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    bakuga_al

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    bakuga_al

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    #ばじふゆ酔っ払いweb企画 参加作。
    12月2日 酔っ払い=千冬(担当:麦芽)

    まつのくんは冷徹課長に口説かれたい♡ 最近ハマっていることがある。

     薄闇に浮かぶ、美しい横顔を肴に酒を舐めること。

     ぽってり膨らんだグラスに溜まった濃い琥珀の蒸留酒。氷も炭酸もなく、ストレートで注がれたそれはゆっくり表面から揮発して、煙った深い香りを運ぶ。鼻腔で堪能するふりをして、視線は横へと寡黙に泳ぐ。
     ごくごく、大きく動く喉仏。巨大なパイントグラスを半分まであけると、ふう、と満足そうに息を吐く。節くれだった長い指がいたずらにガラスの表面をなぞれば、雫と一緒につつつと色気が滴った。
     きっちり撫でつけられた黒髪は、こんな間接照明のもとでも艶めいて、身に纏うものの上質さが一層際立っている。この人のスーツは、ジャケットやスラックスだけじゃなく中のシャツまで採寸されたオーダーメイドだ。いつ見ても腕の長さと肩幅、首周りがきっちり合っていて、シルエットにすら惚れ惚れとする。
     こんな店に通っているくらいなのだから、たぶん性的指向はそちらなのだと思うけど、誰かを誘うつもりも誘いに乗るつもりもないらしく、いつも一人で淡々とビールを飲んでいる。確かにこの店の客は出会いにがつがつしてるヤツらばかりじゃないし、本格ブリティッシュパブを謳っているだけあって珍しいドラフトビールやウイスキーの種類が豊富で、つまみも旨い。ただ飲んで帰っていくだけの客も多いから気が楽で、オレも最近毎週のように入り浸っている。
     そして月に一度くらいの頻度で、この人に出くわすのだった。

    「このIPAは昨日入ったばっかだからおすすめ」
    「ふーん」
    「あ、でもケーくんは3番のほうが好みかもね。一口試してみる?」

     ずららと並ぶタップ――ビールの蛇口を品定めしつつ、次はどれにするか悩んでいる姿を盗み見る。客に声をかけられたときは適当にあしらっているくせに、マスターとは馴染みなんだろう、仲良さそうに、時折こぼれる笑顔が眩しい。

     ああ。今日も課長は最高にカッコいい。

     別に相手にされなくたっていいのだ。向こうはどうせ課もフロアも違う平社員のことなんか知らないだろうし、オレだって認知してほしいわけじゃない。むしろ知られたらお互い会社に居づらくなるだろう。
     たまにゲイバーでカウンター横並びになるだけの関係。横っていってもスツール二個あけて、あっちとこっち。目の保養。週末の癒し。この一方通行な距離感がちょうどいい。それ以上は望まない。

     望まない。はずだった。だった、のだ。

    ――疲れてんのかな。
     今夜、課長はやけにペースが早かった。マスターに勧められた黒ビールもぐいぐい流し込み、グラスはあっというまに空になる。つまみは頼まずひたすら酒を入れていくスタイルはいつものことだけど、この速さでがぶ飲みするのはさすがに見たことがなかった。

