生者に口ありたとえば、死んだら幽霊になれるんだとしたら。
たとえば、死んだら天国があるんだとしたら。
一体それを夢想することに、何の意味があるっていうんだい?
-----
「なぜって?そう考えることで楽になれる奴もいる…それだけだ」
そういうサングラスの男の手元は、すぐ返した答えとは裏腹になかなか裁縫の針に糸が通らず苦戦していた。
高級ランドリー……10分程前まではまさかこんなところでもライトさんに偶然出会うとは思っていなく驚いたが、今では赤いマフラーを縫うライトさんのあまりのトロさに驚いている。
室内に2人だけ。まあ赤の他人でもないしと声をかけたのが間違いだった可能性がある。
まさか、皮肉もなく即答されるとは。
「あんた俺のことやたら詳しいよな、確かに"事故"としては世話になったことはあるが、俺がいうのもあれだが…よくある話だろう」
「まあそうですね、ホロウ災害に遭ったことがない人間の方が珍しいですし」
あと2分ほどのタイマーを見つめながら、僕は彼を見ずにそう言った。
「僕心理学学んだことあるんですけど、結構仕事でも会うんですよ、自殺志願者に。だからその手の人はなんとな〜く分かるんです」
「ああ…だから俺を死にたがりって呼んだのか」
「あれま、違うんです?」
「『そうだ』って言ってほしいのか?」
「嘘じゃないならね」
「そこまで探られてるのに嘘ついてどうするんだ」
ライトさんはようやく針に糸が通ったらしく、視界の片隅で手が宙を待っているのを見た。
「嘘。あなたは自分のこと、自殺志願者だなんて思っちゃいないでしょ」
「……」
手は、止まらなかった。
「死にたいって言う人は何パターンもいるんですよ。さっき聞いたじゃないですか。なんで分かりもしない、あるかも分からない自分の死後を夢想するのかって」
彼はまだ何も返さない。赤いマフラーが縫われながら揺れ動く。
「あなたが言ったんですよ、そう考えることで楽になれる奴もいるって。それは『生きなきゃならない』人の考えだと思いません?生者であることにしがみつきながらもあなたは死にたがっている。けどあなたの望みは死ぬことじゃない。死んだ先に死にたい理由がある」
ピーーーーーーー
汚れなし、ほつれなし、乾燥よし。
ああ、綺麗なはちまきの出来上がりだ。
「死んだら死んだ人間に会えるだなんて、僕は思いませんよ」
彼の手は、ようやく止まった。
「そうかもしれん」
その声音は落胆もなく淡々と紡がれた。縫い終わったのか、真っ赤なマフラーを畳まず自分の首に巻く。
ライトさんの顔を見ると、やはりいつも通りの表情だった。
ほら、この手の人間は何を言われたって、変わりゃしない。
「僕は自殺を止める意味がある人間は止めますけど、意味のない人間を無理に止める気はないんです」
「なんだ、お優しいことだな」
「そう、僕ちょ〜優しい、その人のやりたいことを尊重してあげたいので。あなたみたいに死後にやりたいことがある人間に生きろだなんて、啓発以前に無意味な言葉だ。止める時間があるなら次の休暇申請の内容でも考える方がよっぽど有意義」
「ああ、是非そうしてくれ」
ライトさんは裁縫箱をしまうと、僕のはちまきが目に入ったのか速攻で帰りそうだった足を止める。
「驚いた、あんたのそれは替えがあるもんだと思ってた」
「それ僕の台詞なんですけど」
己の首元を指差すと、彼は察したのか首を傾げながら赤いマフラーを少し持ち上げる。
赤いマフラーは郊外では有名だ。もちろん、それが彼がカリュドーンの子に入る前から有名なのも知っている。
彼は、"2代目"だ。
「貰ったものだからな、替えなんてありゃしないさ」
「偶然ですね、僕もです」
僕も額にいつも通りはちまきを巻く。巻いたらなんだか冷静になって、この人を気にかけているのが馬鹿らしくなってきた。
「替えなんてないんですよ、それも、僕のも、命もね」
「………ああ、分かってるさ。だからまだ生きてるんだからな」
この人は死への片道切符を握りしめたまま生きている。その握った拳で相手を殴りながら。
そんな傲慢なこと、限られた人間にしかできないことだろう。
「羨ましいな〜、いつ死ぬか自分で決めれるくらい丈夫で。僕なんてもう、ずっと包丁が頭上にぶら下がってるのに」
ライトさんは初めて動揺した顔を見せた。緩んだ拳を握り直すと、今度こそ帰路となる扉へ向かう。
かわいそうな人。自分は死にたいのに、他人の死には酷く敏感だ。
ちょっかいも出し過ぎただろう、彼はそのまま帰るのかと思ったが、扉に手をかけたところで振り向いた。
「例の件のやつ、見つかったんだろう。そいつはどうしたんだ」
「亡くなりました」
「……そうか」
彼の目は、どこか遠くを見ているかのようだった。
目を見たところで、そういえばサングラスをしたまま裁縫をしていたのかと今更呆れがきた。
「聞きたいことがあったんですけどね。会った時にはもう言葉は喋れませんでしたよ。死人に口なし、ってね」
「はっ…そうだな、あいつらはなんにも喋りゃしないのさ」
ここにきて初めて笑った顔は、自嘲ぎみだった。
「まあでも、話しかけるくらいは別に誰にも迷惑かけんだろう。あんたもそいつに聞いてみるといい」
笑みはすぐに翻った背中に消え、今度こそ本当に彼は去っていった。
ここは高級ランドリー。そもそも使う人が限られている中必然的に1人になった広い空間が、まるで自分が今まで死人と会話していたような錯覚をもたらした。
「あんた"も"、ね」
たとえ話しかけたところで答えなんてこの空間のように返ってこないのに。
それでも彼は、話しかけ続けているのだろう。
死者に。