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    botabota_mocchi

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    一生完成せんかもしれんくっつくかくっつかないかのラインすら微妙なラハ光♀だったものが謎の着地を見せたもの

    ##ラハ光

    至純「帰ってきてからこっち、あなたったらよくグ・ラハ・ティアの面倒を見ているじゃない? まるで兄弟のようね」
    瞠目。ヤ・シュトラが何気なく放った日常に溶け込むはずの言葉がいたく鼓膜を揺らしたのは、罪悪感によるものだ。返事をする間もなく、ちょうど報告に立ち寄っていたサンクレッドがひょいと顔を出す。
    「おいおい、どっちが上だ? ……といっても、実際の年齢はともかく、世話を焼いてるのはこいつだな」
    「ふふ、あなたがお姉さんぶっているようで私としては微笑ましいわ」
    ぽん、と気安く置かれた手も、優しい微笑みも遠くのもののようだった。息を飲む。飲む。飲む。吐き出し方を忘れる前にひゅ、と吐いて、でも、顔がうまくあげられない。「……ねえ、」困惑したヤ・シュトラの声。いけない。だって私が悪い。こんな普通の会話にうっかり動揺した私が、悪い。
    「……気を、つけます」
    「おい、……」
    取ってつけたような笑顔ならない方がマシだ。こと、この大人たち相手なら。詮索するなと言いたげにその場を去る。残された二人は黙って顔を見合わせた。
    「まずいことを言ってしまったかしら」
    「いや……どう、だろうな」
    色恋、友情、いいや――家族か。サンクレッドは心中であたりをつける。かの英雄は自分のことを語らない。それが全てだった。


    家族ごっこに付き合わせたかったわけじゃない。郷愁の念も帰る場所への執着もない。ただ、私を大事にしてくれる人を私も大事にしたくて、それで、から回っているのだと、思う。
    「わたしはきっと、ずっと、リーンくんのこと、サンクレッドさんのこと、ミンフリィアさんのこと……うらやましかった……」
    こんなこと言いたくない。考えたくない。別に彼女たちに限った話でもない。アルフィノとアリゼーがお互いを慮る言葉だって、マトーヤの名を誇らしげに借りるヤ・シュトラの表情だって、なんだって。彼らの寄る辺に想いを馳せては、時折自分の足元に影が差す。ただそれだけのことだった。それを急に──突きつけられた。私は適切に人を大事にする方法を知らない。
    ラハは私のことを慕ってくれていると思う。英雄として尊敬して、人として尊重して、時を超えて命を救い、今だって背中を追いかけている。震えるほどの返しきれない好意だ。抱いたことのない念だった。だから少しばかり距離感を見誤りかけた。冒険に誘うのも、共に食事を摂るのも、人より多く構うのも。窮屈な役目に押し込められて純粋にひたむきに人類の未来を想う彼への恩返しで、彼への贖罪で、……色々と理屈をつけて結局きっと、真っ直ぐに向けられる面映いほどの心があたたかかったのだ。それに甘えた。知らないうちに。ヤ・シュトラに指摘されるまで気づきもせずに。それをひどく、恥じていた。
    私のやることはどこまで行ってもごっこ遊びだ。英雄らしく振る舞うのも、友人らしく振る舞うのも――相棒、盟友、親友、色々な形で呼ぶ声が脳裏に浮かんでは、全て水泡のように消えていく。人から寄せられる好意に十全に返せている自信がないのだ。親しみを込めて寄り添ってくれる人ほど、どう扱っていいのか、迷う。グ・ラハ・ティアへの“借り”は短く見積もっても100年。何が彼の幸せで、何がその助けとなるのかなんて、本当はてんで見当もつかない。なのに張り切りすぎたから、うっかり、わかりもしない家族のように、兄弟のように振る舞うなんて事故が起きた。彼女はどこまでいっても根無草の冒険者であった。決まった行く宛も帰る場所もない。
    戻ろう、元の在り方に。彼の憧れた英雄に。きっとそもそもが間違っていた。仲間として尊重されて、憧憬に満ちた瞳で見つめられて、余計な世話を焼いていた。私は一介の冒険者で、彼の好む冒険譚の一つで、ただ、隣人を助ける存在だ。それだけでいい。そう在るのが、きっといい。
    ――かくして英雄の逃走劇は幕を上げたのである。





