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    nana8esah

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    ヤクザパロの阿ヒル

    ××××の葬式最京組の組長である金剛阿含の葬儀が行われたのは、春だというのに肌寒い四月のことだった。
    数日前、事務所を出て車に乗ろうとした阿含は何者かに銃で襲撃された。最初の一発は腹に命中し、姿勢を崩したところでもう一発。すぐに組員の車で病院へ運ばれたが、医者も手の施しようがなかったという。

    葬儀会場である大きな日本家屋の前に高級車がずらりと並んでいる。阿含は恐ろしい男だったが、恐怖による支配や肉体的な強さだけでなく、ただ座っているだけで自然と周りが従ってしまうようなカリスマ性も持っていた。参列者は途切れることなく次々と訪れる。今朝から降り続く細い雨が彼らの喪服の裾を濡らしていた。

    そこへまた一人、参列者がやってきた。黒いスーツを着たその男は何食わぬ顔つきで門をくぐり、屋敷の中に入っていく。
    広い和室にはポツンと棺桶が置かれていて、線香の匂いがする。男はその前を素通りし、忙しなく働いている最京組の組員たちの様子をこっそりと観察した。
    数日前に阿含を襲撃したのはこの男であった。このところ最京組とその周辺では抗争が激化しており、この混乱に乗じて阿含を殺せと所属組織の幹部から命令を受けたのである。
    カリスマ的存在であるトップが死ねばその下のバランスはいとも簡単に崩れる。最京組の残りの連中は始末するか、それとも自分たちの組に取り込んでしまうか。それを判断するための偵察が今日の仕事だった。

    屋敷の外に出て縁側の方に回ったところで、男はようやく探していた人物――最京組のもう一人の組長、蛭魔妖一を見つけた。阿含の死によって襲名したわけではなく、元々この最京組という組織は阿含と蛭魔の二人の組長によって束ねられていたのである。
    知と策に優れた蛭魔と戦闘力に優れた阿含。互いを補い合いって若くして成功を収めた彼らの仲は、熱い信頼で結ばれているとも、口もきかないほどに険悪だとも噂されていた。
    片割れが殺された今、蛭魔の心境はどんなものだろうか。復讐に燃えているのか冷静に構えているのか、それとも邪魔な阿含が消えて内心喜んでいるのか。それを確かめるべく、男はわざと残念そうな顔を作りながら近づいた。
    「いやあ……この度は本当に残念でしたね。お悔やみ申し上げます……」
    「……」
    「あ、あの?」
    蛭魔の反応はどの予想とも違っていた。蛭魔はただ縁側に立ち尽くし、ぼんやりと庭を見つめている。男の挨拶も聞こえていないかのように虚ろな表情で、血色を失った青白い肌は死人のようだった。
    「……言うな」
    「え?」
    ゆっくりと、蛭魔は男の方を見た。霧雨に濡れた前髪で顔がところどころ隠れている。薄く開かれた唇の間から絞り出すように微かな声が聞こえる。
    「……悪いが、言わないで、くれ。そんな言葉聞いたら、阿含が……本当のことになっちまう」
    蛭魔の瞳から一滴の涙が零れ、頬を伝った。

    衝撃だった。蛭魔といえば勝気な性格と挑発的な言い草で有名で、今までどんな相手に対しても弱みを見せたことがない。そんな奴が、こんなにも憔悴しきった姿になるなんて。
    実は最京組の二人の組長に関する噂はもう一つあった。「仲間としての信頼や友情を飛び越えて、毎晩同じ床に入って体ごと一つになるような深い関係だ」というゴシップ記事のような噂である。信憑性が薄いために本気にしたことはなかったが、この未亡人のような蛭魔の雰囲気を間近で見せられると、あながち間違いではないのかもしれないと思えてくる。
    蛭魔の両手が持っていたハンカチをぎゅうと握りしめる。儚げで色香さえ感じられるその仕草に庇護欲が掻き立てられる。男は思わず蛭魔に近づいて、その頼りない背中に触れた。
    「大丈夫ですよ」
    「……っ俺、まだ、信じられなくて。受け入れんのが怖くて」
    「可哀想そうに。今は無理しないで」
    張り詰めていた神経が緩んだのか、俯いて嗚咽を漏らし始める蛭魔。男はその震える肩をそっと抱きしめる。
    「俺で良ければ力になります」
    「ああ、だって、あの阿含が、まさか……」
    「ええ。辛いですよね」
    「まさか、腹に弾二発食らってもまだピンピンしてるとはなあ?」

    一瞬の間。その間に男は俯いていた蛭魔がパッと顔を上げて悪魔のように笑うのを見た。そして屋敷の影から死んだはずの金剛阿含が現れ、修羅のごとき表情で手にしていた日本刀を自分に向かって振りかざしたのも。
    ザシュッという肉が切れる音がした。もう男の耳に聞こえてはいなかったが。

    美しい庭園に敷き詰められた白砂利に赤い鮮血が飛び散っている。蛭魔はその石の一つを拾い、この後の掃除のことを思って顔を顰める。
    「阿含テメー、さっきから合図出してたのに全然出てこねえで何してたんだ?無駄に会話続けさせやがって」
    「そりゃ、テメーが俺のために泣いてる顔なんてじっくり見とかねえと勿体ねえだろ?」
    「ほー?毎晩布団で嫌ってほど泣かしてくんのはノーカンときたか」
    「いやそういうんじゃなくて、死んだ俺を思って涙を流すのが良いんじゃねえか」
    「その手に持ってる刀で今切腹したらちっとは泣いてやるよ。つうか、そろそろ離れろ」
    「いやだ」
    絶命した男の頭上で二人は寄り添い、柔らかな声で言葉を交わした。足元に血だらけの死体が転がっているとは思えないほど呑気な会話だった。

    阿含は蛭魔の頬にある涙の跡を見つめる。
    蛭魔には冗談混じりで答えたが、実際、さっきの光景は悪くはなかった。
    自分たちは堅気の人間よりも死が身近にある。今回だって銃弾が数センチずれて当たっていたら本当に死ぬところだった。それは承知の上でこの極道の世界に足を踏み入れたのだから今更後悔はないが、もしできることなら蛭魔より先にあの世に行きたい。先に置いていかれるのは堪えられないし、それに、あんな風に蛭魔が泣いてくれるなら死に甲斐があるというものだ。

    だが阿含の甘美な妄想は現実の蛭魔の声に打ち消される。
    「おい、ぼーっとしてねえで組員何人か呼んでこい。さっさと死体処理すんぞ」
    「あー分かったよ……これどこに捨てんだ?海?山?」
    「ケケケ!んな面倒なことする必要ねえだろ。せっかくあんな豪華なやつ手配したんだから」

    蛭魔が楽しそうに微笑む。座敷に置かれた空っぽの棺桶は、主を待ちわびている。
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