自室で目覚めたディルックは、昨日の夜を思い出しながら痛む頭を擡げた。
「おはようございます、ディルック様」
扉の向こう側から聞こえたのはよく通った声だ。この声には聞き覚えがある。そうだ、確かメイド長のアデリンだ。
「…起きている。後ほど下に降りるから構わないでくれ」
扉の向こう側から小さくため息が聞こえる。彼女には申し訳ないと思いながらも、ディルックは未だにベッドから起き上がる気になれず、頭を枕に押し付けた。この匂いには覚えがある、この空間全てを脳が覚えている。それでも彼は自身がこの屋敷の主人であることを受け入れられないままだ。
「僕はなぜここにいるんだろう」
一言、そう呟きながら彼は再び意識を眠りの底に飛ばすのだった。
次にディルックが目を覚ましたのは太陽が空高くに輝く頃。いくらモンドが冷涼地帯といえども、初夏の気温はじっとりと全身に纏わりついていく。
スネージナヤと比較してモンドは随分と暖かく、太陽が眩しい。久しぶりに帰った故郷はまるで知らない世界のようだ。
いつまでも寝ているわけにはいかないと、ディルックは緩慢とした動作で立ち上がり、着慣れないシャツを手に取り着替えると部屋の扉を開けた。
「あ、ディルック様……いつまでも降りて来られなかったので、丁度様子を伺いに…」
扉の前にいたのは昨日紹介された屋敷のメイドの内の一人だった。
「…君は、確か…ヘイリー、だったか」
「はい、そうです。アデリン様が随分と心配してらっしゃいましたよ」