    「グ・ラハ・ティア。一つ依頼をしてもよろしくて?」
    アリゼーとの修行、もといモンスター討伐の帰り、ヤ・シュトラからそう声をかけられる。急ぎの任務はないから断る理由もない、と頷けば、ごめんなさいねと一言。聞けば、かの英雄に余計なことを言ったのだと。多忙の折でなければ週一では顔を出す冒険者が、それから二週間、石の家に姿を見せていない、らしい。通りで最近顔を合わせないと感じ始めた頃だった。
    「慰めて……とは言わないけれど。きっと必要なのはあなたの言葉だと思うのよ。見つけて、話を聞いてあげてくれないかしら」
    「……オレでいいのか?」
    隣のアリゼーも訝しげな顔をした。かの英雄はいつでも平等である。助けを求める人を助けて、希う人に与える。“周りを放って置けない人”なのだ。第一世界から帰ってこっち、転移をしていた暁の面々の体調を心配する傍ら、クリスタルタワーから叩き起こされたラハのことも確かに気にかけてはくれていた。水晶公の望みも、グ・ラハ・ティアの望みも叶えんとして共に小さな冒険をしてくれることもあった。きっと特別に目をかけてくれている。ラハにとって憧れの人と繰り出す冒険ほど心躍るものはないのだから、喜び勇んでついていっているのだけれど――閑話休題。ともかく、彼女は元々強情な人間だ。グ・ラハの言葉だけがよく届くなんて状況は、彼には如何とも想像し難い。
    「兄弟のようね、とからかってしまったの。帰ってからこっち、あの人が珍しく一人に構い倒しているものだから」
    心当たりがおありでしょう、と言われれば、ある、と言うほかない。友人というには慈しみが過ぎ、仲間というには庇護の色を纏っていて、恋と呼ぶには湿り気のない。特に違和感なく受け入れていたその視線は、今思えば、水晶公が彼女に向けていたそれに近いのかもしれない。祈りに似た心が含まれているところまであわせて。ううん、と頭を捻るラハの隣で、静かに話を聞いていたアリゼーは怪訝な顔をした。
    「それの何が悪いのよ」
    「悪いかどうかは人によるでしょうね。……聞いた瞬間、白い肌が更に白んでいって、俯いたまま逃げ出したの。らしくないでしょう」
    彼女のやわらかいところをラハは知らない。けれど、そうして悩みの尻尾を出してくれたのに、掴まない理由もないことだけはわかる。意地っ張りで頑固な小さい背中を、彼はずっと追ってきたのだ。そして彼女はもう――手の届かない星ではない。
    「そういうことなら、任された」



    「ここには最早ヒトのための懺悔室として機能する場所はないわ。けれど、けれどね、この幻惑の園はあなたを受け入れて、どんな夢でも見せてあげる」と、妖精王は優雅に笑った。美しい我が枝フェオちゃん、なんて甘ったれた声を出す英雄に、今度はそれらしくぷうと頬を膨らませて「本当につれないヒト!」と声を上げる。全くだ。
    「あなたの訪れを私がどれだけ楽しみにしているのか、若木ったらちっともわかっていないのだわ! あなたがどうしようもなく困って、真っ先に他でもない私を頼ってきたという事実がなければとっくに叩き出しているところよ――強情にも、困りごとの“こ”の字もこぼさずだんまりを決め込むんだもの、あなた!」
    「……すみません」
    「相談しにきたんじゃないのって言ってるのだわ!」
    「ごめんなさい、わたしも……何を相談していいのかわかっていなくて。能力とか、分担とか、そういうのではなくて……自分の心のことで誰かに頼るという経験が乏しいのです。フェオちゃんには迷惑をかけっぱなしですね」
    膨らんだ頬は今にもはちきれんばかり。可憐な妖精は身軽な体で英雄のそばを飛び回り、その様子をつぶさに眺め回した。珍しい――本当に珍しいことだ。得体の知れぬ土地に流れ着いても、魂がひび割れても動じず駆け抜けるこの人が、こんなにも弱った姿を見せるなんて。それが他でもない妖精王のお膝元を逃げ場として選んで、だなんて。結局、フェオ=ウルはこのお気に入りの若木にいっとう甘かった。“お願い”されずとも助け舟を出してしまうくらいには。
    「あなたをそんなに困らせるのは、いったいどこの“我が友”かしらね?」
    「なんで……いえ、別にラハくんに困らされているわけでは……」
    「隠さなくったっていいのだわ! ええ、ええ! “我が友”は変わり者だもの! 心臓の鍋でいつだって感情を煮立たせているのに、水晶の檻が蓋をしているのよ! ヒトのことを十全に理解していなくたってわかるわ……あの心に直接触れてしまえば、きっと熱くて驚いちゃう! あなたは触れてしまったの?」
    「フェオちゃんのいうことをまだ噛み砕けていませんが……本当に、ラハくんのせいではないんです、一つも。わたしが……わたしが勝手に彼に親しくしてみせて、勝手に今……間違えたのだと、いたたまれなくなっているだけなんです」
    「いいんじゃないかしら? ヒトのやることにはいつでも爪の先一杯の“勝手”が足りないと思うのだわ」
    「いや……いやいや、いや……ダメなんですよ。わたしは、その、彼の人生に及ぼす影響が大きすぎるでしょう」
    「“我が友”は若木のことが大好きだもの!」
    「そう……それで……だからええと、彼の大好きにわたしはどう報いるべきなんでしょう」
    「おかしなことを聞くのね。行為そのものならともかく、ただの心のあり方に報いるも何もないのだわ。“我が友”の『大好き』を、受け止めるも放り投げるもあなたの自由よ」
    「受け止め方がよくわからないんです」
    「簡単よ! 目を合わせて微笑んで、ありがとう、ってそれだけ!」
    「それは彼と同じ熱量を返したことにならないのでは? ラハくんの喜ぶことが、正しく幸せであれる場所がどのようなところかわたしにはよく、」
    「心の在り方に“同じ”を求める方がナンセンスだと思わない? ねぇ若木、あなたがわかっていないのはきっと、彼のことじゃなくて自分のことよ」