    「次、8番」
    「えー、ケーくんまだ飲むの? 一回休めば」
    「いーや。だいじょーぶだから。注げ」
    「ったく、潰れてもしんねぇからな」
     肝臓バカ強いのは知ってるけどさぁ、ウチくる前もよそで飲んできたんでしょ、とぶつぶつ言いながら、マスターはウェーブがかった髪をかきあげた。
     8番。今日のタップのラインナップが書かれた黒板を見上げると、課長が注文したのは、度数が一〇%近くある、なかなかに重たいビールだった。それをまたパイントで受け取って、がぷがぷ飲み干していく。三分の一くらい減ったところでいったん置くと、う、とあらかさまにグロッキーな表情を浮かべた。アルコールもだけど、炭酸が腹に溜まってるんだろう。だってもう何リットル飲んでんだよこの人。
    「だから言ったじゃん」
    「るせぇ」
     課長は髪をわしゃわしゃかき混ぜた。
    「もー疲れたンだよオレは」
     何か嫌なことでもあったんだろうか、と記憶を巡らせて、そういえばこないだ新規事業開発部で派手な契約ミスがあったな、と思い出す。課長が全部尻拭いして一件落着、さすがエースは有事にも動じない、とまた株が上がったと聞いたけど、当人にとっては相当ストレスのかかる仕事だったんだろう。
     いつも冷静沈着、誰にでも分け隔てないかわりに執着も愛着もなさそうな課長の仕事ぶりは、社内で高く評価される一方でサイボーグみたいだとも揶揄されていて、そんな人が目の前で見せる人間的な一面に、おのずと体温が上がっていくのを自覚した。
    「ー今日は飲む。がっつり飲むって決めてンだから邪魔すんなよ」
    「はいはい。お好きにどーぞ」
     死なない程度にね、と言って、マスターは拭き終わったグラスを棚に戻すとフロアの客に呼ばれてカウンターを出ていった。

     はあ、と課長は息を吐き、またグラスを掴むと波立つ液体を喉に流し込む。二口、三口、飲み下して、くてんと首を傾けたと思ったら頬杖をつく。――その視線の先には、当然のようにオレがいた。

     あ――。

     まっすぐに目と目が結ばれる。一瞬逸れて、また戻る。
     互いの手の中の酒に似た、魔的な色の瞳に釘付けになって、オレはしばらく呼吸を失った。
     どくん、血流にそって酔いが身体のすみずみまで行きわたる。手の先、足の先までじゅんばんに火が点る感覚。アルコールは理性の蝶番を緩くする。だから酔っ払うと、心の奥底の欲望が、大胆に飛び出るんだって。
     気づいたら足はスツールを軽く蹴り、オレは隣の隣の席に腰かけていた。

    「あの」
    「……なに」
    「これ。半分、食いませんか」
     律儀に自分の席から携えてきたのは、酒のグラスと食いかけの皿。フィッシュ&チップスはこの店のスペシャルティだ。
    「ちょっと…、オレひとりじゃ、食いきれなくて」
     口実もいいところだった。いつものオレならこんな量ぺろっと平らげて、追加でスコッチエッグやらミートパイまで頼んでいる。
     案の定嘘を見抜くようにぎろ、と睨まれて、でもオレは怯まなかった。
     だってもう席まで移ってきちゃってるし。こんなの二度とないチャンスだし。
     奮い立たせるために酒を一口煽る。喉が熱くやけて、酒精が鼻に抜ける。ぽわんと勇気がもうひとまわり膨らんだ。
    「飲むばっかじゃなくて、食いもんも腹に入れたほうがいいと思います」
     冷めてもうまいですよ、ここの揚げ物。
     皿をぐいっと押しやると、課長は少し気圧されたように瞬きをした。
    「……知ってる」
     カトラリーの刺さったグラスからフォークを一本抜き取ると、銛のようにポテトを突いた。
    「…もらうワ」
     そして頬張って、浅い咀嚼で飲み込むと、ふにゃっと笑って見せたのだ。
    「ん、んま」

    ――やばい。
     やばいやばい。これはやばい。だめだ。やばい。
     点火どころじゃない。全身で爆竹が鳴っている。

    「ありがと。いいヤツだな、オマエ」

     その瞬間オレの身体は粉々に砕け、憧れは崩れ落ちた。生まれて二十余年、自分の性的指向に気づいて十余年。こんなの初めて、と思えるほどの閃光めいた。運命的で不可抗力の。
     恋に落ちるとはこうも単純なことだった。

     それから課長は、アルコールも手伝って、少しずつ口数が増えていった。カウンターに戻ってきたマスターも、なになに、ケーくん急に機嫌いいじゃん、ていうか君たち知り合いだっけ? とからかってくるほど。
     オマエ、とか、うるせぇ、とか、会社じゃ聞けないような杜撰な声かけにもきゅんとする。そりゃオレのこと、知らないからこんなに気安く喋ってくれるんだろうけど。もちろん会社でバラすつもりなんか毛頭なくて、今だけ。この店の中でだけ。すぐそばにいられる間、ばかみたいにときめくことを許してほしいと思った。

