軽音学部みつよのライブを見に行くおにまる軽音学部みつよのライブを見に行くおにまる
〜かわいい後輩南泉とソハヤくんを添えて〜
※ベーシストに対する熱い偏見(『指先がセクシー』と書きましたが、セクシーでない場合もあります。)
大典太は、軽音学部に入っている。鬼丸は「目立つのは苦手だろう」と聞いてみたことがある。すると彼は
「ベースはそんなに目立たないぞ。俺ベース弾くの好きだから、こうやって部活でバンドを組んで演奏するの、すごく楽しい」
と、嬉しそうに教えてくれたのだった。
秋のある日。
メッセージアプリに通知が来ている。開いてみると、大典太から一枚の画像と数件のメッセージが送られてきていた。
『文化祭のライブ情報』
『みにきて』
『ぜひ』
相変わらず簡潔なメッセージだ。画像には文化祭ライブの開催場所・時間・バンド紹介が掲載されていた。
どうやら大典太は複数のバンドに所属しているらしい。忙しいベーシストだ。
鬼丸は『絶対行く』と返信をして、……最近がんばって購入したスタンプを送信した。かわいらしい顔の鬼のスタンプシリーズだ。今回は鬼が『たのしみ!』と言っているスタンプを送った。
鬼丸は、ひそかに大典太のことを好いていた。
……鬼丸が大典太に与えた第一印象は、最悪だった。
鬼丸はこともあろうに、初対面の大典太に
「陰気だな」
と言ってしまったのだ。まあ、その後は即座に反省してなんとか距離を詰め直し、今では程よい距離感の友人同士になっているが。
鬼丸はその時のことをすごく後悔していて、それからというものできるだけ印象をよくするためにがんばってきた。
さっき送ったスタンプもそうだ。ただメッセージを送るだけでは素っ気ない印象を与えてしまうかもしれない。そう思って、いとこの一期や乱などにやり方を聞き、スタンプを購入したのであった。
好きな奴のライブ。絶対見たい。
鬼丸はベースの音が好きだ。体の芯まで揺さぶられる重低音。ぞくぞくする。
そんな素敵楽器を好きな奴が演奏するなんて。楽しみで仕方ない。
さらに。
ベースは、基本的に指の腹で掬い上げるように弦を弾(はじ)いて音を出す。『指弾き』と呼ばれるその動きは、かなりセクシーなのだ。それを大典太のような指が長くて手が綺麗な奴がやる。想像しただけでどうにかなりそうだ。
あの指で触れられたいと、何度思ったことか。長い指で重低音をかき鳴らしながら不敵に笑う大典太を妄想して、布団の中でバタバタドキドキしたこともあった。
文化祭当日。
鬼丸の足は体育館へと向かう。軽音学部のステージ、今日はそれだけを楽しみにして来た。楽しみすぎるあまり誰よりも早く会場に到着したらしく、軽音学部は未だ準備中であった。
「にゃ!鬼丸センパイ!まだ準備中っす」
「そのようだな。開場まで待つとするよ」
後輩の南泉が話しかけてくる。彼は入場口に置く手指消毒用のアルコールスプレーを準備しながら世間話をしてくれた。
「今日のオススメは大典太センパイにゃ!すげえ上手いんだぜ!」
「ほ、ほう。そそそれは楽しみだな」
「鬼丸センパイ、大典太センパイとクラス一緒だろ?絶対近くで見たほうがいいにゃ!」
いきなり大典太の話をされ、動揺してしまう。しかし南泉は特に気にせず、作業を終えてにこりと笑った。
「よし!入場スタート!鬼丸センパイは一番乗りだったから、特等席にご案内するにゃ」
「お、おい待て南泉、」
コミュ力最強の後輩に手を引かれ、鬼丸は慌てた。が、抵抗らしい抵抗もできず、観客席最前列の中央に連れてこられてしまう。
「こ、こんな真ん前で……!」
「あ!でもここだと正面がボーカルにゃ。大典太センパイを見るなら……こっち!」
そう言うと南泉はまたもや鬼丸の手を引き、今度は最前列右端のパイプ椅子に鬼丸を座らせた。
「ベーシストは端っこにいるから、ここだとセンパイがよく見えるにゃ」
「そ、そう、か……」
「あ。そういえば先着順にペンライトとうちわ配ってんだよ。これ持って見るといいにゃ」
南泉に、アイドルのライブで使うようなペンライトとうちわを渡されてしまった。うちわの表には「すき♡」、裏には「こっち見て♡」と書かれている。鬼丸は悩んだ挙句、裏面のほうをステージに向けることにした。
「そうそう!大典太センパイだけじゃなくて、オレもちゃんと見てってください……にゃ!」
鬼丸は曖昧に頷き、にぱっと笑って去っていく南泉の背中を見送った。そうして静かに座って待つこと十数分。
ライブの幕が上がる。
圧巻。
今まで見てきたような穏やかで静かな大典太は形を潜め、今ステージに立つ彼はギラギラと鋭い視線で客席を射抜き、重たい低音を会場に轟かせていた。
目が離せない。
長い指でいとも容易くベースを操り、音楽に合わせて頭をぐらぐらと揺らしている。
(かっ……こ、いい……!)
