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    ちゅきこ

    @chukiko8739

    20↑腐/文字書き1年生/掲載ものは基本tkrb🍯🌰(R18)/CP固定リバ有の節操なし
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    ちゅきこ

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    脳神経内科医・光忠さんと、脳神経外科医・伽羅ちゃん、伊達組+αのみんなが脳血管センターのドクターとして働いている話。
    今回は光忠入局2年目、大倶利伽羅研修医2年目の話。
    光忠の実家を訪れ、二人の関係を報告します。
    上中下の3部構成の予定。

    【刀×医パロ(🍯🌰)】㉕鍔際(上)「光忠、もう休憩させろ…」
    「待って!ごめん忘れてた、これ選んだら終わりだよ!ほら、3つしかないからすぐ決まると思う…お願い伽羅ちゃん、座ってて!」
    伽羅ちゃんは今日、たまのオフに僕に付き合わされてスーツの新調に来ている。1時間で終わるかと思っていたけど、彼の様子で分かる通り、信じられないくらい時間があっという間に過ぎていた。
    僕は店員さんに出してもらったカフスを通したり手首のところに当てたりして、4つに絞ったネクタイと一緒に見比べて吟味する。
    「伽羅ちゃん、強いて言うなら何色がいいとかあるかい?」
    「…赤」
    「そっか!それを先に聞いておけばよかったね。オーケー、じゃあ赤コーデでいこう。
    あっ、そういえばジャケットの裏地って赤に替えてもらえるのかな?」
    伽羅ちゃんはもう睨むのも諦めた疲労の顔でこちらを見ている。
    僕が店員さんに買うものをひとつひとつ確認して、ジャケットとベストの裏地の希望も見本から選び、受取日と会計の話を終えて、着せ替えが終わった彼のところへ戻った。
    ぐったりしている伽羅ちゃんの頭を撫でる。
    「うん、すごくいいものが買えたよ。伽羅ちゃん頑張ったね。お疲れ様」
    「あんたおかしいだろ…」
    ソファに座っている僕の可愛い恋人はやっと僕を睨め上げる気が湧いたようだ。
    「自分のは30分で全部決めたくせに」
    「まあ、僕はここで何度か買ってるからね。でも伽羅ちゃんが着るものは特別格好いいのを選びたくなっちゃって」
    僕はにこにこしてたら少し許してくれないかな、と思いながら、もう一度伽羅ちゃんの頭をくしゃくしゃにした。伽羅ちゃんはソファの背にもたれかかって、甘いもん付き合え、と呟く。
    フルーツパーラーでプリンアラモードを食べる伽羅ちゃんの向かいに腰掛けて、頬杖をついて眺める。伽羅ちゃんの目はだんだん生気を取り戻して、僕と目が合うと、うまい、と小さい声で教えてくれた。
    僕が黙ってずっと見つめているので、
    「なんだ、要るのか」
    と言って、プリンとクリームを掬ったスプーンを差し出してくれる。
    一口もらって、満足したからあとは食べてと伝えた。伽羅ちゃんの咀嚼する時のほっぺの動きが可愛くてずっと見ていられる。

