■■/■■ 雨
洞窟の入り口の岩の上で赤ちゃんが見つかったみたい。
コウモリのような耳が生えていたって族長が言ってたわ。…それで気味悪がられて捨てられたのかしらね。
■■/■■ 雨
族長が訪ねてきたわ。その子を抱っこしてね。
「…このコ、魂が…」
「やはりそうなのか。念の為、『黒曜石の老婆』にもみてもらってからと思ってな」
「えぇ、とても…不安定。このままならこのコの魂は繋ぎ止められなくて夜神の国に戻ってしまうわ」
族長は、嬉々とした目で言ったわ。
「この子供の中に魂を詰めることは出来るだろうか」
「…何を言っているの?」
オソろしい、計画。行きたままのニンゲンを夜神の国に送るだなんて…
でも、それだけ切羽詰まってることもわかってる。それでもワタシに出来ることはないのだけれど。
…むしろ、その方がいいのかしら。育て親もいないまま、このまま衰弱して死んでしまうよりも。
「フン…好きになさい。ワタシは関わらないからね」
「おぉ…これで希望が…。ありがとうございます。」
でもそんなのはイイワケ。こんな小さなコドモをイケニエに捧げるなんて許されないコトなんてわかってる。そんな事言っても現状夜神の国は崩壊寸前、ワタシは何も術が思いつかない。そんな大シャーマンなんて…
でも、やっぱりダメ。
「……ウソ」
ザァザァという雨の音と、赤ちゃんの鳴き声。大人たちの咽び泣く声。
「うまく、いかなかったのね…」
「『黒曜石の老婆』わた、…私たちは…なんてことを」
ワタシはたまらなくてその赤ちゃんを抱き上げたわ。イクトミ竜のような耳が恐れで伏せてしまっている。
「ごめんなさい…」
ぎゅう、と抱きしめると温かさとともに何か硬いものが当たった。
「え、このコ…もう神の目が…」
落ち着いてくれたのか、泣き止んでワタシの頬をぺたぺたと触ってくる。
その包まれている布の裏。
「これ…かなりぼやけてるわね…でも、多分コレ、名前ね」
『オロルン』
そう呟くと、きっと関係はないのだろうけど、キャッキャと笑ったの。
だから、
「このコ…ワタシが育てるわ…」
「えっ『黒曜石の老婆』様が!?」
どよめく周囲。でももう決めたのよ。
「弾かれ者たちが集まってくれたほうがいいんじゃない?」
そう言って、2人暮らしが始まった。
■■/■■ 晴れ 1歳
出会った日を誕生日にしたわ。あれから一年がたった。
このコはソシツがあるみたい。いつかワタシのことも騙せるようになるんじゃないかしら。まぁそんな事許さないけどね。
「きゃっ」
パチっと指先から小さな雷を出したものだから静電気のようにピリッとした痛みが走った。
「んもーおむつくらい変えさせなさいよねー」
「キャッキャ」
初めての育児だったから、たっくさん育児本を読み漁ったわ。まぁ…どれもそんなに役には立たなかったケド。
「そんな形にハマってるわけがないわよね、オロルン?」
「んまー」
つい笑顔になってしまう。でも、まだ、あんな事をしてしまったという罪悪感は消えなかったわ。
■■/■■ 曇り 5歳
ダメもうイタズラ好き過ぎるわこのコ。
集落の家という家の中に勝手に入ってどんぐりを置いて回るんだもの。この『黒曜石の老婆』が人里に行くこと自体が珍しいのに頭を下げて回るハメになるなんて!