    あなたはと〜ってもニブいもの!とフェオは腕を組む。キョトンとしたその鼻先に寄って、瞳を覗き込んだ。洛陽の色。山間に落ちる太陽が一瞬にして景色全てを己の色に塗り替えるのだと、かの人はそう呼んだ。全て染め上げられてしまうほど鮮烈な人と、そうその場にいない人を誦じる姿を知っていた。同じように染まるには、この英雄は白すぎる。

    「私は“我が友”じゃないけれど、これだけは間違いないのだわ。おんなじ形の大好きじゃなくって、あなたのキモチが欲しいのよ! あなたの心を見つめるべきだわ!」

    次は楽しい話をお土産にして頂戴、じゃないと夢までせしめにいくのだわ!なんて乱暴に押された背中は、世界の境を越えにゆく。自分の気持ち――思えば、英雄が、いいやこのただの一人の冒険者が、久しく見つめるのを忘れていたものだった。




    自分の心を見つめようと思った。だから、ここにやってきた。
    イシュガルドの下層と雲霧街の間に位置する彷徨う騎士亭。今やどこを向いても活気付いた雪国の中で、静けさに包まれたテーブルがひとつ。大柄なアウラ族の男性と、まだ小柄なエレゼン族の少女の元に、とてとてと小さな影が寄ってくる。この国では珍しいララフェル族の冒険者。ここイシュガルドにおいて知らぬ者のいようもない、救国の英雄である。最も、この場においてはただ暗がりに生きる正義の執行者――暗黒騎士の端くれでしかないが。
    「たぶん、リエルくんに対するシドゥルグさんと同じことなのですよ」
    相談があるのだと切り出した彼女を二人は迎合した。けれども聞けば聞くほど首を捻るような内容だ。彼女が人を助けるのはいつものことで、助けた人に好かれるのだっていつものことで、それなのにどうして今更そんなことに悩むのか、と。
    「……何が言いたいのかわからないが、俺は大人でこいつはガキだ。お前とそいつはどっちもいい大人だろう。同じに語るのは違うんじゃないのか」
    「じゃあなんだと」
    「惚れた腫れた」
    「違います」
    間髪入れず返すとシドゥルグは怪訝そうに顔を顰める。全くこの人は。人の気持ちに名前をつけられるほどの機微があるなら、すぐ隣のリエルの膨れた頬に気を配るべきだ。どうにもレディの扱いというものができないらしい――なんて考えて、話の腰を折りたいわけではないと冒険者はかぶりを振る。
    「そうだったらきっともう少し、……シンプルな話でした」
    今度こそ自分の人生をまっすぐ歩んでほしいのだ。悔いのないように、幸の多いように。ただ、それだけのことなのだ。私と関わることがその妨げになってしまうのならば、私はどこへだって姿を消して構わない。だって元々関わることもないはずだった“ただの”冒険者なのだ、私は。薄暗い酒場の中、煌々と輝くシドゥルグの目が物言いたげに細められて、口を開く――より早く、リエルが怒ったように声を上げる。
    「私だったらそれはいやだよ」
    「……リエルくん」
    「シグリさんがシドゥルグで、その人が私だって言うなら、そんなのいやだ。だって私、選んで二人の――三人のそばにいるって決めたんだよ。私だって守りたいんだよ。それなのに一方的に距離を置かれたら、いやだ」
    「“らしくない”な、お前だって暗黒騎士だろう」
    リエルの言葉に黙り込むと、シドゥルグが珍しく饒舌に続けた。そいつを引っ捕まえて雲海に連れていくか、と。脳裏に浮かぶのは白く小さな体。いたずら好きでおっちょこちょいで、でも、高らかに愛を歌い上げる彼ら。
    「……また誘拐はごめんなのです」
    「経験があってそれなのか」
    ええ、ありますとも。あんな思いは二度とごめんです。こぼすとくすくすと華奢な体躯を揺らして笑うリエルが目に映る。
    「じゃあ間違いないよ、愛ってことだね!」
    まったく、子どもの成長は早すぎていけない。そう思わないかとシドゥルグを見やれば、呆れた顔で微笑み返された。なんて毒気のない顔だ! お互い随分と愛情に絆されてしまったものである。