鬼丸は呼吸も忘れて大典太を見つめた。ペンライトやうちわを振ることもできない。ただ、熱い眼差しで、一秒たりとも逃すことなく大典太を追う。
刹那。
「……!」
大典太の目が、確かに鬼丸を見た。そして、荒々しく力強い視線が和らぎ、慈愛の顔で微笑んだのだ。
彼の視線はすぐベースに戻った。しかし、鬼丸の跳ね上がった心拍数は、しばらく元に戻らなかった。
文化祭終了後。鬼丸は体育館に向かい、軽音学部のステージの片付けを手伝っていた。大典太に事前に頼まれていたのだ。
「鬼丸センパイ!オレのことちゃんと見てくれたにゃ!?」
「ああ。お前、歌が上手いな。プロのアーティストみたいだ」
「にゃ〜っ!嬉しいっす!」
南泉と話すのに夢中だったから、後ろから静かに迫る影に気付かなかった。
「……俺は、どうだった?」
「!?おっ、お、大典太……」
「あっ!大典太センパイ!」
後ろを振り返ると、先程のステージ上とは全く違う、いつもの陰気な大典太が立っていた。
「最前列で見てくれるなんて……嬉しいな。しかも俺の真正面でさ……」
「にゃ!その席、オレがオススメしたんすよ!」
南泉はそう言うと、背負っていたギターを片付けに行ってしまった。ふたりきりになってしまい、なんだかそわそわする。
「なあ、感想、聞かせてくれよ」
「ぁ、あぅ……ええと……」
感想なんて、ありあまるほどある。大典太は頭のてっぺんから爪先まで余すことなくかっこよかった。指先が艶めかしく動くのから目が離せなかったし、演奏は非常にレベルが高かった。
でも、それを細かく言葉にするのは恥ずかしい。結局、簡潔な褒め言葉しか出てこなかった。
「……かっこよかった。上手かった」
「そうか。じゃあ俺からもあんたの感想言わせてもらおうかな」
「……ん!?え!?」
意味が分からない。なぜ演者側が観客の感想を言うのだ。
「あんた、視線が熱烈すぎ。ステージ上からでもよく見えたぞ」
「そ、それ、は、ごめん……?」
「いや、謝らなくていい。むしろ、好ましかった。ちゃんと見ててくれてさ。……それと、あんたずっと口開いてたぞ。ぽかーんって」
そ、そうだったのか。集中すると少し口が開く癖があるのは鬼丸も自覚していたが、まさか全開だったとは。恥ずかしい。
「……最後に。あんたの気持ち、すごく嬉しい」
「……え、何の話、」
「あんたに応えたい。『俺もだ』って」
急に身に覚えのない話を展開され、鬼丸は首を傾げる。大典太も話が噛み合わないことに気付いたらしく、不思議そうに瞬きをした。
「え?だってあんた、うちわ持ってただろ。『すき♡』って書かれたうちわ。てっきり、俺のことが好きなのかと」
「!!」
ミスった。本当はうちわ裏面の「こっち見て♡」を見せるつもりが、間違えて表面を見せていたようだ。恥ずかしすぎる。鬼丸は赤い顔を隠そうとして、あることに気付いた。
「……ま、待てよ、今、『俺もだ』って、」
「ああ。俺、あんたのこと好きだよ。あ〜……言っちゃったな、ついに。まあ、そのうち告白しようとは思ってたが」
大典太は照れくさそうに笑った。
「……」
大典太が告白をしたのなら、こちらも腹を括って正直な気持ちを伝えるべきだ。
鬼丸は深呼吸をして、大典太の目を見た。
「あ、その、……おれも、大典太が好きだ。……今日は、あんなにかっこいい大典太が見られてすごくうれしい」
「……!鬼丸っ……!」
大典太は愛しげに目を細めて鬼丸に抱きつこうとし……
「兄弟、公衆の場だぜ」
横から聞こえた冷静な声によってぴたりと動きを止めた。
「あっソハヤ」
「よう兄弟!手伝いに来た。ようやく鬼丸とイイ仲になれたみたいで重畳。でもイチャつく場は選べよ〜?」
大典太の弟であるソハヤだ。彼も片付けの手伝いに来ていたらしい。ぴしゃりと正論を投げかけられ、大典太と鬼丸は反省する。
「よし、とっとと片付けて打ち上げ行こうぜ!鬼丸も来たらいい、俺達が奢るから!」
爽やかな笑顔でバシバシと鬼丸の背中を叩き、ソハヤはパイプ椅子の片付けに向かった。
また、ふたりきりになってしまう。
「……」
「…………」
「う……打ち上げ、来てくれるか?」
「あ、ああ、行く」
マイクに繋いでいた長いコードをふたりで巻き取りながら、ぽつぽつと話をした。
「……まあ、なんだ、その……これからよろしくお願いします」
「……こ、こちらこそ」
なんだか他人行儀になってしまい、面白くてふたりでくすくす笑った。これからはもっとこんなに幸せな時間が増えるのだと想像して、鬼丸は心が軽やかに踊るのを感じた。