「ばぁば、はい!」
まだ小さなその泥のついた両手いっぱいに、どんぐりがたくさん。
はぁ、とため息はつくけれど。
「ふふ、ありがとうオロルン。でも人様の家に勝手に上がり込んだらダメなんだからね?」
「ごめんなさい」
「わかったらいいわよ」
元気いっぱいで食欲旺盛。そこら辺の子どもと全く同じ。でも、オトモダチはいなかったわ。
■■/■■ 晴れ 10歳
「ばあちゃん!ほらこれ!」
「あら、ミニトマト?上手に育てたじゃない」
「うん、色んな土とか水のあげ方とかやってみたんだ」
だから本棚から植物の本がなくなってたのね。
「すごいじゃない。そうね…ワタシの畑あげるわよ。色んな野菜とか育ててみたらどうかしら?オロルンにはそういうの合ってると思うの」
「えっいいの?僕キャベツ育てたい!あと大根とかカボチャとか!」
ぴょんぴょんとジャンプしながら、キラキラとした瞳で。
…このコが大きくなったら、どんなコになるのかしら。シャーマンにはさせたくないけれど。たくさん、トモダチが出来れば。もしうまく育てることが出来たら集落に渡しに行きましょう。こんなに元気に聡明に育ってることをみんなに見てもらおうね。
■■/■■ 晴れ 15歳
「あの子ったらもー!どこに言ったの?」
無駄に気配を消す術はとても上手くなってしまって、集落に出かけては色んな人の背後に隠れて歩き渡るのがブームになっちゃったみたい。
「ほんと…なんでこんな悪ガキに育っちゃったのかしら…逃げ足だけは速いんだから…ん、あの子ダレよ」
茶色のシャツに体躯に似合わないくらい大きな鞄を背負って歩く後ろ姿。ミント色の珍しい髪の色と鞄に結んであるバンダナ。花翼の集からきたコかしら。
オロルンが背後でうろちょろとちょっかいをかけているからキョロキョロと不思議そうに。
もー他の部族のコにまで迷惑かけるなんて!
そう思った瞬間走り出した。
「あっ」
思ったよりも声が出て、その花翼のコが足を止めてこちらを見る。…と共に。
「えっちょ、コラー!」
そのコの手を引いて駆け出してしまったの。
「ばあちゃんナメんじゃないわよ!タイホーっ」
二人分の足の速さになったことでまずまず走らされたケド捕まえることが出来たわ。
二人は息も絶え絶えなのにオロルンだけはけろっとして。
いつの間にか家の前まで誘導されていたからついでに家の中に招いたの。
「ほらそこ、座んなさい。なんでこんな事したの?キミ関係ないハズなのに途中から楽しそうに一緒に逃げてたわよね?」
「…なぁ俺関係ないよな」
「一緒に逃げた時点で共犯だ」
「おいおいマジかよ」
「ねぇアンタ達今怒られてるんですケド?」
床に正座するオロルンと、あぐらをかくそのコ。
5歳児に怒っている感覚がするケド目の前にはまずまず体格のいい3倍程度の年齢のコ達。
「まずオロルンは何をしてたのヨ」
「隠れ身の術だ」
「隠れ身の術 そもそも、そんなもん本当にあるのか」
「稲妻にはそういう術がたくさんあるんだってばあちゃんの本に書いてあった」
「アンタまた勝手に本持ってったわね!?」
「ごめんばあちゃんわざとじゃない」
「じゃあ逃げるんじゃないわよ」
「…?ちょい待った。ばあちゃんはどこだ?」
ワタシとオロルンは無言でワタシを指さす。
「えぇ!?待った待った妹かせめて姉ちゃんじゃないのか!?ばあちゃん!?」
「うん。『黒曜石の老婆』」
「『黒曜石の老婆』ぁ!?!?」
目を白黒させて狼狽えるほどにビックリ仰天してくれるなんてなかなか懐かしいわね。
「そうよ。全く、新鮮な反応してくれるじゃない。知らない人がいるなんてね」
「いや、父さんたちからは聞いてたけどまさかこんなお若いとは…」
「あらウフフ」
こんな歳になってもそう言われると素直に嬉しいものね。
「ばあちゃん話がズレてる」
「ダレのせいかしら!?」
アンタには必殺デコピンをお見舞いするわ。
「…痛い、ばあちゃん」
「ま、まぁまぁ。うちの集落の子供達も迷惑かけながら大きくなるもんだから…同い年に見えるけど…」
「15だ」
「まるで同じじゃねぇか!子供か」
あら?このコ…
「はぁ、まあいいわ。もう夕方になるしキミも困るでしょう?帰っても良いわよ」
「あ、助かります…」
頭に手を当てて会釈するその姿は隣でぼーっとしているコよりも数年社会を知っているよう。
