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    平信 現パロ

    街のフレンチシェフ昌平君×魚屋信のお話昌平君の朝は早い。寝覚めはいい方なので、目が開くと上半身を起こし両手を上げひと伸びした後布団を出て顔を洗いに洗面台に向かう。寒い時期だが冷たい水を手に取り顔へ投げ込むと寝ぼけた脳が一気に起きる。顔を拭いて再び鏡を見れば、髭が少し生えていたので電動髭剃りでしっかり剃り上げていく、古くからの付き合いである友人の息子2人から三十路祝いで貰ったものだが、大変使いやすい割と長く重宝しているものだ。その後は少し乱れている髪を整えつつ、歳も歳なので美容液なるものをペタペタと軽く塗る。ただその習慣はとある人との日常会話ついでに教えてもらったのだが、いまだ効果が現れているかはよく分からなかった。その後は歯を磨いた。
    首から上が終わると、今度は寝巻きを脱ぎ普段着に着替える。現在時刻は朝の5時。一軒家なので窓からの冷気に肌寒さを感じながら階段を降りていくと、まずはキッチンと顔を合わせる。狭い厨房だが独立開業の際に拘り抜いたものばかりを揃えているここは、正直2階の生活空間より落ち着ける気がしていた。ほんのり香る美味しそうな香り、色とりどりの調味料、すべてが自分好み。冷蔵庫や水回りに囲まれた真ん中にある毎日拭いているからか銀艶が光るステンレスの調理台の前に佇む。そこには昨日の自分から今日行わなければならない事のメモが置かれていた。几帳面な昌平君は毎日この習慣を欠かさない。
    上から順に読んでいく、今日の予約人数とその時間、アレルギーがあるお客様が1人いること、冷蔵庫にあるもので気になった事...箇条書きを上から下へ静かに目で追い思考を仕事モードにしていく。全て読み終わると昌平君は、よし、と呟くとかけていた黒のコートに身を包み太い肩掛けのついた大きな発泡スチロール箱を持つと店を後にした。
    幼い頃から玩具の包丁を握り料理の真似事をしていたらしい。その動作は歳を重ねるごとに食べられるものを使う事に変化し、いつしか趣味が夢へと変わった。ただ、夢というものは必ずしも実現にできるものではない。料理人なんてものは、高みに登れば成功者として崇められるが一般的には安い給料で拘束時間の長いブラックな職業だ。好きだけでは続かない、そもそも料理なんてものは家でひっそりと自分で勝手に極めればいいのだから。そう思いいつしか現実的な道へと目を向けるようになった。親に敷かれたレールを行き、全く料理に関係のない大学に進む。すれば大手ITの管理職にまで上り詰め順風満帆な生活を送る事ができた。普通の人間以上の幸せ。そこに不満などない。
    しかしある日、ふと自分が求めていたものはそんなものだったかと振り返ってしまったのだ。帰りの遅い毎日の中ご飯なんてそう都度作れるものじゃない。休みの日も眠る事だけで1日が終わる。料理以外これと言った趣味のない中で、この日々が続いて生涯を終えるのかと思った時ふと背筋が凍る想いに駆られた。そこからは本当に行動が早く、あれだけ苦労して入社した会社を辞め、貯めていた貯金で専門学校へ行き卒業後にフレンチの本場でとある巨大有名五つ星ホテルの厨房にて修行。そこのオーナーが自分の腕を買ってくれ、様々な経験をさせてくれたが、やはり誰かに雇われるのではなく自分1人の力を試してみたいと故郷に戻りフレンチレストランを開業をしたのである。
    小さな小さな店舗。やり始めたばかりは人件費も惜しい為に、1人で回せる人数を考えた時3組ぐらいだと思いこの物件にした。おかげでお客様一人一人の顔を見ながら楽しく調理ができるるし、建物内2階が居住区になっていて、家賃もひとまとめにできるのも気に入っている。さらには来てくれたお客が大変満足してくれたおかげか、有名レビューサイトで高評価を貰い、それを見た雑誌編集者の人間がやってきて街の美味しい店だけを選出して取り上げる"街みしゅらん"というものにも掲載された。
    それが店の転機となった。
    "少し無愛想だが顔のいいシェフが作る、本場のフレンチが楽しめる店"という謳い文句に若い女性筆頭に連日予約でいっぱいになった。昌平君本人は別に自身の顔のことをそんなふうに思っていない為、その文言に眉を顰めたが結局は味で勝負すれば良いと飲み込んだのだった。そこから、1週間に一度の定休日を除いて、ランチとディナーを1人でうまくやりくりしている。

    「あら、いらっしゃいイケメンコックさん、ココココ❤︎」
    「ああ」
