二人きりのショーを「類、練習が終わったらステージで待っていてくれないか?類と残って練習がしたいんだ」
練習が終わり、寧々とえむは二人で遊びに行くと言って先に帰っていった。類は司に言われた通り、練習着のままステージに残り、使った機械の軽いメンテナンスをしながら司を待っていた。
双方の意思で居残ることはあっても、司から一緒にのこってくれと言われることは滅多になく、二人で残ることににやけそうになる顔を類は必死に抑えていた。
しかし司は練習を終わらせてすぐに更衣室の方へと戻ると、そこから一向に姿を見せない。帰るにはワンダーステージの前を通らないといけないため、気付くはずだ。もうすでに司が姿を消してから30分近く経っていて、何かあったのではないかと不安がよぎる。
待っていてくれと言われた手前、申し訳ないが何かあってからでは遅い。そう考えて司を探しに立ち上がろうとしたとき、バタバタと駆け足で司がステージへと現れた。
その姿を見て類は目をぱちくりとさせる。司はショーの本番で使う王子の衣装を身にまとっていた。
「す、すまない!準備に時間がかかってしまった!!」
「いや別に問題はないけれど……ショーの衣装なんてどうしたんだい?二人だし通しの練習ではないよね?」
司の衣装を見てそう問いかければ、司はびくっとする。
「あ、ああ!そうだ、通しではない!」
酷く慌てた様子から、類は司が何かしら隠していることを察した。演技は出来るのに噓が苦手なところは純粋な彼らしく可愛いとすら思ってしまう。
「なら、どうしたんだい?」
何も気づいていない振りをして司に微笑みかける。首を傾げて聞けば司はあからさまにうっと言葉を詰まらせた。
「そ、その!ちょっと練習をしたい場面があ、あってだな!!」
「それで着替えたの?」
「そうだ!まあ形から入った方がいいかなと思って…」
問い詰められて司の額からは冷や汗が流れ出る。類は立ち上がってゆっくりと司の方へと近づいた。真顔で歩み寄れば司の飴色の瞳は不安か焦りかゆらゆらと揺れる。
激しく鳴る司の心臓の音が聞こえてくるようで類はふふ、と笑みを零した。正面から向き合うような形になって沈黙が流れるステージの上で見つめ合う。
「類……っふぇ、」
その均衡を破るようにぽすっと類は司の頭に手をおいて撫でた。司の口からは間抜けた声が漏れて、口をあんぐりと開けたまま類を見た。
「ふふ、間抜けな顔」
からかうようにさらにわしゃわしゃと撫でると、司はそっぽを向いてしまう。そんな司の顔を両手で包んで、自身の方へと向かせると類はにこりと笑った。
「それじゃあ、始めようか。二人の居残り練習を」
練習の内容は王子が姫に告白をするシーンらしい。司に指示された通り、ステージの中央からほんの少しだけ上手側に寄って、下手側を向いて立つ。司が下手側から現れた。その表情に類はごくりと息を吞んだ。先程までの不安げな表情は見る影も無く、王子としての凛々しい顔をした司が類の方へと向かってくる。
類の前まで来ると、すっと跪く。類の右手を取るとその薬指にそっと唇を落とす。何一つ無駄のないその動作はまさに『王子』そのものだった。
『愛している、どうかこの俺と付き合ってくれないか。類。』
『…ええ。喜んで。』
類が微笑んでそう返せば、顔を赤くした司がばっと類の方を見上げる。
「これでいいのかい?王子様」
「あぁ。…その、もう分かっている……よな。騙すような真似をしてすまない。」
「別に怒っているわけでもないよ。顔を上げてほしい」
凛々しい王子の姿はどこへやら、赤くなった頬と潤んだ瞳の司は不安げに類を見つめる。
「その、王子になりきれば、類への気持ちを伝えられると思ったんだ。だから類、その、思いっきり振ってくれ……っ!」
あぁ、どこまでも愚かな王子だ。類はふふ、と微笑んで司に答えた。
「王子としては良かったと思うけれど、まだまだだね。僕がお手本、見せてあげる」
その言葉に司は「へ、」と零して立ち尽くす。
「司くん、折角残って練習しているのにぼーっとしていちゃ駄目じゃないか。ほら、早く立ち位置について」
「あ、あぁ」
言われるがまま司は先程類が立っていた女性側の位置へとつく。
待っていると、類は下手側から姿を現す。司と全く同じ要領で歩いて司の前まで来ると跪いた。
司の心臓はずっと早くバクバクと音を立てる。期待をしても、いいのだろうか。
そしてその右手を取って、薬指に優しく唇を落とす。
「愛しているよ。僕と付き合ってくれるかい?司くん」
司をそっと見上げて微笑めば、司はぶわっと顔を赤くした。その意味が、手に取るように分かってしまった。
「オレでいいのか……?」
「司くんがいいんだ」
立ち上がって、少しだけ背の低い司の身体をぎゅっと抱きしめる。ゆっくりと類の背中に腕が回って、二人きりの居残りショーは幕を閉じた。