君とのはじめまして「ねぇペタ。同行させる下級クラスもっと素直な人が良いんだけど。」
オレは耐えかねてある相談を彼にしていた。
そんな俺の言葉にペタは『正気か?』って顔してるけどオレにもワケがあるんだよ。
オレは子どもが好きだし傷付いて欲しくないしできることなら守ってあげたい。ただそれだけ。
「子どもは傷付けるなって言ってるのに守ってくれないんだよね」
「貴様はナイトクラスなのだから命令でも何でもすればいい、ある程度なら許しているだろう」
「毎度毎度、あんまり効果ない」
いくら俺がナイトクラスで少々強く出れるとはいえオレにそこまでの強制力と影響はないし、チェスの性質上子どもをあえて守ろうとするような人は少なくむしろ反対の方が多いから必然的にオレが止める羽目になる。
「だからさ、いい人いない?」
「ふむ………」
無茶は承知、しかし俺としてもこれは譲れない。
…でも、ペタもすぐ浮かばないみたいだしやっぱり無理かな…と諦めていたところで「あぁ、」と何か思い付いた反応を見せてからこちらを見た。
「…ひとり、いいのがいる」
「えっ、本当に?」
正直、今のペタは悪い顔をしてるので嫌な予感しかしない。
「次はそいつをあててやろう。貴様はいつもの様に釘を刺せばいい」
「えぇ…」
「そんな顔をするな、アレは他のと違って素直で扱いやすく考え方もお前に近い」
「自分でお願いしておいて何だけど本当にそんな人いる?」
「あぁいる。それに盗みに関してはお前よりも手練だろうよ。何せ元ルベリアのボスだった男だからな、せいぜい使いこなしてみろ」
「は!?そんな人が素直で扱いやすいとか絶対嘘じゃない!?」
「真相は貴様の目で確かめるんだな。ではまた連絡する」
「ちょっと、ペタ!」
あぁ、行っちゃった…
ルベリアって盗賊でしょ、そんな組織のボスだった人って絶対真逆だと思うんだけど…これだったら今までみたいに我慢しておけばよかったかな…
後悔しても遅く、俺に出来るのはせめてそれが本当であれば良いな、と願うだけだった。
「アッシュ、約束通りアレをお前に付ける。せいぜいこき使ってやれ」
後日、ペタに呼び出されて第一声がそれだった。
「えぇ…」
「クラスはビショップ…だが実力はナイトでも十分通用する、甘く見て不意打ちを喰らえば貴様でも痛い目を見るぞ。……まぁ、そんな事する男では無いがな。」
「物騒なこと言わないでよ…」
それは先日の例の話についてで、今回の指示とあわせた連絡だった。
物騒な話ついでに少しルベリアという組織の情報を貰ったけど、うーん判断に困る。
しかも何かペタらしくない平和的な思考が見えた気がする。
いや別に力比べで負けるのが心配、とかではなく単純にそれなら力ずくで分からせられる方がマシかな…って思っただけ。
「ついでに言うともう待ってるはずだ、さっさと行ってやれ」
「いやそれ早く言ってくれない!?平然と遅刻したら誰だって怒るに決まってるじゃない!」
絶対面白い事がってる…。
ニヤニヤと人の悪い笑みを見せ「健闘を祈る」とか思ってもないことを言うペタに適当な返事を投げてからオレはアンダータで聞いていた待ち合わせ場所に向かう。
そこに人気はなく、風により木々の揺れる音だけがその空間にあり、その中に一人青年が佇んでいた。
どうやら、彼がペタの言っていた『素直で扱いやすい人物』らしい。
「おまたせ。悪いね、ペタに呼ばれててさ」
「…そうか、大して待ってもいないし気にしなくていい。」
「そう言って貰えると助かるよ。」
パッと見た限り本当に怒っている様子もないようで、彼は俺の気配を察したのかわざわざこちらに体を向けてそう言った。