    昌平君は店から歩いて数十分のところにある海鮮市場へと赴いていた。フレンチには肉と魚があるが、どちらかというと得意な後者をコースに取り入れる事が多い。今の店舗の良いところがもう一つあって、巷でも有名な海鮮卸市場が徒歩圏内にあるのだ。漁港が隣接されていて、毎朝新鮮な魚がそのまま並べられるそこは、魚を扱う飲食料理人からすると夢のような場所であった。その中でここ1年特に贔屓にしている店があった。『kokoko Fish』今昌平君に気づいて瞬時に話しかけてきたそこの店長の独特な笑い方で取った名前なのだろうということに気づいたのは最近、なぜここを使うのかというと無論魚の質がどれも高いからである。さらには働いている者皆目利きが良い、鮮度の良い並びの中でも更に良いものを忖度なく教えてくれる。朝イチにいけばかなりの種類が置かれているために、その中でのおすすめを選びコースでどう活かそうかを考えるのは昌平君にとって毎日の楽しみの様なものになっていた。
    「......」
    しかし今の彼には魚よりも気になる事があるのか、キョロキョロと視線が周辺に注がれている。誰かを探している様な仕草にも見えるそれを見て、店長王騎はまたあの独特な笑い声を上げた。
    「信は今戻ってきた船の魚を取りに行かせているのですぐ戻ってきますよ、ンフッ❤︎」
    「!」
    昌平君にとっては無意識であったのだろう。普段変わることの無い表情が揺らぐ。そして気まずそうに視線を魚に戻したのは言われた言葉が図星だったからだ。まるで隠し事に気づかれたような子ども様な表情に、王騎は思春期の息子でも見るかの如く微笑ましそうな顔で見つめていた。
    「あーー!!!」
    少々気まずい雰囲気に、魚を選ぶことに集中できず表情の平静を保つことに精一杯になる。しかしそんな昌平君に助け舟を出すように透き通る声が、がやがやと煩い一帯の中でも聞こえ、同時に分厚い長靴の靴底がコンクリートを蹴る音も大きくなってきた。
    それを聞き自然と頬が緩んでいる昌平君を見て、その訳を実は悟っている王騎はつられて微笑んでいた。まるで息子の恋を応援している母の様な面持ちである。
    「カカカ!久しぶりだなー!昌平君!」
    昌平君の名前を知っているその青年は、店長顔負けの独特な笑い声でやってきた。上げていない片腕には昌平君の持っている発泡スチロールの箱よりさらに大きい物を小脇に抱えている。
    「久しぶりという程経っていないが?」
    昨日は店の定休日でここに来ておらず、そしてそのまた前の日は信の仕事が休みであった。昌平君の言うとおりたった2日間会えていないだけで久しぶりというのは少々おかしい気もする。ただ、言われてみれば2日会えなかったのはこれで2回目ぐらい、それほどまでに信は毎日ここに居るし、昌平君も週の殆どここに来る。その度に信は店頭で番をしており昌平君と鉢合わせしていた。
    思わずいつもの調子でそう言ってしまったが気をつけているのにまたもや冷たく聞こえるような言い方をしてしまい昌平君は内心嫌な汗をかく。
    「まーそんな固いこと言うなって!どれにする?今日もいいの沢山入ってるぜー!」
    しかしそんな悩みを一蹴するかの如くあっけらかんと笑顔が返ってきて、ホッとする昌平君。信にとっては久しぶりに昌平君に会えたからか、いつもより明るいようにも見える。至って本人達には自覚がないようだが。
    持っていた箱を店棚に他の魚を押しつぶさないよう置くと信は箱を開けた。そこには彼の言う"いい"状態の魚が所狭しと並べられている。獲ったすぐなのか、まだ物によっては生きており動いているものもあった。
    「......特におすすめは、これとこれと...あ、これも録鳴未が身ぃぎっしりっつってた!」
    「ならそれを全て頂こう、あと蛸と」
    「了解!持ち帰る準備してくっからその箱ちょうだい」
    裏でこの店の担当として決められているのか、昌平君の買い物にはかなりの確率で接客してくれる信。だからこそいつも昌平君が選ぶ魚の傾向をよく分かっているのだろう。信がおすすめしてくれたものは白身が多く、フレンチを作るにはスタンダードなものたちだ。若そうには見えるが選んでくれる魚のセンスも悪くなく、戻り調理をしてみればそのどれもが料理人として腕がなる食材ばかりである。
    自前のクーラー箱の紐を信に渡すと彼はその中に氷を入れる為奥へと入っていった。昌平君が通う前から信は此処にいるが、以前話をした時はアルバイトをしているのだと言っていたのを思い出す。専門学生らしいが毎日ぎっしりと卒業するまで詰め込まれた授業や実習スケジュールに、学校が終わればへとへとになりバイトができないと嘆いていた時に見つけたのがこの魚屋なのだとも言っていた。朝が早いのは全く苦ではないらしく、授業前に目が覚め尚いい運動になるのだと。昌平君が知る信の情報はそれくらい。
    もっと聞きたい事はあるのだが、なかなか年の離れた彼に個人的な事を聞くのも、今のご時世難しいだろう。折角ここまで懐いてくれているのに、気持ち悪がられでもしたら、いくら何事にも動じない昌平君の鉄壁の心を持ってしても少し傷つき店の運営影響が出そうだと臆病になってしまう。
