「よーしこれでおしまい、だ」
ユムカ仔竜の足に包帯を巻いて、頑張ったな。いい子だ。と頭をなでる。
すり、と頭を寄せてキューと嬉しそうに鳴く姿を見て自分も口角を上げる。
「歩いてもいいがジャンプはまだするなよ。着地の衝撃が大きいからな。…よし、ドア開けるからな」
最後に注意点を述べてドアノブに手をかけ開ける。
眩しさに一瞬目を瞑り、薄く開けるとテコロアパンに沈んでいく赤い夕陽。そして、
「お、おいおいマジかよ…」
きゅーきゅーくあーと、その日軽めの治療を施された様々な種類の仔竜が広間に集まっていた。その中に今しがたのユムカも輪に加わる。
「帰ってなかったのかお前ら全く…」
困ったもんだと腰に手を当ててため息をつく。が、内心特に大きな心配もなく口元は笑っていた。
果物と野菜入れはほぼ食べ切られていてみんなの口元にその勲章がついているのを見てつい吹き出してしまう。
「ははっ仲良く食べたのか?ん?」
階段を降りて撫でて撫でてと近寄ってくる仔竜たちの頭を次々と撫でていく。
きゅっきゅっとその中の一匹がどこからか持ってきたギター。
「んー?そうだな、食後に一曲聞いてくか?」
歓声にも似た声が上がる。少し離れた所にいる人々がほほ笑ましそうにちらりと見ては家路についていく。
診療所の隣にある机に腰掛け、足を組む。適度に使い込まれた茶色のアコースティックギターを受け取って肩にかけ、ポンポロンと軽く弾く。そのストラップピンとブリッジの間には特徴的なイラストのカクークが彩られている。
当のカクークは我が物顔で隣を陣取っている。
「んん、あー…よし。」
ペグでチューニングをしながら軽く発声練習。竜相手でも緊張はする。先程まであんなに騒いでいた竜達が誰に言われるまでもなくその場に座りワクワクと期待したキラキラとした目で見られるから。
◆
この曜日、この時間、確率は高いはず。
そう思って花翼の集の入り口に降り立つ。…その手には3人分のタタコスを持って。
自然と、耳がピクリと動いた。イファのギターの音だ。
少し駆け足で診療所へ向かう。
仔竜に囲まれた真ん中で、楽しそうに弦を弾くイファ。ゆっくりと口を開いて。
ふわ、と。その場の空気が柔らかく、温かくなるのを感じる。耳が心地良い。
立ったまま目を閉じ、暫く聴き入る歌声。普段話す声よりも少し低くなる歌声。語りかけるような優しい声。好きだ。
少し堪能してから、もう少し近くで聴くためにご飯入れの近くに座った。イファは歌っている間目を閉じるからまだ気付いていない。
胡座をかいてタタコスをその間に置いて、その棚に寄りかかる。
イファの歌っている姿を見るのが好きだ。既に辺りは薄暗くなってきているが、そのおかげで周りのトーチがゆらゆらと柔らかくイファを照らす。
そんな隣でリズムに合わせて揺れるカクークを見て笑ってしまう。
周りにもその歌を聴きに来ている人がいる。普段は終わる前にさっといなくなるからイファがそれを知っているかはわからない。
「…隣、いいかな?」
改めて目を閉じて聞いていた所に急に話しかけられて少し驚く。
「ムトタさん」
やぁ、と挨拶を交わして特に許可をするわけでもなく隣に座る。
「やはりこの時間はここに人が集まるな」
「うん。でも多分イファは知らない」
あくまで仔竜に歌っている。目を閉じて、柔らかな笑みで、心地の良い歌声で。
「はは、みんなもわかっているから歌い終わる前に帰るからね」
「僕は残るよ」
ムトタ族長は僕の膝の上にある包を見る。
「あぁ、そうだね。…それが許されるのは唯一君だけだからなぁ」
「みんな帰らなくてもいいと思う。こんなにきれいな歌、最後まで聞いたほうがいいのに」
んー、とムトタさんが唸る。
「まさかこんな大勢に見られてるなんて知られたらイファも恥ずかしいだろう?もう歌わないなんて言われたら」
