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    ちゅきこ

    @chukiko8739

    20↑腐/文字書き1年生/掲載ものは基本tkrb🍯🌰(R18)/CP固定リバ有の節操なし
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    ちゅきこ

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    (みつくり×現パロ)
    ヨルシカさんの「爆弾魔」の雰囲気なんとなくで描き始めた終わりの見えない妄想です。
    リーマン光忠さん×高校生大倶利伽羅
    実在の地名が出てきますが緩めのファンタジーとして見てください。
    大倶利伽羅の身体の一部に欠損の描写が出ます。
    大丈夫な方だけどうぞ!

    瞬く星は終に爆ぜない渋谷で捕まえた男の子を家まで連れ帰った。名前は知らない、住んでいるところも、今は何歳で、どこの学校に通っているかも聞いていない。いくつかの質問は聞こえなかったかのように流されて、続きを問うのを諦めた。
    タクシーを降りてマンションのエントランスに入る。少し足を引き摺っているような動きだ。怪我でもしているのだろうか。

    はじめは職場の隣のビルで起こった小火だった。終業過ぎ、かなり立て込んだ案件で深くまで残業した日の夜だった。
    消防のサイレンを聞きつけ、野次馬となり外へ出た時に、その群衆に彼がいたのを見たのだ。小火が出たビルの上階をじっと見て、慌てる様子もなくそこへ佇んでいた。

    次に見かけたのはセンター街だった。金曜の夜に同僚と飲んだ帰り、潰れた同期を支えながら駅までだらだらと歩いていく。その時になぜ嗅ぎ分けられたのかは分からないが、急にきな臭さを感じた。
    振り返ると2ブロック先の建物から煙が上がっていた。空きビルが狙われた火災だった。気になって近くへ寄ると、ガラスの破片が飛び散っていた。爆発した跡のようだ。
    辺りをしつこく見回すと、視界の端にあの時の男の子が映った。同じように上を見ていたが、すぐに踵を返して立ち去った。
    その少し独特な足取りを目で追いながら、なぜ僕は彼を追いかけて呼び止めなかったのか、引き留めて話を聞かなかったのか、ずっと後悔していた。

    あれから一月して、諦めた頃にまた爆発があった。マークシティの裏にある雑居ビル街で、遅い夕食を摂った帰りだった。
    彼がいるという確信があった。音がした方へ走っていくと、キャップを被ったあの男の子が、静かに煙が昇るビルを見上げていた。片手はジャケットの中に着たパーカーのポケットに突っ込み、もう片方の手は下に垂らしていた。その手には、キーリモコンのような物が握られている。
    彼が僕に気づく前に、駆け寄ってすぐリモコンを持つ手首を掴んだ。
    驚いてこちらを見る男の子としばらく視線を合わせてから、声を低くして囁く。
    「秘密にしてほしい?それとも一緒に警察へ行く…?」
    もちろん、彼が爆弾魔と決まったわけではない。遅い時間に一人で出歩く少年を保護してもらうという名目だ。持ち物の検査をするかどうか、した結果何かを調べるのか、それは交番にいる警部補らの判断に依るものだろう。
    彼は目深に被った帽子の下からこちらをちらと見て、ほとんど聞き取れない声で返された。
    「…好きにしろ」