    「はいお待たせ、店長が1匹おまけしてくれたぜ」
    「いつも恐れ入ります」
    「ココココ、あなたはうちの"お得意サン"ですからねェ」
    たまにこうして店長の気前がよくオマケを頂けるのもこの店の評価すべきポイントであろう。勿論、所謂タダで貰った魚は自分だけの利益に使いはしない。次の新作を研究する材料として使用し、コースの途中試作としてお客様に提供する。その時の反応を見て、これを組み込むかの検討をしていくのだ。
    それのおかげで、季節ごとで変わるコース内容を是非味わいたいと、何度も足を運ぶ客もおり店の活性化に繋がっていて、利益をもたらしてくれていた。
    恐らく王騎の事だ、昌平君がそういう使い方をすると分かってくれているのだと、密かに気づいているだろう。
    「美味しくしてもらえよお前ら〜」
    「当たり前だ」
    「カカカ、あんたの作るなんだっけ...ふ、ふれん、ち?ってやつ、美味いって有名なんだろ?俺も食べてみてェなぁ」
    とてつもない美味なものを想像したのか今にも涎がこぼれ落ちそうな緩む口元から出た言葉に、昌平君の目が言質をとったと、獲物を捉える前の捕食者の如く細まる。
    「一度食べにくればよい」
    「ん?うーん」
    しかし昌平君に言われた言葉に迷うことなく難色を示す信に、またかと心の中で項垂れる。実はこのやり取りは初めてではない。昌平君がこの近くで有名な料理の店を開いている事を早々に信が知る事になったのだが、そこから一度も店に来た事はないのだ。確かに席数も決まっており巷では予約の取れないなんて噂もたてられている中、なかなか時間が合わないのもあるだろう。
    しかし店主である昌平君と話す仲なのだからそこに関しては、うまく予約枠を取ったりと操作ができる。その事も伝えてみたのだが、なかなか信は首を縦に振らなかった。
    「俺多分味とかわかんねーし、学費とかで金もねーからなぁ」
    これもいつもの断り文句。信は親からの仕送りが無いのか、1人で生計を立てているようだった。確かに大学生・専門学生の月の生活費を考えればこの田舎町に住んでいようとかかるものはかかる。
    「勿論いつも世話になっているゆえ、代金はいらぬ」
    「いやぁ、それもなんか悪ぃじゃん?」
    「...」
    こんなにも何度も断られるので最初は来たくないのかとも考えたが、その割には何度も話題に出す信。是非もっと仲良くなりたいと思っている昌平君は懲りずにその度に信を店に来るように誘っていた。しかし今回もどうやら駄目そうだ。しつこ過ぎるのも良く無いだろうと別の話題に変えようと昌平君は思考を変えた。

    「――――ああそう言えば童信、あなたもうすぐ誕生日でしたよねェ?」
    話題を決めかねていた最中、何かを焦ったく思った様に、ずっと2人の会話を静観していた王騎が口を開いた。突然の話題変更に驚きはしたが、考えなくてよくなり昌平君は少し安堵する。しかも、信の誕生日が近い事がわかりその顔は詳しくと言いたげな好奇心でいっぱいだ。
    「え?うんそーだけど....って店長俺もう童って年齢じゃねーよ?」
    「お呼ばれしてきなさいな」
    「話聞いてたっすか?だから俺金ねぇーんだって」
    「この私が、誕生日祝いにご馳走してあげますよぉ」
    「......へ?」
    「んふぅ❤︎楽しんでおいでなさい❤︎」
    ニィッコォォオと笑みを浮かべる王騎を珍しく驚いた表情で見つめた後、信を盗み見ると先にこちらを見ていた様でせっか合った目が逸らされる。しつこくし過ぎたかと少し昌平君は心配になったが、思いもよらぬ形で念願が叶った事への喜びが冷静な彼の頭を占めておりその事を考える余裕は無かった。


    「いらっしゃい」
    今日はいつもの立場が反対になりこちらがサービスを提供する側、普段御客に使う決まり文句を、テーブルを拭きながら店の扉の内側に立っている信へと投げかけた。言い慣れている筈なのに、ぎこちない事は昌平君自身1番よくわかっている。
    「....っす」
    いつもの水を弾くエプロンとはまた違う学生らしい格好の信、普段はそんな雰囲気なのかと新しい一面が知れた事が嬉しく昌平君の口元は知らぬうちに緩んでいた。来客が来た事を知らせる為に扉に付けているベルを鳴らしながらきちんと閉まった事を確認し、昌平君の前へ恐る恐る忍者のような静かな足つきで来た信は腕を差し出す。その手には中の見えない長細い黒の紙袋が掴まれていた。
    「店長が...シャンパン...もってけ、って」
    「そうか、冷やした方がいいな。ありがとう」
