あかずきんをはずせば大きな手でがっちりと手首を掴むだとか、腕の中に囲われて、身動きが取れなくなるだとか。敵わないなと思う力強さで、ちょっと強引なくらいがいい。ダメって言ってもやめないで、逞しい体に捕らわれたい。
……らしい。かわいい女の子たちがテーブルを囲んで、高まった感情のまま、ちょっとだけ大きな声で。秘めやかな話をしているのを、聞いてしまったのだ。冒険者がこぢんまりとしたカフェで給仕をしている時のことである。
たまたま、流れで、店主の手伝いをすることになったのだ。彼女にとってはよくあることである。仕入れの帰りに魔物に襲われかけていた老夫婦を助けるのも。お礼に家へ招かれ、お人好しの延長で彼らの経営する小さなカフェの手伝いを買って出ることも。今日は何をして過ごしていたんだ、と寝台に横たわるラハが尋ねたので、素敵なカフェの話をした。礼のために呼ばれたのにさらに恩を売って帰ってきてしまったのか、なんてラハは笑っていた。さすがだな、と布団に包まれて暖まった体温のまま、自然と眠りに落ちようとしている様子を見守っていて、女の子たちの話を思い出した。
「わたし、きみに強引に迫られたことありません」
ラハは勢いよく咽せた。耳元で突然大きな音を出されて、冒険者は耳を押さえた。聴覚がいいのも考えものである。
「急に……なん、……なんだ!?」
「こっちのセリフなんですけど」
「デカい声も出るだろ……!」
言いながら、徐々に、徐々にボリュームが下がっていく。こういうところがいじらしいと思う。さっきまで微睡んでいたはずの目はすっかり開ききっていた。もぞもぞと身を捩って顔を覗き込んで、それを確認する。
「カフェに来てたお客さんが、数人の女の子たちだったんです。えっちな話をしていて」
「……ああ」
「ちょっと無理矢理なくらいが興奮するって」
「……ああ」
「あんまり想像がつかなくて。きみがわたしのこと上から押さえつけて、……」
気のない返事をしているな、と思ったのに、目を合わせてみれば思ったより真剣にこちらの話を聞いていた。後ろめたい話をしているつもりはないが、居心地が悪くもなる。
「……そもそも、いつだってオレの腕なんか跳ね除けられるだろ、あんた」
「言われてみれば……そうですね。彼女らとは前提が違いすぎました。失言です」
星を救った英雄が、戦場を知らない普通の女の子と同じなわけはない。傷だらけの手も体も、人より強い力も、恥じたことはなかったが――なんだか少し、心の置きどころを見失う。顔を見られないように布団に潜って胸元に顔を埋めると、ぎゅうと腕に閉じ込められる。ちょっとだけ早い鼓動が聞こえる。
「そりゃあんたがそういうのが好きなら、オレだって頑張るさ。あんたがどんなに抵抗しても抑え込めるぐらい強くなってやる」
「……」
「おい、言っといて『無理だな……』みたいな反応するのやめてくれ」
「何も言ってませんよ」
「……まあ、置いといて。でもそれよりずっと、あんたのこと大事にしたいよ」
「大事にされています」
「伝わってるなら何よりだ。それにさ、」
がば、とラハが布団に潜り込む。布一枚に隔てられていた顔と顔を突き合わせて、鼻と鼻のつくような距離。節くれだった大きな手が頬を包んで、ぐいと引き寄せられる。至近距離で目が合う。あとちょっと鼻先を傾けたなら、覚えのある角度だったろう。でも、違うみたいだ。だから瞳は閉じないで、ただ、見つめた。
「他でもないあんたが、ちゃんと選んでオレに身を預けてるんだって思うと……すげー興奮する」
「……あぇ」
漏れでた奇妙な声にラハはにんまりと笑った。意表を突かれた上に顔を押さえられてしまって、薄暗い布団の中でも火照る頬が丸見えだ。こんな、戯れにすぎない力で捕まったって、そりゃあいつでも逃げられる。逃げられるけれども、逃げられるからこそ!
「い、いじわるですよ……」
「ご所望なのかと思って」
優しい恋人も考えものだ!