    エレベーターに乗る。階数のボタンを押してから、自分も名乗っていなかったのに気がついた。
    「ごめん、僕の方が自己紹介を忘れていたなんて、格好つかないね」
    キャップが照明の影になって、彼の表情は窺えない。
    「はじめまして、って、少し変だけど…僕は燭台切光忠です。渋谷に勤め先があるんだ。タクシーに乗ったから分かりにくかったよね。ここは用賀っていう駅の近くだよ。明日、駅まで一緒に歩こうか」
    笑いかけた僕を見てくれたかは分からない。話し終えてすぐ、フロアに着いてドアがゆっくり開いた。
    エレベーターを降りて通路を先に歩く。部屋の前で鞄からキーケースを取り出し、ドアを開けた。
    扉を開いたまま抑えて、中に入るよう手招きする。
    靴を脱いで廊下の電気を点けた。一人暮らしだがファミリータイプの部屋を借りている。週末に無線の趣味をやるために、一部屋を作業場にしていた。あとは寝室とリビングダイニング、キッチンはリビングと地続きで造られ、食器棚を置いて目隠しにしてある。
    靴を脱ぎ廊下へ進んでも玄関に立ちつくす彼に、振り返って投げかけた。
    「帰りたくなった?」
    「…いや」
    その時初めて、彼から不自然な金属のぶつかる音を聞いた気がした。まだ手元に爆弾を持っているのだろうか。
    油断した。鞄を持っていないから、きっとお財布と携帯くらいしか持っていないと思い込んだ。ジャケットのポケットに入っていたら気づけない。
    そもそもしがないサラリーマンの僕が、見知らぬ少年を後先考えず連れ帰ってしまったのが、魔が差したとしかいえない行動だった。
    「じゃあ、上がって」
    それでも動かない彼のところへ諦めて引き返す。躊躇う少年に「なあに」と催促すると、下を向いて着ているスウェットを托し上げた。
    そこに足はなかった。金属の細い足首がジョイントを噛んで、彼の身体の代わりをしていた。
    俯いたまま、彼は小声で言った。
    「外出用なんだ。靴が脱げない。外すとうまく歩けなくなる」
    彼の視線に合わせて屈んでいた上体を起こしながら、下からキャップの中を覗き込んだ。
    僕を見る眼は硝子玉みたいに光って美しかった。爆弾を持つ鬱屈とした印象は一瞬で払拭された。男の僕でもどきどきするような、綺麗な顔をしていた。
    そう思ったのが後ろめたくなって思わず視線を逸らす。
    「うん、分かったよ。部屋に来てもらうまで、君に触ってもいいかい?嫌なら壁を伝ってもいいけど、動きづらいだろう」
    「…平気だ」
    彼はスウェットを太腿まで上げると、靴を履いたままの義足を取ってソケットから脚を抜き出した。皮膚に圧着するシリコンライナーを立ったまま器用に剥がしていく。
    外してシリコンをソケットの中に置くと、片手を壁に付きながら玄関に座り、ある方の足に履いている靴を脱いだ。
    彼の無い方の脚は、膝丈で切れているようだ。今は空になったスウェットの裾に隠れて、正確な場所は見えていない。
    しゃがんで彼に手を差し出しながら、また悪足掻きをしてはじめの言葉を繰り返した。
    「じゃあ手を貸すね。でもその前に、やっぱり名前だけでも教えてくれる?」
    振り返った彼に少し照れながら笑うと、彼は観念したように名前を口にした。
    「大倶利伽羅」
    「それ、苗字?名前?」
    「苗字」
    「ええ、僕は名前も教えたのに。まあいいや。伽羅ちゃんって呼ぼう」
    彼は差し出した手を無視して、膝までの左脚を立てて重心を置くと、右脚と壁に触れた手で立ち上がった。