    「オマエさっきから何飲んでんの」
    「ウイスキーです」
    「それは見りゃ分かる」
    「……えと、」
    「アードベッグ十年」
     マスターが向こうから助け舟を出してくれる。
    「んだよ、オマエ何かもわからず飲んでんの?」
    「う、すいません」
    「いつもウイスキー、ストレートで銘柄はお任せ、って言ってくるもんね」
     実のところオレは酒には全然詳しくないし、大して強くもない。ただウイスキーはなんとなく香りが好きで、ちびちび飲めるからコスパも良くて。
     正直に打ち明けると、マスターは軽快に笑った。
    「いいよいいよ、そーゆーとこ素直で可愛い♡」
     それに課長はぎろ、と睨みをきかせてからオレのグラスを引き寄せた。
    「ちっと寄越せ」
    「え、あ」
     ちょうど口をつけていたところに課長の唇が当たり、中身を傾けて舌先でちろりと舐める。グラスはすぐに返された。
    「…おいしい、すか?」
    「おー。面白ぇ匂い」
     確かに、今日のはだいぶスモーキーというか、焚き火みたいな煙っぽさが漂う。マスターには、独特の香りが好き嫌いあるかも、と言って渡されたものだったけど、そんなに苦手じゃなかった。
    「オレ、ウイスキーってあんま飲まねぇんだけどさ。ビールばっかで」
     知ってます、とは言えなかった。
    「でもたまにはいいな。手っ取り早く酔えそー」
     もう充分酔ってるでしょ、とも言えずに同意して見せると、課長はマスターに声を掛けた。
    「コイツと同じのちょーだい。ダブルで」
    「えー。もうやめときなよ」
    「ヤダ」
    「せめてシングルにしたら?」
    「いんや。ダブル」
     マスターは、もーほんとしょうがないな、と顔を顰めて、店汚したら出禁にするからね、と言い置いてから二倍量が注がれたグラスを出した。横に、なみなみのチェイサーも添える。
    「まず水飲んでから!」
     さすがの課長もそこには反抗せずに、たっぷりの水を煽ったあとでウイスキーグラスを手に取った。ビールみたいにがぶ飲みはせず、すんすん匂いをかいでから、少量ゆっくり飲み下す。その仕草にも、見惚れてしまう。
    「うまいすか」
    「ん」
     たまにはいいな、こーゆー酒も。
     覗いた八重歯に胸が高鳴る。
    「オ、オレも、もう一杯飲もうかな」
    「えー!? ケーくんのペースに合わせたら倒れるよ?」
    「大丈夫っす、これで最後にすんで」

     同じ酒を酌み交わしながらの会話は、一層気安さと酔いがないまぜになって、どんどん気持ちが打ち解けていく。
     休みの日はーだいたいバイクで走っててー。ふうん、オレも。
     え、動物好きなんすか、オレ黒猫飼ってて。へえ。もうじいちゃんですけど、エクスカリバーっていって。んだその名前。まじでエクスカリバーって感じのカッケェ顔してんスよ。どんなん。写真見ます? うん。コイツっす! あー…まあ。ね、カッケェでしょ!? ん、……かわいーな。えへへーでしょでしょ!
    「んや、」
     つん、と頬をつつかれる。
    「う?」
    「んーん。可愛いな、って」
    「ですよね! エクスカリバーは世界一可愛くてカッコいい猫なんす!」

     普段、二杯目なんて飲まないから、血中のアルコール濃度は上昇の一途、そのぶん気も大きくなっていく。こくん、こくん、と少しずつウイスキーを含んでいく課長の姿は、大口でビールを飲み下す姿とはまた違った色気があって、オレはぐるぐるとどきどきが止まらなかった。いつしか時間感覚は失われ、今が今日なのか明日なのかも分からない。
     だから、咄嗟に反応できなかったのだ。