    伽羅ちゃんは今春で臨床研修を修了する。次年度の4月から本丸病院の脳血管センターに入局することが決まっていた。
    スーツの新調は、そもそも僕が伽羅ちゃんにこう切り出したのが始まりだ。
    「研修修了する頃に、両親に会ってほしい」
    伽羅ちゃんは僕の突然の言葉にあまり驚くことなく、黙って頷く。
    伽羅ちゃん、おいで。
    僕がソファまで招き入れると、伽羅ちゃんは足音を立てずに僕の隣席に着いた。
    「伽羅ちゃんを僕の父と母に、僕がお付き合いしてる人です、いつか結婚したい相手ですって紹介しても、いい?」
    「あんたがそれを望むなら」
    ありがとう、と軽く伽羅ちゃんを抱きしめてからまた体を離す。
    「もうひとつある」
    僕は伽羅ちゃんの両手をとって、その手を眺めながら話を続けた。
    「父に、知っていることを全部話してくれと頼んだんだ」
    伽羅ちゃんの表情は動かない。ちょっとびっくりさせちゃったかもしれない。
    「ごめんね。僕、伽羅ちゃんから話を聞いて4年間、ずっと気になってて、隠さず全部知りたくて、けっこう調べたり人にあたったりしたんだけど、何もかもすっきり分かるということがなくて。
    父は全て知ってると思うんだ。君のことも、君のお父さんのことも。
    僕はこの秘密を終わらせたい。何もかも知って、なんでもないことにしてしまいたい。
    その時に、伽羅ちゃんにも隣にいてほしいんだ。僕の我儘聞いてくれる…?」
    伽羅ちゃんは僕の目を見ていたけど、僕を通り抜けてその先のどこか遠くを眺めているようだった。その後、焦点がじんわりと僕の方へ寄っていて、ようやく眼球のあたりでかちりと嵌った。
    「あんたがそうしたいなら」
    「我慢したり嫌だったりしない?」
    「ない。あんたがすることで嫌なことなんかない」
    伽羅ちゃんは穏やかな表情に戻って、僕の頬を手の甲で撫でている。
    「今度の休み、服買いに行く」
    「え、まだ少し先の話だよ?」
    「挨拶っていうのは、スーツで行くもんじゃないのか」
    いいね!と大きい声で興奮した僕を見た伽羅ちゃんは、きっともうその時に後悔していた。
    お揃いで新調しよう、今度のオフの日に其処へ行って、とカレンダーアプリを見ながらあれこれ思案している僕の隣で苦笑している。

    スーツは3日前に宅配で届けられた。試しに着てもらった時もすごく格好よかったけど、今日の伽羅ちゃんは今までで一番格好良かった。
    シャツとネクタイだけ先に身に着けて、ダイニングに座って時間を潰す伽羅ちゃんに、淹れ終わったコーヒーのマグカップを渡す。
    「髪のセットどうしたい?やろうか?」
    「いい」
    伽羅ちゃんは首を横に振って、テーブルに置いたマグカップを両手で包んだ。キッチンにいたまま立ってコーヒーを飲み始めた僕を見上げて、結ってく、と答える。
    「珍しいね。でもすごく似合うと思う」
    「あんたが…」
    伽羅ちゃんは言いかけてからそっぽを向いてしまった。
    「…俺はあんたのだって、言いに行くんだろう」
    「そう、だね…!」
    急にぶわっと体温が上がって、飲み込んだばかりのコーヒーの熱を越える。
    「伽羅ちゃん、そんな格好いい日にかわいいのは反則だよ…!」
    「格好いいのはあんたの方だろ、嫌味な伊達男が」
    髪紐を取りに席を立った伽羅ちゃんの背中を見送りながら、まだじわじわくる照れとときめきで顔が熱くなる。
    実家へのお土産であれこれ用意したものが予定の紙袋に全然入らないのが直前で分かり、結局エコバッグをふたつ出すことになった。
    「一応入ったけど、重いよね…」
    「タクシー呼べばいいだろう」
    僕がえっ、と顔を上げると、伽羅ちゃんもびっくりしている。
    「違うのか」
    「いや、君そういうの嫌いだと思って」
    「あんた、新調した一張羅で行くんだろう。こんな大荷物で革靴を傷めた時の方が無様だなんだと体裁を気にするんじゃないのか。帰りも土産持たされて同じ目に遭うぞ」
    伽羅ちゃんは僕の携帯を持ってきて促した。
    タクシーが着く予定の時間になって戸締りをしていたら、下から軽いクラクションが短く鳴った。伽羅ちゃんに鍵を任せながら母に電話し、今から家を出ることを告げる。
    乗り込んで運転手に行き先を伝えると、ナビに目的地が打ち込まれた後、すぐに出発した。隣にいる伽羅ちゃんの手に自分の手を被せる。
    「緊張してる?」
    「…してる」
    「よかった」
    怪訝そうな伽羅ちゃんに、重ねた手の指を割ってそのまま握る。
    「なんともないのかと思ってたけど、教えてくれて嬉しい。僕も緊張してるよ。どんなタイミングでも、すぐに何でも教えてね。もう話したくないとか、帰りたいとか、ちゃんと教えて」
    「…ああ」
    伽羅ちゃんは僕の目を見て頷いてから、窓の外の景色に視線を移す。僕は伽羅ちゃんから初めておうちの話を聞いた時と、僕が家族に打ち明けた後に伽羅ちゃんと話した時のことを思い出した。あの時の儚くて消えて無くなってしまうような伽羅ちゃんよりは、今の彼の方が色濃く実体があるように感じる。けれど、触れれば伝わる体温が、その姿からは想像がつかないくらい、鎧で覆われて閉ざされ、冷たく在るように見えた。
    君は本当に龍の子みたいだ。
    走行は滑らかで急ぎ過ぎず、快適に乗客を運ぶ。

