孫六さんこ~い 一月某日。とある越前国の本丸で一人の少女が近侍と共に鍛刀場でコールを上げていた。
「まっごろく!! まっごろく!!」
「主、いくら手拍子をしてコールを上げたところで来ないときはこないんですよ」
主である雪がコールを上げているとほんの少し迷惑そうに顔をしかめた一期一振がそう告げる。そう言いながらも雪は手ぶらで一期は手にそれなりの量の資源を手にしている。ということは、そういうことをやるのがいつものことできっと甘やかしているのだろう。
「いやいやぁ! 唱えてれば来るって! 八丁君来たし、私は信じてる!!」
「去年全敗したのをもうお忘れなようで。それにこんなうっとうしいノリで出迎えられるのを想像してくだされ。鬱陶しくて顕現したのを後悔しそうです」
「とか言いながら一期ってば乱舞レベルもうそろそろカンストじゃん。二振り目もなんだかんだ言ってレベル七だし。え、もしかしてここに顕現したの後悔してる?」
「それはそれ、これはこれです」
ツン、とそっぽを向きながら眉をしかめる。きっとなんだかんだ言いながら雪のことを大切に思っているのだろう、顕現したことを後悔している、とは一言も言っていないのだから。雪の方もいつものことなのか「そっか~わたしも一期のことだいすきだよ~」なんて流す。
「なんだ、騒がしいと思ったらまたやってるのか。君もいい加減一期を困らせるのをやめたらどうなんだい?」
「鶴丸ぅ~! 別にわざとじゃないんだよ、わざとじゃ。可愛いからつい」
「それをわざとっていうんじゃないですか」
「き、気のせいだって~! 一期は可愛いなぁ」
「はて、そんなの当たり前では?」
じとり、とした視線を受けて雪は慌てて一期がかわいい、と告げると、こてりと首をかしげながら本気で不思議そうに当たり前だ、と言ってのける。それほどまで雪に可愛いといわれ続けているのだろう。鶴丸の方も大して気に留めることなく、鍛刀をしようとしている雪に苦言を呈する。
「それにしたって君、新しい男士が出るたびに惨敗しているの気が付いているかい? そもそもまだ育て切ってない男士もたくさんいるだろう、この間来た後家も、京極だってまだ出陣すらしてないじゃないか。迎える必要、あるかい?」
「う、うぐぅ……い、いやだってみんなまだレベル低いからさ……。ごり押せないじゃん……遠征部隊も今いっぱいいっぱいだし……ちょっとずつ上げていけば……」
「ごり押すのをやめてくだされ。そもそも遠征だけで何振りの刀をカンストさせたと思ってるんですか」
一期は鶴丸の言葉に同意するようにうんうんと頷く。雪は答えずら層に目をそらすと襟足を手でいじりながら「た、たくさん……」と小さな声で告げる。二人の呆れ交じりの溜息にいたたまれなくなったのか、再度テンションを持ち直す。
「いいのいいの! さぁだすぞ出すぞー!!」
「はぁ……。まったく、十連でよかったですかな?」
「もっちろん! 今年は八丁君も来たし、今年は来る!! ぜぇったいくる!」
意気込む雪を尻目に淡々と十回分の資源を並べ始める。鶴丸も居座るつもりなのか部屋の戸によりかかりながらその様子を眺めていた。鍛刀場の妖精たちに手渡すと瞬く間に光の粒になって刀の形になる。
出てきた数字は四時間。雪は手元のモニターに十回分の時間を確認するとうなり始める。
「孫六さんは確か……三時間だっけ? おっ、結構いるじゃん。へへっ、これはさっそくゲットになるかな~。四時間もいるし、手伝い札も使っちゃえ」
「数少ないですよ」
「また遠征とかで稼ぐからいいんです~」
「君、遠征すぐサボるじゃないか。気力管理もしっかりやらないから持ち帰ってくることも稀じゃないか」
「うっう~~!! 一期ぉ! 鶴丸がいじめてくる! 別にいいんだよ、みんな強いから気力管理しなくてもちゃんと勝てるから」
「事実でしょう、後ちゃんと気力管理はしてくだされ」
一期に助けを求めるも、うっとうしそうに顔をしかめられるだけで終わってしまう。雪は割とがばがばで気力管理が苦手だし、編成もどちらかといえばごり押しができるような短刀が少なめな編成方法だ。
あまりの正論に雪は何も言い返せず、それを振り払うように声を上げる。
「いいのいいの! 催し物で集めるから! ほら使った使った!」
そう言いながら一期が持っていた資源の箱から手伝い札十枚を奪い取ると一期が止める間もなく、鍛刀場の妖精に手渡す。あっという間に残り時間はゼロになって十振りの刀剣男士が顕現する。
「なんっで!! こんだけやって!! 一振りも来なかったのに鶴丸は一度に二振りもくるんだよ!! いち兄私より鶴丸の方が好きなの!?」
「そんなわけがないでしょう、たまたまですよ」
だぁん、と近くにあった机にこぶしを叩きつけ、突っ伏しながら雪の叫びに聞いていた一期は真顔になりながら首を振る。いつものことなのか、雪がさめざめと泣き始めても気にすることなく、次の資源を用意する音が鍛刀場に響く。
