待ち合わせをして、講談を聞いて、ショッピングをして(もちろんオレ払い)、個室で晩飯を食べる。
そんなことを任務の合間にする中な訳だけども。
「公子殿」
「んー?」
先生の苦手な海鮮モノを代わりに平らげている時、
「頼みがあるのだが。」
急にかしこまった顔で言うから。まさか別れ話とかじゃないよね?と少し心がザワついた。
「なぁに先生。珍しいねそんなかしこまっちゃってさ。またなんか買って欲しいものでもあるの?」
「いや、でーとなるものをしたいのたが。」
…?
「ん、ごめん何だって?」
「『でーと』をしてみたい。もちろん貴殿と、だが」
ソースの中でツルツルと逃げるタコ足をなんとか箸で追いかけながら必死に頭を巡らせる。
そもそもこれがデートじゃないの?
なんだと思ってたの?
「してるよね。今」
「何をだ?」
「いや、デートを」
顎に指を当てて思案しだした。
いやいや、そんな難しいこと言った?
「え、そもそも今まで何回もこうやって会ってたと思うんだけどさ、なんだと思ってたの?」
「…何、と言われると難しいな。会うために約束をして共に楽しい時間を過ごしたくてのことなのだが」
「それ!!それ!!それがデートだよ!!」
きょとんとしている先生とは裏腹にオレは今にもイスから立ち上がる勢いだった。
「そうなのか?異国の辞書には『逢い引きする事』と書かれていたのだが…」
「待って!?先生はオレの事好きじゃなかったの!?」
そして勢い余って立ち上がってしまった。
「好きだが?」
「はぁぁ!?」
どさりとイスに座り頭を抱える。なんか今凄く恥ずかしいことを口走った気もするがまぁいい。
「君が、君はどうなのだろうか」
「好きですけど!?好きじゃなきゃモラの神にオレが奢ったり任務で疲れた足でスメールからここまで来たりいない時にアンタのこと考えたり寄ってくる女の子達断ったり知らないキレイな女の人と楽しそうに談笑してるアンタ見てヤキモチなんて妬かないんですけど!?」
被り気味で返してから一息でまくし立てて後悔。
「…恥ずかしい事言わせないでよ、もー」
頭から湯気が出そうだ。
「…ふふ」
数秒、無言だったかと思えば抱えた頭の上から呑気な笑い声が聞こえる。
「なんなの先生」
「いや、ははっ…愛らしいな公子殿は」
「うるさいな!!先生はどうなのさ!!」
「俺も傷だらけの体で笑顔でいられれば心配するし、知らせで死にかけたと聞けば心が引き裂かれるようだし任務へ向かう後ろ姿は引き止めたくなるし手放したくない程には愛しているな」
「…ごめんもうやめて、ごめんって」
お互い軽く溜め息をつく。
「という事は、お互い『デートをしよう』と確認を取り合ってするものではなく今までしていたことがデートだったということで合っているか?」
「合ってますー。はぁ、ほんとどうしたの先生ってば」
「…ん、そうか…いや。ふふ、秘密だ」
「は?なにそれムカつく」
「ほら、冷めるぞ?」
「アンタが残したタコですけど!?」
なんだかよくわからないが、とても機嫌が良さそうな先生を見て、もう何も言うまいと思った。
◆◆
子どもの泣き声。あまり慣れたものではない。それこそ『泣きじゃくる』という言葉が当てはまるだろう。どうするべきか。
「俺はどうすればいい」
「イヤだー!!ここにいるんだー!!帰りたくないー!!」
数回このやり取りをしているのだが。…凡人と言うだけでも面白い存在だと言うのに、その子ともなるの未知のものになる。
ふと、以前見かけた親子の様子を思い出す。
ぽん、とその感情をまるで体現しているかのような忘れ草色の髪に手を下ろした。
ピクリと肩を跳ねさせて、少し声は落ち着いたようだ。
…不思議だ。何故あんなにも癇癪を起こしていたのに落ち着くのだろう。泣かないでくれと言葉にしたところで意味をなさなかったのに。このような仕草だけで。
海灯祭に、人間の姿で紛れるようになったのはいつからだったか。
見慣れない、が、この所よく見るようになったスネージナヤの服装の子供が目に入った。