    「歩くの?」
    「歩けない。片足しかないから。跳んで移動する」
    一歩進もうとした彼を静止して、抱っこさせて、と手を広げると、汚い物を見るような眼を返される。
    「あのね、変な意味じゃなくて、もう夜遅いでしょ。下の階は赤ちゃんがいるおうちだから、足音は静かにした方がいいかなと思って」
    僕の釈明を信じてくれたかどうかは分からないけれど、赤ちゃんという言葉が後ろめたかったのか、彼は俯いて動くのをやめた。
    なぜか僕の方がありがとうとお礼を言って抱き上げる。伽羅ちゃんは拍子抜けするほど軽かった。
    義足なのに僕は彼を競技選手だと思うくらいいい体型だと勝手に品定めしていた。それが膝下の質量とは不釣り合いなくらい、痩せているように思えた。
    「ねえ伽羅ちゃん、ご飯ちゃんと食べてる?」
    思わず口うるさいお母さん口調になってしまったのを後悔するよりも早く、伽羅ちゃんのお腹が元気よく鳴った。
    よほど恥ずかしかったのか、控えめに僕の肩を握っていただけの男の子が、僕にくっついて背中側に顔を隠す。
    「…食って、ない」
    「あはは、だよね。お夜食作ってあげるよ」
    彼をダイニングテーブルの椅子へ下ろしてからキッチンへ入った。冷凍庫からラップしてある白米を出して解凍しおにぎりにする間にキャベツとソーセージのコンソメスープを作る。
    仕事が忙しくて自分の食事を作るのも億劫だったのに、彼に深夜の軽食を出すのはちっとも苦ではなかった。
    冷蔵庫に貰い物のプリンが入っていた。賞味期限はセーフ。あとはリンゴと、冷凍庫にバニラモナカもある。
    きっと高校生だろうなぁ。当時の自分が何を好んで食べていたか、すっかり忘れてしまった。だけどこれだけは確かだ。いつでも食欲は無尽蔵。

    缶ビール片手に、頬をいっぱいに膨らませておにぎりとスープを食べている伽羅ちゃんを見守る。もぐもぐと口を動かす合間に、美味しくて眼がきらきらしているのが隠せないみたいだ。その姿がどうにもかわいいと思ってしまう。
    「ねえ伽羅ちゃん、今いくつ?」
    機嫌が良さそうなタイミングで、また無視されるかもしれないと思いつつ尋ねてみた。彼は咀嚼を止め、少し悩んだように眼を泳がせてから「…21」と答える。
    「大丈夫、嘘つかなくていいよ。こっちが不都合になるくらいなら、さっきもう君を交番へ連れて行ってるだろうし」
    立ち上がって空の缶をシンクで濯ぎ、新しいビールを冷蔵庫から取り出した。伽羅ちゃんのグラスを覗き見て、麦茶のお代わりをボトルから注ぎ足しておく。
    「見つかったら僕、誘拐犯になっちゃうね」
    冗談まじりに言ったら、彼は真面目な顔をして僕へ向き直った。
    「ならない」
    「どうして?」
    今度は躊躇いなく断言する。その時に見た眼も、やっぱりとても綺麗だった。
    「2月に家出して、ずっと帰ってない。今ここにいたところで、俺がいなくなった本題とは関係ない」
    予期していない答えにこちらがたじろいだ。2月ってことは、もう一月半も家を開けているのか。お金は?住む家は?家族は捜索願いを出していないのだろうか。
    遠慮がちに少しずつ聞き出すと、意外にも素直に話してくれた。

    きっかけは分からないけれど、彼は使っていた携帯や定期券つきICを自宅に置いたまま、現金と衣類、貴重品だけを持って家出をした。行動履歴を残さないためのかなり計画的な失踪だ。今は適当な住所を使ってコンビニでバイトをしている。バイトは深夜の時間を選び、睡眠とシャワーはネットカフェを使っていた。携帯はプリペイド式をコンビニで買って、バイト先の着信だけに使っているらしい。
    それも給料日前に金欠になるとマックで仮眠する、と聞いて、思わず口を挟んだ。
    「そんなの危ないよ」
    今度は伽羅ちゃんが驚いた顔になった。
    「バイトは渋谷で?早朝でも物騒なことはあるし、何かあった時に走って逃げたりするの、大変でしょう?…あ、ごめん、今のは良くなかったよね、でも…」
    僕がつらつらと話すうち、彼はだんだんと表情を緩めていく。僕が不躾なことを言ったのには気に留めず、手で払うような動作で遮った。
    「平気。男だし」
    「いやいやダメだよ、男の子だからって安心できないからね。伽羅ちゃん綺麗なお顔してるから、襲われちゃうよ」
    むきになって言い返す僕を見て、彼は堪えるのを諦めて笑っていた。笑顔は心臓に悪いくらいかわいい。
    こんな純真な子がさっきまでスイッチを片手に雑居ビルの狭間に立っていたなんて、今度は逆にそちらの方が信じられなくなる。