    それを受け取る時に少し触れる指に、熱を感じたが昌平君は何も無いフリをした。手から袋が無くなると信はキョロキョロと店の中を見回す。
    「他の客は?」
    「言ってなかったか?今日は貸切だ」
    「あ、え?そ、そんな事聞いてねぇぞ!そんな、俺なんかの為にっ、」
    「ゆっくり私の料理を食べて欲しかった、折角の誕生日祝いだこれぐらいさせてくれ。...直ぐに始めようそこに座りなさい」
    「っ......」
    強く言い切られるとその後の言葉に詰まり、音の出ない口を鯉の様にぱくぱくと開閉するしか信は出来なかった。そして今から新規を呼ぶとなっても準備が必要だし、信の為に準備をしてくれた時間全てを放ってじゃあ帰るなんて言えるわけもなく、昌平君が椅子を引いた店の中央に用意されている席に仕方なく腰掛けたのである。木製の丸テーブルの上には白で角にレース調が施されたテーブルクロスが掛けられており、その上には信の目の前に折り畳まれた白い布の乗った大きなお皿、両サイドにいくつもの形が全て違うフォークやナイフ、スプーンが綺麗に並べられていた。
    「あの、俺ほんとにこう言う店初めてで、そ、の、粗相したら...悪ぃ」
    「......ふ」
    本当に俺でいいのか?と言う意味も込められているだろう台詞といつも朗らかな彼には珍しいシュンとした不安そうな謝罪。先に謝っておこうというところだろう。キッチンに向かおうとしていた昌平君はクスと笑った。
    「そう身構えるな、こんな小さな店でテーブルマナーなど気にしなくていい」
    「え、でもこんな綺麗に並べて」
    「修行時代の癖だ、気にするな信」
    「...う、うん、わかった」
    そう言いつつもまだ肩が張っているのを見ると緊張は解けていないのだろう。本当にこう言う店は初めてなのだと分かると、まるで信の初体験を自らが頂いたような気持ちになり変な優越感が起こる。と同時に折角なのだから美味いものを味わって貰おうとより気合いが入り昌平君はキッチンに足を踏み入れながら白のコックシャツの腕を捲ったのであった。

    「まずは前菜、旬野菜をローストし同じく野菜のソースで仕立て上げた、あと食前酒に甘いフルーツ酒だ、酒は飲めるか?」
    「お、おう、大好きだ」
    「ならよかった」
    勿論予め下処理等は済ましてあったので、あとは味付けし盛り付けるだけであった。野菜特有の鮮やかさが散りばめられたまるで絵のようなお洒落な皿を目の前に、信の緊張は迫り上がる。どのカテラリーを使えばいいのか蠢く信の目的定まらない手を見ながら、背後にいた昌平君は助け舟を出す様に手を伸ばした。
    「これを使うと食べやすい」
    「っあ.....う、ん」
    背後から突然伸びてきた手に信の肩が驚いて跳ねる。しかしそれに気付かぬふりをすると昌平君は外側のナイフとフォークを指で刺しそう言った。敢えてこれがマナーだと言わなかったのは昌平君なりの心遣いである。
    最初に信に伝えた通り、この田舎のしがない小さな店に、高級店や大規模な宴会で使うようなマナーは必要ない。そんな事に気を使うよりも自由に料理を食べてもらいたい、というのが昌平君の開店当時からの願いであった。きちんと置いてあるのは料理人としてのマナーを勝手に貫いているだけ。
    昌平君から教えてもらうと少し安心したのか、信は恐る恐るそれらに手を伸ばす。ナイフとフォークの使い方は知っていたようで野菜を切り出す姿を見て、もう大丈夫そうだと思った昌平君は厨房へと足を進めるが、その背後で、うめぇ!と大きな料理への賞賛が聞こえ無意識に口元を綻ばせた。
    そこから自然と信の緊張もほぐれ、次の料理を目の前に置けば何が入っているのか聞いてきたり、自分の店の魚が使われているのだと分かると嬉しそうに、そして丁寧にそれを食していた。好き嫌いもない様で、皿を取り替える時もお残しなく綺麗に平らげてくれて作っている身としてはなんとも気持ちの良い食べっぷりである。昌平君が来るたびに嬉々として先ほどの料理の感想を教えてくれる信。
    (......やはり愛しいな)
    その眩しい笑顔、心の底からの明るさ、ここまで陽一点の人間は昌平君にとって初めての出会いだった。初めてあの店で出会い話をするにつれ、信の事を何も知らないのに何故かその人間性に惹かれた。いつのまにかそれは恋慕と同様の気持ちにまで膨れ上がっていたのである。
    つまり、実は昌平君は信の事を好いていた。
    ただこの気持ちは彼に言うつもりはない。店に来る様しつこく誘ったのは少しでも側にいてもよい存在になりたかったから。今日はその念願が叶い、心からあの時提案をしてくれた店長王騎に本当に感謝した昌平君であった。
    「やっとシャンパンが冷えた、飲みなさい」