    「愛、……そうですね、愛ですか……」
    「その人のどんなところが好きなの? その人と何がしたいの? その人に……どうして欲しい? たぶん、人と人の間のことって、きっとそのくらいだよ」
    「リエルくんは大人ですね。わたしや、シドゥルグさんよりよほど……」
    「おい」
    「最近はご飯を美味しそうに食べているのが嬉しいです。よく笑って、好きなことをしているようだから、今後もそうあって欲しいのです。……幸せに、なってほしい、だけなんです」

    命なんて易々とかけていいものじゃない。彼の覚悟を否定する気はさらさらない。けれど、世界と私――をはじめ彼以外の誰かを天秤にかけたとき、両方を取るために自分を犠牲にする人だと痛いほどに知っているから、そばにおくのも不安になる。だって、英雄に舞い込むのはいつだって大きな危機だ。

    「わたしは伸ばされた手しか取れません。英雄なんて、ただ、最後に立っていただけの人間です。それが何かの導になるなら、僥倖というだけで……」
    「だからそばに置きたくない、と。言い訳だな。お前がそばにいようがいまいが、生き急ぐやつの性根は変わらないだろう」
    じゃあどうしろと、と言うより先に、したり顔のシドゥルグと視線がかち合う。
    「伸ばされずとも掴んで離すな」
    逆に聞くが、お前は最強の英雄の隣以外のどこに世界一安全な場所があると思うんだ。言われて返事に窮したのは、少なからず納得させられたからだ。
    「幸せな人生なんてね、弱くったって勝手に探すよ。私だって、その人だって」
    その微笑みがきっと、全ての答えだったのだ。





    その足跡を辿るのは容易ではない。けれども、不可能では決して、ない。なぜなら彼女は彼女が思うよりずっと遍く愛されているからだ。この広い世界の中で英雄として名が知れているだけ、に留まらない。その背に光を見るほどに、素敵な人なのだから。
    ラハが彼女の追い始めてからしばらく、とんと手がかりがなかった。まるでこの世界から忽然と消えたようにだ。それ即ち、文字通り“この世界”にはいなかったということだろう。現に、おそらくは彼女が帰還してからというもの、人の口の端に目撃情報が乗るようになった。コートの中で尻尾を縮こまらせながら、山都をゆく。
    エレゼン族の人波に流されるように、冷たい空気で満ちたイシュガルドの街を駆ける。長身の人々の中に一際小さな背中を見たのだ。

