関ヤノ 据え膳食わぬは男の恥とはよく言ったもので、矢野さんに食えと言われれば俺は食わざるを得ない。今日は中華。しかも大衆食堂じゃない、中華街にあるような、立派な歴史ある中華屋だ。
回るテーブルの向こう側に矢野さん。どんどん運ばれてくる大皿料理たち。パチンと指を鳴らして、矢野さんは俺に言う。
「お前の実力、俺に伴う。お前の力、イコール俺。夢だったんだぜ舎弟よこうして歩く摩天楼。たんと食べて大きくなれ、そして俺を楽させてくれ」
「はい、ありがとうございます。頑張ります!」
矢野さんが俺を誰かと重ねているのは知っていた。俺と話しているにもかかわらずどこか遠い目をしているのはしょっちゅうだった。それに気付いてわざと少ししょげた顔をしてみると、慌てたようにまた韻を踏み始めるんだ。俺はお前が大事だって、お互いが確かめるように。
矢野さんは俺に、ドブさんよりも強くなれとよく言う。あの猿顔の、矢野さんの元兄貴だ。ドブさんの実力は聞くところ計り知れないが、俺は勝てると踏んでいる。
「こんなにしてもらってるのに、負けるなんてできねぇ」
「どうしたミスター関口、幻聴か吹聴かはたまた丁半か」
「あっいえ、なんでもないっす!」
エビチリの大皿に手を伸ばした時、ふと俺には考えがよぎった。まさか、矢野さんは今の俺ではドブさんに勝てないと思っているのか? それでこんなにたくさん食べさせて、力をつけさせて、満を辞して戦わせようとしているのだろうか。だとしたら不甲斐ない。俺はほんの少し武者振るいした。矢野さんはめざとい。
「どうしたミスター、寒いか? 愚問か? ここクーラー直下」
一か八か、聞いてみるしかない。
「あ、あの……矢野さん」
やまあらしのようなツンツンとした髪を揺らしながら、矢野さんはキョトンとしている。
「ところで矢野さんは、俺の力をどれくらいだと思っているのでしょう……」
「はぁ?」
意味がわからないと言ったふうに矢野さんは首を傾げる。それから丸テーブルを小さな手でクルクル回して、焼売に手をつけたかと思うと、あちあち言いながらみっつほど平らげた。
それからふきんで口元を拭き、きりりとした目つきで俺を睨みつける。
「いいか関口よく聞け、パワーはあっても強さは一瞬、それがお前の持ち味。けどそれが良し悪し。ドブさん強い俺知り尽くしてる。関口、お前は俺の隠し球。お前にはふたつ仕事がある。ドブに勝つ、俺を安心させる。このふたつ」
「……矢野さん」
矢野さんがこんなにも俺のことを考えてくれていたなんて思いもよらなかった。うっかり涙が出そうになるのを堪えていると、ちまきに手を伸ばした矢野さんが、笹を剥けと言わんばかりにこちらに差し出してくる。
「はい! 剥かせていただきます!」
俺は一生この人について行こう、そう誓った。