    「ごちそうさま、でした」
    礼儀正しく手を合わせた子がさっそく立ち上がるので、トイレ?と尋ねると、そういえばという顔になった。
    「行く。でも先に、」
    お皿を洗おうとしている。食器をテーブルのキッチン側に寄せてからテーブルにもう一度手をついた。足音が響かないように少しずつ体重の移動をする。
    それを掴まえて抱え上げると廊下を出てトイレの前へ連れて行った。僅かに脚をばたつかせて抵抗する彼の、ひとつしかない足が空を切るのを、不謹慎だけど愛らしいと思ってしまって、なんだか不思議な気持ちになった。
    帰宅後の手洗いはキッチンでしたので、ついでに洗面所とお風呂の場所も教える。
    「お風呂は明日の朝でもいい?」
    僕の質問に伽羅ちゃんは答えない。せっかく仲良くなった気でいたのに、彼はまだ少し手強いのだ。
    食器は軽く洗って食洗機へ入れると、トイレから出た伽羅ちゃんをもう一度迎えにいく。
    「冷蔵庫にプリンがあるよ。食べるかい?」
    ぱっと明るくなった顔が堪らなかった。お世辞にも愛想のいい子とは言えない彼が、ご飯とデザートでこんなに喜ぶなんて、狡いなと思う。
    「かわいい」
    思わず口にしてしまったのを、僕に抱えられたままの彼は、少し馬鹿にしたように笑った。
    「綺麗でもかわいくもない」
    「そう?伽羅ちゃん、普段鏡を見ないの?」
    僕が揶揄うのも流されて、伽羅ちゃんは僕の手を振り解いた。

    「物珍しくて連れてきたんだろう。脚がない男を見て何を考えた?弱みを握っていいようにできるとでも思ったんじゃないのか」
    その声は自嘲を含んでいるようだった。彼の脚は生まれつきじゃないかもしれないと僕の直感が言っている。一体何かあったのだろう。爆弾を操作していたのにも、きっと理由があるはずだった。
    「…そうかもね」
    抱えた彼をテーブルではなくテレビの側にあるソファに少し乱暴に下ろした。ちゃんと受け身をとった伽羅ちゃんにのしかかり、僕を追い払う両手を封じて顔を近づける。
    握った手が少し震えていた。
    「怖い?」
    伽羅ちゃんは答えない。張りのある綺麗な褐色の肌から血の気の引いているのが分かる。
    儚い姿に少し切なくなり、頬にキスをしてすぐに離れた。
    今、男の子にキスしちゃったな。僕はいったい、何をしているんだろう。
    ソファから立ち上がりながら伽羅ちゃんの髪をくしゃくしゃにした。柔らかくてふわふわだ。
    「無意識だったら、それ、煽ってるからね。もう何もしないよ」
    ごめんね、と言い添えて立ち上がる。伽羅ちゃんはパーカーの袖を指で掴んで、頬を控えめに擦った。
    壁掛け時計を見て日付が変わったことを知る。既に今日になった金曜は、週明けに休日出勤の振休を申請してあった。伽羅ちゃんがいつここを出ていくか分からなかったが、とりあえず朝ご飯くらいは一緒に食べられればいいなと思う。

