自室で目覚めたディルックは、昨日の夜を思い出しながら痛む頭を擡げた。
「おはようございます、ディルック様」
扉の向こう側から聞こえたのはよく通った声だ。この声には聞き覚えがある。そうだ、確かメイド長のアデリンだ。
「…起きている。後ほど下に降りるから構わないでくれ」
扉の向こう側から小さくため息が聞こえる。彼女には申し訳ないと思いながらも、ディルックは未だにベッドから起き上がる気になれず、頭を枕に押し付けた。この匂いには覚えがある、この空間全てを脳が覚えている。それでも彼は自身がこの屋敷の主人であることを受け入れられないままだ。
「僕はなぜここにいるんだろう」
一言、そう呟きながら彼は再び意識を眠りの底に飛ばすのだった。
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