改めてその姿を見てオレは少し呆気に取られる。
元盗賊団のボス、なんて言うからもっと大男で粗暴な人なのかと思ってた…だけど今目の前にいるのは腰まである黒い髪を下ろし、目元は布で隠しているが見えているパーツだけでも整っていることが分かる顔立ちにオレより少し低い視線、線は決して細い訳ではなく背負っている剣を見る限りそれを扱うためそこそこ鍛えられているようで近接戦闘も出来る人なのだろう、と推測できる。
ただ、正直目隠しのおかげで全く何考えてるか分からないし感情が読めない、見えてるの?それ。
気になることは色々あるけど、とりあえず名前は名乗らないといけないよね…
「オレはナイトのアッシュ。」
「私はビショップのガリアンだ、今日はよろしく頼む。」
さてどう出るか、と差し出した右手に彼…ガリアンはなんの躊躇いもなく手を伸ばして握ってくる。
その反応に割と本気で驚きながらも何となく、確かに素直かもしれない…と思った。
「よろしく、ガリアン。早速だけどオレと行動する上でひとつ、お願いというか命令があるんだ」
「何だ?」
『命令』という言葉を聞いても、彼は特に反発するような反応を見せない。
元々、組織のトップに居たくらいだから少しくらい嫌な顔をされるかと思ったけどそんな様子もなかった。
それどころかオレの話を聞こうとする姿勢を見せたのでこっちが動揺させられる。
だけど今から言うことはチェスとしては『ありえない』ような言葉だ、本気だという気持ちと少しの殺気を込めて口を開いた。
「…オレね、子どもが好きなの。子どもが傷付くところは見たくないし傷付いて欲しくない。だから絶対に子どもに手を出さないで。」
「…」
相変わらず彼は何を考えているか分からないけど、俺の言葉を真剣に聞いているようには見える。
そして目が合うことは無いはずなのに、彼は俺を真っ直ぐと見つめてから「わかった」と一言返事をして頷いた。
それを聞いて一旦オレは殺気を潜める。
とはいえ、今は素直に見せてるだけかもしれないし彼をよく見ておこうとは思う。
───────
結局、ペタから言い渡された指示はつつがなく終わり、オレ達は目当ての場所に行くため近くの町へ戻る道を歩いていた。
ペタの指示が終わった時点で後は帰るだけだったんだけど、時間に余裕もありそうだしオレは何となく彼ともう少し話したいと思ったから1つ提案してみた。
どこかに寄って何か食べないか、というものだ。
我ながら雑なナンパみたいだ、と思いながら彼の出方を待っていると、彼は少し考える仕草をした後に1つの条件を提示してそれを受け入れてくれるなら、と頷いてくれた。
それは、街中では自分の名前を呼ばないで欲しい、というものだった。
あぁ、ルベリアの人には顔割れてるもんね。
彼から条件に頷けば彼はほっとしたように肩力を抜いた。
しばらく歩いて街に近づいてきた頃、彼はただでさえ暑そうな格好なのにその上フードまできっちり被ってマントを身に付けてしまった。
まぁでも元々盗賊団のボスだったらしいし顔割れてるかもしれないから隠した方が良いのか…それにしても、
「暑くない?」
「支障はない」
いや暑いんじゃん。
否定しなかったあたり素直だな…と思いつつ、オレよりも少し背の低い彼が顔を覆うようにフードを被ってしまっては顔色がよく分からない。
彼が暑さで倒れる前にお店に入ってしまおうと、少し足早に通りを抜けた。
「何か食べたいものある?」
「……水分。それ以外は任せる」
ほらもーやっぱり暑かったんじゃない
それなら彼には食べやすいものがいいだろうと、自分の分と合わせていくつか気になるものを頼むことにした。