    コースの終盤。しかし肉料理には十分合う。あまり魚と肉を同時に出すことは無いが、若く食べ盛りの信があれだけでは満足しないだろうと用意していたのである。それを美味しそうに頬張る彼の隣にシャンパングラスを一つ置くと、昌平君は栓を開けたシャンパンをとくとくと注いだ。
    「......なあ」
    注ぎ終わりボトルを氷を敷き詰めた透明のシャンパンクーラーに差し込む途中突然信が昌平君に声をかけた。信には珍しい何かを探るような恐る恐るといった声音。ライスのおかわりだろうか、昌平君はそんな事を考えながら顔を向ける。
    「ん?」
    「あんたも一緒に飲もうぜ」
    「!」
    しかし、信の口から飛び出たのはそんな昌平君の軽い想像を飛び越えていくもの。それは、できれば昌平君もそうしたいと思っていた内容であった。ただ1人で厨房もホールも回している為に現実的には難しくあったし、何より信には出来立てを食べてもらいたいが為に言い出す事はできなかったのだ。しかし前者に関してはもうほぼコース内容を出し終わり強いてキッチンにいる理由はない。
    「昌平君の料理勿論美味かった!...で、でもやっぱり、1人で食うより、誰かいたほうがもっと美味く感じると思って......っ、だ、だめか?」
    何かに対して言い訳をするように焦って早口で喋った後、小首を傾げる信を素直に可愛らしいと思うが口に出すことはなくごくりと唾と共にその言葉を飲み飲んだ。"だめ"なわけがない、自分もできればもっと話をして信の事を沢山知りたい、しかし素直にそんな事を伝えるのは良くないだろう。朝、魚を買いに来る時に話す程度の人間にそこまでの感情を持たれているなんて誰がみても気持ち悪いと思われる筈。
    極力この大きすぎる気持ちを抑えなければ。
    「昌平君?」
    「...私もグラスを持ってこよう」
    「!お、おう!」
    昌平君は色んな感情を抑え何とか自然な返事を絞り出す。きちんと違和感なく伝わったか勿論心配ではあったのだが、信の嬉しそうな声とはにかむ笑顔を見てどうやら間違っていなかったのだと分かり振り返った後安堵の表情を浮かべた。あとはデザートだけで準備も要らないが、酒を飲むいう事で簡単にお供になる肴を作ると、棚下にぶら下げていたシャンパングラスを取り信の元へと歩く。その足取りは彼の知らないうちに少し軽やかであった。
    何とも律儀か、信はまだシャンパンに手をつけずに、昌平君を見ると乾杯したいとグラスを上げている。その透明の向こうで笑う表情に、心臓が掴まれるような思いがした。
    自らも椅子に座り客人と相対するのは何とも不思議な気持ちである。むしろこの店を始めて初めての経験かもしれない。しかし信の眩い笑顔がこんなにも近くに見えるのはとても嬉しい。そして話せば話すほどこの青年のコミュニケーション能力の高さが浮き彫りになり脱帽させられる一方だ。
    昌平君自身あまり人と話す事は得意ではない。普通の会社勤めの時期もあり必要最低限の会話ぐらいはできるのだが、その人の人となりを知ることへの対話レパートリーは経験が少ないゆえ絶望的だ。だからこの歳になっても独り身なのだと自分でもわかっている。いや、他者が苦手だというのも大きくその原因に関わっているとは思うが。
    つまり人とこうして数時間2人きりでいることに対して、いつもならストレスに感じるはずなのだが、全くそれを感じない事こそが異例の事態なのだ。
    それほど、信との会話はテンポが良いし、男なのにやけに耳障りの良い声に聴き入ってしまう。

    「ふふ...あんたとこうやってゆっくり話せてよかったぁ」
    「酔っているな、水を飲みなさい」
    心地が良過ぎて、時間を忘れ思ったより時を過ごしてしまった。信は本当にお酒が好きみたいで、シャンパンのボトルは早々に空いてしまい、昌平君も彼の誕生日祝いで用意していたワインがあったのでそれもあと半分ほど。
    もう自身の身体のガタを分かっている昌平君はほろ酔い程度になれる量を理解しているが、まだ年若い信は楽しければそれに上がりどんどん飲み進めてしまう。
    おかげで随分と自分から色々と話をしてくれ、信の事も知ることができた。
    目の前でへらへらと幸せそうに笑う姿に、不思議と釣られてしまう。やはり思っているよりこの青年に魅せられているようだ。もっと親しくなって、この笑顔を独占したいと益々思ってしまう自分に昌平君は気づいてはいた。しかし今日は店長王騎にも彼を任せてもらっているような立場、いつも店に顔を出しているから分かる、あの王騎もそして他の従業員達も、若く愛嬌のある信を本当によく可愛がっておりそんな彼らが気を遣ってくれたと言う事は、かなり昌平君を信頼してくれているのだろう。そんな中信をこれ以上へべれけにしてしまうわけにはいかない、最悪家まで送るつもりではあるが、明日バイトが入っていて起きられないとなれば大変である。
