音色に呼応して彼女の足元の蔓草が伸びては波打つ。鋭い棘持つイバラのそれは、そこらに転がる死体どもからぶちぶちと肉片を擦りおろしている。使徒だったはずだけれど、細切れにして仕舞えば神子も牛豚もみな等しく肉だ。
    ローズは質の悪いミンチ肉を拵え続ける姉へ歩み寄り、後ろからそっと抱いた。怒りや殺意、憎悪に漲る身体は強ばっている。宥めるために摩ってもそれに気付いた風もなく金切り声を上げるのへ、いつもの言葉を囁きかける。
    ――途端、強ばりは解けた。
    「ア……」
    やっとローズの方を見るから、笑いかけてやることができた。
    「エーデルワイス。ねぇ手伝って。お願いよ」
    手を引くとコクリと頷く。かつての彼女になかった幼い仕草。それの似合う子は、もう少し離れたところに居る。
    「……うふふっ、あは、ふふふふ…………!」
    笑い声。軽やかなステップ。ぷらぷら揺れる腕。
    ミモザは『お友達』と手を取り合って踊っている。ところかまわず足を揺らすから、エーデルワイスのイバラはミモザのまろいふくらはぎからも肉を奪っている。『お友達』と繋いだ手の反対は、二の腕の半ばあたりからちぎれかけ、身体の揺れるのに少し遅れてぷらぷらとした。もしかしたらちぎろうとしたのは元気な頃の『お友達』なのかも。
    「ミモザ。ねぇミモザってば」
    無駄と分かっていても声をかける。案の定、ミモザはダンスに夢中でローズの方には目もくれない。
    「ンもうっ。エーデルワイス、捕まえて」
    ローズの頼みに応え、エーデルワイスはゆるやかに腕を振った。空を薙ぐ指先に合わせてミモザの周囲のイバラが枯れ、代わりにクレマチスの蔓が奔放に伸びる。それが踊り続ける彼女を優しく抱き留め、ようやく踊り子の脚は止まった。尚も『お友達』と繋いだ手を揺らしてはダンスを再開しようとするので、ローズはエーデルワイスにしたのと同じように、ミモザにも囁きかける。揺らす腕が止まった。『お友達』の指をちぎって解き、空いた手をエーデルワイスと繋がせる。ローズはもう片方が本当にちぎれてしまわないようそぅっと支えながら手を繋いだ。
    「さ、帰るわよ」
    じぃ、とふたりの目がこちらを見て、コクリと頷く。すっかり枯れ果てた植物と使徒の肉塊を踏み分けて、三姉妹はその場を去った。


    戻った先、出迎えたのは館の主人だった。
    「おかえり。いつ見ても、君の手業は見事だ」
    「いやだ、見ていたの」
    まぁな、と答えた黒梟はローズについて回るふたりに視線を向ける。腕が宙ぶらりんのミモザは勿論、エーデルワイスも身体のあちこちを傷めている。黒梟の視線には気遣わし気な色があるが、それを受けてもふたりは微動だにせず、ローズの傍にひたりと寄り添うばかりだった。苦笑して「直してらっしゃいな」と声をかける。じぃと見て、コクリと頷く。そのやりとりを待っていたかのように黒梟の背後の闇が輪郭を滲ませてふたり分の人物を象る。黒猫と黒兎はローズの姉妹たちを伴って工房へと向かっていった。
    「何をどうしてやったら、あれほど皆を宥められる?」
    館の暗闇に消えゆく背中を見送りながら、黒梟がそう溢す。出迎えの言葉の続きだった。
    ローズの持つ力は精神感応――発語に因らない語り掛けの能力だ。聞くつもりのない者にはそもそも意味がないし、聞こえても受け入れるかはまた別の話。それでも、ローズはいつだって惑う死者たちの寄る辺たる。
    「……呪文があるのよ」
    「ほう?」
    「特別なものじゃないわ。みんな知ってる。あなたも。あなたの造る死人もみんな」
    それじゃあね。言い捨てて自室へ引き取る。今夜はさみしい独り寝になりそうだ。
    工房へ向かったふたりを想う。傷付いた身体は、黒梟が直してくれるだろう。青白く透き通った、屍人の手指。
    だけど、愛していたのは、爪の先まで整った屍人の手ではないのだ。
    教会に身を寄せた子供たちの生活は豊かでなく、身ぎれいでいることは難しい。ひびわれたりさかむけたり、時には血のにじむことだってある。でもそれが愛しかった。

    愛したのは、日々の手仕事で荒れた指。眠りに就く前、指先で軟膏を分け合うあの時間だ。
    愛していたし、生きていてほしかったし、能うる限りの幸福に満たされて笑っていてほしかった。

    儚い祈りだ。遥かに燻る、夢想の庭に手を伸ばすような。
    愚かだとは理解しつつも、ローズは祈ることをやめられない。否。愚かだからこそ祈り続けているのかもしれなかった。最初に死という安寧を遠ざけてから、ずっと。
    愛していたし、生きていてほしかったし、能うる限りの幸福に満たされて笑っていてほしかった。
    愚かな祈りを受けて、死者は蘇り現を惑う。だからせめてローズは重ねて祈るのだ。安らかな眠りの訪れを。
    死の理を捻じ曲げるほど愛情豊かであるならば、皆こうして寝かしつけられたに違いない。

    ――おやすみなさい。主の腕(かいな)があなたを優しい夢に導いてくださいますように。


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