    「なあ。オマエさ、いっつもオレのこと見てんよな」
    「え……?」
     いつのまにか、課長とオレとの間にはちょっとの隙間もなくなっていて、スツールは寄り添いあい、肩と肩はぴっとりくっついていた。
    「前からさ」
     知ってんだよ、と囁かれると、身動きがとれない。
    「え、と……」
    「なあ、オレのこと好きなん?」
     腰に手が回される。頬も耳も燃えそうに熱かった。救いを求めてカウンターの中に目を走らせても、マスターはちょうどフロアの接客中でいなかった。
    「よそ見すんな」
     ぐい、と引き寄せられて、強制的に見つめ合う。課長の目の奥は、とろとろに蕩けてて、確実に、明確に、酔っ払っている。冷静じゃない。普通じゃない。そんなことは分かってて、でもこんなの一生に一度だけだというのも分かってて。
    「か、彼氏は」
    「あ?」
    「そういう、人は。…いないんすか」
    「さぁな」
    「え……」
     泣きそうな顔になっていたらしい。課長はきゅんと目を細めて、オレの頬を撫でた。
    「ばぁか、いねぇよ」
     仕事忙しくてそれどころじゃねぇんだわ。いいだろ、一晩くらい。付き合えよ。
     そんなこと、そんなふうに言われたら、もうだめだった。見事陥落。無血開城。いや鼻血開城。
     手を引かれて立ち上がる。

    「帰るワ。コイツのぶんも」
     フロアに一言投げかけると、マスターはうげぇっとした顔を隠さず戻ってきた。そして課長から受け取ったカードで決済をすませ、「珍しー。…ほどほどにね」と手を振った。
     店中の注目を集めながら扉を開けて、階段をのぼる。地上は週末のざわめきに満ちていて、課長は雑踏を迷いなく、早足に縫うように歩く。導かれるままにシックな佇まいの入り口を抜け、狭いエレベーターに乗る。ご休憩。ご宿泊。
     ほんとに来ちゃった、という夢心地と、これからこの人に抱かれるんだ、という期待と、全部に手慣れてんだな、という諦念と。アルコールと撹拌された苦しさは、しかし部屋に入ってすぐに押し付けられた濃厚なキスに奪われた。

    「くちあけて」
    「んっ…」
     左の耳たぶをくすぐりながら唇をはみ、舌があまく歯列を――


    「ストップストップ!」
    「え?」
    「いい、いい! それ以上はいらねぇわ」
     がん、と缶を座卓に叩きつけると千冬はあからさまに唇を尖らせた。口の端からイカゲソの干物が垂れている。頬は、抱きかかえたワインのボトルと同じにかっかと紅潮していた。
    「えー。こっからがいいとこなんすよぉー?」
    「あァ?」
    「部屋に雪崩れ込んだ二人はー、すーんげぇどエロい泥酔えっちするんです!! 夜通し! もー舐めて吸ってハメて飲んで、ケモノみたいに濃密なやつ!!」
    「……あ、そ」
     獣もそんなえっちしねぇよ。
    「でもね、翌朝起きると、課長はいなくなってて。あんなに優しく激しく抱いてくれたのに、所詮ワンナイトだったんだーって万冬は絶望するんすけど、」
    「マフユ?」
    「受けの名前です」
    「ねぇな」
    「え、なんでー? 縁起良さそうだし語呂も良くないですか?」
    「やめとけ」
     幼馴染と漢字が被るし、前にまふゆって名前のヤツが出てくるおかしな漫画を読んだことがある。
    「なんすかそれー。じゃあ名前は考え直します。とにかくですね、万冬はその後会社で課長を見かけても何も知らないふりをするんですが、なんとその翌月、異動で羽地課長の直属の部下になっちまうんです!」
    「ハジ?」
    「攻めの課長の名前です。羽地奎吾さんです」
     もういいや。知らん。
     オレは残りのビールを煽った。期せずして、物語のなかのスカした男と同じもんを飲んでしまっているのに気がついて、テーブルの端にあった焼酎瓶を掴む。ぬるい炭酸で割ったら当然ぬるい酎ハイが出来上がり、口のなかで情けなく気泡がはぜた。
    「課長はそこで初めて、万冬が同じ会社の社員だったと知るんです。初めは互いに知らんぷりするんですが、一緒に外勤とか深夜残業とか繰り返すうちにどうしても惹かれあっちゃって! でも課長はシラフだと冷徹サイボーグなんで、万冬の心を翻弄するんすよぉ。でもでもでも! あるとき二人で出かけた地方出張で、シングル二部屋とったつもりが一部屋しかとれてなくて……って、そういう王道展開なんす!」
    「はあ」
    「どうです!? どうです!? きゅんきゅんしました!?」
    「……おー、したした」