    ふらふらと動く手で溢れそうになっているグラスを取ると、昌平君は信に水の入っているコップを渡す。
    「んぇ?おー...しょーへーくんの手ェ思ってるよりゴツゴツしてる」
    「......。」
    自分の手に当たる他の熱に今度は興味を持ったのか、信はコップを掴まずに面白みも何もない昌平君の手に指を従わせた。思わず言葉が詰まるのは、それが誰でもない信だからであろう。たまに年配の女性客が同じような事をする時もあるが、早々にあしらえているのに、昌平君は信の手を払いのける事はできなかった。
    信の手は男らしく全体的に厚みのある印象ではあるが、その分柔らかく表面はすべすべと滑らかである。魚を触るときはいつもゴム手袋を嵌めているのをよく見かけるが、アレのおかげで手荒れしにくいのだろうか。思わず触りたくなる触れ心地。
    「ん...なぁに昌平君...触り方...エロい」
    「......嫌じゃ...ないのか?」
    指と指の間を指の背で摩ったり、軽く握ってみたのは好奇心からであった。あまりにも信が無防備だから。
    自分もなんだかんだ酒に思考をやられているのかもしれない。しかしさすがの信でも男に触れられるようなそれじゃない事に気付いたのか指摘されると、思わず悪い事をした子供のように肩を上げてしまった。
    ただ、その後はそれを離す素振りが見られず、むしろ少し微笑んでいる様なそれに疑問を素直にぶつけてしまう。
    「なんでぇ?おれ、昌平君のこと、すきなのに?」
    「そうか.........は?」
    「んぇ?」
    思っても見なかった解答に思考が停止する昌平君。
    すき、スキ、好き?信が、自分のことを。
    その言葉を聞いて途端に前のめりになりそうな感情に、いやまて期待をするなと、腑抜けた自分に強く言い聞かせる。信とは今日やっとこうして親しい仲になりかけているのだが、その前から思っていたことがある。
    そもそもここまで人に興味を持つことなどない昌平君がまんまと撃ち抜かれるほど、信は人たらしの気質があるのだ。店に足を運んだとき、いつも誰かしらに声をかけられ頭を撫でられ、可愛がられている光景ばかりを目にするが、恐らくその中には自分と同じ感情を抱く者がいてもおかしくないだろう。
    そして信自身は恐らく天然物で、知らず知らずの内に相手をその気にさせている。
    つまり今の好きも恋愛的な意味ではない、友愛の意なのだと昌平君はいち早く気づいたのであった。拗らせたせいで気づけたのも少々悲しい事ではあるが、こんなやましい気持ちを純粋無垢な信へ向けている罰だと言い聞かせる。この子とそう言う関係になるにはきっと並々ならぬ時間と努力が必要なはず。自分にはそれをかける強い覚悟はある、どこの馬の骨か分からぬ奴に信をとられるわけにはいかないという想いも。
    「ん?昌平君俺の事やっぱスキじゃねぇ?」
    「な!......す、好きに決まっている」
    しかし実際信からその様に言われると振り回されてしまう昌平君であった。
    「へへへ...そっかぁ、いつもぶっちょーヅラだったから、あんまよく思われてねぇんだと思ってた」
    その言葉に思い当たる節を感じるのは、ずっとそれを言われ続けてきた経験があるから。うまく笑う事が出来ない代わりに、積極的に信へ会話を投げかける事によって好意をアピールしていたつもりではあったが、そう思われていたなんて。本当に興味が無ければそもそも話すらしないけれど、昌平君がそんな性格をしている事を信は知らないのだから仕方がないだろう。
    「じゃあ、俺たちリョウオモイだなぁ」
    「リョウオモイ...」
    ふわりと微笑む顔は、お酒が入っているからか頬にほんのり赤みがついており、素直に可愛らしいと魅入ってしまう。
    期待を...してもいいのだろうか。流石にただの友愛で"両想い"なんてワードを使うことは無いはず。その意味を考えた時に思わず変な口もとの緩み方をしたのか、歪な表情を浮かべる昌平君。笑顔なのか困惑しているのかどっちとも取れるもの。普段から変わらない顔は表情筋がほぼ滅してしまっている為で、日常生活の中それに力が入る経験が滅多になかったのだ。そんな彼をここまでにするとは、それほど拗らせた片想いが実った事に心躍っているらしい。目の前で、カカカ変な顔、と呑気に笑っている信を眺めながら、ぐるぐると思考を巡らせてしまう。この後の展開をどう進めるべきか、恐らく今は千載一遇のチャンスなのは何となく分かっていたので、このまま無駄にしてはならないとそれだけは強く思っていた。
    「ん...なぁ昌平君」
    「ど...どうした」
    「今日、とまっていーか?ちょっと...よっぱらっちまった、かも」
