小豆日記「お前、怪我してるじゃないか」
そんな声が聞こえて、温かい手に抱き上げられた。
その時の私は凶悪な烏に襲われて羽を怪我してて相手が誰でも抵抗なんて出来なかった。
正直、あー終わったなーって思ったんだけど、私を助けてくれた黒い服の人間は変わった人だった。
手当てをしてくれて懐に入れられた辺りで私は意識を失っちゃったんだけど、気がつけば壁のないあばら家……不思議な家に連れてこられてた。
(えーこんなの家って言えるの??)
だって二階建てなのに壁が全然ない! こんなのどうやって雨風凌ぐの!? 烏とか野犬とか襲ってきたらどうするの!?
不安でプルプル震えちゃったけど、黒い人は全然気にしてなかった。
(なんでこの人平気なの? え、何? 結構図太い人なの?)
「そんなに震えるなって! 大丈夫。お前みたいなちっこい雀を食べたりしないからさ」
(ちっこいは余計だっての!)
悔しい! 元気なら蹴りをお見舞いしてやるのに!
私は動かない羽をバタバタさせようとして、その瞬間襲ってきた痛みに撃沈した。
「大人しくするように」
黒い人じゃない声が聞こえて顔をあげると、そこにはビックリするくらい綺麗な男の人がいた! 白い衣も神々しい! 一瞬神様かと思った! それくらい綺麗! 黒い人も見目麗しいんだけどこの人は別格だわ!
内心は嵐のようだけど、体は硬直しちゃって全然動かない。
言うこと聞いて大人しくしてると思ったのか、白い人が指先で頭を優しく撫でてくれる。それが気持ちよくてうっとりしちゃった。
「なんだよ~。藍湛相手だと大人しいな、お前!」
「魏嬰、優しく触れれば大丈夫だ」
白い人が黒い人の手を取って、優しく私の頭に触れさせる。
「本当だ! 大人しいな」
「うん」
嬉しそうに笑う黒い人を見つめる白い人の目が凄く優しい。
なになに? この二人ってば番なの?
なんだか物凄くお邪魔虫な気分だけど、まあ二人が楽しそうだからいっか!
私は目を閉じて眠りに落ちたのだった。
(ええ!? あの二人って番じゃないの!?)
(そうなんだよ! あいつらあんなにイチャイチャしてるくせにまだ番じゃないんだぜ!)
先住民?の黒兎さんが呆れたようにフスフスと鼻を鳴らす。
怪我が大分治ってきた頃に、このあば、お家周辺に住んでる兎さん達が遊びに来てくれた。その先輩達からいろいろ話を聞いて二人の事も教えてもらった。
二人は、黒い人が阿羨で白い人が阿湛ってみんなに呼ばれてるみたい。
人間はいろんな名前があってややこしいから、先輩達はこの呼び方で統一してるんだって。
ちなみに私には名前なんてなかったけど、阿羨が勝手に「小豆」ってつけた! 豆が好きだから小豆って……もっと良い名前をつけてよね! まぁ、どうしてもそう呼びたいなら呼んでもいいけど。
それはさておき。
この二人は何でも世間のいざこざに巻き込まれて大変な思いをしたからここで隠居暮らしをしてるんだって、大先輩の林檎ちゃんが言ってた。いざこざはよく分かんないけど、人間の世界も世知辛いよね~。
二人して手に手を取っての逃避行!って思ったら違ってて林檎ちゃんはがっくりしたらしいよ。
阿湛の意気地無し!って叫んでた。
みんなが言うには二人は絶対に両思いだから、ここでくっつくのを見守ってるんだって!
何それ! 楽しそう!
(小豆も機会があったらあいつらをくっつけるのを手伝ってくれよな!)
(喜んで!)
それって絶好の恩返しじゃない!
私は翼を突き上げて協力を誓った。
数日経って、私の羽の怪我は痛みを感じないくらいには回復した。でもまだ空を飛べる程ではないのよね。
「小豆~もう痛くないのか?」
阿羨が掌に乗せた私の頭を指先でグリグリしてくる。もー! もう少し優しくしてよ!