「というか君、俺のこと大好きだとか愛してるとか言いながら俺が来てもいつも怒ってるがまさかうれしくないのか?」
少し怒ったような拗ねたような声音でそばに立っていた鶴丸がむくれた表情で告げる。その言葉に雪はばっと顔を上げ、首がもげるんじゃないかというほどの勢いで首を振る。
「うれしい!! 嬉しいに決まってんじゃん!! けど、けどお前何振り余ってると思ってんだよ、一振り目も二振り目も乱舞レベル上限解放と同時にカンストしてもまだ一部隊分以上いるんだぞ、限定鍛刀の度に一振りは必ず来てるんだぞ……その時点で気が付いてくれ、愛してるって……」
雪の言葉に満足そうににんまりと笑うとそうかそうか、と朗らかな笑顔を浮かべる。その絵がをみると雪は「くそぅ……可愛いな、畜生……」なんて呻きながら再び机に顔をうずめる。
だからこそ、雪は気が付かない、そばで控えている近侍の一期が面白くなさそうな表情をしていることに。
けれどすぐにその表情を消し、柔和な笑顔を浮かべると、背中に触れ優しく声をかける。
「ほらどうせまだやるんでしょう、顔を上げてください」
「うんやる……さすが一期仕事できるね……大好き……まじで愛してるわ……」
「はいはい、知っておりますよ」
満足げな笑顔を浮かべた一期に雪は首をかしげるも、すぐに目の前のことに集中することにしたのか、目線を逸らす。
数日後。あれから毎日鶴丸と一期に挟まれながら鍛刀を続けていた。
「こ、こない……どうして……! あれから鶴丸はもう一振り増えたのに……!!」
「八丁殿で運を使い切ったのでは? 残念でしたな。今回はあきらめてくだされ。もうそろそろ資源は空です」
「残念だったなぁ。また機会がいつか来るさ、その時までに次は資源を潤沢にためとけばいいさ。そもそも俺はたったの二万ぽっちで来ると思っていたのが驚きだぜ」
「ううっ……一期がかわいくない……」
その言葉に鶴丸は肩を竦め、一期はわざとらしくほんの少し瞳を潤ませ、雪に目線を合わせる。その行動に雪は目を丸くすると、珍しい行動にたじろぐ。
「な、なに」
「私は可愛くないと、そうおっしゃりたいんですか……?」
小首をかしげ、涙目で告げられた言葉に雪は、思ってもいないことを告げたことに対して罪悪感が込み上げてくる。鶴丸に助けを求めるように目線を向けるが、鶴丸も君が悪いんだろ、と言いたげに何も言わなかった。
普段からかわいいだの大好きだの言っているが、こうして改めて言うのはなかなかに気恥ずかしさがあるのか、目を逸らしたまま、頭を撫でる。
「……可愛くないは言いすぎた、ごめん……めっちゃ可愛いし、めちゃくちゃカッコいいよ」
「ふふ、ならよかった。言わせてしまったみたいで申し訳ない」
雪の言葉を聞いた一期は安心したかのように頬を緩ませ、胸をなでおろす。ふわり、と舞っているのは誉桜だ。一期はほんの少し誇らしげに鶴丸に目線を送るとにっこりと笑いながら最後の資源を並べ始める。
「さ、最後のこれで本当に最後ですよ。これで出なかったら今回はご縁がなかったとあきらめて下され。時間的にもこれが限界ですから」
「はぁい……」
カチャカチャと資源を並べる音が響く。雪はそれをぼんやりと眺めながら手伝い札をいじる。
一期の手元に残ってる資源は本当に数える量しか残っていなくて、後ろから覗き込んだ鶴丸はほんの少し呆れ交じりだったが意地悪げににやにやと笑いながら問いかけてくる。
「それにしても君今回はずいぶんと使ったなぁ。……で、結局俺は何振り来たんだい?」
「知ってるくせに……!! 三振り。とりあえず、次の乱舞レベル上限解放まで取っとくかなぁ、めちゃくちゃ圧迫してるから部屋広げようかな」
「贅沢は財布と相談してからですよ」
「はぁい……」
雪が唇を尖らせながら返事を返すとほんの少し困ったように笑いながら「約束ですからね」と告げる。以前相談もなしに鶴丸と一期のためと言って修行鳩を二つも買ったことを根に持っているのだろうか。一期はセットし終わると、妖精に手渡し鍛刀時間が表示される。
「お、三時間二十分枠か、また俺だったりしてな?」
「本当に来たら泣いてやるから安心してっちょ。やっぱ二万ぐらいじゃ来るわけないか~。さてと、最後の手伝い札使いまーす」
時間を確認すると見慣れた時間で、孫六じゃないことに落胆しながらもこの時間なら待つよりも手伝い札を使う方が楽で、雪は手伝い札を妖精に手渡す。
「私は一期一振……」
「いち兄だ!!! やった!!! ……って違う、私、私は孫六が欲しくて……」
彼が名乗りを上げると同時、雪は飛び上がって喜んだがすぐに目的が変わっていることに気が付き後ろに控えていた二人に言い訳をするように言葉を重ねる。
「ええ、知っております」
「君、俺が来た時と偉く態度が違いすぎないか?」
一期は誉桜を出しながらにこにこ笑っているのに対し。鶴丸は少し不機嫌そうに頬を膨らませていた。あぁ、これは後で鶴丸の機嫌を取らないといけない奴だ、なんてそんなことを考えるのだった。