まず彼の所望した水分…もとい飲み物は早々に届けられたため受け取って差し出せば礼を言ってから彼は容器を手に取る。
その時少し触れた彼の手は思ったよりも熱かった。
「体温が上がってるみたいだし、早く飲んだ方がいいよ」
「…あぁ、そうさせてもらう」
そう言ってから彼はそっと容器に口を付ける。
水分が通るために一定のタイミングで動いている喉を観察してみた。
意外なことに(自分から事象を招いたとはいえ)体温が上がって喉も乾いているであろうにも関わらず、彼は静かに飲み物に口をつけ喉を潤している。
慌てて飲む様子もなければ口の端から零す様子もない、ある程度潤ったのか口を離してテーブルに容器を置く所作も随分静かなものだった。
なるほど、元盗賊団のボスと言う肩書きの割には随分とお行儀が良い。
冷たいものを体に入れたおかげか少し落ち着いたようで、フードの下から僅かに見える彼の口元は少し緩んでいる。
「ふぅ…」
彼に関する情報を聞いて抱いた印象はあまり良くなかった。チェスが棚に上げて何言ってんだって話だけど。
正直、勝手なイメージで悪いけど粗暴な人なのだろうとまで思っていたくらいには。
…だって、賊は子どもであろうと関係なく傷付けるでしょ。
ルベリアという組織自体、聞いたことはあるけどチェスではノータッチで集めようとしない限り情報は入ってこなかったから盗賊ギルド、としか知らなかった。
何なら彼と同行する上でペタに与えられたルベリアのことも、情報伝達能力が高い、という雑談の延長上で零されたそれくらいだ。
…とはいえ、今となればボスである彼に目を付けていたから狩場が被っていたとしてもチェス側から下手に刺激しなかったのだろうし、ルベリア側からもチェスを刺激するような真似をしなかった…いや、彼がそうさせなかったのだろう。
ペタの情報が確かならチェスが軽率に喧嘩を売っていい相手じゃないことくらい、彼のような人であれば気付いていたはずだ。
今でこそその結論に至るけど、会うまでに膨らんだガリアンという人物像は真っ先に粗暴、大男、と出てくる程度には全く良いものではなかった、だからこそ今目の前にいる彼にはいちいち驚かされながらも興味が湧いたのだけど。
「…ん?あぁ、すまない。そうしてもらえるか」
ぼんやりとしていたらいつの間にか彼から言葉が発せられていて、しかもオレに向けられたものでは無いから余計に気になってそちらへと視線を移す。
俺の視界に入ったのは、先程まで飲み物が入っていた容器を店の人間にガリアンが渡すところだった。
空になったから下げても良いか、と聞かれていたらしくそれに対して彼はひとつ気遣いの言葉と共に渡していて、会話はまだ続いている。
─そういえばそろそろ日が暮れるけど宿はとってるかい?
「いや、頼まれ事が済んですぐ帰る予定だったからとってないな」
─ならあまり遅くならないうちに帰るといい、今夜は満室で泊めてあげられる場所がないんだ。
「気遣い感謝する。何、元々用事終わりの寄り道だからな、腹を満たしたらすぐ帰るさ」
─すぐ帰っちゃうのは勿体ないな…あぁ、料理が出来たみたいだ、持ってくるからゆっくり味わってくれ
店の人はガリアンの相槌を見てからテーブルを離れていく。
随分馴染んで話していたみたいだけど、オレが意識を逸らしたわずかな時間でよくあそこまで店の人と世間話が出来たものだ。
…と思うがよく考えれば盗賊ギルドという荒くれ者も集まるような組織を、チェスとの火種を生まない様に運営しその上本来の稼業である盗みでも、ましてや武力でもなくルベリアの特徴として情報伝達能力の高さをペタが挙げる程度には、対人においてのコミュニケーションを疎かにせず人との関わりや繋がりを重んじていたのであろう。
