シナリオ前の話。突然だが、あたしこと 練切 杏(ネリキリ アン)は一般人である。
だいたい平均くらいの身長に、黒髪黒目。
少し変わっているところ……強いて言うなら、母子家庭で家が和菓子屋なことくらいだろう。
それを言うと、数少ない友人は何とも言えない顔をするのだが。
今日も、ごく普通の日常のはずだった。
なんとなく通りががった公園の草むらから、目の前の男が出てくるまでは。
「……絵瑠、あんた何してるの?」
「やぁ、杏じゃないか!奇遇だね。僕は猫探しの最中さ」
頭に葉っぱが付いてもなお、損なわれない美貌。
肩までのサラサラとした金髪は痛み知らず。嬉しそうに細める瞳は、キラキラとした藍色。男性にしては小柄な身長も、その美を引き立たせる1つでしかない。
日本人離れして、あまりにも目立つ美貌を持つ彼ー黒須 絵瑠(クロス エル)は、あたしの幼なじみである。
美容系会社の社長を母に持ち、4分の1しか無いはずのフランス人祖父母の血を、ふんだんに引き継いだ平凡からはかけ離れた存在。
元はと言えば同じ道場に通っていた同級生だったのだが、気がつけば小中高と顔を付き合わせ、こうして卒業した後もなお縁が続いてるのだ。
「またアルバイト?しかも、猫探し。この間もやってなかった?」
「ふふ、聞き込みの度に名刺を配ったかいがあったね。新たな依頼さ」
「……それで?なんで、草むらから出てくるのよ」
「この辺りで目撃情報があってね……って、僕の天使のような顔に傷が!先程の葉っぱか!?」
「人と話しながら、鏡を見るのやめてくれない?」
本当に、絵瑠と話してると頭が痛くなる。
思わず出かけた溜息を飲み込んで、絵瑠が持つチラシを覗き込む。
どうやら、今回のターゲットはぶちの猫らしい。
白い毛並みに頭の上にある黒い模様が……なんというか海苔みたいで、おにぎりのような猫だ。
「ん?杏も興味があるのかい?」
「え、いや……別に」
興味があるというよりは、その調子で猫を見つけられるのかが不安だ。
だいたい、絵瑠が動物と戯れてる図が想像つかない。クジャクを引き連れてるのなら分かるんだけど。
「今回の猫ちゃんの名前は、豆大福」
「その見た目で?どう見ても、おにぎりじゃない」
「もう2週間は姿を見せていないらしくてね。飼い主さんも随分と心配していたから、早く見つけてあげたいのさ」
「……もしかして、手伝えって言いたいの?」
「いいや?杏も見かけていないかと思ってね。お家に帰れないのは悲しいだろ?……そこでだ!天使である僕がお迎えに行かなくては。迷子の子猫ちゃんを助けるのは犬のおまわりさん……と言いたいが、導くというのは天の使いである天使でも問題ないと思わないかい?つまり、僕だよ」
また始まった。絵瑠の謎理論。ペラペラとよく回る口を見ながら、話半分に聞き流す。
自称天使……らしい彼は、時々こうしてよく分からない理論を語り出す。
見た目だけは上等だが、この中身を知っている身からすると、黄色い悲鳴を上げる女の子達がさっぱり分からない。一体、なにが見えているのだろうか。
「というわけでだね、手伝ってくれるのなら嬉しいな。どうだい?杏」
「……言い方が気に食わない」
「そんな言い方をしなくてもいいじゃないか、僕と杏の仲だろう?」
「あたしは、そう言えば頷いてくれる……って分かった上で、その言い方してくるの嫌い」
「バレたか。……実際のところ手詰まりでね?聞き込みをしたくても、上の空になってしまう子が多くて」
「そりゃあ……急に絵瑠みたいなのが話しかけたら、驚くでしょう」
「僕の美貌が?……ふっ。我ながら罪作りな男だね、僕は。天使であるはずなのに、罪を作るとは……なんと罪深い存在なのだろう」
「はいはい。それで?」
「……助けてくれないか?杏。君に手伝って欲しい。お願いだ」
「最初からそう言いなさいよ。……仕方ない。今回だけだからね」
そう仕方ない。絵瑠を1人にしておく方が、あたし的には不安だ。
なんというか……絵瑠は無防備なのだ。目立つが故に悪意に晒される方が多いはずなのに。遠巻きにされる事が多いせいなのか、その強烈なキャラのせいか。
「ありがとう!杏。君がいれば猫ちゃんも捕まえられるよ。いやぁ、すばしっこくて……。実はだね、先ほど見かけたんだが逃げられてしまって……僕が美しくて照れてしまったのかな?」
1人にさせると、この脳天気な男は変な事件に巻き込まれそうなのだ。
そうすれば、彼の周りは大騒ぎだ。それを考えれば、この程度くらい……まだマシだ。
「パフェくらい奢りなさいよ?」
「あぁ、もちろんだとも。何でもは無理だが、僕に出来るお礼はきちんとする。安心してくれ」
以下、CoC「あけて、あけてよ」のネタバレが若干あります。
歩き出したあたしの後ろから、絵瑠が追いかけてくる。
いつだってそうだ。あたしが先で、絵瑠がその後ろ。
だから――
「杏!!!!」
甲高いブレーキ音と、焦る声。間に合わないと、直感的にそう思った。
舞い上がる身体と強い衝撃と、全身に走る痛み。
ふと、昔した会話が頭を過ぎった。
「ねぇ。えるは、なんで つよくなりたいの?」
「つよく?」
「うん。だって、つよくなりたいから、ここにきてるんでしょ?」
「ふ、ふ、ふ〜!それはだな!おんなのこを、かっこよく たすけたいからさ!」
ほんと、ばか。
一緒になって、巻き込まれてどうするのよ。