「宝くじ買ってきた」 最近少し軌道に乗ってきて、お給料を貰うようになった燐音くんが嬉しそうにそう言った。
燐音くんは前から気になっていたようだけど、僕はお金の無駄だと思っていたし紙の束ではお腹も膨れないから買ってこなかった。
「あ~、これスクラッチ?」
「そう、削ると柄が出るんだろう? 面白そうだ」
「はい、十円。これで削るといいっすよ」
手元にあった財布から十円玉を取り出して燐音くんに渡す。だけど燐音くんはそれを受け取らずに逆に僕に十枚のスクラッチの束を差し出してきた。
「ニキが削ってくれ。その方が当たりそうだ」
「え~⁉ なにそれ、責任重大じゃないっすか! 僕めちゃくちゃ運悪いのに! 嫌っすよ!」
とはいっても燐音くんは頑固なので一度決めたら引かないだろう。
すごく困る。スクラッチの束を前にして僕はため息をついた。だってこれ、燐音くんが自分で働いて自分で稼いだお金で買ってきたものなのだ。それを「まぁ宝くじなんてこんなもんっすね」で終わらせるのは可哀想ではないだろうか。かといって自分に当たりを引き寄せるほどの運があるとは思えない。そもそも買った時点で当たりがあるかどうかは確定しているわけで、誰が削ろうとも結果は同じな訳だけども。
「じゃあ、一枚だけ」
責任から逃れたくて、スクラッチの束から適当に一枚抜いた。燐音くんは渋々ながらもそれで納得してくれたみたいだった。残りの九枚を手元に持ち帰る。
十円玉を握って、銀色の幕を削る。無駄に緊張した。燐音くんがきらきらした目でじっと眺めてくるからだ。こっち削ってる間にそっち削ってなよ、とはとても言えなかった。
「あ」
どちらともいえない声が響く。削り終えたあとの図面、六等の絵柄が三つ並んでいる。三百円の当たり。しまったな、僕は焦った。こんなに僕の運が悪いとは。
「本当に当たった! さすがニキ」
燐音くんがはしゃいでいる。ねぇ、これそんな喜ぶことじゃないのにな。燐音くん知らないんだろうな。
「燐音くん、宝くじって一セット買ったら必ず一枚は当たりが入ってるんすよ。だからこれがその一枚ってだけで」
「…そうなのか?」
やっぱり知らなかったらしい燐音くんがきょとんと首を傾げた。燐音くんが持っていった残りの九枚は全部ハズレか、もっと高額の当たりが入っているかのどちらかだろうが、きっとハズレなのだろう。僕なんかが十分の一の当たりを引いてしまったせいで燐音くんはハズレの券を削り続けなければならないのだ。やってしまった。
なんて、勝手に落ち込んでいる僕に燐音くんは変わらない笑顔で言う。
「でもこの当たりを当てたのはニキだ。運が良くなるかもしれない。お守りにしよう」
いや、そんなご利益ないっすよ。そう思ったけど、燐音くんがなぜかあまりにも嬉しそうだったので口を挟めなかった。
「な~んてことがあった宝くじの券っすよ」
「なぜいつも天城の財布にスクラッチの紙が入ってるのかと思っていたのですが、腑に落ちました」
「へ~、燐音はん物持ちええなぁ~」
「バカ、それはさっきたまたまやったスクラッチの当たり券を交換しようと思って入れてただけだっつの」