    「……ッ見つけた!」
    「残念ながら」
    小さな手を掴む。掴んだ、はずだった。実体を持たないかのように“影”はすり抜けて、無感情にラハを見つめている。まるで昔の彼女だった。感情の起伏が薄く見える、こちらに何の情も抱いていない頃の。
    「彼女ならもうこの街にはいませんよ。用事は終わったようなので」
    「……あんたは?」
    「英雄の影。彼女であって、彼女でないもの」
    くすりと笑った顔は随分蠱惑的で、あの人と同じつくりなのに全く違う顔に見えた。人を惑わすような顔を、誠実な彼女は、しない。何者か、と警戒を強めるラハに、影身は肩をすくめる。
    「あなた、“目”は悪くなかったはずですが、エーテルの見方は知りませんか。彼女のエーテルそのものですよ、僕は。ちょっとした――そうですね、ちょっとした奇跡で他人のようにわかたれているだけのことです。じき煙と消える霊に対して、そういきり立つのはやめてください」
    「……じき消えるようなやつが、なんだってオレの前に姿を?」
    「彼女が飲み込んだ恨み言のすべてを、ぶつけようと思いまして」
    鋭く見つめる瞳の色が、昏く金色を帯びていることにその時気がつく。似て非なるもの。英雄“ではない”もの。怖気付いたわけではなかったけれど、その気迫に半歩後ずさる。
    「そんなものないと思いますか、『水晶公』。英雄の心は傷付かないと」
    「そんなわけない! あの人は戦争のための兵器ではない。人間だ。ただの、ひとりの……強く気高いだけの、心優しい人だ」
    「それがわかっていながら彼女の手から何度もすり抜け落ちるのは、随分良い趣味をしていますね」
    「……第一世界での振る舞いのことか。確かに、多くの人を見送ってきたあの人に、いざという時は知己の……オレの命を見捨てろと言ったことは、アリゼーにも叱られたとおり反省している。今のオレは、そして私は、――貪欲に生を求めているつもりだよ」
    影身は顔を顰めてかぶりを振る。くるりと背中を見せ、立ち去るかに見えた瞬間、つよく、つよく拳を握りしめて、言葉をこぼす。長い髪に隠れて表情は窺えない。ラハはその様子を見ながら、片隅でぼんやりと、この人が下を向いている時、誰にもどんな顔をしているか見ることは叶わないのだなと――そんなことを、考えていた。英雄はいつだって、胸を張って前を見つめている。
    「……僕はずっと彼女に自分を大事にして欲しかった」
    「あ、ああ」
    「その気持ちがやっとわかったと……言われました。ああ、なんて歯痒い話でしょうね……伸ばした手が届かない無力も、声なき声をあげて背を追う悲哀も、あなたが彼女に教えたなんて……」
    「待ってくれ、話が見えない」
    「彼女にとって『水晶公』は救えなかった命なんですよ。グ・ラハ・ティア――“あなたじゃない”」
    空気を吸う音が聞こえた。意味を咀嚼しきれなくて、眼前の小さな影をただ見つめることしかできなかった。吸った息を吐き出すことを忘れていたものだから喉に詰まって、ああそうか、さっきの音は他ならぬ自分が立てたものだと――ゆるやかに、やっと理解する。
    「今のオレは死人だって?」
    「いいえ、彼女の救えなかった誰かの影を背負わされた、哀れなひとりの友人ですよ」
    「……あの人の慈しみは、つまり」
    「根を辿れば憐みだ。こんな形でしか水晶公に報いることのできない、こんな形でしかグ・ラハ・ティアを塔から解放できない英雄の……贖罪です」
    金色の目は再び射抜くようにラハを見ている。かの英雄とは違う――いいや、やはり、等しい光。全てを見透かすようにこちらを照らす。動揺しなかったわけではなかった。けれど、グ・ラハ・ティアはただ――笑った。
    「オレはあの人にとって二人分の席を占めてるってことか?」
    「……は?」
    「なんだ、そんなの……とんでもない特等席だ」
    考えすぎるきらいがあるのはお互い同じだ。ラハにはかの英雄の考えていることなどちっともわかった試しがない。それでいいし、それがいいと思う。彼女の志は彼女の心にあればいい。ただ、もし、叶うなら――夢を、未来を、見つめる隣に置いて、わけてくれたらいいと、思う。それだけだ。それだけだった。遍く全てに分け隔てなく手を差し伸べる人にとって、ひとりの体で二人の因果を背負うラハが“特別”だというのなら――もしかしたらオレはいっとう運のいい人間なのではないかと、思うのだ。
    「彼女にとってオレが“グ・ラハ・ティア”なら、なんでもいいさ。オレを縛るものはもうひとつだってないんだ! あの人の折り合いがつくまで、追いかけて隣に並び続けよう。置いていかないし、置いていかせないよ!」
    「……頼もしいことで」
    苦虫を噛み潰したような顔をして、英雄そっくりの影は煙のように立ち消えた。この“影”が一体何者で、その語る言葉がどこまで彼女の本心かなんて知りようもないが――きっとここにも、自分に語られていない冒険が詰まっている。
    尋ねたら、答えてくれるのだろうか。どちらでも構わない。ただ、あの人と語らう理由のひとつになればいい。