    タクシーは実家の前に停まり、カードで精算してから下車した。運転手さんの名前が気になって、降りる時にちらと確認する。
    インターホンを鳴らすと、いつもどおりスピーカーでは応答しない母の気配が伝わり、玄関のロックが開いた。家屋の中から話し声が漏れてくる。
    ドア音とともにひょっこり顔を出した笑顔の母に迎えられた。
    「ただいま、母さん」
    「おかえり光忠。あら、あらあら、あらー!」
    エプロンを付けたまま出てきた母を咎める間もなく、母は伽羅ちゃんの方に寄っていって手を取る。
    「こんにちは、あなたが『からちゃん』ね!お会いするのを楽しみにしていたのよ。ふふふ、素敵な方ね」
    「…初めまして」
    伽羅ちゃんはただ驚いた顔で、握られた手はされるがままに、控えめに挨拶をしている。僕は母を伽羅ちゃんから引き剥がし、
    「母さん、お話ししたいのは分かるけど、とりあえず中に入れてくれるかい?あとエプロンは外してきて」
    と彼女を回れ右させて、家の中にあがらせる。
    「ごめんね伽羅ちゃん」
    僕が靴を脱ぐ伽羅ちゃんからエコバッグを預かって謝ると、伽羅ちゃんはまだ少し驚いた顔で、
    「あんたの笑い方は、どっちにも似てるんだな」
    と不思議なことを言った。僕が聞き返すより先に、まだエプロン姿の母にエレベーターに乗せられる。
    上階で降りて、客間と呼ぶには大雑把な洋室に通された。僕は母に持ってきたお土産を渡すためにすぐにダイニングへ行き、伽羅ちゃんも呼び寄せる。
    「あれこれ適当に持ってきちゃったから、要らないのは他所にあげたりしてね」
    僕が中を取り出して渡しながら言うと、母はこちらの用件はほとんど聞かずに、ふたりとも素敵な格好ね、と笑った。
    「いいでしょう、お揃いなんだ」
    僕も笑うと、母がやっと自分の出立ちに気づいてエプロンを外す。
    「父さんは?」
    「もういらっしゃると思うけど、お昼寝しちゃったかしら」
    噂をしていたらすぐに足音がして父がダイニングを覗いた。
    「光忠、おかえりなさい」
    「ただいま、父さん」
    「君も母さんも、お客さんを台所へお招きしてなにを始めるのかな?」
    僕と母が顔を見合わせ、しまったという顔をすると、伽羅ちゃんがふっと小さく笑ってくれた。
    よかった。伽羅ちゃん、少しだけ慣れてきたかな。
    すると彼は父の方に向き直って、深々と頭を下げた。
    「ご無沙汰しております」
    父も頷いて、
    「いつかはお世話になったね。思った通り、今はすっかり素敵なお医者さんだ」
    と挨拶するので、僕がふたりの面識を尋ねる。
    「光忠、私がいつかの評議員会で、本院の中で迷子になった時の話を覚えているかい?」
    父は楽しい話をする時はいつも腕組みをする。
    「ああ、学生さんにお願いして案内してもらったっていう話かい?」
    「その学生さんが彼だったんだよ」
    その一言で、あの時父から聞いていた、格好よくて無口で真面目な学生が伽羅ちゃんだったというピースが嵌まり、あまりの意外さに動揺してしまう。
    「ええ…?なんでふたりとも知ってるのに教えてくれなかったの」
    伽羅ちゃんが困った顔で僕を見上げてきたので、ああ、怒ってはないよ、と付け加えた。
