串カツの話第一印象からは到底想像できないが、ドンキホーテ・ドフラミンゴは家族にめっぽう甘い。とかく、ひとつ屋根の下で暮らしている人間たちにはとにかくそうであった。だからこうして、暑いキッチンで額に汗を浮かべながら、もう1時間近くも串カツを揚げている。
「兄上ぇ!俺つぎはとうもろこし!」
「わたしはナス!」
対面式キッチンは後ろからの声がよく通る。揚げるそばから、腹ペコたちの口の中にぽいぽいと吸い込まれていく串カツたち。
「わかったから、ポテサラでも食べて繋いどけ」
どうせこうなることがわかっていたので、サイドメニューも充実させてある。小さなすり鉢に入ったポテトサラダの上には、半熟卵がふたつ。猫のリクエストで再現された、某串カツ屋の名物メニューだ。
ローは手伝いもせずに目の前の元気な二人を見ながら、とんぺい焼きをつつきながら、少し甘めのモスコミュールで一杯やっていた。
今日のメニューが串カツになったのは、主役であるロシナンテの一存ではなかった。もはやお決まりの展開だが、単に串カツが食べたかっただけの猫が「串カツならキャベツ食べ放題だよ」と言っただけで、コラさんの目が輝いた。
結局、先付け用にしては特大サイズのボウルに山盛りになった、新鮮なキャベツを嬉しそうに食べている姿を見ていると、別に家なんだから二度付け禁止とかねェし、キャベツもなくてもいいんじゃねェか、とはローも言えなくなる。
まあそれはそれとして、ドフラミンゴの揚げる串はどれも美味いのでどうでもいい。ロシナンテの誕生祝いという主目的が完全に欠落していてもだ。
「ローくん」
向かい側から声が掛かる。当然のように開けられる口。とんぺい焼きが食べたいらしい猫は、目をキラキラさせながらマテをしていた。
「…ほらよ」
自分で食えとも言わず、ローは箸で卵をそっと摘んで口に入れてやった。チーズが伸びるので苦戦する。
「ロー!おれも」
猫の口がまだモグモグ動いている間に、その隣のロシナンテも同じように口を開けた。さすがにハァと溜め息が漏れるが、ドジが発揮されてとんぺい焼きが全て床に落ちるよりはマシなので、ローは大きな口にも卵を放り込んでやった。誕生日なのだ、多少は仕方ないだろう。
美味しいね、と顔を見合わせるふたり。それぞれの手にはシャンディーガフと冷やしあめ。ドフラミンゴが昨日ジンジャーシロップを仕込んでいたのはこのためなのだ。無論、冷やしあめをリクエストしたのが誰なのか、想像に固くない。
「お返し」
「…要らねえ」
梅きゅうりを箸で挟んで差し出してくる猫を、オデコを手のひらで止めて拒否していると、カウンターに新しい串が置かれた。
「ほらよ。とうもろこしとナスだ。あとトマトと豚しそな」
あー暑ィ、と額の汗を拭う串カツ屋もといドフラミンゴは、たまらず冷蔵庫を開けている。一時休店らしい。
ロシナンテはナスを猫の皿に取ってやりながら、自分の皿へとうもろこしを置いた。岩塩をひとつまみ。ごくりと喉が鳴る。
──さくっ。じゅわっ。夏の味覚は甘くてしょっぱい。熱い衣の中に詰まっている水分が舌の上で踊る。
「んんんんん〜〜〜まい!兄上天才!!」
そりゃよかったと、キッチンから優しい声がする。
対して猫はロシナンテが皿に置いてくれたナスの串に、すっかり興味をなくしていた。ミニトマトが3つ刺さった串へ手を伸ばし、天井に向けてクルクルとかざす。まぁるい衣がお行儀よく並んでいてお菓子みたいだ。猫の瞳が、らんと輝いた。
対面でそれを見ていたローは、ああ、と次の展開がありありとわかって溜め息を吐く。2秒後、猫は串から1個、トマトを引き抜いて口の中へ招き入れた。
「んっ!?」
予想通り、テンパりだした目がおろおろと彷徨い始めて、ローは不謹慎ながら噴き出した。ぷちりと甘い夏の味覚は、中身がアツアツなのだ。想像以上にツボに入ってしまい、猫の手がグラスに伸びて、その中身を一気に飲み干すのを珍しく止められなかった。
「おまえそれ…」
ごくごくごく…ぷはぁ!と景気良く飲んだのはいいが、それはお前の冷やしあめじゃなくて、コラさんのシャンディーガフだぞ。酒に強くない猫は、そもそもビールの苦さが嫌いらしいが、ドフラミンゴ特性ジンジャーシロップのせいで随分飲みやすかったらしい。不思議な顔を浮かべているが、マズそうにしている様子はない。
しかしビールのアルコールは即効性があったらしく、ぼふんと音でも立つように一気に顔を赤くした猫が、なんだか悪い顔でにへらぁと笑った。自分のグラスを飲み干されたロシナンテもすぐに気付いて、げ、と声が漏れる。
「ろしなんて、キャベツたべないの?」
「いやそんなポップコーンみたいに掴まれても食わねえよ!?」
「きゃべつ好きじゃん」
「むっ、ぷぁあ!ちょ…やめて!キャベツハラスメントやめて!たしかに好きだけどこういうんじゃないから!」
「わたしのキャベツがたべられないの?」
「なにこれ暴君!?ロー!!助けてェ!!」
「嫌だ。関わりたくねェ」
ボウルに山のようになっているキャベツを掴んでロシナンテの口元にグイグイ押し付ける様子は、完全に酔いの回った独裁者である。飛び火しないよう、ローは梅きゅうりの皿をそっと猫から遠ざけた。すまんコラさん、俺にはどうにもできねェ。
「フッフッフ…随分と盛り上がってるじゃねェか」
声とともにひょいと猫の身体が浮いた。目には目を、暴君には暴君を。やっとキッチンが落ち着いたドフラミンゴがやってきて、グラス片手に猫を持ち上げたのだ。そのままロシナンテの隣へ座る。酔っ払いは膝の上へ。
「んー、ドフィさん」
「ロシーの飲んじまったのか?しょうがねェなァ」
ロシナンテに満足いくまでキャベツを食べさせられなかったのが不満なのか、猫はグズって主人の肩口に顔を擦り寄せる。桜色の唇からほのかに香るアルコールに、ドフラミンゴは笑みを深くした。
猫を抱き直した兄は、空にされてしまった弟のグラスへビールを注ぎ直してやった。今度はシロップなしのオトナの味だ。
「ロシー、誕生日おめでとう」
兄のグラスの中で、光に透ける紅のキティが揺れる。かつん、と合わさって鳴るグラス。そこへローもグラスをぶつけて、カラフルな液体たちが揺れた。
「コラさん、おめでとう」
「…ありがと」
夏の味覚は甘くてしょっぱくて、ちょっとほろ苦い。大人になった兄弟たちは増えた家族の前で微笑んだ。
腕の中で半分くらい眠りそうな猫が、甘いシロップのような声で「おめでとう…」と呟くと、ドフラミンゴは弾けるように笑って、ピンク色の額にそっと口付けた。