    雪深いクルザスを抜けて次に辿り着いたのは、森の都グリダニアである。有数の大都市でありながら長閑な雰囲気を損ねない国。あまり開放的な国風ではないが、冒険者の出入りするカーラインカフェばかりは別の話だ。地道な聞き込みの結果、双蛇党軍令部に訪ねていくのを見送ったと店主が言う。では、と腰を上げた時だった。
    吟遊詩人が歌っている。旅の詩人にしては軍人のようなかっちりとした服装に身を包んだエレゼン族の美青年だった。それだけならなんてことのない、ただの良い出会いの一つであったが、その詩歌の内容に聴き覚えがあったのだ。男が演奏の終わりを告げ、人波が割れ始めた時。
    「なぁ、あんた……いい歌を歌うんだな。そういうのって自分で考えるのか?」
    拍手、笑顔、素晴らしい歌へのおひねり。礼は尽くしたつもりだが、聞きようによっては無礼だろう。
    「なんだお前、詩人に会うのは初めてか? そりゃ随分なおのぼりさんだな」
    「こちらに来て日が浅くてね」
    「ふぅん……ま、さっきのに答えるなら、共作ってやつだ。俺並みに粋な吟遊詩人としかやらねぇがな。アイツはてんで披露する機会もないから俺に好きに歌えってよこしやがる」
    「そうか……エオルゼアの英雄の詩はどこへ行っても人気そうだな」
    はた、と美丈夫が一瞬動きを止めたのがわかった。こちらを探るような目付き。こちらの想定以上に疑り深い人である。「お前、」と慎重に口を動かした彼は言葉を選んでいるようだった。
    「“赤毛の猫”、か。なるほどな」
    「……はっ?」
    「へぇ、お前がねぇ。どんな粋な奴かと思えば、案外普通だな」
    しげしげと耳の先から爪先まで視線が動く。間違いなく我らが英雄と知己であろうその人は、その蒼を興味深げに瞬かせた。
    「……ええと」
    「聞いたぜ。ま、俺ぁ野郎に興味ねぇから本当に聞いただけだがな、英雄フリークさんよ」
    「あの人はオレのことをなんて言ってた!?」
    「オイオイ、痴話喧嘩なら勘弁してくれ。アイツにもついさっきそう言ったところだ。アンタのことだって大した話はしちゃいない」
    「じゃあなんでオレとあの人が知り合いだって……」
    「アイツの知り合いは多いが、抽象化された詩から『どの冒険』か推し量れるほど詳しく冒険譚を聞いている奴は少なかろうよ。ああ見えて口が重いからな」
    それは確かに、そうだ。かの英雄はいつだって未曾有の危機の中に身を投じていて、民衆に詳らかにできない内容も少なくない。
    「あとは、そうだな……即断即決の粋な女が随分ただの小娘のように唸ってたもんだから、アンタの特徴は頭に引っかかってたんだ」
    「……あんたに悩みの相談を?」
    「怖い顔すんなよ、お門違いだ。俺とアイツが揃ってんのにそんな野暮が始まるわけねぇ。せいぜい気晴らしにいくつか歌って解散だ。あとはサンソンのところに顔出してんだろ」
    自分がどんな顔をしているのかわからなかった。けれど、きっと、悔しかった。すっかり素直に態度に出てしまう己が恨めしくもあるけれど、単純に、素直に頼ってもらえない己と違って、目の前の人は彼女の悩みを理解しているのだと思ったら……と、それだけのことである。なんて若くて青い感情か。非礼を詫びれば「律儀なこっで」とひらひら手を振られる。その時、入り口の方でよく通る声が響いて、目の前の人の肩がすくむ。ぎどぅろ、とかおそらく人名を指した呼びかけだった。
    「知り合いか?」
    「いや、」
    「お前こんなところで油を売ってたのか!? クソッ目立つとこにはいないだろうと思って油断した……!」
    「じゃあなんで来たんだよ!」
    「シグリさんが教えてくれたんだ。まったく、相変わらず彼女は信用のおける人だよ誰かさんと違って!」
    「ああ!? あいつ売りやがったな!?」
    「そもそも彼女もお怒りだったぞ。お前何したんだ」
    「なんで俺が何かした前提なんだよ!」
    「ちょ、ちょっと落ち着いてくれ。ええと、カフェの中だ!」
    慌てて割り入ると乗り込んできた男性――生真面目そうなヒューラン族だ――はハッとした顔で向き直り、「これは失礼しました!」とお手本のような敬礼をする。双蛇党の関係者らしかった。そこで妙にかっちりした装束の詩人の所属に納得する。あの人が設立に関わったという戦歌部隊か。
    「ええと、こいつのお知り合いでしょうか? 勤務中のため引き取らせていただきたいのですが」
    「そうそう、知り合い知り合い。古くからのな。邪魔すんなよサンソン」
    「え!? あ、ええと」
    「黙っていろサボり魔め!」
    なんとも口の挟みづらい二人組である。親しさゆえであろうが。そう思いつつもかの英雄を探して回っていると正直に告げれば、「彼女のお知り合いでしたか」とサンソンと呼ばれた青年は表情を緩める。先ほど別れたところらしい。
    「軍令部の方に黒衣森近辺を歩いて気になったことを報告してくれて、ついでに近況を伺ったんですが……こいつが何か余計なことを吹き込んだようで、なんとなく沈んだような……いや、困ったような面持ちをしていました」
    「サンソンにバレるほどたぁ参ってんな」
    「なんだって!? そういうことばかり言うから温厚な彼女を怒らせるんだろう! 『なんかちょっとギドゥロさんに腹が立ってきました』って言ってたぞ」
    「そもそも俺と合奏した時からず〜っと唸ってたんだよアイツは! 俺ぁ参考になりそうな愛の歌の二つや三つ教えてやっただけだ」
    「脈絡というものがなさすぎる! なんで愛の歌を教えられて怒るんだあの人が!」
    「バッカお前……複雑な女心ってもんだろ。あいつだって吟遊詩人だ、恋の一つや二つくらいあって困るこたぁない」
    「こ、恋……恋!? そんな踏み込んだこと、お前、プライバシーの侵害だろう!」
    「オイオイ、お堅いにもほどが……」
    「あ、あの!」
    盛り上がってるところ悪いんだが、その後彼女はどこへ、と。再度無理矢理割り入れば、サンソンはバツが悪そうに頬を掻いた。
    「幻術士ギルドに挨拶だけしてグリダニアを去る、と」
    ……カーラインカフェで時間を食ったことを思えば、おそらくもうここにはいない、ということだった。