伝達能力が高いからと言って収集能力も高いとは限らないが、先程の彼と店の人のごく自然な会話を見る限り情報収集もできるからこそ伝達もできる、そう考えるのが妥当かもしれない。
なるほど、それに加えて実力があるとなればペタがわざわざスカウトしたのも頷ける。
例えばロランだとガリアンよりも圧倒的に人当たりがいいしパッと見警戒心を抱きにくい、でもやっぱり独特の雰囲気があって気付く人は気付くし警戒する人はする。そこにドジっ子が合わさると相手からはちょっと変わった子、という印象になるらしい。要は目立つのだ。
それはこの間一緒になった時に気が付いたもので、代わりに人が動くように誘導するのは達者、それはそれで優秀な珍しいタイプだけどね。
しかも彼の場合、それが素なのか計算なのか分からないのがまた末恐ろしい…。
おっと話が逸れた、何はともあれ彼は顔を出すのは嫌がるようだけどそれでも波風を立てず店の人間とごく自然に世間話をするほど日常に紛れるのが上手い、ロランとは違うベクトルでチェスの中では珍しいタイプなだけにペタが気にするのも分かるってものだ。
「どうぞ」
「あぁ、ありがとう」
しかも料理を持ってきた相手にいちいち礼を言う律儀っぷり。
これじゃ、あまりにも『普通の善良な人』だ。
「…アッシュ、どうかしたか」
今も黙ったまま反応を見せないオレを気にかける素振りを見せている。
なぜ彼のような人がチェスにいるのか、というのはお互い様かな…オレも他者から見た性質的には好んでチェスにいるようには見えないだろうし、なんならペタにそう言われことあるし。
「ううん、何も。そういえば適当に頼んじゃったけど食べれそう?苦手なものある?」
「好き嫌いは特にない」
「なら良かった。正直1人で食べきれないし、適当にとってよ」
いただきます。そう口にして大皿に盛られた料理をひとつつまんで食べれば、ガリアンも同じように胸の前に手を合わせてその言葉に続いて手を伸ばしオレと同じものを取ってから口に運ぶ。
おや、意外と一口が小さい。
少し食べて咀嚼、飲み込んだらまだ食べて、とちまちま繰り返されるその様子が何だか可愛らしくて頭に浮かんだ言葉を思わず口にしていた。
「ガリアン、美味しい?」
「……、………………、あぁ」
まだ口に残っているからか彼は少し待てという仕草をし、もぐもぐと口を動かした後飲み込んでそう言う。なんとまぁお行儀の良いこと。
だけど、そんな彼による普通の言動がひとつ、またひとつと重なる度に懐かしい気持ちになる。
例えばそう…友人と食事に来たくらいの感覚に近いかな。
「ちなみにガリアン、君の好物って何?」
もし、次の機会があるなら彼の好むものがいい。
そんな単純な考えで聞いて見ただけだったのに返ってきたのは意外な答えだった。
「特別これといっては無いな。食べられるならそれで。」
「…そうなの?」
「今でこそ自由に食べることが出来るが昔は選んでられなかったからな。」
「そっか」
初対面のオレがこれ以上踏み込んで良いとは思えなかったからオレはそこで会話を切りあげることにした。
ま、聞けば彼はあっさり話してくれるのだろうけどそんな不躾な真似はしたくないからね。
「ならさ、次は俺のおすすめ紹介させてよ」
自分でも随分と浮かれた言葉が出たな、と思う。
だけどそれほどまでにオレは彼が気に入ったみたいだ。
それに対して彼は…うん、目元は分からないけどどうしてだ、って顔をしているね。
「オレの好みを君にも知ってもらいたい…なんて、重い?」