「すいませんなんか野菜なんて貰っちゃって」
「いいのよ。メイワクかけちゃったお礼ってことで」
じゃあ、と頭を下げて背中を向けた。その時、
「あ、待った。君の名前、知らない。教えて欲しい。」
オロルンが引き留めたの。こんな事、初めてで驚いたわ。
そのコはちゃんと振り向いてオロルンを見て名乗ったの。
「俺はイファ。竜医の卵だよ」
「僕はオロルン。農家の卵だ」
このコが初めて他人に興味を持った日。私に向けない知らない笑顔をみれた日。
■■/■■ 小雨 17歳
「ばあちゃんばあちゃん!」
「んーなぁに?朝から…」
「いたんだ!イファ!」
「あら、そうなの?」
「あそこにあった診療所引き継いだみたいだ」
自分の育てた野菜を迷煙で売るのはもう慣れたからと隣の部族まで売りに行くようになった頃、このコ自身も探していたのか嬉しそうに教えてくれたわ。
もっと小さい時、冒険だと言って行ったことのある花翼の集。結局帰れなくて泣きじゃくってワタシにゲンコツ食らったんだケド。…確かその時にあのコと同じ髪の色の女の人が保護してくれたのよね。
「元気そうだった?」
「それが…」
少しオロルンの表情が曇る。
「両親とも、この前の戦争で亡くなってしまったらしい…前にあった時と表情が全然違った…」
「それは…そう。辛いわね…」
そうよね…見かけは平和に見えても定期的に何処かの部族は襲われて、傷付き、亡くなっていく。…ワタシはそれに耐えられなくなってこんな辺鄙なトコロにいるんだもの。
「うん、だから少しでも元気出してもらいたくて。木の板と絵の具が欲しいんだ」
「…突拍子もないわね」
前後の文章が全く噛み合ってない。もう1回話し方から教えたほうが良いかしら…
「イファの診療所に看板を作ろうと思って。だから暫く通おうかなって」
そのオロルンの表情は至って真面目で、
「…ふふ、いいんじゃないかしら」
人を思いやれるコに育ってくれたのねと思って嬉しかったわ。
そして少し経った頃。
「あら、顔は描かないの?」
手も顔も絵の具まみれになったオロルンの背中越しにそのイラストを見た。
「…うん。せっかくなら笑顔にしたい。でも、まだイファは笑ってない」
「そう…でもこれだけアンタが通ってたらいつか笑ってくれるんじゃない?」
「うん、頑張るよばあちゃん」
そう言って拭った鼻にはオレンジ色の絵の具が付いた。
…よっぽどイファもメンタル的に辛いでしょうに、ここでオロルンが描いてるってことは邪魔したくないって事でしょうし診療所はやってるんでしょうね…ワタシも不安になっちゃうわ。
「そうだ、ちゃんとご飯食べてるのかしら。これから行くなら夜ご飯持っていきなさい」
「わ、ありがとうばあちゃん!きっと喜ぶ!」
その表情はどちらかと言うと安堵で、少し、表情は硬かった。
…それから暫くは看板作成は進まなくて、でもイファと今日は何したとか、こういう話をしたとか、教えてくれて。
「できた」
その数週間後に描き上げたそれは、あのコの顔とはかけ離れた特徴的な表情だったけれど、とってもいい笑顔で描けてると思ったわ。
「アンタもやっと笑えるようになったわね」
「え?」
「この絵に顔がない間、アンタもちゃんと笑ってなかったのよ」
「し、知らなかった…それはよくない」
素直ね、キミは。
「フフ、そうね。でも笑えるようになったのよ。君のおかげよ。」
「そんな大層なこと、してない。明日早速渡してくる」
「えぇ、話聞かせてネ」
暫く私の部屋に飾ってあったその作りかけの看板は、その日からいなくなった。
「…それで、イファに説明したんだ。『竜の怪我した翼に包帯が巻かれているのが可哀想だったから、かなり気を遣った。絵に占める割合こそ少ないが 、君を描く時と変わらないぐらい時間をかけて描いた。』って」
タタコスの下にタタコスの生地を敷いた上で頬張りながらオロルンは教えてくれた。
「そしたら、『これほど生き生きした俺は初めて見るな。礼を言うぜ、きょうだい。』って。きょうだいって、血がつながってなくてもいいんだな」
口の周りをソースまみれにしながら、柔らかく微笑むその表情は、初めて見た。だから、
「…今度お家に連れてらっしゃい」
「いいのか?」
「オロルンのオトモダチですものね」
キラキラした笑顔。この子の表情も明るくなったわ。
ワタシが出来ることももう少ないのかしら。