    彼にプリンを食べてもらっている間に、寝室のクローゼットで伽羅ちゃんのパジャマになるものを探した。肌着はストックから新品を出して、引き出しの奥からいつ買ったか忘れたジャージを発掘した。タグが付いたままだから大丈夫だろう。
    ソファへ持っていってカッターでタグを切った。
    「ジャージ、水通ししていないのでごめんね。左脚、どうする?」
    捲った方がいいのか切った方が都合がいいのかを聞こうとしたら、伽羅ちゃんがぎょっとした顔で僕を見上げた。
    「借りる服、切らない」
    「そんなの気にしなくていいよ。家では切ってた?でもハサミでやるとほつれるかな。伽羅ちゃんはどうしたい?」
    構わず質問を重ねると、伽羅ちゃんが急に寂しそうな顔をした。家に帰りたくなったのかな。家を出て一月半、バイト先以外でほとんど人と話さずに過ごしてきたのかもしれない。家族と話をしたくなっただろうか。
    「あんた、俺をこの後どうするつもりなんだ」
    そう聞き返されて、確かに僕はこの後のことをほとんど考えていないと自省した。
    「ごめん、全然考えてなかった」
    正直に答えた後で大急ぎで思案した。伽羅ちゃんは静かにじっと答えを待っている。
    「明日、平日だけどお休みをとっていて会社に行かなくていい日なんだ。伽羅ちゃんに予定がなければまたご飯を作れるよ」
    「俺は夜にバイトがある」
    「そうなの?何時から?」
    「22時から朝の6時」
    さっき深夜にバイトをすると確かに言っていた。その時は何も思わなかったのに、夜の時間に危ないとまた心配になり始める。
    急に連れてきた男の子に対してどこまで踏み込んでいいか、あまりに頼りない理性が激しく葛藤した。
    昨日まで長い一人暮らしを満喫していて、恋愛も婚活も全部放棄して、実家にもろくに連絡していない親不孝者の僕が、男の子を野良猫感覚で拾ってきてここに住まわせていいのだろうか。
    迷っている間にさっきの伽羅ちゃんのかわいい笑顔を思い出した。ご飯を食べている時の幸せそうな顔は、作られているものでも虐げられているものでもない、隠しようのない彼の本心に思えた。
    あのかわいい顔をしばらく見る分には、僕の家出少年を匿う十分な対価になる。勝手にそう決めこんだ。

    食べ終えたプリンカップをソファの脇のゴミ箱に捨てた。ジャージを退けて伽羅ちゃんの隣に腰掛ける。
    「伽羅ちゃん、しばらくここにいなよ」
    思い切って言ってみた。反応を見ないまま、捲し立てるように言葉を繋いでいく。
    「バイト、深夜のシフトをやめるか適当に言い訳して辞めよう?片付ければ君の部屋くらいなら作れるし、生活費も困ってない。ここでならちゃんとお布団で眠れるよ。もちろん、君がお家に帰るまでの間ね。どうかな」
    渋谷でたまたま見かけた爆弾魔の少年に僕がこんなに肩入れするのはなぜなのか。狭い世界なりに、三度遭遇した巡り合わせが必然のような気がしていた。せっかく会えたからには去られるまで彼を知りたいと思った。
    伽羅ちゃんの応答は至極シンプルだった。
    「…見返りは」
    見返り。なんだろう。また考えなしで喋っていたな。伽羅ちゃんをじっと見つめながら大急ぎで考える。
    「うーん、今はほとんど思いつかないなぁ。とりあえず伽羅ちゃんが残さずご飯を食べる。美味しそうにしてくれたらなお良い。これくらいかな?」
    伽羅ちゃんは呆然としたあと、 場違いなボリュームで「…は?」と声を上げた。
    「あ、あとこれは欲張りしれないけど、もし君が大丈夫なら、ここにくるまでのお話が聞きたいな」
    どうかな、と確かめて眼を覗き込むと、伽羅ちゃんはとても不思議そうな顔をしている。
    「それだけ、」
    「え?」
    「バイト辞めて、美味そうに飯食って、自分の話をする。それで俺をここに置いておくのか」
    隙のない話し方をする子だなと感心した。初めに見た時からその姿に聡明さは滲み出ていたけれど、対話でもっと味が出る子なんだろうと思わず見惚れてしまう。
    「うん、そんな感じかな。あと僕のおしゃべりにも付き合ってもらいたいな。一人暮らしは気楽でいいけど、話し相手がいるとそれも嬉しいものだよね」
    手持ち無沙汰になってジャージのズボンを引き寄せると左脚の膝まで捲ってみた。これくらいかな、と伽羅ちゃんに渡すと、彼は控えめに受け取ってから、また僕を凝視する。