     千冬は、最近ハマっていることがある。

     男同士の恋愛小説を書くこと。びーえる、いちじそうさく、という分野らしい。
     今までもそれらしき漫画やら文庫本やらを買い漁ってるのは知ってたし、ソファでじたばた読んでいるのは日常の光景だったが、数ヶ月前から急に書き手として開眼した。らしい。
     夜な夜なリビングでごそごそやっているので、初めは店の経理とか庶務が終わらないのかと心配していたのだが、月末を超えてもあまりに長引くから不審に思い、浮気でもしてんのかと問い詰めたら白状した。
     今じゃ堂々と、仕事から帰って晩飯と風呂を済ませたらいそいそパソコンをつけ、猛然とキーボードを叩き始める。
     普段は「秘密っす」「場地さんはきょーみねぇっすよ」などと画面を隠されて、どんなことを書いているのかさっぱり明かしてくれないし、オレも小説なんか読むようなたちじゃないから深くは聞かないが、こうして月末恒例の家飲みでたらふく酔っ払ったときにだけ、ぺらぺらべらべら、構想中だというストーリーについて語り出す。
     先月は、オメーがなんたら、っていう企画に参加しているとかで、それの執筆にご執心だった。巣を作るシーンの描写に悩んでてぇー、と溢していたから鳥が出てくる物語だったっぽい。少し興味があったがさすがに完成品は読んでない。

    「オレの作風的にはーぁ、どっちかってーと攻めが受けにめろめろ溺愛系の話が多かったんで、今回は攻めが冷たいっつーか気怠げでミステリアスな魅力を秘めた感じにしたいんす!」
    「あっそ」

     コイツの話を聞く限り、主人公カップルはいつも千冬に似た感じの可愛い男と、オレにどことなく近い黒髪の男の組み合わせなのだ。名前も似てるし。ていうか、自分たちに似たキャラの十八禁小説を書くって、小っ恥ずかしすぎてオレなら無理だ。千冬の自己肯定感は、昔からどこか変な方に振り切れている。

    「もー! 場地さん! 聞いてますか!?」
    「きーてるきーてる」
    「今度のはね、プロット的にもたぶん十万字超えの大作になるんすよ。作業が修羅場ったら料理当番代わってもらうかもしんねーすけど、すんません!」
     千冬はお気に入りの安ワインをだぷだぷコップにつぎ足すと、甘えるように肩口に頭をすりつけてくる。
    「別にいいけど」
     いつも社長業を頑張って、ちんたら学生やってるオレの面倒までみてくれている恋人のささやかな趣味くらい、応援したいとは思っている。それにコイツの小説はなかなかに人気を博しているらしく、こないだは「さーくるろご」のTシャツを作ったら大反響でついに通販も始まったと誇らしげだった。売り上げで一緒においしいもの食べましょうね、と微笑まれたら、否定もできない。

    「えへへー、オレたち、中学で出会ってー、そっからずっと一緒じゃないすかぁー? だからね、全然ちがう出会い方したらどーなるかなーって考えんの楽しいんすよぉー」
     溢れ出るオレの創作意欲!

