無題「俺より良い家住みやがる」
「おかげさまで」
道の先にあるマンション。多額の負債を抱える人間が住んでいるなど到底思えない外観に、思わず舌打ちした。まったく借金取りのくせに債務者の護衛など、我ながら馬鹿げている。ぐしゃぐしゃと頭を掻き、無造作にジャケットの内ポケットを探る。取り出した、もう残り少ない煙草に火を点け、口に咥えた。ふらふらと前を歩く男に目をやる。
「金は返せよクソガキ」
期待はしない。どうせこの男は金を返す気などさらさらないだろう。
「わかってるって」
ひらひらと振られる掌。揺れる赤髪を見つめながら、やはり今回も駄目かと落胆するでもなく煙を吐く。すると、何故か彼の足がこちらに向いた。一筒と目が合う。
「おいおいな」
悪戯な笑み。釣られそうになる口角を抑え、代わりに肩を竦めた。ふふん、と彼が満足げに鼻を鳴らす。
再び背を向け、歩き出す姿を見送る。刻まれたロゴマークを見て、はたと気づいた。そういえば、彼の仲間のことを深く知らない。幾度か遠くから見かけたことはあるが、直接関わったことは一度もなかった。
だんだんと距離が遠ざかっていく。呼び止めようと口を開きかけて、やめた。聞いたところで返答に困るのは目に見えていたし、今はただ、彼の行く道を眺めていたかった。
がさ、と耳に通信が入る。また上の人間からどやされるのだろう。むしろどやされる程度で済むかどうか。うまい言い訳を考えなければならない。息を吸う。
「悪いな、逃げられたようだ」
こんな無意味なことをするのに理由はない。強いて言うならば、それが面白そうだったからだ。
そこまで考えて、あまりの馬鹿馬鹿しさに鼻で笑った。