【イチウリ】君からの恋を頂戴。春先には力も戻り、ユーハバッハ達との戦いも終え、死神代行はしながらも普通の日常が戻ってきたはずだった。
俺は、石田がユーハバッハ側に就いた時に、敵として現れた事に憤りのような感情を覚えた。そんな感情はそれっきりで終わるだろうと思っていたのに最近も何故か同じような感情を持ってしまう。
生徒会の引き継ぎが忙しい、文化祭の部活の展示が忙しい、文化祭のクラスの出し物が忙しい……。
その感情は今と同じように何かにつけて石田がいない時、そして、石田が誰かと楽しく親しげに話ししている時に一段と大きくなるのだ。
元々石田雨竜という男は優しいタイプだ。厳しいところもあるが、何においても公平である。一見近寄りがたくもあるが、彼を理解してしまえば好意的な感情を持つのは容易いことだ。
それに、滅却師達との戦いが終わってから、少し性格が丸くなったように俺は思えた。柔和な表情が増えたのだ。整った顔立ちの笑顔が増えれば、囲む人間が増えるのも可笑しくはない。
それが、俺には面白く無かったのだ。
あいつの事を一番理解しているのも、ずっと隣で会話していたのも、いつだって自分なはずなのに。側に居るのは自分だけでいいのに。
そう、自分だけで――。
オレンジが増した下駄箱の前でぼんやりと立っている黒い人影が見える。場所が場所なだけに自分の靴が取れないなと思っていると、見覚えのある存在な事に気付いた。
先程まで考えていた――石田だ。
「! 黒崎……」
少し驚いた顔が嬉しくて、頬が緩みそうになる。
一緒に居れるなんて、心が弾む。
「今日は生徒会の引き継ぎで遅くなるんじゃなかったか?」
「ああ、その予定だったけど大体終わったし、受験生なんだしって帰されたよ」
受験、という言葉に嬉しい気持ちが欠けて、寂しい気持ちが増える。俺と石田は希望の大学が違うから、卒業したら毎日のように会わなくなるだろう。そんなつまらない未来が来る事を思い出し、純粋に嫌だなと思う。
「……一緒にでも帰るか?」
嫌な事を振り払って石田に声をかけると、石田は戸惑いながらも肯定の言葉を返した。
「あ、うん、そうだね」
下駄箱を塞いでいたのに気付いた石田が場所をズレると、石田の鞄から何かが小さくぶつかる音がした。何かと思うと、うさぎのマスコットみたいなのが付いていて、ゆらゆら揺れている。男子高校生には可愛いソレは、石田が付けているととても自然に見えた。
「また作ったのか?」
手芸が趣味のこいつのことだから自作なのだろうと聞くと、否定された。
「手芸部の後輩が、作ったからってくれたんだよ」
愛おしそうにうさぎを撫でる石田が、非常に不快だった。――ここ最近はずっと、知らない石田が増えた。手芸部の後輩とか、生徒会のメンバーとか、クラスメイトとか、そういった話が増えてきたように思う。結構、それなりに楽しそうに話題に出す石田が、俺は嫌だった。石田が話題に出すのは俺だけでいい。
「黒崎、どうかしたのかい?」
何か悩みでもあるのかと石田が聞く。イライラが顔に出てて、なぜか石田はそれが悩んでいるように見えたのだろう。
「辛い事も分け合えればって思うし」
きっと石田が大学に行ったら新しい石田はどんどん増えるのだろう。クラスが違う今だって会う機会は減って、会わない間に知らない石田はどんどん増えているのだから。
「僕も頼ってくれたら嬉しい」
嫌だって思う。
ずっとずっと俺と一緒にいて欲しいと思う。
ずっとずっと、俺だけがあいつの隣に居ればいいいんだ。
知らない石田なんていらない。
新しい石田なんていらない。
「僕らは友達だろう」
それはなんて残酷な言葉だと俺は思った。
俺は石田と、友達だけで終わりたくないのだから。
――何で友達だけで終わりたくないのだろうか。
不思議に思って俺は少し考える。
だって友達で終わったら、特別になれないからで――。
ここでようやく俺は、石田の事が狂おしいくらい好きで、独り占めしたいくらいに恋している事に気付いた。