     そのままよじよじとオレのあぐらの上に乗っかってくるから、顎をくすぐってやると「もぉーワインこぼれるー!」とケラケラ笑う。
     さすがにそろそろ飲み過ぎだ。これを最後の一杯にして切り上げさせようと決めたとき、千冬はぱっと口を綻ばせ、はしゃいだ声を上げた。

    「あ! じゃあ、場地さん! オレのこと口説いてみてください!」
    「はあ?」
     一体何がじゃあなんだ。酔っ払いは脈絡がない。
    「万冬と課長の出会いのシーンでね、セリフの感じに悩んでて!」
     知らん知らん、と振り払おうとしたら、こちらに向かい合う形に座り直して迫ってくる。
    「あくまで参考! 参考までに! いんすぴれーしょん!!」
     ね、お願い。パブで初めて出会ったていでー、オレのこと誘ってみてください!

     盛大にため息をついたのを良しと受け取ったらしい。
     千冬は「雰囲気づくり! 雰囲気づくり!」とはしゃぐとリビングの電気をオレンジに落として、コアラのように抱きついてきた。上目遣い。期待の眼差し。
     この体勢、もはや口説く必要なくねぇか。なんなら股間はすでに臨戦体制で、いつでも押し倒せる状態にある。
     しかし反論するのも面倒で、オレは二度目のため息を飲み込んでから細腰をぐっと引き寄せた。

     なんだっけ、気怠げで? ミステリアスな? セメ?

     耳元に唇を近づける。
    「かわいーな、オマエ」
     肩が、わかりやすくびくんと跳ねる。
    「猫、飼ってんだっけ?」
    「っ、す」
    「黒猫?」
    「…ん」
     ふうん、と熱く吐息を落とす。
    「オレも。猫すき」
     すき、を強調して鼓膜に直接吹きつけ顔を覗き込んだら、案の定焦点は揺らいで溶けていた。
    「……なあ、このあと一緒抜ける?」
     シラフなら砂吐きそうなセリフだが、オレもまあまあ酔っている。どうせ明日になれば全部忘れられてるからセーフだと自分に言い聞かす。
    「で、でも、……」
    「なに」
    「どうせ恋人、いるんでしょ…?」
     なんだったっけ。羽地課長は。特定の相手はいないっつぅ設定だったよな。千冬のストーリーを思い出しながら返事を紡ぐ。
    「いねーよ」
    「うそ…」
    「うそじゃねーわ。付き合ってるヤツも好きなヤツもいねぇから。……な?」
     もうこのまま寝室に連れて行こうと掬い上げかけたところで、千冬は身を固くした。
    「おい、…なあ、ベッド行こ」
     望み通り、どえっちに抱いてやるから、と言いかけてもう一度覗き込むと、瞳はさっきと打って変わって据わってて、わなわなと、かすかに潤んでいる。

     なに……?
     嫌な予感。
     そして千冬は息をガバッと吸い込むと、一気に吐き出した。

    「い、い、いるでしょー!! カッコよくて可愛くて頼りになる、大好きな彼氏がここにー!! いるでしょー!!!!」
    「はあァ?」
    「やだやだやだ、ばじさんはオレの彼氏! オレもばじさんの彼氏! 付き合ってるやついるし! 好きなやつもいるし! 愛してるでしょ! ひでぇ!! いないとか言わないでくださいよー!!」

     ああ。ああ。めんどくせぇ。

     振り回している空のグラスを酒乱の手から抜き取って座卓に安置し、今度こそ尻から抱き上げる。
    「んんん! ちょっと! んん、っ」
    「ん」
     ビールと焼酎とワインが混ざったひどい匂いのキスをして、騒ぐ言葉を絡めとる。
     今日はおしまい。ミステリアスなセメも店じまいだ。

    「っは、もー! ばじさん! オレのこと大好きでしょ!?」
    「はいはいすきすき」
    「やだ! ちゃんと言ってください!」
    「あとでな」

     寝室の扉を蹴って開け、替えたばかりのシーツの上に横たえる。
     冷徹でもミステリアスでもなくて悪いけど、どエロい泥酔えっちくらいは一晩中、付き合ってやれそうだった。
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