…なんとなく、サミシイ気持ち。この頃にはもう、罪悪感よりもこのコが元気に健やかに育ってほしいと心から願っていた。
■■/■■ 晴れ 17歳
今日はオロルンがイファを連れてくる日。
机の上の薄い本を片付けていると聞こえてきた会話。
『ここがばあちゃんち』
『なぁ何話せばいいんだ?オロルンを嫁に下さいってか?』
『ふふ、反応みたいから言ってみてくれ』
『きょうだいマジかよ』
そんな会話につい笑みがこぼれて、
「アンタ達いつになったら入ってくんのよ…」
それを押し込めてドアを開いた。
「この度は…ご愁傷さまだったわね。大変でしょう」
入り口横のテーブルに案内して、オロルンには飲み物を準備してもらう。
久しぶりにあったイファはしっかりともう竜医で。清潔な白衣がそれを物語ってる。
「あーまぁ忙殺されてるっていうか、仕事が忙しくてそこまで考えなくなりましたね」
目の下の隈。見逃さないわよ。
「夜は?」
「……」
バレるか、といった表情をして肩をすくめた。
「…いつか、眠れるようになるわ。何人も何百人もオワカレしてきた私が言うんだから」
「…ありがとうございます」
まだ少し苦い表情をして。
オロルンが飲み物を持ってくる。ワタシには天然水、自分とイファにはショコアトル水。
「あらアンタショコアトル水好きだったの?」
「いや、イファが好きで貰ううちに好きになった」
「お前飲み過ぎなんだよ」
そんなやり取りを目の前で見て安心する。
「…そうだ、イファ困ってる事あるの相談してみようか」
「えっさすがにばあちゃんには関係ないだろ」
「なによ言ってみなさい。オロルンのオトモダチはワタシの孫みたいなもんよ」
イファは嬉しそうな、照れたような表情で頬を掻いた。
「あー、えと…患者達の食うもんの調達が難しくて」
話を聞くと、豊穣の果樹園から仕入れたり個人経営の所から仕入れたりしているよう。でも配送代が高く付くみたい。そんなのお茶の子サイサイじゃない。
「花翼と迷煙の間に立派な農場があるのよ。そこなら近いし今までよりはお安く手に入るんじゃないかしら」
「へぇ、そんな農家いたのか。会ってみたいな」
「アンタのよ」
「僕?」
たいそう驚いたカオなんてしちゃって。ホントにわかってないんだから。
「あ、そういや農家の卵だって言ってたなお前」
「すっごく美味しいんだから。イファもきっと気に入るわ。もちろん患者達もね」
そう伝えた時のイファの表情ったら。
「いいのか?」
「うんいいよ。今度来るか?ミツムシの美味しい蜜が採れたんだ」
「野菜も食わせてくれよ」
「もちろん。そのまま食べるとおいしい」
「えーなんか味付けしたい。果物は?」
「まだお試し中なんだ。ミニトマトならある」
「トマトは野菜だろ」
少し、ワタシをほったらかしにしながらの会話。聞く側に回ることなんて今まで全然なかったのに。
…よかった。
週明けから配達を約束して、「お邪魔しました」と去っていったイファの表情は柔らかくなっていた。
■■/■■ 黒い空 22歳
オロルンがワタシを騙して何処かへ言ってしまった。
ワタシでも追えない。やっぱり隠れ身の術…もとい気配を消す秘術はワタシよりも才能があったわ。
「ばあちゃん、ごめん」
とだけ言ってすぐに消えてしまった。
集落が襲われて、ワタシも参戦して、その時に姿は見たケド…
薄紫色の巾着を握りしめる。
あのコ…もうすぐ交換しないといけない時期なのに、そんな事も忘れるなんて…
その時、空から珍しいクク竜を相棒にしたきょうだいが来たの。
「イファ!」
ワタシは余裕がなくて、イファに駆け寄って。
「ばあちゃん!?どうした!」
「イファお願いがあるの。これをあのコに渡してほしい。あのコ…多分これのこと忘れてるから」
「…会えて無いのか?」
そんな会話をしながら簡単な医療キットと保存食を渡してくれる。
「ううん、会えるけど…避けられてるの…」
「あいつ…」
初めて見る、こんなにも苦痛な表情。
「あのね、伝言もお願い」
「いいぞ」
「『オロルン、アナタの行動で、誰が悲しむのかをしっかり考えてから行動してね』」
「…わかった。いつも通り一言一句違えず届けるよ。」
「ありがとう、ありがとう…」
「大丈夫ばあちゃん。大丈夫だ…」
ワタシの肩に置いてくれたその手は温かくて優しさが流れ込んできた。