    しばらく黙ったまま目を合わせていると、伽羅ちゃんは戸惑いながら俯いた。
    「男が、好きなんじゃないのか」
    「と、いうのは?」
    「さっき…」
    言いかけの言葉は続きがないまま、伽羅ちゃんは折った右脚を両腕で抱えて丸くなった。
    その行為が他者を拒絶しているのではなく、むしろ人を誘うような仕草に見えるのだと彼は気づいているのだろうか。
    「さっき、何?」
    意地悪く耳元で囁いてみる。伽羅ちゃんは一瞬で首まで真っ赤にして、がばっと顔を上げた。
    「あ…いや…」
    「ふふ、何それ。伽羅ちゃん、ほんとかわいいよ」
    彼が指摘しているものはかなり繊細な問題だ。僕の恋愛対象は女性だったけれど、彼女たちが持つ特有の感情の多感さに随分前から疲れてしまっていた。今となってはとるに足らないことだと片付けられそうではある。それでも僕には女性との関係に超えられない壁を覚えて逃げ続けていた。もしかしたら恋愛対象を男性にした方がいいのかもしれない。
    かと言って突然ここへ連れてこられた高校生の子を、そういう目で見るのには時間も情報も足りない。
    今のところは親戚の男の子を預かったような気分だ。親戚の男の子には、ほっぺにキスくらいするよね…?
    「お着替えして、歯磨きして寝ようか。明日の朝、また話そう」
    彼の返事を待たずに立ち上がった。寝室で着替えた後、洗面所で歯ブラシを二つ持ち、歯磨き粉をつけてリビングへ戻った。
    伽羅ちゃんから着替えの服をもらって、朝までに洗濯しておくと告げる。

    歯磨きとトイレを済ませた伽羅ちゃんは一気に眠そうになった。落ちそうになる瞼を擦って耐えている姿が小さな子どもみたいで本当にかわいい。
    もう寝よう、と言って寝室までだっこして連れて行く。眠気からなのか、躊躇いや気まずさはなく、彼は僕にしがみつくように抱き返した。
    寝室にあるベッドの手前に布団を敷いてあった。どちらが好きかと一応聞いたけど答えてくれなかったので、落ちなくていいようにお布団かな、と念押ししてみる。
    結局何も言わない伽羅ちゃんをお布団に寝かせて、「寝心地悪かったら交換するから言って」と掛け布団をかぶせ、自分はベッドへ上がった。
    布団の方へ背を向けて携帯の充電コードを繋ぎ、アプリで天気予報を見る。明日は快晴、最高気温は今日より2度高い。いいお散歩日和だ。インドア派だけど。
    そのままネットニュースの記事を数件読んでいたら、後ろで布団の擦れる音がした。
    起こしてしまっただろうか。記事をきりよく読み終えてから振り返ろうとしていると、その間に背中側の掛け布団ががばっと開き、大きいものが入り込んできた。
    伽羅ちゃんだ。寝惚けているんだろうか。
    「…どうしたの」
    声をかけてみる。
    「寒い」
    「そっか。ごめんね、エアコン入れ忘れた。明日は毛布も出すよ」
    振り返らないまま話すと、背中にぶつかってくぐもった声が、小さく「いらない」と答えた。
    彼が僕に好きにしろと言ったのは、もしかして助けてって意味だったのかなと少し思ったけれど、今は考えるのを止めた。
    しばらくじっとしていると、やがて静かな寝息が聞こえてくる。起こさないようにゆっくり振り向いて、眼を閉じて深く眠っている伽羅ちゃんの髪を撫でた。
    「おやすみ、伽羅ちゃん」
    反射なのか、声に応じるように身体がぴくんと動く。またすぐに眠りの海に落ちたこの不思議な男の子の寝顔を見届けて、向かい合ったまま僕もゆっくり目を閉じた。


    〈了〉
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