瞬きの合間ですら視界に貴方が居ないことはもう堪え難く、しかしそれを素直に口にするには羞恥と恥とちっぽけなプライドが邪魔をして未だベッド以外で好意すら伝えられない。現状に甘んじているのはこんなつまらない意地を死ぬまで張り続けても将校殿は私を愛してやまない、という自惚れ塗れの自信があるからで。
だからほんの少しだけ、狡い事をする。元はと言えばこの手を使ったのはあのひとが先だから、叱ろうなんて考えないでほしい。
「…………」
「すき、すきです、飼い主さま。すき、ふふっ…」
胸に擦り寄ってくる参謀に表情筋が強張る。貴方の為に素直になってやりました、との旨が書かれたメモを両手ににこにことしていた。…オレの、部屋で。
普段からツンと澄ました冷えた態度も愛しいが素直になりたいがなれない、ではどうするか、の答えが自らを薬品にドブ漬けとは。頭が痛い。どうしてたまにこう、あらゆる方向性を間違って逆側へ全力疾走してしまうのか。
「…参謀、わかった、理解ったから落ち着け。一旦寝ろ、暫く忙しかったろう?休め」
「いやです、可愛がって、飼い主さま。沢山触って囁いて僕をしあわせにして」
「その、」
『飼い主さま』というのを止めろ、と何度も言っているのに。オレはお前を飼っているつもりはない。部下という立場がそう思わせているなら働かなくて良い、ただオレの隣で生きてくれるならそれで満足だ。
「…止めろ、犬猫じゃあるまい」
「畜生以下ですよ、僕は」
判然とした言葉に顔を顰める。見下ろした参謀、…るいは、真顔を崩して祈るように指を組む。
「貴方に生かされて、拾われて、全て奪われた僕は畜生以下です。貴方に飼われていないと、不安で夜も眠れないの」
寄る辺もない、もうひとりは嫌だ、確実な安心がほしい。呟いてだから、と。
「最期まで、責任を持ってくれるでしょう?飼い主さまは妄りにペットを棄てたりしないでしょうから」
「……オレがお前に注ぐ愛は、そこまでお前自身を地に這わせなければ受け入れられないものなのか」
「…?僕はずっと前から、そんなものですよ」
拗れてる。擦れ違っている。これをどうほどけば良いのかまだ判らない。オレはただ普通にお前を愛したいだけなのに。
結局どれだけ言葉を重ねても今のるいの深く柔い場所には届かないのだろう、ならば根比べだ、必ず先にお前の憂いを突き崩して掬ってやる。
抱き締めて首筋に顔を埋める。あなたの煙草の匂い、すきなんです、と普段吸えば蛆虫でも見るような視線を向けてくるくせに甘く優しく心底蕩けた声が言った。