    父は伽羅ちゃんに向かい穏やかに続ける。
    「随分お礼が遅くなってしまって申し訳ない。私のできることがあれば何でも言ってくださいね」
    「…そのお言葉だけで」
    伽羅ちゃんはまた丁寧に頭を下げた。
    母の陽気な声で、お茶を淹れるからみなさんお椅子に座ってくださいー、と号令がかかる。
    洋室にあるテーブルに着いてすぐに茶器を並べ、ポットをひっくり返しそうで危なっかしい母を助けながら、結局伽羅ちゃんも立ち上がってダイニングを行き来している。
    母は笑顔で、マイペースながらなんとかお茶とお菓子を出す務めを果たした。
    「僕がやるから伽羅ちゃんに手伝わせないでよ」
    と僕が咎めても気にしない。
    「からちゃんはプリンがお好きなんでしょう。日もちしないから、光忠になかなか持たせられなくて…やっとお出しできて嬉しいわ!どうぞ召し上がってね」
    「ありがとうございます」
    「しかも話も始めてないのにお菓子まで出すってどういうことなんだい…」
    母の波長に呑まれて気疲れしている僕を傍目に、伽羅ちゃんの表情はほとんど変わらない。きっと、入局したら伽羅ちゃんはこんな風に落ち着いた感じで病棟に行ったり外来に出たりするんだろうなぁ。
    前に一度だけ聞いた、草木みたいに静かな伽羅ちゃんのお母さんのことを思い出す。
    にこやかに静観していた父も、再び全員が着席した頃に、ゆるやかに口を開いた。
    「大倶利伽羅くん、今日は此処までわざわざ来てくれてありがとう。光忠がこれから色々と話すだろうけど、私たちはもとより君たちを承知しているつもりですよ」
    伽羅ちゃんは、真っ直ぐ父を見て、はい、と短く返事をした。そして、僕にしたようにその目は遠くまでずっと見通すように父たちの裏側を眺め、またゆっくりとこちら側へ焦点が合わさっていく。
    そして彼はゆっくりと叩頭した。
    「光忠さんにこの身を委ねること、お赦しください」
    父は微笑んで、顔をあげてください、と応えた。
    用意していた言葉が全て消し飛んでしまって、僕はただふたりを見ていることしかできなかった。
    目が合った伽羅ちゃんが、少し不安そうに僕の話を待つ。
    「僕もう、何も言うこと、なくなっちゃったよ…」
    伽羅ちゃんの表情が動く。優しくて柔らかい彼の笑顔を見て、張りつめていたものが解けていく。伽羅ちゃんに、光忠泣くな、と言われた。母がもう泣いている。
    「父さん、母さん」
    僕は感傷を振り切るように声を出した。
    「僕は伽羅ちゃんを愛している。ずっと一緒にいたい。僕たちがこの先も共に暮らして、そしていつかふたりが家族になるのを、どうか見守ってください」
    父は頷いて、わかっているという風に、向き合って応えてくれる。
    「光忠、これが困難な道だということは分かるね。君たちはこれからも今まで通り、さまざまなところで辛い目に遭い、苦しい思いをする。たくさんそうなりなさい。そして疲れたら、時たま此処へ立ち寄るといい。私たちも、君たちの家族なんだよ」
    ありがとう、と口に出した時、やっぱり堪えられないのが一筋頬を伝って、ぱたっと自分の拳へ落ちた。これで僕の秘密はすっかりなくなったという安堵が、この一雫から身体にじんわり伝播する。