    「おや、我らがお目付役殿。思いの外早かったですね」
    「からかうのはよしてくれ……早かったということは、彼女はここに?」
    先刻到着したばかりですよ、とラムブルースは機嫌良さげにしている。幻術士ギルド受付で行方を聞いた際、通りかかったギルド員だろう少女たちがやけに色めきだちながらモードゥナに向かったと教えてくれたのだ。リンクパールで確認するも石の家に顔を出した様子はなかったので、こうしてタワーのお膝元までやってくる運びとなったのである。
    「ついたその足で依頼を引き受けて颯爽と出て行ってしまいましたが、じき戻ってくるでしょう」
    「やけに訳知り顔だなラムブルース」
    「いえいえ、そんな。あなたがよりによって一番憧れの人に逃げ回られているのが面白いだけです」
    「……追いかけてくる」
    「銀泪湖北岸の方かと」
    突っかかってきもしないとは大人になって、とラムブルースがひとりごちたのを、もちろんラハのとてもよく聞こえる耳は拾っていたが。残念ながら彼は既に純粋な20やそこらの青年とは言い難かったので、あの頃と全く同じ生意気な態度は取りきれないのである。

    ……もしかしたら。
    もしかしたら、あの頃のような無謀さがあれば、こんな風に回りくどい追いかけっこなんか、始まらなかったのかもしれない、と。少しだけ過ぎって――走り出す足に合わせて握りつぶした。

    そんな感傷を少しでも覚えたからだろう。湖面を超えた先にある黙約の塔を臨んでいたその人の後ろ姿が、ひどく懐かしいものに見えた。こちらに一人歩いてくるのは、彼女という冒険者に依頼をした調査員だろうか。
    つとめて静かに近寄った。起源を辿れば狩猟の民、弓を担いで獲物を仕留めていたことだって、ある。己の感覚では手放して久しいところではあるが、それでも、“そこそこ”うまいはずであった。こうして気配を消すことなんかは。――相手がまったく“そこそこ”ではないという一点だけが問題であった。
    「ラハくん」
    振り返りもせずに名前を呼ばれる。
    「依頼は終わりか?」
    「はい」
    「追いかけっこも?」
    「……はい」
    それならば、とようやく見つけた彼女を捕まえることもせずに近寄って、隣にどかりと腰を下ろす。相変わらず英雄は遠く塔を見つめたまま立ちすくんでいる。
    「まずは、失礼な態度をとってすみませんでした」
    「いいよ。でも、顔は見せてくれないんだな」
    「べつに、勝手に見てくださって構いませんが、……真っ先に、あなたの目を見て言おうと思っていたことが、まだまとまりきっていないんです」
    律儀というか、なんというか。人の目を見て話すこの人らしいといえば、らしい。ラハは結局、無理に覗き込まないことにした。いつだって、この、眩い人の望まないことはしたくないと……ただ、ラハの心の中で、思っていたから。
    「わたしは……ひどいやつなんですが」
    ぽつりと語り出した英雄を、ラハは止めなかった。否定するのも、その理由を語るのも、いくらだって言葉を紡げるけれど。言葉は言葉以上にはなれない。銀泪湖はひどく凪いでいる。彼女はやはり、それを見つめている。
    「わたしはずっと……今までずっと借り物の人生を生きてるような心地でいたから、わたしのために命をかけてくれた人に、申し訳が立たないと思っていたんです。わたしのための献身に、何を返していいかわからなくて。あの美しい祈りが自分に届いたら、自分が自分でなくなるような気がしていました」
    物語のページを捲るように、真摯に語られる言葉に耳を傾ける。
    「だけれども、結局、死者は何も語らないでしょう。価値がなくなるわけではないけれど、わたしの中に残る言葉は、わたしの心を介したものになるわけです。それで……でも、あなたは、……グ・ラハさんは、水晶公は、……ラハくんは」
    「……あなたへの献身の末、“死んだけれども生きている”」
    たぶん、目を見張った。すぐそばの人の斜め後ろからの横顔を、しっかりと目に焼き付けながら、その表情を予想する。長い髪の毛に隔てられたそれを。
    「あんたの影に会ったよ」
    「……他の人に見えるとは初耳です。わたしも稀にしかフレイとはお話できないのに」
    「よほど恨みが深かったらしい」
    何か聞かれる前に、それで、と促す。
    「ラハくんはいつだってわたしに好意的に接してくれます。わたしはあなたに報いることができているんでしょうか。あなたの望みは……わたしが奪ったあなたの人生の埋め合わせは、どうしたら叶うのでしょう」
    「埋め合わせをさせたくてあんたと共に行くことを望んだんじゃない」
    「……わたしの言葉が過ぎました。ええと、だから、わたしのエゴの話なのです。わたしはあなたにどう接していいのか……わからないから」
    名前の一つも喉につかえたこと、あなただって気がついているはずです。そう言われれば、首肯するほか、ない。第一世界から戻ってこっち、この人に『ラハ』と呼ばせたのは、この人がそれに乗ったのは、何も親しさだけによるものではないのだから。
    彼女の話はまだ続きがあった。第一世界に渡って、フェオ=ウルに助けを求めたこと。感情の名前を求めて、イシュガルドの知人を訪ねたこと。己の行動に悩んで、グリダニアの仲間に言葉をもらったこと。それから、ラムブルースに質問をしたこと。
    「……ラムブルースにも?」
    まあ、それはあとで。そう言って彼女はやっと振り向いた。予想よりもずっと晴れやかな顔をしているのは、彼女なりの答えが出たということだろうか。地面に座り込んだままのラハに近寄って。「わたし、」耳元に手を添えて。