「いいや、」
彼はその先もなにか言おうとしたものの、言葉にすることなく手に持っていたそれを口に放り込んで閉じてしまい何か考えているようだった。
とはいえ、俺の言葉に戸惑う様子もなく否定の言葉がすぐ出てきたあたり感触は悪くないらしい。
「………、…お前がそうしたいならそうすればいい。嫌なら嫌と言う。」
「そっか、わかった。」
次に続いた彼の言葉は、俺にとってそれは想像以上に色のいい返事で思わず口元が緩んでしまう。
緩んだ顔のまま彼を見つめていると、ふと彼が同じ皿のものばかり食べているのに気が付く。
彼の様子は…照れ隠しというわけでも無さそうだ…となるともしかして…
「…それ、気に入った?」
「…、すまん」
「あぁごめん責めたわけじゃないんだ。それ、全部食べていいよ」
なんだ、好みは特にないって言っていたけどあるんじゃない。
彼が今食べているものをしっかりと覚えておく。
そうして彼が好んで食べてそうなもの記憶に書き込みつつ手を進めていくうちにいつの間にか大皿は空っぽになっていた。
ガリアンはまた胸の前で手を合わせている。
「ごちそうさまっと。それじゃ、行こっか?」
「あぁ」
店の人に声をかけて支払いを済ませてから外へと足を進めた。
またどうぞ。と言う言葉を背に店を出て、レスターヴァに戻るために人目のないところに移動しようとしたところでガリアンが着いてきていないのに気付く。
彼の方を見ると、その視線の先には夜になって先の見えない森があった。
「ガリアン、どうかした?」
「…先に行っている。」
「えっ、ちょ、ガリアン!?」
それだけ言ってから彼はぐるりと身体の向きを変えてから走って行ってしまった。
先に行っている、ってことは来いってことだよね…彼は何に気付いたのだろう…。
とはいえ考えていでも仕方が無いためオレはそのまま彼のあとを追った。いやガリアン速っ!!!!
「…っ、」
気が付けばガリアンの姿は視界から消えていて、あたりも真っ暗で視界が頼りないから仕方なく彼の魔力を頼りにその後を追う。
というか、よくこんな視界の悪い中動けるね!?
どれだけ速く移動したのかと少し息切れがして来た頃、少し遠くで人の声と金属のぶつかり合う音がした。
この声はガリアン…?
暗いし木々のおかげで視界を遮るものが多いから近付かないと分からない。
足を進めているうちに暗闇に少し慣れた目がその光景を映す。
ガリアンの背にあった大剣は抜かれており、そのそばには…自分の息子くらいの少年が座り込んでいるというものだった。
「っ、ガリアン!!!」
言ったのに、頷いてくれたのに、どうして、嘘だったのか。
そんな感情が綯い交ぜになって慌てて少年の元へと走る。
後数メートルまで来たところでオレは左手で剣を持つガリアンの肩に手を伸ばした。
「っ、今度は骸骨がこっちに来てるよお兄ちゃんっ…!!!」
少年は慌ててガリアンの足にしがみついて顔を隠してしまった。
…ん?こんどは?骸骨?………それもしかしてオレの仮面の事?
「…大丈夫だ、あれは仮面。そしてあの仮面の人は私の仕事仲間だ」
「っ、ほんとう…?」
「あぁ、」
剣を背に仕舞いながら言うガリアンの言葉に少年は少しだけちらりと顔をのぞかせてこちらを見る。
どうもこの仮面が怖かったようなのでオレはそれを取り払って少年へと愛想を振りまく。
「こんばんは。ごめんね、驚かせちゃって」
「こ、こんばんは…、ぼくの方こそごめんなさい」
何があったのかと聞けば、少年は怪物に襲われておりそこにガリアンが現れてそれを追い払ったのだという。
…オレ、もしかしてすっごく失礼な勘違いした?