誰か、誰でも良いの。あのコの心をつかまえて。どうか、危険な目に合わせないで。
「ばあちゃん失格よ…」
飛び去った後ろ姿を見て、無意識に涙が流れた。
旅人と見たオロルンの記憶。
…やっぱりあのコはあの時のこと、気にしてたのね。バカね…謝らないといけないのはこっちのほう。
「オロルンにナニかあったら…一生ジブンを許せない。」
こんなにも心優しいコ。幸せになれない世の中なんていらないんだから。
古名を受け取ったオロルンに会えたのは数日後。
謝るあのコは、それでも謝っても仕方のないことだと理解もしていて、自分の信念も曲げる気もないことがわかった。
「自分の責任を全力で果たすから」
なんて、ちょっと前ならそんなコト、言えるようなコじゃないと思ってた。
袋のことも、イファへのお礼も、返事はしていたけれど。きっと勘付いてもいたし、すべてを終わらせてから言いに行くつもりなんでしょう。
…ワタシのために、ワタシを安心させるためのウソ。そういうのだけは上手なんだから。
■■/■■ 快晴
二日酔いに悩まされながら、ワタシはオロルンがイファに会ってきた時の話を聞いた。
…大概あのコもアブナイ考え方をするのよ。お互いが今回のお互いの行動を気にかけて。
「ワタシ、言ったわよね。というかイファに言ってもらったんだけど」
「……うん。はぁ…イファが心配だ。一人にしておいて大丈夫だろうか」
「まぁカクークがいるからよっぽどのことがなければもう大丈夫でしょうケド…」
「でも、カクークもかなり精神的にやられてて…なにか僕に出来ること、ないだろうか…」
アタナも休むべきだと思うのだけれど。そんな言葉は押し込んだわ。
きっと、これはお互いに必要なことだから。
「…また、前みたいにご飯持っていってあげなさい。夜でも、昼でも。なんならワタシが作るから。アンタなら邪険にされないでしょ」
「一緒にご飯を食べるだけで救いになるだろうか」
へたる耳を撫でる。
「なるのよ。オロルン。カレにとっても、あなたにとっても、ね。」
あぁ、もうワタシは必要ないのかな。
守ってあげなきゃって、ずっと思ってたけど。
もうずっとずっと大人になったのね。
こんなに、他人のコトを心配出来るようになったんだもの。もう大丈夫。過去の呪縛から解かれなさい。キミはもう自由に生きて良いんだから。
■■/■■ 晴れ
「どうしようばあちゃん」
「な、なによいきなり…」
それは夜で、すでにパジャマ姿で新刊を寝転びながら読んでいた時。音もなく唐突に言われて驚いたわ。
「僕、イファが好きだってわかったんだ」
「そ、そう」
知ってるケド。なんならイファもそうだケド。
「それで、ここ数日毎日会うたびにキスしてたら避けられるようになった」
「ハァ!?アンタなにしてんの!?付き合ってないんでショ!?」
「だって…したいから…」
なにその欲望にまみれたコタエ…恥ずかしいヤツね…。
「あのねぇ…キミは初心者だから言うケド、恋と愛は違うのよ?」
恋は独りでするもの。愛は2人で育てるもの。相手の気持も確認しないで押し付けちゃいけないの。って。
「ぅ…嫌われたんだろうか…」
「そんなの知らないわよ…聞いてみたら?」
「辛い…」
しょぼくれてしまったその姿はナタの英雄にはまるで見えなくて。可愛いなと正直思ったワ。やっぱりいつまでも孫は孫なのね。
「はぁ…まぁ明日にでもイファ本人に…」
「いや、今から行ってくる。」
「もう寝てたらどうするのよ。起こしちゃダメよ?」
「出てくるまで待つよ。ちゃんと話をしないと」
自分の心にはへたっぴだけど、正直で素直。…そんなキミに惹かれたんだもの、きっと大丈夫。
「…いってらっしゃい」
「うん。行ってきます」
そう言って駆け出した後ろ姿は何故か嬉しそうで、ワタシも気付いたら嬉しくなってた。
◆
今日はオロルンがイファを連れてくる日。
古ぼけた日記を読んでいたら聞こえてきた会話。
『はぁ、なんて言えばいいんだ?』
『オロルンはもらった!とか?』
『あのなぁそれじゃ誘拐なんだよ…』
『じゃあイファを貰ってきた、とか?』
『俺は捨て猫か?』
『なかなおり!なかなおり!』
『ここで誰がするか!』
つい、笑い声が漏れる。いつまでたっても変わらないんだからこのコたちは。
「アンタ達ー全くいつになったら入ってくるのよ」
その笑顔を、ワタシは押し込めることもなくドアを開けた。