    「あなたのことが、愛おしいのだと思います」
    とっておきの秘密を告げるように囁いた。

    すぐ隣を振り返る。少しはにかんだまま、ラハを真っ直ぐに見つめる憧れの人がいる。たまらずその腕を掴む。少し勢いがつきすぎたが、その人は眉を寄せることすらしなかった。

    「わたしは、家族というものも、恋というものも、愛というものも、ええ、何もわかりません。友というものだけは、きっと少し、わかります。それで……あなたを守り、助け、その先の未来を祈るようなこの気持ちは……罪悪感だとか、そんなものは抜きにして、きっと愛情のようなものだと、思うんです」

    あなたを想う気持ちに名前が足りないと彼女は言う。ああ、なんて、なんてことだ。世界はきっとこの人には窮屈にできている。これを愛の告白だと感じてしまう己の心まで含めてだ。瞳がたたえているのはどうしようもなく慈愛の色である。欲の一つも感じさせない、まなざし。
    「ラハくんの感情に報いるより先に、自分の気持ちを見つめなさいと言われました。わたしのこの迷いは、きっと愛だと言われました。愛の境目とは何かと聞けば、お前の感じたことが全てだと。それで、……ふふ、ラムブルースさんにね、聞いたんです。私がこんな風に迷っていては、百年の憧れも覚めますかねって」
    「百年じゃ足りないな」
    「まったくです……ラハくん、わたし、たぶん、あなたの望みを叶えるとかそんなんじゃなくて、あなたに構いたいから構っています。呆れましたか」
    「いいやちっとも」
    いっそ燃え上がるほどである。ふと、湖岸に風が吹く。一世一代の白状に気を持っていかれていたらしい英雄は、らしくもなくたたらを踏んだ。なぁ、と呼びかけると、風で乱れた髪をかけながら耳を傾ける。
    「オレはあんたに対して誠実でありたいと思っているが――あんたが思うよりはきっと、ずっと狡い男だよ」
    「はぁ、ええと?」
    「家族みたいでも、仲間みたいでも、友達みたいでも。あんたの愛を享受できるなら、そりゃあオレはなんだって嬉しいさ。けど、……そうしてぼうっとただの女の子みたいにされてると、勘違いもしたくなる」
    ああそういえば、恋ではないのかと再三問われました、と。思いもしなかったと言いたげに首を傾げた。ラハくん、したいんですか、恋。なんて、あんまりにも、あんまりにも棘の抜け落ちた花だった。遠く、遠くの星が。瞬くどころか、心臓に降ってきた心地である。きっと彼女が思うより、今のラハは正気ではいられていない。

    「恋でなくたって、きっといい。でも、あんたの隣をオレのものにして、もう二度と譲りたくなくなってしまうよ」
    「……いいんじゃないですか?」
    「言ったな? あんたを捕まえることにかけて、オレより執念深いヤツはそういないぞ」

    本当にわかっているのか、小さな、小さな腕をラハに掴まれたまま、英雄はこくりと頷いた。掌中の珠を強く引く。ろくな抵抗もなく腕の中にからだが飛び込んでくる。

    「どこまでだって自由に駆けてくれ。勝手に追いかけるから。誰よりもそばに、間違いなくオレの意思で」

    逃走劇はこれにて、おしまい。

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