「それじゃあさっきの金属音は…」
「あぁ、ご自慢の牙を砕いてやっただけだ。」
砕いてって…と、よく見たら牙だったであろう欠片がその辺に落ちている。
「あの、お兄ちゃん、助けてくれてありがとう!」
「気にするな。それよりもこんな夜に一人で森にいたら危ないだろう」
「う、うん…そうなんだけど、」
少年はおずおずと話し始める。
彼はオレ達が先程までいた町に住む子どもで、どうやら生活のため人気のないうちにお金になるものを探しに来ていたらしい。
一通りの話を聞いてから考える様子を見せたガリアンが、足元の牙の破片をそっと手に取った。
「ならこれを適当に売るといい、多少は金になったはずだ」
「え、そうなの?」
「あぁ、アームの素材にもなるし他の使い道もある。」
ガリアンはひょいひょいと地面に散らばっているそれらを拾ってから少年に渡していく。
「ありがとう、でも良いの?お兄ちゃんが…」
「私が持っていても意味は無い、気にするな」
大方拾い終わったかと思えばガリアンがアンダータを発動しようとしていた。
さっきの町も登録したし、流石にこの暗い森をもう一度抜けるのも面倒だと思ったのだろう。
「町に戻るが忘れ物はないか」
「え、えっと………うん、大丈夫!」
少年の言葉をしっかりと聞いてから彼はアンダータを発動する。
ふわりとした浮遊感の後、オレ達は先程の街に戻ってきていた。
「ここまで来れば1人で帰れるな?」
「うん!お兄ちゃんありがとう!」
もう夜の森には入るなよ、と言いながらガリアンは少年に手を振っている。
そんな彼の横顔を見てもやっぱり何を考えているか分からない。
ガリアンはどうしてあの子があんな場所で危険な目にあっていると分かったんだろう…そんな疑問を抱きながら見ているとオレの視線に気付いた彼が少しだけ不満げにこちらを見て言った。
「…お前が言ったんだろう。子どもには傷付いてほしくないと。」
「ごめんごめん、君に文句を言いたいわけじゃないんだ。あの子が危ない目に会うってどうしてわかったのかなって…」
距離もあったし何か聞こえたわけでもない、魔力が爆発してた訳でもなかった、目が良い自信はあったけど視覚で認識できたのは随分近付いてからだった。
さてどんな答えが返ってくるのかと待っていると、おもむろに彼が口を開く。
「微かに子どもの声が聞こえたのと、その声の方を見たら魔力…と言うほどではないが揺らいだ気配と危険そうな気配があっただけだ」
「結構離れてたのによく分かったね」
「私は目がコレな分、他の感覚が鋭いらしい」
トントン、と彼は自分の目を覆うハチマキを指した、なるほどね。
それにしても彼はオレが言ったことを覚えていて、その上守ってくれた。
その上傷付けない、だけじゃなくてオレすら気付いてなかったあの子の危険に彼は気付いて助けに行ってくれたのか
最後の最後でガリアンという人物がペタの言っていた人物像に当てはまった。
「ガリアン」
「何だ」
「あの子を助けてくれてありがとうね。オレだけじゃ気が付けなかったし助けられなかった。」
「…どういたしまして」
大したことはしていない、とでも言うように彼は言葉を返してきた。
「それじゃ、今度こそ帰ろっか」
「あぁ」
今度はオレがアンダータを発動させてレスターヴァへと移動した、
そのまま報告を済ませ、無事ペタからの指示は完了となる。
「では私は失礼する」
「あぁ」
「おつかれー」
ガリアンが立ち去ってしばらくした後、ペタの視線を感じてオレは口を開いた。
「君の言った通りの人だったよ彼。おかげでいつもよりやりやすかった。」
「それは結構」
「それにしてもよく見つけてきたね、ああいうタイプの子」
「あの男に関しては人間性ではなく実力で選んだからな。チェスとして甘いところはあるがアレはアレで意外と図太い所がある故、放っておいても問題はない。」
潰れたらそれまでだったと言うだけだ。
珍しく他人を褒めるなぁと思った後続いた言葉にこの人はこういう人だったな、とオレは愛想笑いをしておいた。
何にせよペタの話を聞いている限り彼がナイトになるのもそう遠くはなさそうだ。