この国の新聞には、天気予報が無い。
基本的に公判が有る前に小ぶりに降る程度だから裁判予定を見たほうが雨の降る確率がわかるくらいだ。…だった。と言うべきか。
噂では、月一でカラリと晴天になるようだ。…それは決まって四週おきで。それは、今日。

ソレに自惚れていた俺は今、土砂降りにあっている。普段ならば迎えに来てくれているメリュジーヌすらいない。
「あー…地味に距離あるんだよなぁ…はぁ、走るか」
バチャバチャと、水を跳ねさせながら向かう先は遥か遠い執務室。

「あっリオセスリ様！！申し訳ありませんお迎えに行けなくて…」
入口でずぶ濡れになったコートを脱いでいると声がかかった。
「あぁ、いや気にしなくていいさ。悪いがタオルはあるかい？」
慌ててポテポテと可愛らしい音をさせながら取ってきてくれたタオルを受け取る
「ありがとう。助かった」
「い、いえ」
そうして頭を拭きながら迷いなくドアをノックする
「…開いている」
いつも通りの落ち着いた声
「悪いな、報告書が濡れちまった」
「いや、問題ない」
そして淡々と、事務的な会話が始まる。

「…んで？」
報告が終わり、このなんでもないような顔をしている人に問いかける
「…すまない。君から貰った茶器を割ってしまった」
「ふ…くくっ」
「笑い事ではないが」
窘められるようにピシャリと言われる。こんな人がそんな事をここまで気にするかねぇ。
「別に高いもんじゃねぇんだし気にしないでくれ。それより急に降られたら国民も驚いちまうだろう？」
「…降らせたくてしているわけではない…すまない」
「謝るなって。」
全くこの人は
「すまない。風邪を引いてしまう」
「そう思うなら業務の前に気にしてもらえるかい？」
「…すまない」
「まぁいいさ。ちょうど茶器とセットの茶葉を持ってきたんだ。そのまま渡すよ」
わかりやすい。表情よりも。
「助かる。飲んでいくか？」
「んー、いや、今日は帰るさ。シャワーでも浴びて温まらないと本当に風邪引いちまいそうだ」
カラカラと茶化すように笑うと、珍しく気落ちした顔をした。
「すまないリオセスリ殿…」
「その代わり、帰り道入口まで見送ってくれるかい？ヌヴィレットさん」
「あぁ、わかった」
小雨になっているがまだ降っている中、あえて傘は持たずに二人で外に出る。
「アンタ風邪ひいたりはするのかい？」
「いや、一般的に言われるような病気にはならないな」
「はー羨ましいな…お、」
ポートマルコットに付いてすぐ、レインボーローズが目に入る。
「たまには雨もいいよな。草木が元気に見える。ロマリタイムフラワーもきれいに咲いてくれるしな」
「…そうだな」
「だから、まぁ、そんなに気になさんな。」
「何がだろうか」
「ははっいやいいんだ」
雲の隙間から差し込む光
もうすぐ止みそうだ。

この泣き虫な水龍が、たまらなく愛おしくて。
公判予定を見ても最近は天気に役には立たない。
…それくらい、フォンテーヌの天候がわかりにくくなった。
それが、たまらなく嬉しいんだ。
「…今のアンタのまんまでいいよ」
「リオセスリ殿？」
「いつの間にか俺も雨に濡れるのが気持ちよく感じるようになったしな、はは」
キラキラと、葉に乗る水の玉が光る
「わざわざあんがとよ送ってくれて。」
「いや、私も気分転換になった。外の空気に触れるとやはり違うな」
「俺が言えた義理じゃあねぇが日光も浴びとかねぇと萎れちまうぜ？」
「ふ…あぁ、そうしよう。…では、また」
「おう、じゃ、また来月」
ゴウンと、地面が動く。
この距離も、この人とならこんなにも早い。
名残惜しくも、これでいい。
やっと感情を出せる様になったこの人を、これからも見守っていきたいから。

今日もフォンテーヌの天気は不明。
水龍の気分のままに。本人ですら判らないんだ。予報なんて、意味がない。それでいい。
そんなフォンテーヌが、俺は好きだから。