「藍湛。もう包帯は巻かなくていいのか?」
「うん。この調子ならば、あと一週間もすれば飛べるようになるだろう」
そっか。
ここにいれるのもあと少しなんだ。
ちょっとションボリしちゃう。
その間になんとかこの二人をくっつけられないかしら?
うーん、と首を捻って考えてみる。
ここ数日、先輩達とも作戦を考えていろいろやってみたんだけど上手くいかないのよね~。
理由は簡単。
阿羨が鈍感すぎるのよ!! 阿湛はいっつも阿羨にくっついて事あるごとに手助けしたり阿羨が好きな事を出来るように気遣ったりしてるのに、阿羨は「さすがは含光君!」とか「お前って本当にいい奴だよな~」とか言ってるだけなのよ!
阿湛は基本無口だから行動で求愛してるのに!
なんで分かるかって? そんなの当たり前じゃない! 阿湛の行動ってば私達が巣を整えたり、綺麗な歌声で相手を誘惑したりするのと同じだもの!
それに気づかない阿羨ってば鈍感というか、お子様っていうか……。
「魏嬰、今日は枇杷を買ってきた」
「おお! ありがとな、藍湛!」
篭いっぱいの枇杷に喜ぶ阿羨を見つめる阿湛の瞳は愛しさに溢れてるのに、どうしてこの子は気付かないのかしら?
(もう! じれったい~!)
「ほら、小豆も食べるだろ?」
そう言って阿羨が剥いた枇杷の実を差し出してくれる。はぁ……優しい子なのよね。ただ鈍いだけで。
「ぷぷっ! 見ろよ、藍湛。小豆の方が枇杷より大きいぞ」
(なにそれ! 太ってるって言いたいのー!)
ムカッときた私は阿羨の指をカプリと噛んでやった。
「あててっ! やめろ! 小豆! 痛いだろう!」
「魏嬰!?」
慌てた阿湛が阿羨の手を取って咄嗟に握りしめる。
「だ、大丈夫だよ、藍湛……ちょっとびっくりした、だけで……」
両手で包み込むように握りしめられて、阿羨の顔がみるみる真っ赤になる。
(あら? あらあら? これはもしかして?)
「魏嬰……」
阿湛も耳を赤くして俯いてるし……これは、もしや私お邪魔では?
そろーりそろーりとその場を離れると、入口から覗いてる林檎ちゃんと目が合った。
(よくやった! 小豆!)
なんだかよく分からないけど、ひとまず役には立ったみたい?
跳ねて林檎ちゃんの頭に飛び乗ると、高くなった視界から部屋の中の二人を見守る。
(あいつ、自分からは寄っていくくせに、相手から来られると弱いんだよな~)
(なるほど。阿羨は奥手なのね)
林檎ちゃんと頷き合って部屋を離れる。後はお二人でどうぞってね!
それからも二人は少し離れてはくっつき、真っ赤になっては離れてとじれったい関係を続けてる。見てるこっちが恥ずかしくなるわ~。
まあ、でも遠くない未来にくっつくんじゃないかしら?
(それを見守れないのは残念だけど)
そう呟くと、兎先輩達が寄ってきて不思議そうに小首を傾げる。
(そんなのお前もここに住めばいいじゃねぇか)
(え、いいの?)
こんな野生の雀が人間の傍にいていいのかしら?
(この家を見てみろって。柱と布しか掛かってないんだぜ? 行き来自由じゃん! 鳥の一匹混ざったところで何の不思議もねぇよ)
確かに!
この家なら森や林と変わらないよね! 私の巣箱も柱に作ってくれたし。うん! ここに住むことに決めた!
(これからはお前も忘羨見守り隊の仲間だな!)
兎先輩や林檎ちゃんに温かく迎えられ、私はこの家の一員になった。
でもこれだけは言わせてほしい。
(だからもっと良い名称にしてよー!)
林檎ちゃんがヒヒンと歯を剥き、兎先輩達が笑って跳ね回る。
「おーい! 林檎ちゃんに兎達! お、小豆もいるのか? お前達に人参を買ってきてやったぞ~」
ここにあるのは二階建てのお家と小川と橋とみんなの笑い声。それに知己以上で恋人未満な阿羨と阿湛。
二人がくっつくまで、これからもずっと応援してあげるわ! 仕方ないからね!