齢5、6と言ったところか。賑やかな街の中、一人で座り込んでいたのを不思議に思い話しかけたのが始まりだった。
「どうしたのだ?」
「…アンタに関係ない」
「ふむ、話しかけて返答をした時点でそれは効かないな」
「じゃあ話しかけるな」
「…俺は、この海灯祭の空気が好きだ。人々の笑い声がどこからか聞こえてくる。見上げれば灯火が輝く。美味いものも沢山あるだろう。気に入らなかったか?」
「…」
無言の少年は、膝を抱えて口を噤んだ。
「俺の知り合いで杏仁が好きな奴がいるのだが。甘くて美味い。食べるか?」
「…いなくなった」
上手く聞き取れず、少年の前にしゃがみ込む。
「母さんたちがいなくなった。どこいけばいいかもわかんない」
これが迷子か。少し興味に沸き立つ心を抑え込む。
「そうか、どこで別れてしまったのかわかるか?」
その細い首をふるふると横にふる。
この年齢。他国の者。周りに人気もない。
「よし、これから起こることは決して誰にも言わないと約束できるだろうか」
「…?わかった」
その子の手を取り、抱え込む
「うわっ何…へ?」
心地よい風が頬を撫でる。
漂う灯籠を少し押せば、ふわりと更に高く登る。
真似をして、腕の中の子も、ふわり。
始めて笑った。無邪気なその笑顔を見て、なんだか心まで軽くなったようだ。
「どうだ、綺麗だろう」
「…うん、キレイ」
風に遊ぶ俺の髪を一房掴んで見つめている。ほんのりと光るその色を言っているのか。
「夜空のことを言ったのだが…まぁいい、ここからなら見渡せるか」
「え、あ、うん。えっと…」
人が多い所。スネージナヤの服。何かを探すような仕草。…楽しめていない者の仕草。
「兄弟はいるか?」
「え、いるぅわっ!!」
少し離れたところにおろし、すぐにその場を離れた。
「アヤックス!!どこに行ってたの!!」
「母さん!!」
そんな声を背中に聞いて、胸をなでおろした。
二度と会うこともないだろう。
そう思ったのだが。
冒頭に戻る。
「昨日のように迷子と言うわけでもないだろう」
頷く
「何故ここにいるとわかった」
人間の姿でいるにしても祭の最中であり人はかなり多いのだが。
「…キレイなお姉さんみたいな人探してるって聞いて回った」
「…俺は女に見えるのか?」
「だからみたいな人、だってば」
一つため息。これはきっと、何度も何度も味わってきたものだ。しかしこの子にとっては、まだまだ経験の浅いもの。
「…帰るのか?」
「だから帰りたくないんだって」
「母親と兄弟が心配するぞ」
「そ、れは…」
目が泳ぎ、もじもじとした後
「…好きだ。一目惚れした。だから一緒にいたい」
全く。このような理由は初めてだったので虚を突かれた。
「…アヤックス」
真っ赤にした顔で、真剣に心を伝えられる。素晴らしいことだと感心する。
「人間は、いずれ必ず別れが来る。親兄弟には常に精一杯君なりの愛情を示すべきだ。」
「なんだよ、難しい言葉使って追い払おうったって…」
「母が好きか?」
「当たり前だろ」
「ならば行くべきだ。縁さえあれば、いずれまた逢える」
「…ほんと?」
ぎゅ、と。小さな手が力強く俺の裾を握る。
「あぁ、俺は嘘は言わない。何年後かはわからないが、俺はこのままでいるから。君が見つけてくれればいい」
一度、口を開きかけたのを噤んで。おずおずと口を開く。
「じゃあ、約束」
「いいぞ」
「『でーと』してくれ。きっとおとなになってかっこよくなって驚かせてやるから。絶対好きにさせてやるから。そしたら『でーと』して」
その言葉の意味はよくはわからなかった。きっとこの数年でその答えはわかるだろう。
「あぁ…わかった。」
俺が、人を、人間を好きになる事はあまり想像はできない。それはいずれ来る別れを受け入れるという事だ。
…だが、もしかしたら。そんな未来があるのかも知れない。
それを、受け入れられた時。いや、別れたくないと、心が泣き喚く様になった時。
その『でーと』とやらを、してみるのも悪くない。