    僕と母の涙はプリンとともにすっかり飲み込まれて全快した。母が取り寄せた焼きプリンは伽羅ちゃん好みの硬さと食感で、彼が目を輝かせて少しずつ食べるのが可愛くてたまらない。
    父はずっと黙っている。母はずっと僕や伽羅ちゃんに話しかけている。食べ終わって食器を下げようとしたら、伽羅ちゃんに僕のお皿も取られて、そのまま母の手伝いをしてくれた。
    「母さんがずっとはしゃいでいるね」
    僕がダイニングの方を振り返りながら言うと、父も腕を組んでははは、と同意する。
    「母さんは、男の子でも女の子でも、光忠が連れてきた子と仲良くするのが楽しくて仕方がないのさ」
    そうだと嬉しいな。
    母の何でも受け入れて楽しむ気質に救われる。
    皿洗いが終わって戻ってきた伽羅ちゃんにハンカチを渡し、変なこと言われてない?と聞くと、首を横に振って
    「へし切家の暴露話が多くて処理しきれない」
    と溜息をついた。それは長谷部くんのために忘れてあげて、と僕は手で顔を覆う。母は初対面の人にもゼロ距離でとっておきのエピソードを出してしまうので気をつけるべきだったのに、忘れていた。
    父は面白がって、たくさん話してきなさいと発破をかける。
    またすぐにダイニングからゴトゴトと不穏な音がしたので、伽羅ちゃんが音もなく立ち上がり、母の方へ向かっていく。
    「彼はいつもああなのかい」
    父に尋ねられて、僕も無意識に受け入れていた彼の習性を自覚した。
    「確かに、物音がすると近づいていっちゃうし、足音もあまりしないから、猫みたいだなって思うよ」
    僕の言葉に頷く父の顔は、追想に浸っているようだった。
    組んだ腕を解き、テーブルに置いた両手の指を組み直した父が、窓から差す斜陽を目で追っている。僕がそれをなぞるように視線を送ると、父の声だけが耳に届く。
    「光忠、母さんはもう出掛けるよ」
    「わかった。ありがとう、父さん」
    「お礼など」
    初めて父の自嘲を聞いた気がする。いつもの穏やかな父だが、声が揺れていた。
    「どうしたら君たちに軽蔑されないか、そればかり考えているよ」
    すぐに伽羅ちゃんが戻ってきた。母は栓抜きが見当たらないので買いに出ると言っているらしい。
    「鋏で開くと言ったんだが、外科医の手を傷つけたら大変だと言われて断られてしまった」
    伽羅ちゃんが少ししょんぼりしているので、母の気が済むようにしたいだけだから気にしないでいいと言って、つい髪を撫でてしまった。責めるように睨まれてやっと気づく。
    「ごめん、実家だから油断したのかな…」
    僕には取り合わず、伽羅ちゃんは洋室に立ち寄った母の方を見る。
    「お買い物終わったら連絡するね!からちゃん」
    「はい」
    ふたりで頷き合ってるので、どういうことか聞くと、いつの間に母は伽羅ちゃんとLINE交換してしまったらしい。
    バタバタと家を出る母の足音が収束すると、父は少し安心したように溜息をつき、伽羅ちゃんに話し始めた。
    「…大倶利伽羅くん、きっと三日月くんにも言われただろう。君は本当に、相州にそっくりだ」
    伽羅ちゃんは微動だにしない。いつもより少し見開かれた目に集まった光が鈍く光り、瞳が揺れている。僕は彼の体に触れることも叶わず、隣で息を潜めて座っていた。
    「…その名を、初めて聞きました」
    「それはそうか。私がずっとこの世界の中で、相州を忘れさせて全て秘密にしていたんだ。
    これから話すことは、あの時私の手で封印してから、もう朽ち果ててしまったものだ。幸せな話は少ない。君には辛かろう。それでも聞きたいと、思うかね」
    僕は膝の上にある伽羅ちゃんの手を取りぐっと握った。ひんやりした伽羅ちゃんの姿とは裏腹にちゃんと熱を感じる。
    早く何もかも教えてくれと足掻いていた頃からすれば千載一遇の時。なのに、僕たちの心は全く晴れない。これから歩いて闇の中へ潜っていく道が一本伸びていて、そこへ立ちすくんで生唾を飲む。
    伽羅ちゃんが僅かに手を握り返した。横から見た彼は哀感の面持ちだ。怒りや焦りではなく、諦めや悲痛。
    そこから早く抜け出させてあげたい。僕はどうすればいいんだ。
    伽羅ちゃんの眼が僕の視線を探してその眼をつかまえた。彼の視線は僕の父の方へ戻る。
    一言、彼の「お願いします」という声が、この空間の真中に落ちた。

    〈続〉
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