「それはイヤだ。」
ははは、と笑う。
「同じ気持ちだからみんな歌い終わる前にいなくなるんだよ」
ムトタ族長は優しい瞳をイファに向ける。なんとなく何故か胸のあたりに黒いもやが出来た。
「でも君は『そこ』にいても許されるんだ。オロルン。なぜだかわかるかい?」
「?晩ごはんを持ってきてくれるからか?」
本当に分からなくて自分なりに答えてはみたものの、ムトタさんは眉を下げて笑うだけだった。
「まぁ、いいさ。君はいつもどおりの君でいてくれれば大丈夫」
「よく、わからない」
いつかわかるよ、と子供をあやすように頭に手を置かれる。その大きな手は温かくて安心する。
「さて、そろそろいなくなるとするか。じゃ、イファによろしく」
そう言って立ち上がったムトタさんはそのまま橋を渡って見えなくなってしまった。気付けばこの場には僕と仔竜とイファだけになった。
揺れていたカクークが僕に気付いて飛んでくる。
「きょうだい」
「うん。こんばんは。カクーク」
足の間の包をつついて催促されるから、そのままカクーク用の小ぶりなタタコスを取り出して食べやすいように包の上に広げる。
食べにくいだろうに胡座の隙間にはまって器用に食べだした。
「おいしいか?よかった、ありがとう。」
数口つついたあと、勢いよく食べすすめてくれるカクークにお礼を告げる。これならイファも喜んでくれるだろう。
すっかりとっぷりと暗くなった頃、歌声が終わった。
スタンディングオベーションだったかな。フォンテーヌでは素晴らしいと思った劇や歌に対してする動作らしい。…僕もそうしたいけれどカクークが乗っていて立てない。
「はは、喜んでくれて何よりだ。よしほらもう暗いからな。気をつけて帰るんだぞ。必ず明かりのある道を通ること。いいな?」
肩からギターを下ろしてそう言うと、みんな言うことを聞いて自分の家へ帰っていく。後ろ姿はみんな『楽しかった』と言わんばかりだ。
「おい」
そんな背中達をみていたら声がかかった。
「あのなぁ、正面に座るなお前は」
「どうして?特等席だ」
「恥ずかしいんだよバカ」
僕にイファの影が落ちる。カクークはまだあと半分くらいをつついている
「おらカクーク。残りは家ん中で食え。こらいったん食べ終えろって」
「マジかよきょうだい!」
背中の鞄を摘まれて無理やりタタコスから引き剥がされたカクークは抗議の為に揺れて声は苦痛に満ちていた。
「このまま食べさせてあげればいいのに」
「あのな、俺らはどうするんだよ。」
「ここで食べる?」
「…それもいいかもしんねぇけど、とりあえず家に帰るんだよ」
「?わかった」
「きょうだい!きょうだい!」
「いてててっ」
欠片が散ったカクークのタタコスと、僕達の分を拾い上げて立ち上がる。イファはカクークにつつかれていた。その姿を見て無意識に口元が緩む。
「笑ってないで助けろ」
「カクーク、ほら入ろう」
「今日は何だ?」
「タタコス」
「うまそう」
「カクークはおいしそうに食べてくれてた」
「そりゃ楽しみだ」
そんな会話をしながら。
家族ってもんはそばにいるだけで暖かくて安心してまるで藁に包まれているようだ。
こいつらといるとそういう気持ちになれる。
それなのにまったくこいつらときたら。
「まだまだだな、きょうだい」
「…ん、どういう意味だ?」
「タタコス、いまいちだったのか?」
俺としてはこのままでもいいけどな。
見てるだけで面白い。大好きだ。
「ありがとな!きょうだい!」
「お礼言うのが遅いんだよお前は」
「どういたしましてカクーク」
頭とお腹を2人に撫でられる。
こいつらが『家族』になるのはいつになるんだか。
そう思いながら、2人の背中を追ってドアの中へと吸い込まれていった。