    それは先ほどからだっただろう、などと空気の読めない解答をするわけもなく。
    「ああ、勿論だ」
    昌平君の手をにぎにぎと弄ぶ信の指に自らのを絡め強く頷く。普段であれば絶対に家に帰していた。偶に夜の部のお客が酔って同じ様な事を言ってくるのだが、しっかりと断りしつこい場合はタクシーまで呼んで追い払う。
    これが一世一代の好機をプライドも立場も、何もかもを投げ捨て拾わんとする滑稽な男の姿だ。笑いだければ笑えばいい。
    「へへ〜、ありがと」
    何もかも、この癒される笑顔に適うものなど無いのだから。

    そして今、昌平君は自らの下で誘う様に熱い眼差しを向けてくる信を組み敷いていた。
    あの後はもうデザートを食べる余力が信にはなく、足がふらふらの彼を何とか大人の体力で二階へとあげ大変労力を使った。
    しかしあれもそれも全て、この時のための試練なのだと思えば今は至福の時間に包まれる。まさかこんな展開になるなんて夢にも思わなかった。少し早い気もするが。既成事実を作る事は策を遂行する上で重要なのであれば積極的に使うべき、だと今はそう思っている。まだ夢では無いかと疑っているが、この後にそれが現か否かいやでも分かるだろう。
    「昌平君?」
    名前を呼ばれながら添えられる頬の手に自らのも重ねる。いつも欲なんて知らなそうな顔をしているのに、なんて妖艶な表情だろうか。
    「信...ずっとお前を手に入れたかった」
    「ぇ...え、へへ...なんかてれ、る、な」
    「ふっ」
    もともと酒で赤くなった顔が、嬉しいのか更に破綻する光景を目にして思うことは一つ、可愛いしとてもとても愛い。さてそれではしっかりと味わう為に、この手にふるいをかけて調理に挑む事にした昌平君は、信の衣服に手を伸ばす。
    「ん、っ」
    腰を撫でると小さな嬌声が漏れた。なるほどこれだけで。よほど感じやすいのか、何ともイキが良さそうだ。口元が思わず緩んでしまう。
    そしてさらにその潤いが保たれているみずみずしい唇を吸う為に顔を近づけた。接吻をすれば最後もう止まることはない。
    「昌平君...」
    「信」
    こちらを求める声をより深く感じれる様目を閉じ聴き澄ます。信の吐息を感じ、疼く下半身を今だけはと制御し鎮めた。がっついてはいけない、誠実な大人だとまずはきちんと理解して貰ってから...。昌平君はのコンマ何秒の世界でしっかりと頭の良さを活かし作戦を練り始めたのだが。
    「...くかーーーー」
    「........。」
    何とも間抜けな呼吸音に顔の動きが止まる。閉じていた目を開ければ、口を開け大変間抜けな面を晒し――
    「ね...寝た、のか」
    ――信は眠りに落ちていた。うそだろ、昌平君は戦慄せずにいられなかった。まさかこの状況で眠りにつける人間がいようとは。いや確かにかなり飲んでいたし、心配になるくらいには泥酔していたとは思う。ただ、あと少しであったのに。もう少しで、確実に結ばれるはずだった。
    ...それにしても何とも緊張感の無い子だ。いやしかしこの無防備な寝顔は惚れた弱みか国宝級に可愛いし、今まだ信が腕の中にいる現実は変わらない。
    取り敢えず組み敷いたままなのは己の下半身にも良く無いし、このまま抑えが効かなくなってまだ確実に付き合っても居ないのに信が睡眠したまま行為をするような流れは非常にまずい。昌平君は寝ている信を起こさない様ゆっくり上半身を起き上がらせ隣にそっとその身を添えた。
    頬を突いてみる。勿論寝息だけが聞こえるだけで起きる気配は無い。元からあまり成人的な顔では無いとは思っていたが、無邪気な眠り顔はまるで童のよう、成程、あの店長が彼のことを童信というのはこういう可愛さゆえだろうか。見れば見るほど目に入れても痛くなさそうなそれに思わず昌平君は口角をあげ微笑んでいた。想い人が隣で寝ている幸せに暫し観察を続けていたのだが、ふと信が寝返りをうち顔を手の前におきながら此方に身体を向けてきたのを見て魔が刺し半開きの掌に己のを絡めてみる。
    「ん」
    まるで赤子の条件反射の様に握られた指から、じんわり伝わる熱。ああ、可愛い。そして子供体温の様に温かさを感じるそれと、気持ちの良さそうな寝顔に、今日の事を考えて気合を入れ準備を頑張った寝不足が祟ったのか猛烈な眠気が突然昌平君を襲う。
    すでに限界をむかえていたその体は、瞼の重みという生理現象には勝てず、そのまま昌平君は深い眠りへと入っていった。

    「――という事が昨夜の出来事だが、お前の気持ちは変わりないか?」
    「か、カワリアリマセン」
    次の日、朝、痛む頭と共に色々と思い出した信は飛び起きた。勿論最後の記憶は昌平君のベッドの上で熱い視線を送られたところで途切れており、この素晴らしい程の寝心地は間違いなくその上である事に変わりなかった。しかし当の本人は隣にはおらず、何故か信自身服は脱がされており、ボクサー型ぱんつ一枚という摩訶不思議な格好に判断が遅れる。あまり良くはない頭をぐるぐると回し今の自分がおかれている状況を考えてみるも上手い答えが見つからず、そうモタモタとしていたところ起きた信に気づいた昌平君が何も言わずに扉から現れたものだから思わず体を飛び跳ねさせた。
    そして上記の通り説明を受ける。その最中何度恥ずかしくて穴に入りたいと思ったか。昌平君が自分の事をそういう好きで想ってくれていた事には純粋に嬉しいが、"まさか"と思った様にそんな事想像もしていなかった。信は昌平君のことが好きだ、恋愛的な意味で、そしてそれは絶対に言うつもりのなかった気持ち。ずっと隠しておこうと思っていたのに、このような形で本人に知られるとは。それが怖かったので、昌平君からの誘いも行きたかったけれど何度も何度も断ってきたのに。
    ただ、昌平君も同じ気持ちなら、問題は無いかもしれない、信はふと思う。
    「そうか、私もお前への気持ちは変わりない」
    「っぐぅ」
    突然のそれに赤面する信。こんな人様のご自宅、さらには几帳面そうな昌平君のベッドの上で酔いどれ風呂にも入らず爆睡をかまし、ありとあらゆる醜態を見せてもそう言うのなら、これは冷やかしを受けている訳でもなさそうで。というより、自分が好きな昌平君が、冷やかしなんかする人間じゃないのは信自身よくわかっている。
    それならば、いう言葉は一つだけだ。
    ずっとベッドの上で正座に項垂れていた信であったが、突然元気よくオモテをあげる。その瞳は何かを決意したような、真剣な色が宿っていた。
    「なら、俺と恋人になってくれ!昌平君!」
    表情筋が皆無そうなイケメンが驚くサマを見るなんてそうそう経験できることではないだろう。信は言葉を発しながら昌平君の表情一つ一つの機微を確認するように見ていた。勿論両想いが実ったからと軽率に言った事ではなく、戸惑いもあった。しかしここまで彼の気持ちを知れて前に進みたいという想いの方が強まったのだ。
    固まってしまった昌平君のせいで一瞬場が沈黙につつまれる。もしかして好き同士だが恋人になるのは違ったのだろうか、信も緊張感の漂う雰囲気に呑まれそう言う方向に考えが働く。もしそうなら恥ずかしすぎる、今からでも訂正した方がいいかもしれない、ああこういう時に頭が悪い自分はダメだと今まで勉強をろくにして来なかった過去の己を恨み始めたのだが。
    「っふ」
    「へ?」
    目の前の尊顔から似合わぬ笑い声が漏れたのを聞き、思わず聞き返してしまう。しかし聞くよりも先に見て気づくが、昌平君は目を細めてくすくすと笑っていた。何が面白いのか分からないが、きっと世の女性が見ればそれだけで見惚れてしまう珍しいその緩んだ表情に、信も魅入ってしまう。
    「普通逆だと思うが...ふふ、男前だなお前は」
    「男前?昌平君の方が男前だと思うけど」
    「ふ...もうよい」
    「え?え?なんだよ!なんで笑っ...んっ」
    昌平君と信は年齢の差があり、勿論信の方が年下である。その場合年上の自分がエスコートするのが一般的、だと昌平君は思っていた。しかし実際は、言葉通り信から男らしく勢いの良い交際の申し出があり、思わず笑ってしまったのである。
    鈍感な信はいまだ昌平君が笑っている理由がわからず、気になるのか真意を問おうと口を開きかけるのだが、それは突然迫ってきた尊顔と共に塞がれてしまった。唇に感じる人肌、キスをされているのだと理解した時には、あまりの衝撃に固まり離れた後も信は目を開いたまま微動だにせず。
    「私もまだ年甲斐も無く気恥ずかしいのだ...その上でまだ聞くのなら、その煩い口をさらに深く塞がねばならん...どうする?」
    つまり、先ほど以上のキスをお見舞いしようか?という訳を頭の中で瞬時に理解できた信は、ぱちんと弾けたように我に帰り先ほどの比ではないくらい顔を真っ赤にさせぶんぶんと首を振った。
    「や、い、いい!いいから!」
    「ふ。そうか、残念だ」
    そう言葉で言いながらも、きちんと黙った信にしてやったりと悪戯を成功させた子どものように怪しい笑みをこぼす昌平君。大人の余裕に悔しく感じるも、やはりそれ以上に格好良いその姿に惚れた弱みで何も言い返せない信。
    こうして、何とも和やかで甘酸っぱい雰囲気の中、2人の男の恋が特別な形となり新たなスタートをきったのであった。


    ちゃんちゃん
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